天然クリスマス・ツリー

 
 スーパーで買った生野菜サラダのパックを開け、途中で仕入れたフライドチキンの包を切って、皿に盛る。
 
 妻が、冷蔵庫から取り出したのは、「森の恵み」というブランド名がついた地元産のハム。
 それをぶ厚く切って、セラミックの皿に並べる。
 
 ワインは安い国産品だが、味の方は十分。
 いつものマグカップではなく、箱に入れて収納庫の奥に収めていたガラスのグラスを取り出し、それに注ぐ。
 
 「こういうクリスマス・イブもいいわね」
 と、ダイネットテーブルの向こう側に腰を下ろした妻がいう。
 
 テーブルの上には、クリスマス・ツリーの形をした小さなオルゴール。
 これも、途中のスーパーで、食材を仕入れたついでに、レジの近くにあったものを気まぐれに手に取ったものだ。
 
 テーブルの前に並べられたものは、シンプルといえば、あまりにもシンプル。
 しかし、キャンピングカーの狭いテーブルは、それだけでも豪華な食卓に変わる。
 
 「少し灯りを落とす?」
 と、妻がいうので、メインライトを消し、キッチンの上に付けられた換気扇横のスモールライトに切り替える。
 テーブルの上の品々が、影をともなった淡い灯りで包まれる。
 
 ほんとうは、この「道の駅」の入り口近くに車を止めたいところだったが、あいにく、この大きさの車だと、他の車両が入ってくるときの邪魔になりそうなので、それは止めた。
 
 「絶好の夜景をあきらめたわけね?」
 と、妻がいう。
 「身体が温まったら、夜景を見に散歩に出てもいい」
 私は、妻のグラスにワインを注ぐ。


 
 なにしろ、この高台の道の駅は、夜景が美しいことで評判なのだ。
 最初は、それを眺めながらの “ディナー” を考えたのだが、それは無理そうに思えた。
 それで、奥まったこの場所に車を停めることにしたのだが、心配をするまでもなく、この寒い夜に、山の上まで登ってくる車は1台もいない。
 
 「乾杯」
 
 … と、グラスを持ち上げたときに、甲高いエンジン音が外に轟いた。
 たぶん、小型のオートバイ。
 それも数台。
 
 電動ノコギリを作動させたような音が、山の中にある、この無人の「道の駅」の静寂を破った。
 
 「暴走族かしら」
 妻が、そぉっとカーテンの隙間から外を覗く。
 
 ガソリンタンクに旭日旗をデザインした派手なオートバイが3台並んで入ってくる。
 そのうちの1台が、照明を駐車場のコンクリの上に撒き散らし、光の中で、2台のバイクがローリングを開始した。
 
 「何をしているのかしら?」
 妻がいう。
 
 「退屈しているんだろう。どうせカネもないんだろうし、ほかに行くところもないんだろう」
 
 「子猫がジャレ合っているみたい」
 妻は、同じところをグルグル回っている2台のオートバイを、面白そうに眺めている。
 
 「警察を呼んでも、こんな山奥にまでは来てくれないだろうしな」
 
 私は、カーテンを閉じながら、ワインをごくりと飲み干した。
 せっかくの夫婦水入らずのクリスマス・イブを邪魔されたような気になって、私は不機嫌になった。
 
 しばらくすると、3台のバイクはエンジンを切り、辺りは多少の静けさを取り戻した。
 
 「おとなしくなったみたい」
 妻は、微笑んでグラスを空ける。
 
 「冗談じゃない。長居する気になったのかもしれない」 
 
 私は、もう一度カーテンを少し開けて、外の様子を覗き見る。
 裏の林に入って、薪を探しているようだ。
 一人がライターで新聞紙を燃やし、集まって薪に火をつけようとしている。
 
 外はかなり風が強い。
 それでなかなか火が付かないのだが、焚き火になったら、火の粉が宙に舞いそうだ。
 
 「まずいぞ、あれは … 。下手すると、裏の林に火が回るぞ」
 私は、そうつぶやいてから、コートを羽織った。
 
 「注意してくる」
 
 「待って」
 立ち上がった私を、妻が見上げた。
 「あの子たち、寒いんだろうから、車に呼んであげたら?」
 
 「え?」
 「フライドチキンだって、こんなに買っちゃって、きっと食べ切れないわよ。
 あの子たちに分けてあげましょうよ」
 
 「だって、連中は暴走族だよ」
 「体つきを見ると、まだ子供じゃない。食べ物を与えるとおとなしくなるわよ」
 
 ドアを開けると、野外の冷たい空気が一気に身体を包んだ。
 ステップを降りて、彼らの方に歩き出す。
 さすがに、少し緊張する。 
 
 火を熾そうとしていた連中の手が止まった。
 3つの顔が、こちらを窺うように見ている。
 
 ようやく声が届く距離にまで近づいた。
 
 「生木はすぐには燃えないよ。そのうち新聞紙がなくなって、焚き火は失敗に終わるね」
 私は、真ん中にいたリーダー格っぽい少年に声かけた。
 
 「なにか、用すか?」
 リーダーの少年が地面に座ったまま首を上げ、けだるそうに、こちらを見返した。
 
 二十歳になったぐらいか、それよりも若いか。
 精一杯突っ張っている感じが伝わってくる。
 
 「もっとすぐに温かくなる方法があるけど、知りたい?」
 
 そう言ったが、誰も返事をしない。
 3人とも、不機嫌そうな顔をしたまま、じっとこちらを見つめている。
 彼らにしても、私の話にどう反応すればいいのか、それが思い浮かばないようなのだ。
 
 一呼吸おいたあと、右端の少年が答えた。
 「教えてください」
 
 きれいな敬語が使われたので、私の方がびっくりした。
 
 「あの車の中に入らないか? 暖房が効きすぎて暑いくらいだけど」
 私は、自分の乗っているキャンピングカーを指さした。
 
 「なんで、こんなところにいるんですか?」
 リーダー格の少年が尋ねてきた。
 
 「旅行中でね。今晩はここで一泊させてもらって、あした町の見物に行くんだ」
 
 「中は、泊まれるようになっているんすか?」
 別の一人が聞く。
 
 「ベッドがあるから心配ないし、いちおうガスも水道もあるよ」
 「ちょっと覗いても、いいすか?」
 
 彼らは、キャンピングカーに、ころりと興味を傾けたようである。
 あまりにも、あっけないファーストコンタクトに、こちらの方が拍子抜けした。
 
 「あ、広いっすねぇ!」
 ステップに立って、最初に中を見回したリーダー格の少年が叫んだ。
 
 「まるで家みたいだ」
 その後から首を突っ込んだ少年が、珍しそうな声を上げた。
 
 「遠慮なくお入りなさい。私たち二人で退屈していたところだったの」
 妻がいそいそと立ち上がって、テーブル横のサイドソファーに3人を招き入れる。
 
 サイドソファーに一列に並んだ少年たちの顔が紅潮している。
 急に温かいところに入ったので、血の巡りがよくなったのだろう。
 
 「フライドチキンがいっぱいあるから召し上がって。あなたたち、ご飯は食べたの?」
 
 「いえ、まだっすけど …… 」
 と言いかけた一人の少年の口を封じるように、
 「もう食べました」
 と、リーダー格の少年がきっぱりと言う。
 
 “暖は取らしてもらっても、食事まで甘えない” という突っ張りなのだろうか。
 彼の目だけが、まだ警戒心を解いていない。
 
 「この季節はもうバイクは寒いだろうに。今日はツーリング?」
 私は、精一杯リーダーのご機嫌を取ろうと、バイクの話題に焦点を合わせる。
 
 「パーティーですよ」
 「パーティー?」
 「クリスマスのパーティ」
 少年の口元に、皮肉っぽい笑いが浮かぶ。
 
 「この時期、僕らは大人たちの厄介者になるから、こうやって僕らだけのパーティーをやるんすよ」
 「意味が分からないな」
 
 リーダー格の少年は、それには答えず、フライドチキンに手を伸ばそうとした少年の手をバシッと叩いた。
 
 「いいのよ、食べて。 … 私たちだけでは食べ切れないから」
 それを見て、妻が心配そうにいう。
 
 「いいっす。僕とリョージは、家に帰ればメシがありますっから。あいつだけ食わしてやってください」
 リーダーは、そういって、ソファーに一番端に座った少年を指さした。
 
 「遠慮しなくていいよ。お腹が空いていたら、みんなで食べればいい」
 私は、リーダーの意固地な感じが、ちょっと鬱陶しく思えてきた。
 
 「せっかくですけど。僕ら兄弟は腹が減ってませんから」
 
 兄弟 …… 。
 なるほど。3人のうち2人が兄弟で、もう 1人はその友人といったところか。
 だんだん、メンバー構成が見えてきた。
 
 「この山の上で、いつもパーティをやっていると言ったね。どういうパーティなの?」
 私は、なんとかリーダー格の少年の心を解きほぐそうと必死に話しかける。
 
 「おじさんたちには、子供はいないんですか?」
 質問をはぐらかすように、リーダーが尋ね返す。
 
 「そう、子供はいないの。だからクリスマスみたいな楽しい夜は、家にいてもつまらないから、旅行に出ちゃうの」
 私に代わって、妻が答える。
 
 「子供なんかいない方がいっすよ。家が苦しくても手伝いなんか何もせずに、メシだけは食わせろと、うるさくつきまとうのが子供ですから。
 特に、クリスマスの頃のガキはどうしようもないっすよ」
 
 精一杯大人じみた皮肉を言おうとしているリーダーの気持ちが、切なさを伴って伝わってくる。
 …… はて、どうしたものか。
 
 「でも、君の家だって、クリスマスパーティぐらいしたことがあるだろ?」
 私は、おそるおそるリーダーに尋ねる。
 
 「クリスマスツリーとかはありますよ。そりゃ盛大に。うち水商売っすから。
 だから、お店はこの時期 “クリスマスだらけ” ですよ。
 でも、自分たちの家には、なんもないよな」
 
 リーダーは、そういって、弟の方を振り返る。
 そして、弟の同意を求めるように、 
 「サンタさんも、昔からうちだけは素通りだったしね。親たちが帰ってくるのは、明け方やしね」
 
 そう話しかけられた弟の目は、フライドチキンとハムの間を行ったり来たりしている。

 突然、妻が笑って、言い放った。
 「たぶん、あなたたちと会うのは、これが最初で最後だと思うけれど、一晩だけの楽しい思い出をおばさんにくれない?
 親の悪口でも、ガールフレンドに対する愚痴でも、今日だけなら何でも聞いてあげる。好きにしゃべっていいわ。
 その代わり、この車の外に出たら、すべて忘れること。
 だから、私も自分の名前なんかいわないし、あなたたちの名前も聞かない」
 
 こういうときの妻は、毅然としている。
 なのに、その顔には優しい笑みを絶やさない。
 
 「さぁ、パーティーやりましょう!」
 妻が、有無をいわさぬ気合で、フライドチキンの皿を突きつけると、今度は少年の全員がそれに手を伸ばした。
 
 場の雰囲気など、あっという間に変わる。
 3人の少年たちから、弾けるような笑いが漏れるようになったのは、それから10分もかからなかった。
 
 彼らは、遠慮なくそれぞれの愚痴と熱い思いを口にし、それを聞きながら、私と妻はワインのボトルを一本開け、少年たちはコーヒーのあとに紅茶を飲み、身体が温まってからは、冷蔵庫で冷やしていたコーラを飲んだ。
 
 「おじさん、僕らがここでクリスマスのパーティーをやる理由を教えましょう」
 リーダー格の少年が、突然、そう言い出した。
 「外に出てください」
 
 私たちは全員車の外に出て、駐車場の地面に降り立った。
 
 道路を隔てて、街の夜景が広がっている。
 クリスマスのイベントがあちこちで行われているのだろう。
 ネオンの輝きが、一層きらびやかさを増している。
 
 「ここで、クリスマスイルミネーションを楽しんでいたわけだね」
 私は、リーダーに向かって話しかけた。
 
 「ちょっと違うんです」
 リーダーの口元に、含み笑いが浮かんでいる。
 そして、少し離れた場所まで移動して、「こっち … 」と手招きした。
 
 その場所まで歩み寄ってから、私も町を振り返る。
 駐車場入口の脇に並んでいる木々が、夜景の鑑賞を邪魔している。
 
 しかし、見ているうちに気がついた。
 その角度から眺めると、木の間から眺める街の灯りが、まさに、左右に伸ばした枝にイルミネ-ションを巻きつけたクリスマス・ツリーの形をしているのだ。
 
 「ああ、なるほどね」
 私は声を上げた。
 
 「偶然これを見つけてね。弟に見せたら喜んだものですから」
 リーダーの少年がいう。
 以来、彼はクリスマスになると、家の中でさびしそうにしている弟をバイクの後ろに乗せて、ここまで来るようになったという。
 
 「楽しいクリスマスだったな」
 少年が、ため息を吐くようにつぶやく。
 
 「今晩こそ、サンタさんが来るかもしれないね」
 その彼に向かって、私はそう話しかける。
 
 「いえ、もう来ちゃいました。こんな素敵なプレンゼントをもらったのだから」
 
 彼は、テレたようにそうささやいて、私ににっこり笑った。
 
 

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