初恋は短く、ビートルズは永遠

トラッドロック夜話 9

 初恋は、ビートルズとともにあった。
 報われることのない恋を、 「片思い」 というが、そんなもんじゃなかった。
 片思い肥大症。
 
 「好きです」
 という気配すら悟られないように、廊下を歩く相手の背中さえ見ないようにして、じっと独りで思いつめた。

 張り裂けそうな気持ちを発散したいときはビートルズを聞いたし、寂しくて、心が空洞になったときも、その “穴ぼこ” をビートルズの音で埋めた。

 中学 3年のときである。
 ビートルズはイギリスデビューから 4年目を迎え、世界制覇を成し遂げ、日本でもラジオのヒットチャートの記録を次々と塗り替えていった。
 その頃公開された映画 『ア・ハード・ディズ・ナイト』 には、連日女の子が長蛇の列をなし、映画が始まると失神する者も出た。

 さすがに、女の子の体臭でむせ返るような映画館にまで足を運ぶ気はしなかったが、音だけは連日聞いた。 
 当時、まだステレオも持っていなかったが、そんなことは問題ではなかった。
 ラジオさえつけていれば、どこの局からもビートルズは流れた。

 
 
 初恋の相手には、ライバルがいた。
 しかし、そのライバルも、私と似たようなものだった。
 やはり、彼女に声をかけることすらできない。

 それでも、そいつはチラチラと相手に視線を送ったり、時には (無言だけど) 微笑んだりして、なんとか “言葉にならない” メッセージだけは送ろうとしていた。

 しかし、そういう無言のメッセージでも、空気だけは伝わるものである。
 ある日、そいつの微笑に、彼女の方も微笑みを返した現場を見てしまったのだ。

 はじめて 「失う!」 という感覚に直面した。
 別に、彼女を手に入れたわけでもないのに、もう 「失われてしまった」 と思った。

 家に帰ってきて、ラジオから流れるビートルズを聞くと、彼らの歌う 『シー・ラブズ・ユー She Loves You 』 が今までとは違って聞こえてくる。
 「彼女は、君を愛してる!」
 そんな歌詞が、胸を圧迫するような痛みをともなって耳を襲う。

 「この痛みが恋なのか?」
 そう思うと、 『イフ・アイ・フェル If I fell 』 がたまらなく切なく響く。

 「お前みたいな女に、俺の高貴な気持ちが分かるか? 俺の愛はカネなんかじゃ買えないぜ」 と虚勢を張って、 『キャント・バイ・ミー・ラブ Can’t Buy Me Love 』 を聞く。

 そして、ライバルにちょっと優越感を感じたいがために、アドバイスをしている自分を想像する。
 「うかうかすると、君は彼女を失うよ」
 …… てな気分で、ラジオから流れる 『恋のアドバイス You ‘re going To Lose That girl 』 を一緒に口ずさむ。
 
 時には、彼女に思い切ってラブレターを書くことを妄想する。
 書く内容は、何の意味もない、ただの日々の雑感。
 下手に、思いのたけを込めたりすると、かえって相手に負担をかける。 
 だから、とことんバカを言って、おちゃらけの手紙にする。

 しかし、最後にほんのちょっとだけ、この思いを伝えたい。
 『P.S.アイ・ラブ・ユー P.S I Love You 』 を聞くだけで、ドキドキする。

 そして 「ひょっとしたら、返事が来るかも … 」 と期待している自分を想像する。
 そんなときは、郵便配達の足音が、きっと待ち遠しいことだろう。
 … てなことを空想するときは、 『プリーズ・ミスター・ポストマン Please Mister Postman 』 。

 電話なんかもかけたこともないのに、彼女の家に電話をしたら、どうなるか? … と考える。
 きっと、 「居留守」 を使われるだろう。
 そんな自虐的な妄想に、 『ノー・リプライ No Reply 』 はぴったり。

 だから、この頃に聞いたビートルズは、みな、ひとつひとつの感情を代弁している。
 高ぶる感情、やるせない感情がこもるから、歌の方もキラキラ輝いてくる。
 
 好きだったのは、『アイ・ウィル・フォロー・ザ・サン I’ll Follow The Sun 』 。 
 
 「ある日君は、僕の姿が見えないことに気づくだろう。
 明日はきっと雨だから。
 僕は今日、お日様を追いかけて旅立つよ」

 「好きだと」 といったわけでもなく、相手の返事を聞いたわけでもないのに、すでに 「別れて旅立つ」 自分に酔っている。 

 そんなことをしているうちに、時だけはどんどん過ぎていく。
 私は自分の気持ちをしっかり封印し、相変わらず、相手に直接目を合わせることもなく、 「心の目」 だけで、そぉっと見守る。

 しかし、ライバルの方も、さほど進展した様子もなく、せいぜい休み時間に廊下をすれ違うときだけ、口をきくという感じだった。

 彼女の気持ちは、本当はどうだったのか。
 それが一番知りたいはずなのに、そんなことはまったく気にかけなかった。
 
 そのうち、あっけなく終わりが来た。

 卒業を間近にひかえ、何か記念になるものを残そうと思い、男の仲間を何人か募って 「同人雑誌」 を作ることにした。
 私は、短編小説をひとつ書いた。
 それに取りかかったことで、何か気持ちがスゥーっと冷めた。

 ライバルが、ようやく彼女と肩を並べて、下校するのを目撃しても、もうそれほどの痛みは感じなくなった。

 つまり、その恋は、自己完結的なものだったのだ。
 むしろ、ビートルズを深く聴きこむための恋だったかもしれない。
 大切だったのは、その彼女ではなく、 「切ない気分」 を求める自分自身だったのだ。
 
 おそらく、多くの人にとっても、 「初恋」 というのは、みなそのようなものだったのではなかろうか。
 恋する対象を求めるのではなく、 「恋する自分自身」 を求める。
 それは、けっきょく自意識の一人芝居にすぎないのだが、その自意識の働きによって、人は、恋以外の何か大切なものと出会う。

 おかげでビートルズはしっかり心に根付いた。
 
 しかし、不思議なことに、いま思い出すと、僕らのクラスでビートルズを好きだと語る人間はほとんどいなかったのだ。
 それどころか、「女がキャーキャーいうだけのバンドの人気なんか長続きするものか」 などと否定する男の方が多かった。
 
 だから、僕らの世代を 「ビートルズエイジ」 などと語る連中の話をほとんど信じない。
 この世に、そんな “世代” なんかいやしないのだ。
 
 彼らの音を感じることのできない連中の方が多かったということが、逆に自分のプライドとなった。
 それほど、ビートルズは自分だけの “思春期の音” だったのだ。
 
 しかし、今その頃に聞いた曲を流しても、不思議と、恋した女の子の面影は浮かばない。
 それよりも、夏の陽射しを浴びて、校庭に濃い影を落としていたバスケットゴールの影。
 昼飯用のパンを買いにいくときの売店の棚の風景。
 そんなものが、頭に浮かぶ。
 
 そのような光景が、初恋の彼女の面影よりも切ないのは、その当時、それが失われるなどとは夢にも思わなかった日常的な光景だからかもしれない。
 ビートルズは、むしろそのような、たわいもない退屈な光景を、切なくよみがえらせる。 
 
 初恋は短く、ビートルズは永遠。

▼ The Beatles 『 You’re going to lose that girl 』 from YOUTUBE

  
 
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初恋は短く、ビートルズは永遠 への2件のコメント

  1. guchi3 より:

    町田さん、蒲田ではありがとうございました。
    色々お話できて楽しく過ごすことができました。
    私がビートルズを聴く年齢になった時には既に「アビー・ロード」までアルバムが出ていたので、何から買ってもよかったのですが、やはり初期のアルバムから揃えました。
    自分自身がミーハーな性格だったことに起因するのではと考えます。
    特にジョンはオリジナル曲よりカバー曲のほうが生き生きと歌っているような気がします。
    中学に入って英語の教師が、「三人称単数形の動詞の後にはSをつける。」と教えられてもピンとこず、「She Loves You」を聴いて「あっ!確かにSがついている。」と妙に納得できたことを思い出しました。

    • 町田 より:

      >guchi3 さん、ようこそ
      こちらこそ、本当にありがとうございました。
      蒲田の夜は楽しかったですね、実はもっとお話しを伺いたいところでした。なんだか時間が足りなかったような気もします。

      特に、アルバム 『Revolver』 以降、ビートルズの中でジョージ・ハリスンが、ジョン、ポールに続く第三極を構成するようになり、それが 『Taxman』 という曲がアルバムのトップを飾るようになったことで分かる、というところの分析はスリリングでした。
      そして、ジョージ・ハリスンがビートルズの中核的な存在になろうとしたところ、突然の解散が訪れて、ジョージはびっくり。結果、ジョージがビートルズというバンドの中で発表しようとしていた曲が、ソロアルバムの 『All Things Must Pass』 で発表されることになった、という推理はお見事だと感じました。

      これからも、いろいろと教えてください。

      また、>「ジョンはカバー曲の方が生き生きと歌っている」というご指摘にも同感いたします。『Money』 、『Twist & Shout』 、『You Really Got A Hold On Me』 などは、本当にそうですね。この3曲あたりは、もうこっちがオリジナルって言い切れそう。
      あと、ポールの 『Long Tall Sally』 もすごいです。このエネルギー感というのは、リトル・リチャードはもとより、ジョンもかなわないのではないでしょうか。
      ほんと、ビートルズが歌う他のアーチストのカバー曲も好きでした。

      この次は、フィールドでゆっくりお話しの続きをお聞かせください。
      できれば、ギターの生演奏も交えて。
      よろしくお願い申し上げます。
       

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