ひとり旅同士(女性のキャンピングカーひとり旅小説)

 
 また、あの男がいた。
 展望台の下にキャンピングカーを止め、海を見ている。
 白い外板色のヨーロッパ車。
 それが、青い海に浮かぶ雲のようにまぶしく映る。

 午後のけだるい光に満たされた駐車場に、ほかに止まっている車はいない。
 そもそも、食堂はおろか、売店も自販機もない小さな公園にいちいち立ち寄る客は、この季節になるといるわけがない。

 ここに来るまで、人影どころか、車の姿さえ見ることがなかった。
 海岸線も単調だから、海ばかり眺めるドライブが続く。
 途中、ドライブインもコンビニもない。

 運転に飽きると、このような「展望台」と書かれた駐車場に車を止めて休むしかないのだが、そこで見る景色も、相変わらず海だけ。

 そんな旅の途中に、その男に出会った。
 私と同じ独り旅。
 しかし、私の場合は、キャンピングカーの中に「旦那が寝ている」ことにしている。

 女の一人旅となると、ときどき好奇心をあらわに車内を覗こうとする男たちがいる。
 それが鬱陶しいので、車内のカーテンは昼間でも閉めっぱなし。
 ドアを開けるときは、ステップにわざと男物の靴を置いておくこともある。

 さいわい、乗っているのがキャブコンなので、窓面積が小さいことに救われている。
 カーテンを閉め切っていれば、外から見る限り、家族がほかにも乗っているように見える。
 そういうカムフラージュでもしなければ、とても女のキャンピングカー一人旅などできやしない。

 その男を最初に見たのは、ここから100kmほど離れた公園駐車場でのことだった。
 目立ちやすい外車を人目から逸らすように、男は駐車場のいちばん端に車を止めて、やはり海を見ていた。
 私がプードルのローズを散歩に連れ出しても、男は、ほとんど私に興味を示さなかった。
 だが、ローズが男に向かって吠えた。

 「ローズやめなさい! 静かに」
 ローズの声より、私の方の声が大きかった。

 男は私の方を振り向いて、
 「仲間がいたから遊びたかったのでしょう」
 と笑った。

 「仲間ですか?」
 
 男は正面を向き、ベストの胸から顔を出したミニチュアダックスを見せた。
 普通のダックスより、さらに小さい。
 どうりで気づかなったわけだ。

 「それ、カニンヘンというワンちゃんですよね」
 犬好きだから、つい話しかけてしまった。
 
 「そうです。飼ってからずいぶん経って、ようやく私に馴れてきましてね」

 そういって、男はベストの胸元から犬を出して、地面に下ろした。

 いくつぐらいの男か。
 50歳ぐらいなのだろうか。
 サラリーマンのような堅苦しさも漂ってこないが、自由業の闊達(かったつ)さもない。
 品は良さそうだが、平凡な男。
 ただ、声だけが低く通って、言葉の “沈み方” が心地よかった。
 私たちは、会釈して、それで別れた。

 そこから20kmほど走った道の駅で、また出会った。

 「ローズさんは元気?」

 今度は、男の方から話しかけてきた。
 すでに、顔見知りにでもなったような気持ちなのかもしれない。

 私は、男のそういう馴れ馴れしさが好きではない。
 しかも、この道の駅では、コーヒーでも沸かして一休みするつもりだったから、男に邪魔されたような気分になった。

 「さっきさんざん散歩させたから、犬も疲れちゃったみたいで … 」
 私は、わざと硬い笑顔を浮かべ、運転席から降りもせずに、男にそう言った。

 「それは無理させない方がいいですよ」
 
 男は、人懐っこい微笑を浮かべ、軽く会釈してからくるりと背中を向けた。
 しつこく話しかけてくることを覚悟したので、ちょっと拍子抜けした。

 「それでは」
 クルマを発進させるときに、男がウィンドウ越しに、そう言ったような気がした。
 声までは聞こえなかったが、口の形がそうしゃべっているように感じられた。

 男のクルマの助手席には、誰も乗っていない。
 カーテンが開け放たれたキャビンの中にも、人影は見えない。

 ヤツも独り旅か ……。
 そう思うと、親近感も湧くが、まとわりつかれたら嫌だな … という気分も湧く。

 そして、この展望台下の駐車場で 3度目の出会いとなる。
 ほかに、遊ぶところも休むところもないのだから、途中で裏道に入ったとしても、同じ方向を旅していれば、出会う率は高くなる。
 
 もしかしたら、また私とここで会うのを待っていたのだろうか。
 そうだとしたら、ちょっと鬱陶しい。

 それでも、今度はまっすぐ駐車場を横切り、男の車の隣りにぴたりと止めた。

 「また、お会いしましたね」
 ドアから降りて、私はわざと月並みな言葉を、にこやかな笑顔に載せた。

 「このへんは、ほかにクルマを止めて休むようなところがありませんものね」
 男は平凡な答を返してから、くすりと笑った。

 「実は、お会いできるんじゃなかと、本当は待っていたんです」

 ……  口説く気か?
 と、一瞬警戒した。

 が、まんざら悪い気もしない。

 「待っていたって … 私のことを、ですかぁ?」
 わざと、驚いたような声を出してみせた。
 
 「このへんは喫茶店もないでしょ? だからちょっとコーヒーでも入れて、あなたとご主人を一緒に招待しようかと」
 
 ……  主人?
 そうか … 。でも、私はまだ 「クルマの中に主人が寝ている」というあの嘘を、この男には語っていない。
 
 「よかったらご主人とご一緒にいかがです? ワンちゃんも連れて。コーヒーがちょうど落ちたところですから」

 要するに、話し相手が欲しかったということか。
 しかし、どうして、旦那がいる … などと思ったのだろう。
 
 「主人のこと、見たんですか?」
 私はおそるおそる尋ねてみた。
 
 「いや、姿はお見受けしなかったけれど、ステップに男物の靴が …… 。いや失礼、別に覗くつもりはなかったんだけど」
 
 なぁーんだ。
 例の手に引っかかったのか …。

 「主人はたぶん、これから寝るんじゃないかな。だから呼ぶと怒られるんです」

 私は、そういう嘘だけはスラっといえるたちだ。

 「それは残念。では、ポットに入れて、お車までお持ちしましょうか」
 「いえ、いいです。私だけここで頂きます。そこのベンチにでも座って」
 
 私は、紙コップに注いでもらったコーヒーを手に持ち、男と並んでベンチに座った。

 午後の海が目の前に広がる。
 観光地でもないので、遊覧船の姿があるわけでもなく、漁船の影も見えない。
 白い波頭が立つわけでもなく、茫洋とした物憂い海だが、その単調さが今日はなんだか心地よい。

 「のんびりと一人旅なんですか? うらやましい」
 カップを両手で挟み、ちょいとさぐりを入れてみる。
 
 「ご主人と二人で旅しているあなたの方が、僕から見るとうらやましい」
 男は屈託なく笑う。
 
 男に妻はいるんだろうか。
 根っからの独身者とも思えない。
 妻帯したことのない男は、年をとってもそれとなく分かる。
 逆に、独身になってしまっても、女と長く暮らした経験のある男も分かる。
 そういう男は、“女の匂い” を持っている。
 女に愛されたり、怒られたり、世話を焼いたり、焼かしたりすることを繰り返してきた匂いというものを持っている。
 
 「奥様は、いらっしゃらないの?」
 私は、戸惑うことなく、そういうことはズバリと聞く。
 そのときの反応で、男の正体が分かるときもある。
 一人旅を続けていると、機会を捉えて話しかけようとする男はいっぱいいる。
 基本的に、独身男とは長話はしないことにしている。
 
 「妻には先立たれました」
 私の質問に、男はあっけらかんと答えた。
 
 「これは失礼なことをお尋ねして … 」
 「いいんです。ようやく慣れたところですから。妻にばかりに懐いていた犬が、やっと僕を主人として認めるようになってね。それで元気になった」
 
 「犬は義理堅いから、最初の主人にしっかり着いていこうとするんですよ。あなたはよほど主人には見られなかったわけね」
 「犬から見れば、僕は妻の “奴隷” のように見えたんでしょうね。妻には頭が上がらなかったから」
 
 男は、小さく笑って、コーヒーを飲み干した。
 
 …… 男の一人旅。
 要するに、センチメンタルジャーニーというわけか。
 どうりで、車を止めるたびに、海ばかり見ていたわけだ。
 
 私は、センチな気分に浸る男の姿を見るのが好きじゃない。
 女々しいというよりも、そういう男特有の自己憐憫の甘えを見るのが気持ち悪いのだ。
 でも、この男のセンチは、どこかカラッとしている。
 乾いたセンチは、可愛さにもつながる。
 
 「旅に出て、どのくらいなんですか?」
 と、私は男に尋ねた。
 
 「ちょうど 1ヶ月かな。パソコンさえ積んでいれば、どこでもできるような仕事ですから」
 「あら、物書きさんとか?」
 「ハハハ ……」
 
 男は否定も肯定もせずに、ただ笑った。

 「でも不思議ですねぇ」
 と男はいう。
 「人混みを離れる旅を求めて、ここまで来たというのに、やはり人の姿を見ると、むしょうに話してみたくなる。
 できれば車の中で宴会などやって、たまには誰かと酒を飲みたくなる。
 ご主人さえよければ、今晩あたり、3人でささやかな宴会などと思ったんですけどね」
 
 男の言葉は、船から投げ下ろされた碇(いかり)のように、まっすぐに私の心に沈んできた。
 さびしい道を走り続けたために、私もまた誰かと話したくなっていたのかもしれない。
 
 「面白いものですね。妻が亡くなって、一人旅をするようになっても、不思議とさびしくなかったんです」
 男は、まっすぐ海を見つめていう。
 「きっと、ダイネットテーブルの向こう側に、ずっと妻がいたんでしょうね。ところが、この街道に入ってからは、なんだか急にさびしくなってね」
 
 「分かりますわ、このへんは、日本でも一番さびしい場所ですから」
 「温泉のある街まで、まだ100kmあるんですものね」
 男の苦笑が、顔を見なくても、伝わってくる。
 
 「でも、思い出せる人がいるなんて、幸せかも」
 と、私は男の横顔を盗み見ながら尋ねた。
 「何をおっしゃる。生きている伴侶と旅する方がもっと幸せじゃないですか」
 
 ―― そうだ。私の方は “独り旅” ではないんだっけ。
 しかし、独りきりの夜を過ごすようになって、いったい私は何年になるのだろう。
 
 最後に「恋人」といえる関係の男が去ってから、そろそろ5年。その前の「恋人」と別れて7年。
 「夫」といってもいいような男の家を出てから、9年。
 思えば、2年ごとに男が変わった。
 
 世に、結婚しないままバリバリ仕事をこなす女を「キャリアウーマン」ともてはやした時代があったが、私は男がいないと生きていけない女であることを自覚していた。
 それが、もう5年、平気で一人暮らしを続けている。
 
 「さて、日が落ちてきましたね。ここらは日が暮れると急に寒くなるようだ。あなたも、そろそろクルマに戻らないと」
 と男がいう。
 「そうですね。コーヒーご馳走さまでした。とてもおいしかった」
 
 二人一緒に立ち上がったが、男は振り向きざまに、言った。
 
 「ご主人がその気になったら、この場所に戻ってきてください。僕は今晩、ここで一人宴会をします。でも、できればにぎやかな方がいい」
 
 私は、ただ笑って、クルマの中に入りかけた男に手を振った。
 
 エンジンキーを捻って、クルマをバックさせる。
 犬を抱き上げた男が、キャビンの窓越しに笑顔を浮かべたのが見えた。
 
 道路に出てから振り返ると、男はキャビンの中の灯りをともすところだった。
  
 
 どこまでも続く一本道。
 電信柱の電線が、風に吹かれてカラカラと揺れる。
 陽がどんどん地面に近くなり、その光に追われるように、樹木の陰がどこまでも長く延びていく。
 
 日没まで、あと20分ぐらいか。
 
 ……  どうするか。
 
 ブレーキをゆっくりかけて、路肩にクルマを止めた。
 戻るなら、今かもしれない。
 
 仕事場からもらった休みが10日。
 そのうち7日を一人で過ごした。
 明日はいよいよ帰路につかねばならない。
 一晩ぐらい、誰かと語り合う夜を持ってもいいか。
 
 クルマが止まったことに異変を感じたのか、ローズが助手席から這い上がって、私の顔を舐めようとした。
 私はローズを抱き上げて、腕の中に包み込む。
 
 「旦那さんの “正体” とは、実はこのローズちゃんのことでした! … ってなことにしてみる?」
 
 ローズは、 「それでもいいよ」とばかりに、私の顔をペロリと舐めた。
  
 
キャンピングカー小説 「天然クリスマス・ツリー」

 

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ひとり旅同士(女性のキャンピングカーひとり旅小説) への6件のコメント

  1. スパンキー より:

    主人公の「私」が女性というところが、町田さんすごいですよ?
    私なんか、まず心理描写が無理。全然話が続かないです。
    で、身の内の小刻みな出し方、男との距離感の無理のない近づけ方も、
    なかなかです。
    キャンピングカーを使った新しい分野のストーリー。こんな女性が増えたら、
    きっとキャンパー人口ももっと増えるんじゃないですかね?

    相手の男ですが、ちょっと渋め。ガツガツしていないところが、大人の男を感じさせます。
    こうして読んでみると、会話って重要な要素ですね。良い勉強になりました。

    このストーリーで、○○編、××編と続けてゆくと、女性キャンパーも増えそうですね。

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      いやぁ、なんかお褒めいただいて、ちょっとテレますね。
      ありがとうございます。
       
      キャンピングカーの一人旅を楽しんでいる女性の方って、実はちょっとずつですけど、増えているようですね。
      まだ、数は少ないので、実際に旅行先でそういう方にめぐり合ったことはないのですが、キャンピングカーショーのイベント会場などでは、「一人旅」を楽しむために車種選びをしているという人を何人か見ています。また、顔見知りが集まるクラブキャンプのような場では、女性オーナーが一人で参加したりしています。
      実際に、女性を対象としたキャンピングカーのアンケート調査では、「セキュリティーの面で、さらにキャンピングカーが安心できるようなものになったら、自分も一人旅を楽しんでみたい」 という声もけっこうあり、潜在需要があることは分かっています。
      あとは、そういうムードが浸透していくかどうかでしょうね。

      でも、女性の気持ちになって書くというのは、なかなか難しいですね。
      本当の女性が読まれると、「ありえねぇー!」 と思われるんじゃないか … などと思っているんですけどね。
       

  2. 旅の人 より:

    こんなうまい話はないよナ~。
    私ももうかれこれ3年犬と一緒にキャンピングカーで走ってますがね。
    これからはこの話を胸にチャンスを待つ事にしよう。
    (嫁さんはピンピンしてますけど)

    • 町田 より:

      >旅の人さん、ようこそ
      そうですよねぇ~! うま過ぎる話です。 
      なにしろ、作者の願望形がそのままストーリーになったものですから(笑)。

      でも、こういう “男と女の出会い” という形ではないにせよ、キャンピングカー旅行というのは、どこかユーザー同士が語り合える機会の多い旅行スタイルであるように思います。
       

  3. Take より:

    町田さんの文才がこの作品を生み出したというのは当たり前のことですが、この作品はやはりキャンピングカーならではのシチュエーションですよね。
    乗用車だとここまでドキドキはしない(笑)
    キャンピングカーの旅は、新しい誰かとの出会いの予感を常に持っているものなのかもしれませんね。

    • 町田 より:

      Take さん、ようこそ
      おっしゃる通りですね。キャンピングカーというのは、常に、どこかで、誰かとの出会いがありますよね。
      私も、温泉のある駐車場で、手作りキャンピングカーに乗っていた大工さんの隣りに車を停めたばっかりに、一緒に一晩酒を酌み交わしたことがあるし、一人で「キャンプ場ガイド」 の取材に当たっていたときには、たった一組だけ来ていたオーナーさん家族に声をかけてもらって、一緒に酒盛りしたこともありました。
       
      キャンピングカーを持っている人たちって、なにか温かい。
      キャンピングカーが、(小さな出会いではあるんですが) なにか思い出になる交流のきっかけを与えてくれる車であることは確かですね。
       

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