「にあんちゃん」

 
  NHKのBSプレミアムで、毎週日曜日、 「山田洋次監督が選んだ日本の名作100本 家族編」 というのが放映されている。
 
 何気なく途中からチャンネルを合わせたら ( … いつも途中からなのだが)、今村昌平の 『にあんちゃん』 が流れていた。


 
 なんと50年ぶりの “再会” ということになる。
 私はかつて、9歳、小学3年生のときに、この映画を “観させられている” 。
 
 「観させられた」 と受身形で書いたのは、学校の “課外活動” として、半ば強制的に観ることを強要されたからだ。
 貧乏のどん底であえぐ兄弟たちが、強い意志力で苦境を乗り越え、未来に希望をつないで生きていくという映画。
 それが当時の文部省に気に入られたのか、学校の推薦映画として “観させられた” のだ。
 
 この時代、すでにテレビでは 『月光仮面』 や 『とんま天狗』 が放映され、小学生の間にも娯楽性の強いドラマが浸透していた。
 
 それなのに 『にあんちゃん』 というのは、タイトルからして退屈そうである。
 私は気が進まないながらも、夜の校庭のゴザの上に腰を下ろし、臨時に貼られたスクリーンに映し出されるモノクロ画面を見つめるしかなかった。
 
 話が流れ始めると、さらに暗澹とした気分になった。
 ここに描かれた貧しい炭鉱町の風景に、単純に私は怯えた。
 もちろん、私が住んでいた都会の風景も、似たり寄ったりのものだったが、それでも都会の中流家庭の子弟として生き始めていた私にとって、ここで描かれた風景は怖かった。
 
 「貧乏が怖い」 という感情とは少し違う。
 「このような貧困にあえぐ人たちがいるというのに、自分はそれとは無縁にぬくぬくと生きている」
 そのような恵まれた生活を、いきなり糾弾されたような怖さといってよかった。
 
 その “怖さ” を打ち消そうという気分が強かったのか、そのストーリーのほとんどを、すぐに忘れている。
 
 だから、50年ぶりに観たこの映画は、まったくの新作として受け止めることができた。
 
 妙なものである。
 当時、怖かったあの田舎の炭鉱町の風景が、懐かしいのである。
 もうすでに失われた風景であるという感傷がそういう気持ちにさせるのか、いとおしいのである。
 
 さらに、電信柱もなく、舗装されてもいない田舎のあぜ道が、なんと美しいことか。
 そこには、まだアジア的農村国家としての日本の原風景が残っていた。
 そして、その風景には、エアコンの風を知らない時代の昭和の人々が浴びていた風が、そのまま吹き抜けていた。
 
 そのような背景があったればこそ、両親を失い、他人の家に世話になりながら、大人の仕事を手伝うことで食を得ている小さな兄弟たちの哀しさも、そのたくましさも、リアルに見えてくる。
 50年経って、ようやくこの映画のテーマに、自分の人生が追いついたといっていい。
 
 それにしても、奇妙な符号を感じた。
 実は、そのちょっと前に、これもBSだったかWOWOWだったか、 『フラガール』 を観ている。
 さらに、その少し前には、山田洋次の 『幸福の黄色いハンカチ』 を観た。
 
 すべて、炭鉱が閉山されるというテーマばかりだ。
 
 『にあんちゃん』 、そして 『幸福の黄色いハンカチ』 。
 偶然かもしれないが、 「家族」 をテーマに据えた映画として、山田洋次はことさら 「炭鉱の閉山」 に注目していたという気がしてならない。
 
 石炭から石油に変わった時代に、日本の何かが変わった。
 『幸福の黄色いハンカチ』 を撮り、さらに今村昌平の 『にあんちゃん』 を100本の名作 「家族編」 に加えた山田洋次は、何かそのような “歴史観” を持っているのではないか。
 そうも思えてくる。
 
 『にあんちゃん』 が制作されたのは 1959年 (昭和34年) 。
 この年、戦後最大の労働闘争とされる三池炭鉱の労働争議が起こっている。
 
 その背景には、 「石炭から石油へ」 という日本のエネルギー政策の転換があった。
 この時期、ようやく中東からの大量の石油が日本にも供給されるようになり、石油が石炭のエネルギーコストより有利になったのだ。
 
 日本の産業構造は、それを機に、一気に石油中心の重化学工業に変貌していく。
 石炭産業はのきなみ “合理化” を要求され、どこの炭鉱でも大量の炭鉱労働者の首切りが始まった。
 『にあんちゃん』 は、まさにその時代に職を失う人々の悲惨さを描いている。
 
 そこから、何が始まったのか。
 
 家族の解体と、解体される家族の悲哀が、日本の農村部を中心に広まり始めたのだ。
 
 『にあんちゃん』 の 4兄妹のうち、上の兄と姉は新しい職を求めて都会に出て行かざるをえない。
 下の二人の兄妹は、まだ小学生であるがゆえに、さびれつつある炭鉱の町に残り、人の世話になりながら、その家事を手伝うことを条件に寄宿する。


 
 一番下の妹は、深夜一人で机の前に座り、家族が離散した哀しみを日記につづる。
 「私の望みは、今ばらばらになってしまった家族が、もう一度同じ屋根の下で暮らすことです」
 
 2番目の兄 ( … だから “にあんちゃん” なのだが) は、小学生ながら、金を稼ぐために、東京に出ることを決意する。
 
 学校の夏休みにアルバイトをして稼いだわずかな金を握りしめ、彼は汽車に乗って東京を目指す。
 
 もちろんこの快挙 (暴挙!) はすぐに東京の警察官に見つかることになり、故郷の炭鉱の町に連れ戻されるのだが、彼は、この地で勉強に励み、知恵と技術を身につけてから、再度東京に出て働くことに希望をつなぐ。
 
 「僕は、貧乏だったがゆえに両親が果たせなかった夢を代わりに果たすつもりです」
 
 それが、映画の終わりに “にあんちゃん” がつぶやく決意だ。


 
 こうして、昭和の高度成長が始まる。
 昭和の繁栄は、 「石炭の終わり」 から始まったともいえるのだ。
 
 全国の炭鉱が閉山されたのを機に、職を失った人々は都会に向かう。
 都会では、すでに効率の良い石油エネルギーによる新しい消費生活が始まっている。
 それを、一般的には 「大量生産・大量消費」 の時代と呼ぶ。
 
 日本の風景も、めまぐるしく変わっていく。
 東海、京葉、瀬戸内海の沿岸には、次々と石油コンビナートが造られ、その背後に巨大なビルが林立し、重油を焚くことで得られる高効率な電力を背景に、都会のネオンは輝きを増し、夜の闇を駆逐していく。
 
 だが、その未曾有の大繁栄は、農村部の家族の解体と、その再生への希望を背景にもたらされたものだ。
 
 都会の子供たちは、それを知らない。
 私のように。
 
 『にあんちゃん』 が終わって、映画を解説した山本晋也がいみじくも語った。
 「都会育ちの僕には、ちょっと理解できなかった世界です」
 
 もし、 『にあんちゃん』 のような映画がなかったら。
 あるいは、 『幸福の黄色いハンカチ』 がなかったら。
 昭和の繁栄は、都会の子供たちからすれば、ただの華やかな “お祭り” に見えただけかもしれない。
 
 
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