幸福の黄色いハンカチ

 
 高倉健主役の人情もの映画といえば、誰もが真っ先に思い浮かべる『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』。
 名作の誉れが高いこの映画を、日本公開から34年目にして、はじめて(BS放送で)観た。
 
 ストーリーは、シンプル。
 網走刑務所から刑期を終えて出所した男(高倉建)が、一度は別れた妻の元へ帰るまでを、ふとしたことで知り合ったカップル(武田鉄矢、桃井かおり)との自動車旅行を通じて描くというロードムービー。
 元の妻(倍賞千恵子)が、果たして夫への愛情を保っているかどうかが、最大の見所となる。
 
 
 
 すでに、テレビにおいて、菅原文太、阿部寛を主役に据えて 2度リメイクされているほどの評判のドラマなので、多くの人が、そのどれかの作品に接しているかもしれない。
 
 しかし、この話は、やはり初公開された1977年(昭和52年)という時代背景抜きには語れないドラマなのではないかと、(他の作品を見もせずに)勝手に思ってしまった。
 この時代だから成立した話だし、またこの時代だから意味を持った。
 まさに、「時代」というものが、必然的にたぐり寄せた作品であるかのように思う。
 
 1977年のこの作品で、重要な役に抜擢された武田鉄矢の年齢が、当時27歳。
 おそらく、映画の中においても、彼の役は実年令ぐらいに設定されているはずだ。
 なんと、それは当時の私と、まさに同年齢なのである。
 だから、武田鉄矢の姿や行動が、若いころの自分とダブりもするし、また微妙にズレもする。
 ある種の屈折した気分抜きには、この映画を語れない。
 
 赤いファミリア(4代目のFR)を手に入れて、泥臭くナンパに精出す武田鉄矢は、まさに当時の自分の姿そのものでもあるのだが、同時に、今の自分としてはもう見たくない「恥ずかしい自分」でもあった。
 
 そのときすでに、女に声かけて一発カマす、というのが、もう「一時代前の男の感覚」であると、うすうす感じながらも、次の時代が男にとってどんな時代になるのか、自分では見当もつかなかった。
 そんな、宙ぶらりんの落ち着かない気持ちでいた理由が何であったのか。
 映画を見ていて、それが分かってしまったのだ。
 
 1977年あたりから、「男を見る女の視線」が変わった。
 
 ナンパのうまい男 = 性的魅力のある男
 女を庇護する男 = 強くて、優しい男
 
 そのような “男の自意識” が、女性の目から見れば、ただの「男のナルシシズムとヒロイズム」でしかないような時代が訪れていた。
 
 山田洋次は、この『幸福の黄色いハンカチ』で、「男と女のあり方」が変わる時代が来ていたのに、それに気づかない 2種類の男を描き出した。
 
 すなわち、女に対する「カッコつけ」に美学を感じる男(高倉健)。
 そして、相手構わず女に声をかけ、「やっちゃう」ことで、自分の「モテ度」を確認する男(武田鉄矢)。
 
 そんな男の自意識が通用しなくなってきた時代を、『幸福の黄色いハンカチ』という映画はとらえている。
 
 
 
 とにかく、ナンパに精出して、ひっかけた女(桃井かおり)をなんとかモノにしようとする武田鉄矢は、とことんカッコ悪い(だから笑える)。
 
 しかし、一見、それとは対照的に、無骨な男の誠実さを漂わす高倉健は、実は、自分の過去を語るときには、カッコばかりつけるし、いざ、自分の元の女房と出会うまぎわになってくると、自分を「守る」ために、逃げ腰になってしまう(意外とめめしい)。
 
 山田洋次が高倉健に与えた役柄は、「不器用で誠実な男」に思わせながら、実は、自分の体面を保つことだけに神経をつかうような男だったといっていい。
 
 だから、この映画は、この2種類の “ダメ男” が、ようやくそのことに気づき、最後に「自己を解放する」という結論で終わる映画なのである。
 
 私は、その “2種類の男” たちが、どんな人たちだったか、自分の実体験から思い起こすことができる。
 
 わずか2~3年の違いかもしれないが、私より少し上の世代(いわゆる真性団塊の世代)というのは、我々から見れば、くすぐったいような美意識を持っていた。
 それが、“高倉健的な生き方” だった。
 
 
 
 私が学生だった頃、2~3年先輩の男たちで、学生運動に熱を入れていた人たちは、みな『昭和残侠伝』や『網走番外地』のファンだった。
 彼らがキャンパスの芝生の上に腰を下ろして映画の話をしているのを小耳に挟むと、決まって、「夕べは高倉健の深夜映画を見て、そのまま登校した」なんて話をとくとくと話しているのだ。
 
 最初はギャグかと思った。
 「革命運動とヤクザ映画の接点は何なんだよ?」
 結びつくような理由が見えない。
 
 よくは分からないが、高倉健的な “義理と人情” を重んじる男の生きざまは、そのまま無機的な資本主義の運動に対するレジスタンスのシンボルであるかのようなのだ。
 
 彼らは、“真面目に” 政治活動に取り組み、“真面目に” 恋をし、“真面目に” に挫折したつもりになって、高倉健的な誠意の貫き方に感情移入していたし、そのような空気は、学生運動が衰退した後も、まだ余韻のように、時代の片隅に淀んでいた。
 
 わずか2~3年の違いだが、その感覚は私にはなかった。
 生き方としては、ナンパの方が楽しいじゃないか、という武田鉄矢の演じた「キンちゃん」の方に近い。
 
 私たちの方は、どれだけの女の子に声をかけることができるか、そして彼女たちを振り向かせて、一緒に遊ぶ機会をつくれるかということを、仲間同士の「モテ度」のバロメーターにしていた。
 
 だが、そのどっちの生き方も、70年代に入ってからは、すでに「アウト!」だったのだ。
 
 この時代、最初の女性解放運動が、「ウーマンリブ」という形で広がった。
 初期の女性活動家たちは、政治・文化領域における「男の優位」を断罪し、男と平等の立場を取ることを主張した。
 
 しかし、70年代中頃になると、彼女たちは、そのような「論理的な不平等」を訴えることの理屈っぽい戦略を捨てる。
 それよりも、単純に、「あんたみたいな男って、サイテー」と、一言いえばすむことに気がついたのだ。
 
 どんなに言い寄られても、いやな男はいや。
 自分は、つまらない男なんかに人生を左右されたくない。
 
 そのような、女性の自立が「空気」として広まってきたのは、農村からの労働力供給が限界になり、都市にすむ若い女性の OL化、若い主婦たちのパート労働化が進んできたという背景がある。
 
 だが、多くの男たちは、そのような女性の意識変化を見逃していた。
 
 映画の中で、酔っ払ってケンカをして、ものの弾みで殺人を犯してしまった高倉健演じる「島勇作」が、獄中、面会に来た妻に「離婚」を申し出る。
 
 「オレは殺人を犯してしまった身だ。お前を幸せにできるような男じゃない。ケジメをつけるためには、お前と別れなければならない」
 と、健さんは妻にいう。
 そこには、ヤクザの美学を身につけた、任侠道に生きてきた健さんがいる。
 
 その健さんに対して、賠償千恵子の演じる妻は、泣きながら、悔しそうにいう。
 「あなたって、勝手な男ね」
 
 ここが、この映画の転換点だ。
 『唐獅子牡丹』が幕を閉じ、ここから山田洋次の映画が始まる。
 
 つまり、男がヒロイックに、ナルシスティックに生きられた時代 … それがとっくの昔に去っていたということを、賠償千恵子のセリフは伝える。
 それは、ヒロイズムとナルシシズムにまみれた高倉健的な日本の男が、ようやく「女」という他者と出遭ったことを意味する。
 
 では、「他者」としての女を見つけた健さんは、そこで何を得たのだろう。
 
 何十枚もの黄色いハンカチをたなびかせ、ひたすら夫の帰りを待つ女房に向かって、素直に寄り添っていける自分を得たのだ。
 たとえ貧乏でも、男と女が心を寄せ合い、小さな幸せを大事にしていく家庭こそが、いちばん美しいという結論を得たのだ。
 
 
 
 同じような感慨が、高倉健と一緒に旅をしてきた武田鉄矢にも訪れる。
 健さんと倍賞千恵子の夫婦の絆を確認した彼は、ようやく自分の旅のもう一人のパートナー、桃井かおりに対して、遊びの対象ではなく、将来連れ添う「恋人」としての視線を向ける。
 
 山田洋次が描きたかったのは、そんな「平凡な夫婦こそ美しい」という透徹した認識を持つ家族の再生ドラマだった。
 
 しかし、山田洋次は、それが同時に、“つかの間の幻” であることも分かっていた。
 もっといえば、そのような家庭が、すでに日本から消えつつあるという認識のもとで、この映画を作っていた。
 
 それが、どこで分かるのか?
 
 「貧乏かもしれないが幸福な家庭」というものを、夕張炭鉱の町に設定したことが、それを如実に物語っている。
 1977年というのは、実は、この夕張炭鉱が閉山された年なのである。
 
 「石炭から石油へ」という日本のエネルギー革命は、すでに1960年代に終わっていたが、夕張炭鉱は、その石炭エネルギー社会の最後の姿をとどめるものであった。
 
 山田洋次は、こう言っているようにも思える。
 「石炭の時代が終わったときに、日本の幸せな家庭は終わった」
 
 夕張炭鉱が閉鎖された1977年。
 この年、当時の内閣広報室調査で、国民の9割が中流意識を持ったということが明らかになる。
 その前年には、戦後生まれの人間が人口の半数を突破。カラーテレビの普及率が90%を達成。マイカーが 2世帯に1台まで普及した。
 
 時代は、石炭よりもさらに高効率のエネルギーを稼ぎ出す石油をベースとした社会に切り替わっていた。
 
 石油エネルギーによる繁栄は、「貧乏でも幸福がいちばん」という日本人の意識を変えた。
 豊かさがゆえの、新しい不幸が生まれつつあった。
 
 山田洋次が、『幸福の黄色いハンカチ』で、美しい夫婦の絆を描いた1977年。
 その年、実はテレビでは、都市郊外に近代的家庭を築いた核家族の崩壊を描く山田太一の『岸辺のアルバム』が登場していたのである。
 
 こちらのドラマに出てくる家族は、夕張炭鉱のみすぼらしい家で充足していた高倉健一家とはおよそ異なる、郊外風のモダン住宅で暮らしている。
 父親は、エリート商社マン。
 母親は、優雅な専業主婦。
 子供たちは大学に行くか、大学に進学するための勉強をしている。
 
 しかし、そこには倦怠期を迎えた夫婦の危機があり、子供たちが大人になる過程での苦悩がある。
 『岸辺のアルバム』は、そのような恵まれた核家族の「崩壊」を描いたドラマであった。
 
 徐々に日本を覆いつつある『岸辺のアルバム』的状況があったがゆえに、逆に『幸福の黄色いハンカチ』は、挽歌としての輝きを持ったのではなかったか。
 
 1977年という年は、その二つの流れが、交差する感慨深い年でもあった。
 
 
参考記事 『岸辺のアルバム』 

参考記事 「高倉健の存在感」
 
  

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幸福の黄色いハンカチ への4件のコメント

  1. Sora より:

    「歌は世につれ」ということで、歌謡曲を用いた分析はよくみますが、過去の映画とかTVドラマから時代の世相を斬る人は、あまりいないように思います。町田さん、冴えています。

    高倉健と武田鉄矢、二つのキャラ相反するようで、どちらもオトコ中心の自意識にからめとられたそれまでの時代の反映。しかし、ともに夫婦の絆の尊さに気づいて終わる。しかし、片方では、夫婦・家族そのものの決壊が始まっていた。なるほどです。決壊しつつあったがゆえに、夫婦が挽歌として輝いた、もいいですね。77年は二つの潮流が、二人の監督の作品を通して交差した年、の指摘は鮮やかです。

    現在はオトコとオンナ、とか夫婦・家族とかはどうなっていると考えるのでしょうか。サイテーとけなされるのを恐れて、オトコはたちすくんでいる。オバサンとオジサンは退職後離婚したら年金はどう分割されるか窺っている?

    家族愛・夫婦愛を重んじる山田洋次監督は、今BSプレミアムで家族をテーマに映画100選をやってますよね。今も彼の中心テーマは変わっていないように見えます。家族愛・夫婦愛は人間が種として進化・繁栄するために育んできた価値観ですから、そう簡単には葬り去られないでしょう。

    山田太一の方は、作品テーマをテーゼvsアンチテーゼの会話で対立させつつ止揚、展開していく作家ですが、夫婦はどう止揚されたのでしょうか、崩壊のままでしょうか。最近作の「空也上人がいた」についてNHKの週間ブックレビューのインタビューでは、救いを空也上人のような、人生の同労者として一緒に歩いてくれる人がいるという幻想が今必要だ、みたいなことを言っていました。伴侶を意味するとは思えませんでした。「異人の夜」みたいな作品もありますから、夫婦愛を人生のよすがにするのではなく、結局スピリチュアルなものに入っていくのでしょうか。

    いやあ、また勝手な自説展開になってしまって申し訳ありません。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ。
      山田洋次と山田太一の眺めている世界の違い。
      私はたまたま二人の作品を取り上げながら、そこまで深く意識していなかったので、よい勉強になりました。
       
      おっしゃるように、山田洋次監督は、一貫して 「家族」 をテーマにしていますね。
      それは “寅さん” シリーズを見ていても明らかです。
      あのシリーズでは、 「寅さんに欠けているもの」 という形で、逆に “家族” がものすごい大きな比重で取り上げられていますよね。妹の さくら の家族との対比という形で。
       
      そして、山田洋次は、「家族」 を、「男の自意識」 の内側には置いていない。
      寅さんの例をとれば、女性は常に寅さんにとって 「他者」 として存在しています。つまり、男の自意識の “彼方にある存在” という意味での 「他者」 ですね。
      寅次郎と歴代マドンナとの関係は、 「男の自意識と、その枠外に存在する女性」 という非対称の関係になっています。
      そして、毎回、 「男の自意識のカラを破らない限りは、家族と出会えない」 という結論で終わります。
      このテーマは、『幸福の黄色いハンカチ』 と同パターンです。
       
       
      一方、山田太一の場合は、男のセンチメンタリズムというものを “美的に昇華する” というところに狙いがあるのではないでしょうか。
      山田太一作品にそれほど多く当たっていないので、あくまでも当てずっぽの解釈ですが、昔、 『飛ぶ夢をしばらく見ない』 という小説を読んだときに、それを感じました。
       
      とても美しい小説です。
      ふとしたケガがもとで入院した男の主人公が、たまたま年老いた婦人と同じ病室になる。
      話しているうちに、心の交流が生まれる。
      ところが、その女性が普通の人間とは逆に、どんどん若返っていくという病気に侵されているという設定なわけですね。
      普通に齢を重ねていく主人公と、どんどん若くなっていく女性との恋愛が始まる。
      最後は、人ごみの中に消えていく幼女の姿を、万感の思いを込めて主人公が見送る。
       
      男なら、ちょっと涙腺がゆるむようなストーリーで、そこにはきわめて “上質の男のセンチメンタリズム” があるのですが、それは男の自意識の反映であり、そこには 「他者」 としての女性は存在していない。
       
      『岸辺のアルバム』 についても同様で、崩壊に瀕した家族が、最後に洪水で流された家族のアルバムを胸に抱きしめて終わるという設定は、「家族の絆をそこで確認し合うエンディング」 とよく言われますが、それも 「男のセンチメンタリズム」 。
       
      そこから家族の再結成に向かうのなら、 “いつわりの微笑に満ちた家族の肖像” など要らないというのが、女性のリアルな実感であるように思います。
       
      『空也上人がいた』 については未読なので、よく分かりませんが、もしSora さんが予見されたように、そこからスピリチュアルなものに向かうとするならば、それも夫婦愛というよりも、男性の救済という面に向かうのかもしれませんね。
       
      以上、こちらも勝手な自説です。
      いつも、いろいろなことを考えさせてもらえるコメントをいただき、ありがとうございます。
       

  2. Sora より:

    町田さん、追加コメントありがとうございます。

    >それは男の自意識の反映であり、そこには 「他者」 としての女性は存在していない。
    今回のポイントは上記に尽きるのでは。
    ただ、「女は男と人格的に対等だ、という前に異性だ」、と言う御仁も依然多いと思いますので、これは議論にきりがないと思います。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ。
      さっそくのコメント、ありがとうございます。
      議論が噴出するようなテーマは、やはり面白いテーマなんだろうな、と思います。
      >「女は、男と人格的に対等である以前に、異性だ」 という意見もよく分かります。
      私もある意味において、そのとおりだ! と思いますから。
       
      しかし、その場合の 「異性」 は、性差としての異性、つまり生物学的な異性にすぎず、文化概念としての 「ジェンダー」 としては考えられていない場合が多いような気もします。
       
      文化概念としての 「異性」 は、あくまでも歴史的な概念にすぎず、時代が変わるごとに変化してきたかもしれませんね。
      1977年というのは、それまでの 「文化概念としての女性/男性観」 が、女性の立場からくつがえされた年であったのかもしれません。
       
      それが、男と女にとって幸せなことだったかどうかは、また別の議論になるかと思いますが … 。
       
      話は変わりますが、斑尾高原の旅は、素敵な記事でしたね。
      写真もきれいでした。
      「希望湖 (のぞみこ) などは、地元の方に 「いいところだから行ってみたら?」 と教えられつつも、時間がなくて行けなかった場所でした。
      写真を拝見し、「行けばよかった」 と後悔しているところです。
       

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