写真を撮るなら絵画から学べ

 
 よい写真を撮ることとは、いかに絵画をたくさん見てきたかということに尽きるのではないか、と思うときがある。
 
 写真でなくても、映画においてもしかり。
 優れた映画シーンは、しばしば優れた絵画の “引用” からできあがっていることが多い。
 
 リドリー・スコット、ミケランジェロ・アントニオーニ、あるいはルキノ・ヴィスコンティなどという監督がつくり出す画像の中には、明らかに絵画から引用されていると思えるものがたくさんある。
 
 たとえば、リドリー・スコットは、映画 『グラディエーター』 の闘技場のイメージを構築するとき、ジャン・レオン・ジェロームの絵画 『指し降ろされた親指』 (1872年) に触発されたことを明らかにしている。
 スコットは、ジェロームの絵画を見て、
 「この絵が、私にローマ帝国の栄光と邪悪さを語りかけてきた」
 と述懐している。
 
▼ ジェローム 「指し降ろされた親指」 (左) /映画 「グラディエーター」(右)
  
 
 彼が、映画において 「神秘的なもの」 、「超越的なもの」 を表現するとき、そこに何かしら絵画の影響があるのを感じる。
 
 たとえば、下の画像 (左) は、映画 『1492 コロンブス』 において、コロンブスがアメリカ大陸に上陸するシーンを描いたものだが、霧のたなびき方やそそり立つ山林の風情に、ハドソンリバー派の画家ビエスタッドの絵描く 『シェラネバダの山中』 (右) が念頭にあったような気がしてならない。
 
▼ 映画 「1492」 (左)/「シェラネバダの山中」 ビエスタッド (右)
 
 
 ヨーロッパ人にとって、未知なるワンダーランドであったアメリカ大陸。
 それに接したコロンブスが見た風景を、 「ヨーロッパにはあり得ないような自然」 として描いたハドソンリバー派のように表現することは、リドリー・スコットのような監督には造作もないことだったのではなかろうか。
 
 写真を撮るときも、同じようなものだ。
 優れた写真を撮りたいと思うなら、絵画から学ぶといいのかもしれない。
 なぜなら、絵画というものは、絵の中に 「絵筆だけでは描くことのできないもの」 を込める技術のことをいうのだから。
 
 素人の写真がつまらないのは、そこに 「映っているもの以外のもの」 が描かれていないからである。
 
 花でも、山でも、恋人の顔を例にとってもいい。
 今も古典として残っているような絵画の多くは、対象としての 「花」 「山」 「恋人」 が描かれていても、常に、それ以外のものが表現されている。
 
 「… 以外のもの」 とは、 「いとおしさ」 かもしれないし、 「崇高さ」 かもしれないし、 「さびしさ」 「悲しさ」 かもしれない。
 そのような、人間に沸き起こる感情を表現するために、 「花」 や 「山」 や 「恋人」 が “素材” として選ばれているといってもいい。
 
 素人の写真は、まず 「対象」 が先に存在する。
 それしか存在しない。
 その対象をどううまく “切り取る” かが、写真術だと勘違いされている。
 「シャッターチャンス」 などという言葉が珍重されているのが、その証拠だ。
 それは、 「偶然のめぐみ」 がなければ、写真など撮れないという怠惰な気持ちから来ている。
 
 しかし、 「シャッターチャンス」 などというものは、カメラを構えた人間の周りにはない。
 「シャッターチャンス」 は、人間の “心” の中にしかない。
 
 景色の良いところでカメラを構えても、あいにく霧が出てくれば、たいていの素人写真家は撮るのをあきらめてしまう。
 しかし、絵心が分かっているカメラマンは、その 「霧」 を撮る。
 「霧の中にかすむ風景」 を描いた名画をたくさん見ているからだ。
 
▼ 18世紀のイギリスの画家ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナーは、光や風、大気にかすむ風景を描く天才だった
 
 
 ターナーが上の 『ノラム城、日の出』 で描きたかったのは、中央にぼんやりと見える朽ち果てた古城ではなく、その古城を包み隠す、朝日の神秘的な光だった。
 
 晩年のターナーは、若いころにその出来栄えを賞賛された具象画から次第に離れ、ほとんど抽象画に近いような風景を描くようになった。
 そのため、彼は、当時の画壇や鑑賞者からは冷淡に扱われるようになったが、彼の見出した 「光」 と 「空気」 は、自然の持つ “生の感触”、すなわち自然の奥行きの深さを捉えることによって、後の印象派の誕生をうながすことになる。
 
 そのように、絵画は、データとして記録できないものの “存在” を教えてくれる。
 絵心のないカメラマンの撮った写真は、どんな “芸術写真” を標榜しようが、つまらない。
  
  
 参考記事 「アントニオーニ 『欲望 (BLOW UP)』
  

カテゴリー: アート   パーマリンク

写真を撮るなら絵画から学べ への2件のコメント

  1. 林 孝信 より:

    私も同意見です。
    どんなに素晴らしい景色や瞬間に居合わせたとしても、その人の内にある、今まで蓄積してきた絵心以上のものは撮れません。

    良い写真を撮るにはテクニックは確かに必要であると思いますが、それ以上に人の感動がなければダメなのですね。

    • 町田 より:

      >林 孝信 さん、ようこそ。
      びっくりしました。
      林さんのブログは、ときどき拝見し、素晴らしい写真を撮られる方だと驚いておりました。
      そのような写真技術を持っていらっしゃる方が、私のような下手写真しか撮れないにもかかわらず “エラソー” なことを書く人間の意見にご賛同いただいたことに、びっくりしています。
       
      本日の林さんのブログも拝読しました。
      同じ意見を、より的確な言葉で表現されていることに感心いたしました。
      コメント、ありがとうございました。
       

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">