サザンオールスターズを愛した世代

  
 誰だって、自分の感受性のベースを作ってくれた音楽家、作家、タレントのことを絶対視したがる。
 それが、受け手の 「無垢な魂」 を強烈に染め上げてくれた最初のアーチストであるならば、なおのこと、生涯そのアーチストは、その人の “神様” になっていく。
 
 信者になった人は、他人が “神様” の悪口をいうことを許さない。
 反対に、 「私もファンだ」 という人が現れても、 「お前と比べたら、オレの方が年季が入っている」 などと、どこかで相手よりも自分の熱愛度の方を上に置きたがる。
 
 そんな “神様” を、たいていの人間は、一人や二人持っているものだ。
 
 J ポップでいうならば、サザンオールスターズというバンドを、絶対的な “神様” とあがめる人たちは、けっこう多い。
 特に、年齢でいうと、現在40代半ばぐらいの人。
 
 
 
 この夏、中年オヤジたちの集まりの席で、サザンのことが話題になったことがあったが、そのうちの一人は、自分が小学生ぐらいの時に、サザンオールスターズというバンドから受けた衝撃が 「一生を支配している」 …… というようなことを語っていた。
 
 サザンオールスターズが 『勝手にシンドバッド』 で、デビューを果たしたのが、1978年。それを小学生時代に聞いて、 “ぶっ飛んだ” という。


 
 何が、彼にとって衝撃的だったのか。
 
 まずは、その 「歌詞にあった」 ようだ。
 
 意味があるような、ないような……。
 
 それまでのヒット歌謡が、なんらかの物語を背景に、ひとつのメッセージを伝えようとするものであったならば、桑田佳祐の作り出す歌詞は、物語を “解体” し、メッセージを “おちゃらけ” にした。
 
 そもそも、この歌のタイトル自体が、当時流行っていた沢田研二の 『勝手にしやがれ』 と、ピンクレディーの 『渚のシンドバッド』 を組み合わせたものに過ぎない。
 そこには、 「いい加減さの美学」 とでもいえそうな、彼らの 「世の規範」 に対するレジスタンスさえ見て取ることができる。
 
 小学校も高学年になってくれば、無邪気にふるまえた幼年期が遠ざかり、否が応でも、社会の規範を受け入れざるを得なくなった自分の立場を知るようになる。
 そんなとき、重く覆いかぶさってくる社会の規範を、いとも簡単に “おちゃらけ” でかわそうとする 『勝手にシンドバッド』 のような曲は、生きることの重圧を知り始めた子供にとって、ひとつの 「解放の歌」 であったかもしれない。
 
 そもそも、桑田佳祐の作詞法では、言葉の意味内容を重んじるよりも、リズムとメロディに乗りやすい語彙が選択される。
 そのため、全体を貫くメッセージ性は希薄なものとなり、代わって、個々の言葉がより自由な広がりを獲得するようになっていく。つまり、本来なら同じ文脈には並び得ないような言葉が、ひとつのフレーズの中に等価で並んでいく。
 
 そこから生まれ出る “価値転倒の痛快さ” 、 “無秩序の中の解放感” 。
 桑田の詞がもたらす効果は、そのような言葉で説明することができる。
 
 桑田佳祐の “おちゃらけ” をいちばんよく物語っているのは、 『マンピーのGスポット』 (1995年) という歌だ。
 まさにタイトルそのものが、放送コードに触れそうなヒワイなコノテーションをはらんでおり、特に 「ピー」 とは、放送禁止用語が出たときに、その音に被せられる機械音の 「ピー」 を意味していることから、この歌は、二重に放送コードをおちょくっていることになる。
 
 それでいて、当の桑田は、
 「マンピーとは、ピーマンのこと。Gスポットとはグレイトスポットという意味で、 “ピーマンのように中身がスカスカの人でも、何かしら凄いところを持っている” という歌」
 などと、マジ顔で平然と解説しているとも。
 
 
 
 こういう、 「おちゃらけ」 と 「おちょくり」 は、子供にとっては、実に痛快なものだ。
 だから、70年代の後半や、あるいは90年代の後半のように、社会が閉塞性を強めていく時代になると、サザンのような “陽気なシニズム” は、子供 (…や子供のような感覚を捨てきれない大人) には心地よく感じられたはずだ。
 
 しかし、私自身は、サザンのことを 「日本における洋楽の素直なフォロワー」 として位置づけているので、歌詞にはあまり頓着していない。
 特に、洋楽をカバーしている時の桑田佳祐からは、彼が本当にクラプトンやビートルズ、ステッペン・ウルフ、CCRみたいな音が好きなんだなぁ … という想いが伝わってくる。
 
 だから、ブルース・ロック的なギターリフ、モータウンサウンド的なコーラスなどが、 「いかにも、それらしい」 場所に散りばめられている 『ビッグ・スター・ブルース』 などが、私のお気に入りなのである。
 
▼ Big Star Blues from YOUTUBE

 
 このような、サザンの持つ洋楽の 「匂い」 を、よく 「パクリ」 だと批判する人もいる。
 しかし、私はそうは思わない。
 あれは 「パロディ」 である。
 しかも、洋楽のエッセンスを知り尽くした人間でなければできないような 「高級なパロディ」 だ。
 
 「パロディ」 と 「パクリ」 の差は何かというと、結局は (何度もいうように) 、おちゃらけの 「有る」 「無し」 である。
 そういった意味で、サザンオールスターズというのは、 『いとしのエリー』 のような、マジ風バラードを歌っていても、 「いま本気でやってる (笑)? 」 と、どこか突っ込みを入れたくなるような部分を残しており、パロディバンドとしては傑出した存在であると思う。
 
 
 
 ただ、こういう位置づけは、いま40歳半ばぐらいの、生粋の 「サザン信奉者」 にとっては、もしかしたら 「気に食わない発言」 なのかもしれない。
 
 小学校の6年生のときに、サザンオールスターズのデビューに立ち会ったという、あるファンは、自分のブログで次のように書いている。
 
 「 (僕らの世代は、サザン以降の) いかなる音楽を聴いても、それは桑田佳祐というフィルターのもとに認識せざるを得なかった。ビリー・ジョエル以降の音楽は、すべて桑田との対照で理解された。
 いや、遡って聴いたボブ・ディランやビートルズさえ、桑田との対照で聴くことしかできなかった世代なのだ」
 
 この記事を書いた人は、北海道で、国語教育を担当されている高校の先生である。
 偶然拝読したが、サザンオールスターズというバンドが、日本のある世代に与えた影響というものを適切に表現した印象記なので、勝手に、そのさわりの部分を引用させてもらう。
 
 その人は、サザンとの出会いが自分にとって何であったのか、それを次のように説明する。
 
 「いかなるものにおいても、最初の “体感” というものは、しかも、あまりにも繰り返し強化された体感というものは、数十年の時を隔ててもなんら減退することもなく、自分という存在になくてはならないものとして一体化されてしまっている」
 
 それが、彼が小学校6年生のときに“体感した” サザンのデビュー(1978年) だったという。
 そして、中学生になり、社会を見つめるためのさらに広いレンズが必要になってくると、彼にとってのサザンは、まさに広角レンズの役割を果たすようになる。
 
 彼は、いう。
 
 「思えば、 ( 『ステレオ太陽族』 に収められた) 『My Foreplay Music』 という曲は、ぼくにいろんな語彙をもたらしてくれた。その多くは日常生活ではほとんど使うことがないものだが、それでも 『刹那』 とか 『溶ろける』 とか 『ナイトキャップ』 とか 『スコッチ』 とか 『ベーゼ』 とか、ぼくはこの曲を起源とする語彙をそれなりに思い起こすことができる。ちょうど、ぼくの世代が、最もサザンの影響を受けている世代であるはずだ」
 
 この感覚は、実によく分かる。
 このように、個人の成長期に体験した音楽 (あるいは文学など) は、その個人の感受性の基礎を作るときの象徴的な出来事を用意する。新しいボキャブラリーの獲得などというのは、まさにその代表的な例だ。
 
 サザンを愛する高校教師は、さらに、こう続ける。
 
 「一見、サザンと同世代の人たちの方が、サザンの影響を色濃く受けていそうに思われるけれど、実はそうではない。 (彼らと) 同世代の人たちは、それ以前からさまざまな音楽を聴き、さまざまな語彙をもっていた。そういったものとの比較を通じてサザンを受け止めたはずである。
 しかし、ぼくらの世代は、それ以前に聴いていた音楽などピンクレディーとキャンディーズくらいのもので、いわばサザンによって、無垢をサザン色に染められたのである」
 
 だから、彼には、サザンより前に遡って聞いたボブ・ディランやビートルズさえも、桑田佳祐との対照で聞くことしかできなかったというわけだ。
 
 そして、彼は続ける。
 
 「このことを前世代は、不幸なことだというだろうが、他の世代にどう見えようが、それは我々が生まれたときに親を選べなかったことと同様の構図でしかないのであり、ぼくらの責任ではない」
 
 彼は、このように、自分のサザンとの出会いには、何か運命的な時代状況が絡んでいるように書く。
 しかし、それは別に彼の世代だけの特徴ではない。
 いつだって、誰だって、そういうように音楽を “体感” してきたのだ。
 
 彼がいう 「サザン」 を、 「ビートルズ」 に置き換えれば、それは私の世代の “体感” になるだろうし、今度は 「AKB 48」 に置き換えれば、今の子供たちが “体感” している時代の空気を意味することになるだろう。
 

 
 なぜ、この人の文章をここまで引用したかというと、それは、流行音楽と、それを受け取る人間の “関係” というものが、非常に正直に描き込まれていると思うからだ。
 
 「自分の成長期に流れている音楽は、親と同じように、本人には選ぶことはできない」
 … ということは、
 「だから、その音楽を好きにならないかぎり、自己肯定ができない」
 … という意味となる。
 
 たぶん、流行歌と聞き手の関係は、そのようになっている。
 
 最後に、この人が音楽以外の分野、すなわち、文学・芸能の領域で、どのような人たちを高く評価しているかということに、ちょっとだけ触れる。
 
 「ここ30年余り。 (つまり自分の) 思春期から四十代半ばに至るまで、トップを君臨し続けているのは、各界を見回しても、桑田佳祐・村上春樹・ビートたけしの3人だけである。
 他にはいない。誰一人いない。その候補さえ浮かばない。 (中略)
 政治家なんて彼らの足下にも及ばない。
 中曽根康弘も小泉純一郎も、その影響力において彼らには適わない。彼ら 3人とは比べるべくもない。
 ぼくらこそが、おそらく彼ら 3人の純粋培養世代なのだろう」
 
 桑田、村上、たけしの 3人は、いずれも彼が思春期のときに最も光彩を放った 「時の人」 である。
 その短い期間に出会った 3人だけを、かくのごとく絶対視してしまうというのは、ある意味で無茶苦茶である。
 
 しかし、自分の成長期に発見した “神様” というのは、誰にとっても、そういうものだ。
 それを、この人は、臆面もなく、正直に語ったまでのことである。
 
 私には、若干異論がないこともないが、この血気にはやる戦闘的な宣言は、この世代の気分というものが反映されているようで、なかなか面白かった。
 
 
 
 
 参考記事 サザンオールスターズ作 「そんなヒロシに騙されて」
 
 

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サザンオールスターズを愛した世代 への4件のコメント

  1. frictionreck より:

     いやー、引き込まれますねー。 B級耳に悩ませられてきた私には、サザンはリアルタイムで好きだったのは休養の後出したあまり売れなかった ♫ビッグスターブルース♫ でした。
     新宿ロフトのオーナーの話がおかしかった。売り込みたいバンドはいっぱいいたけど、まさかアルバイトとしてた身内バンド(「サザン」がロフトでバイトしていて時々つなぎでライブさせたりしたのかもしれない)が売れてしまうとは思いもしなかったとのこと。
     私見としてはニューヨークや英国のパンクに対する日本からの返答だったと思いたいのですけど「サザン」は。誰も言わないけど(笑)。
     http://blogs.yahoo.co.jp/frictionreck/6076286.html
     今見たら、一応語っていました。是非ご覧下さい。

  2. 町田 より:

    >frictionreck さん、ようこそ
    「n君のブログ」 拝読しました。
    いやぁ、実に面白い! 新鮮な視点と素敵な語り口で、ユニークな 「ロック論」 を語っておられると感心いたしました。
    なるほど。
    サザンがパンクバンド … 。
    確かに、『勝手にシンドバッド』 など、楽しいおちゃらけを装いつつ、その裏にはアナーキーな攻撃性が漂っていますものね。
    >> 「コミックバンドとしても一流になる可能性を秘めていた」 というのも分かります。
    “笑い” って、けっこう攻撃的な破壊力を持つものですから。
    どんな正論も、正義も、権威も、「笑い」 の前には勝てないわけで。

    さすが、「日本のロックを考える」 ブログの管理人さんですね。
    サザンに対して、また新しい見方を可能にしてくれた素敵な論考でした。
     

  3. くどう より:

    私の姉がまさに「サザンを絶対な神様とあがめていた」世代でした(笑)。
    (ついでに言うとその世代はユーミンもあがめている気がします)
    高校の先生の記事もなるほど、姉を見てるとピタリと当てはまります。
    私は姉の影響からサザンを聞くようになった口ですが(といっても80年代末までですけど)、
    管理人さんの「日本における洋楽の素直なフォロワー」 という表現が非常に的を射た考察でさすがだなーと思いました。
    サザンはヒット曲が多いため、その音楽性については(一般メディアでは)あまり話題に上りませんが、
    アルバム収録の曲を聞けばその音楽的振れ幅の大きさにあきれ返ってしまいますし、
    かつての「ニューミュージック」や「J-POP」はたまた「日本のロック」と呼ばれたバンドやアーティスト群と比べても、
    ありとあらゆる洋楽の音楽的ボキャブラリーを引用しつつも、
    それらを自分の語彙として新たに洋楽的な音楽を創り上げる、
    その辺りの凄まじさがあると思います。
    多分そういったサザンの雑多さ(ルーツはあるけれどもあまりにもそれが多すぎて、雛形となったバンドが一つに絞り切れない)があるがゆえに、
    直撃世代の人達は、「桑田(≒サザン)との対照で聴くことしかできなかった」のではないかと。
    これが、あきらかにそのルーツが一つのバンドやアーティストであることが分かってしまうバンドの場合、
    どうしてもその「元ネタのバンド」との比較に終始されて
    「やっぱ本家は(フォロワーとは)一味違うよな」的な方向に行きがちです。
    これに対してサザンの場合は曲単位ではパクリや元ネタを確認できたとしても、
    アルバムやバンド全体として捉えるとあまりにも多種多様で正直つかみどころのない、
    そうしたところがバンドとしてのスケールの大きさに直結しているんじゃないかと思います。

    まあ、ぶっちゃけ、「歌詞が何言ってるのかよく分からない」ことが、
    音楽的に高尚に思えることを助長してたってのも、良くも悪くもあったかも(笑)。

    • 町田 より:

      >くどう さん、ようこそ
      なるほど、ユーミンとサザン。
      その2大アーチストの名前が出てくると、なんとなく一つの時代の空気のようなものが浮かんできますね。
      ユーミンとサザンは、ともに日本のJポップスの転換点に立っていた人々で、そのどちらもにルーツには洋楽のエッセンスがあったように感じます。ユーミンはアメリカンポップス。サザンはロックやR&Bといったところでしょうかね。

      しかし、彼らの音楽を聞いて育ったリスナー世代には、もう洋楽のエッセンスなどというものが意味を持たなくなっていたように思います。
      ユーミンとサザンだけ聞いていても、音楽的に十分に満たされるものがあったからでしょう。

      特にサザンの場合は、くどうさんがご指摘されているように 》「その多様性 … ルーツがあまりにも多すぎて、雛形となったバンドが一つに絞り切れない」がゆえに、リスナーはみなサザン独自の音楽文化が完成されたように感じられたはずです。

      なぜそういうことが起きたかというと、ひとえに桑田佳祐の洋楽への惚れ込み具合の賜物であったような気もします。
      彼は、おそらく少年時代にビートルズやクラプトンや、R&Bがほんとうに好きだったんでしょうね。
      彼の音楽ルーツが絞り切れないというのは、もう少年時代に聞いた洋楽が脳細胞の底の方にまで浸透していて、血液のように体内を駆け回っているせいだと思います。
      だから、ふとひらめいた旋律や歌詞に、その無意識のうちに培われてきたエッセンスが自然に流れ出ちゃうのでしょうね。

      だから桑田さんには、あまり「オリジナルを作ろう」というしゃっちこばった意識はないのではないかな。空気を呼吸するように、あの旋律と歌詞が自然に出てきているように感じます。
        

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