ヘビーメタルとオペラ

 
 ヘビーメタルとは、 “アメリカ音楽との決別” だったんだな、というようなことが、なんとなくテレビを見ていて分かった。
 
 NHKのBSプレミアムで 『Amazing Voice (アメイジング・ボイス) 驚異の歌声』 という番組を見ていたときのことだ。
 タイトルは 「メタルとオペラの肉体関係」 。
 2011年の 7月に放映されたものの再放送らしい。
 
 そこに登場したのは、スウェーデンのヘビーメタルバンド 「セリオン」 のボーカルを務めるトーマス・ヴィクストロム。
 この人、なんと王立歌劇場で活躍するオペラ歌手なのである。
 

 
 番組では、眼にアイラインを入れて、いかにもヘビメタアーチストっぽいメイクを施したトーマスが、悪魔が跳躍するようなおどろおどろしい世界を歌ったヘビメタサウンドを聞かせる。
 

 
 … かと思うと、一転して地味な衣装に身を包み、朗々と神の祝福を賛美するオペラ歌手を演じる。
 

 
 その落差と同時に、その共通点を見出すというのが、どうやらこの番組の趣旨らしい。
 
 それをずっと見ていて、何かが分かった。
 自分が、 “ヘビメタ” と称されるロックに関して抱いていた違和感。
 その違和感の正体が、 「ヘビメタのアメリカ音楽離れ」 という志向にあったことが (自分なりに) 理解できた。
 
 ヘビーメタルバンドのボーカリストであると同時に、オペラのテノール歌手であるトーマスは、同じ曲 (たとえばイタリア民謡) を、それぞれロックの歌唱とオペラの歌唱で歌い分け、そして、その違いを語る。
 
 「オペラにはブルースがない」
 
 青天の霹靂 (へきれき) というか、まさに、単純にして見事な一言に、思わず息を呑んだ。
 
 さりげない一言であったが、その通りなのである。
 自分が今までこだわっていたことが、その一言で氷解したように思われたのだ。
 
 彼は、自分が打ち込んでいるオペラ以外の音楽、すなわちハードロック、ヘビーメタルには、 「ルーツとしてのブルースがあるが、オペラにはない」 と言ったわけだが、しかし、音として聞いていると、ハードロック → ヘビメタに至るプロセスそのものが、まさにブルース (黒人音楽) から遠ざかっていく過程のように思われる。
 
 そして、もうひとつ。
 番組では一切触れられていなかったけれど、ヘビメタにはカントリー&ウェスタンの要素もない。
 
 つまり、われわれが 「洋楽」 として馴染んできたアメリカン・ポップスの根幹にあったものが、ヘビメタには欠けている。
 
 「欠けている」 と書いてしまうと、ヘビメタファンからは大いに怒られそうだが、逆にいうと、ヘビメタというのは、実はヨーロッパの伝統音楽への回帰であったかもしれないのだ。
 すなわち、クラシック音楽やオペラなどへの郷愁や再発見がヘビメタの精神を支えていたというわけだ。
 
 そのきっかけは、どのへんにあったのだろうか。
 ディープパープルなどには、 「脱ブルース」 の志向がすでにうかがわれた。
 クイーンははっきりいって、オペラ風コーラスを採り入れたクラシック志向のバンドであった。
 
 ブルースのエッセンスにどっぷり浸かってきた私などは、そういうブルース色の薄い音に馴染めなかったが、逆にいうと、それだからこそ、 「脱ブルース」 を目指した若い音楽ファンたちは、そこに新しい音を見つけたのかもしれない。
 
 『Amazing Voice』 に登場したトーマス・ヴィクストロムは、アコースティックギターのサウンドをバックに、メロディアスなバラードも歌った。
 それは、どこかイギリス・トラディッショナルフォークソングを彷彿とさせるような音だった。
 
 オペラ
 イギリストラッドフォーク
 
 つまり、イギリス人たちが、アメリカ大陸に移住する前の音。
 いわば、世界のポップミュージックとしてのアメリカ音楽が形成される前の音楽。
 ロックの発展型と思われていたヘビメタは、実は、そのような先祖帰りの音楽だったのではなかろうか。
 
 私は気づかなかったけれど、 “虐げられた黒人の魂” として受け取っていたブルースは、ビートルズやストーンズ、エリック・クラプトンらの手によって、いつの間にか、現代音楽の絶対的な権威、すなわち 「エスタブリッシュメント (体制) 」 の音楽になっていたのかもしれない。
 
 それに飽き飽きしていた若い世代は、ひとつはパンクロックへの共感を示した。
 
 しかし、ブルースやカントリーを根幹に持つアメリカ音楽に対する無意識の拒否反応は、パンクだけに収斂 (しゅうれん) していったわけではない。
 ヘビーメタルもまた、70年中頃以降の “エスタブリッシュメント・ロック” に異を唱えたムーブメントだったように思う。
 
 番組の最後は、トーマス・ヴィクトロムや現役オペラ歌手たちが、ヘビメタファンが結集するコンサート会場で、オペラとロックが融合したような音楽を披露するシーンで終わる。
 
 壮大な音色。
 おどろおどろしい、どこか中世風のファンタジー映画を匂わすようなステージ構成。
 異教的な趣向を持った衣装。
 
 そこに表現された舞台性および演劇性は、映画 『ロード・オブ・ザ・リング』 や 『ナルニア国物語』 のかもし出す雰囲気にも近い。
 それは、中世キリスト教的な精神と、古代ゲルマンやケルトの情熱が妖しく渦巻く、原始ヨーロッパの精神性が躍動する世界だ。
 
 たぶん、この感じはワーグナーのオペラ 『ニーベルンゲンの指輪』 や 『ローエングリン』 を見ていた19世紀当時の観衆が見ていた世界そのものであるはずだ。
 欧米ロックの一支流に過ぎないと思われていたヘビーメタルは、実は、そのようなオーソドックスなヨーロッパ音楽の精神をストレートに受け継ぐものであったように思う。


 
 ヘビメタを代表するロックバンドにキッスがある。
 オペラ歌手としての成功も手に入れていたトーマス・ヴィクトロムがヘビメタに目覚めたのも、キッスに接してからだという。
 
 キッスといえば、あの歌舞伎の隈取 (くまどり) を思わせるメイクが有名だが、あれこそ、荒ぶる古代ヨーロッパの伝統的な戦いのメイクそのものである。
 

 
 メル・ギブソンが主演した 『ブレイブハート』 では、戦いを前に、顔に青い顔料などで装飾を施すスコットランド戦士のメイクが描かれている。
 それは、相手を威嚇するものでもあり、自分たちの士気を鼓舞するためのものでもあった。
 

 
 キリスト教的でローマ的な文化と秩序を押し付ける大国イングランドに対して、自分たちのアイデンティティを守ろうとするスコットランド民衆の戦い。
 
 それが 『ブレイブハート』 のテーマだったが、その 「イングランド」 を 「アメリカ」 に。
 そして 「スコットランド民衆」 を、古代ヨーロッパの精神風土を象徴する 「ゲルマン・ケルト系文化」 と置き換えてみると、彼らの戦闘に臨むときのメイクの意味が際立って見えてくる。
 

 
 キッスはアメリカのバンドであるが、彼らが当時主流であったブルースロックの流れを断ち切ろうとした時、自分たちのアイデンティティを、古代ヨーロッパの戦士のメイクの求めたのは偶然ではあるまい。 
 それは、ポピュラーミュージックの世界で圧倒的な優位を保っていたブルース的・カントリー的音楽への挑戦状でもあった。
 
 そんなことを考えているうちに、ちょっとヘビメタを思い直すようになった。
 ブルース愛好家の私にとって、ロックとしてはまったく面白くないヘビメタだけど、これは、古代ヨーロッパから連綿と続いてきたユーロ系 “民族音楽” だと思えば興味もわく。
 
 トーマス・ヴィクストロムが参加する 「セリオン」 の音楽はなかなかよかった。
 
 
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ヘビーメタルとオペラ への6件のコメント

  1. ザラ より:

    はじめまして。

    20年くらいメタルを聞いる私ですが、町田さんの記事は、
    今までなんとなく理解していたことが、言葉になってハッキリと
    提示されたようで、ハッとさせられました。

    そうなんですよね。
    アメリカ音楽との決別なんですよね。

    一方では、日本のロック&ポップスがアメリカに近づけないのも、
    バックボーンにカントリーやブルースがないからなんでしょうね。

    あー、すっきりした。

    • 町田 より:

      >ザラさん、ようこそ。
      こちらこそ、はじめまして。

      自分は、実はあまりヘビーメタルという音楽をよく知りません。
      音源データとしても、他のジャンルに比べてほとんど持っていないのです。
      だから、記事を書きながら、「ほんまに、こんなこと書いていいんかい ?」 とずっと自問自答を繰り返していました。

      にもかかわらず、ザラさんのように、20年もメタルを聞いていらっしゃる方から、このようなコメントを頂けるとはうれしいかぎりです。

      逆に、ザラさんの、>「日本のロック&ポップスがアメリカに近づけないのも、バックボーンにカントリーやブルースがないからなんでしょうね」 という一言には、こちらの方がハッとさせられました。
      このご指摘は、さっそく次のブログ記事 (柳ジョージの話) にありがたく使わせていただきました。

      本当に、素晴らしいご指摘をいただき、感謝しております。
      今後ともよろしくお願い申し上げます。
        

  2. frictionreck より:

     うわー このコーナにも感動、発見。出直してこよう(?)。では。

    • 町田 より:

      >frictionreck さん、ようこそ
      ありがとうございます。
      >>「感動」 … などと言われると、うれしくもあり、かつ少々気恥ずかしいです。

  3. ベビメタファン より:

    ガーシュインやプーランクなど、20世紀のオペラには黒人音楽に基づいたオペラはいくつも存在します。
    「オペラにはブルースがない」等という妄言は、「ジャズはクラシックに比べ、ハーモニーが進化している」等と平気でのたまう一部のミュージシャンと同じで、同時代という比較の統一条件の概念すら持たない自己の無智を晒すものでしょう。

    • 町田 より:

      >ヘビメタファンさん、ようこそ
      貴重なご指摘、ありがとうございました。
      いろいろな知識を深めていかないと、正しい認識に至らないということをしっかりお教えいただき感謝申し上げます。
       

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