70年代スイートポップス

   
 誰にだって、「心地良い!」と思える “音の流れ” というものがある。
 気に入った音楽を集めていると、ふと、そこに法則性があることに気づいたりする。
 
 私の場合は、そういう音を追っていくと、それが60年代末から70年代初期のポップスやソウル・ミュージックに集中している。
 特にミディアムテンポのバラードの場合、(人に指摘されるまで気づかなかったのだが)、アーティストと曲タイトルを意識しなければ、「みな同じ曲じゃない?」といわれるほど、好みの音が似通っているのだそうだ。
 
 コード進行でいうと、例えば、Cmaj7、Am、Dm7、G7 … を繰り返すことで A メロを構成している曲とか、Cmaj7 と Fmaj7 をひたすら繰り返しているような曲。
 
 この “芸のない” シンプルさがとても好きだ。
 特に、メジャーセブンスコードが鳴ると、そこのところで、自分の中に内蔵されている「気持ちいいボタン」にスイッチが入る。
 
 その音が鳴ったとき、イメージとして、まず「風」を感じる。
 夏の海岸にいるときに、パラソルの下を吹き抜ける海風。
 あるいは、秋の木漏れ日を浴びたテラスの上で、頬をなでていく微風。
 
 
 
 メジャーセブンス系コードの単調な繰り返しに耳を傾けていると、そんなイメージが脳裏に広がっていく。
 
 具体的な曲を挙げると、例えば、古いところで、
 ビートルズの『こいつ This Boy 』。
 カーペンターズ・バージョンの『遙かなる影 Close To You 』。
 ブレッドの『愛の別れ道 Baby I’m A want you 』。
 
 日本では、シュガーベイブ時代の山下達郎が作った『ダウンタウン』。
 はっぴいえんどの 『夏なんです』。
 
 どれも、独特の浮遊感をつくり出している。
 魂が、身体を抜け出して、空中遊泳を始めたような感覚。
 あるいは、自分を取り巻く空気が、意識の底までひっそりと降りてきて、身体を通して、大地と融け合っていくような気配。
 いずれにせよ、接している自然が、かなり “身体化” されていく感触が得られる。
 
 そういった意味で、このセブンス系コードの繰り返しは、私だけに限らず、広く人気を獲得しているようだ。
 不協和音なので、どこか不安定な感じもするけれど、しかし、それが “ゆらぎ” となって、「甘いけだるさ」みたいなものが漂うからだろう。
 
 言ってしまえば、「ハッピー (幸せ) 」と「メランコリー(憂鬱)」と「アンニュイ(物憂さ)」を混ぜ合わせたような音。
 かなり “文学的” な音かもしれない。
 
 原型は、エリック・サティの『ジムノペディ』だと言われる。
 この曲が、近年になって人気が出てきたのも、この 『ジムノペディ』 に影響されたフォロワーたちが、この曲のエッセンスをポピュラー・ミュージックに応用したために、逆に彼の曲が再発掘されたせいかもしれない。
 私は、『ブラッド・スエット & ティアーズ』のアルバムで、最初にこの『ジムノペディ』を聞いた。
 秋の金色に輝く芝生の上を、木漏れ日が揺らいでいるようなイメージが湧いた。
 
 
 
 そのあたりからか、そういうコード展開が、自分の「心地良さ」の原点になった。
 で、そういう感じの曲のいくつかを紹介してみる。
 
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 まず、ジュニア・ウォーカーズ & ザ・オールスターズの『ホワット・ダズ・イット・テイク』。
 1969年にレコードが発売されて、『ショットガン』に続く彼らの大ヒットを記録した曲となった。

   
 
▼ Jr Walker & The All Stars「What Does It Take」

  
 甘いストリング・セクションを配した、いかにもモータウンらしいゴージャス感を持った曲で、私が最初に「都会の匂い」というものを嗅ぎとった R&B である。
 つまり、「都会の頽廃」、「都会の快楽」。
 そういったものが、(少しチープに聞こえる)サックスの扇情的な音色にうまく表現されていたように感じる。
 
 コード進行は、Gm7 と Fmay7 の繰り返し。
 そこに、都会の軽佻な華やかさと、同時に、アンニュイを含んだ都会の哀しさが漂ってくる。
 
 ジュニア・ウォーカーは、自分ひとりで作詞・作曲を担当し、ヴォーカルを務め、ソロパートでサックスを吹いた。
 何でもできる器用さが、逆に “器用貧乏” のイメージを招き寄せるが、考えてみれば、作詞家・作曲家、歌い手、演奏家の分業が当たり前であったこの時代、すごいことでもある。
 もっと評価されてしかるべき人という気もする。
 
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 単純な 2コードの繰り返しで名曲ができてしまうという例をもう一つ。
 コーネリアス・ブラザーズ & シスター・ローズの『トゥ・レイト・トゥ・ターンバック・ナウ』。
 72年に発表された R&B で、その年の全米ヒットチャートの 2位に輝いた。

 

▼ Cornelius Brothers & Sister Rose「Too Late To Turn Back Now」

 
 フロリダ出身のグループらしいノーテンキな明るさが目立つ曲で、R&B というより、ポップスの部類に入れるのが正解かもしれない。
 だから、日本のディープなソウルファンからは、ちょっと馬鹿にされていたが、案外アメリカの黒人は、この手の音が好きだ。
 昔、よく遊びに行っていた福生ベースに近い黒人バーでは、ジュークボックスからよくこの曲が流れていた。
    
 日本でいうと、「青春歌謡」という感じがする。
 歌詞も、思春期の青年の心を素直に歌い上げていて、浮き浮きした曲調とよく合っている。
 
  「お母さんが、恋には気をつけろとよく言った。
  恋は、心を傷つけるものだから … と。
  しかし、もう遅いよ(Too Late)。
  僕は、その “恋” に落ちちゃったんだ。
  もう戻れやしないんだ(To Turn Back Now)」
 
 そんな切ない少年の心を、甘いストリングスと、メロウな 2コード反復の進行がうまく表現している。
 
 地味だけど、“トントコ スットントン” という盆踊りの太鼓のようなドラミングが、けっこう小気味良い。
 
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 もう一曲、70年代後半のソウル・ミュージックから。
 70年代も終わり頃になると、四つ打ちリズムのディスコビートが台頭してくるが、その中でも、比較的、70年代初期のソウル・コーラスグループのフォーマットを保っていたのが、このフローターズの『フロートオン』(1977年)という曲。


 
▼ The Floaters「Float On」
 
 
 残っている映像を見ると、そのサーカスの手品師のような衣装といい、場末のファッションショーのような振り付けといい、ちょっと腰が引けるのを感じる。
 
 歌詞にも、脇の下から汗が吹き出すような気恥ずかしさが漂う。
 詳しく聞き取ってはいないが、
 「オレの名前は、チャールズだ。てんびん座の生まれだぜ。さぁ、恥ずかしがらずに手を取って …… 」
 って感じの、いかにも「スケコマシ」の歌であることをうかがわせる。
 
 ここに紹介する動画は、3分半ほどのバージョンだが、アルバムでは、間奏や語りも交え、延々と10分以上も続く。
 
 しかし、サウンドとして聞いていると、その10分が “至福の時” に変わる。
 ラベルの『ボレロ』みたいに、同じ旋律のループが催眠効果を発揮して、いつしか夢見心地になっていく。
 海の見えるジャグジーなどに浸かりながら聞くと、たまんないだろなぁ、と思う。
  
 この曲は、有楽町にあった喫茶店の有線放送で聞いた。
 曲名も歌手名も分からなかったので、店員に、有線放送を運営している会社の電話番号を聞き出し、「さっきのはなんて曲?」などと直接尋ねたような記憶がある。
 それほど、音としての心地良さにまいった曲だった。
 
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 今度はラテンの情熱を少々。
 
 狂おしいばかりの切なさと、とろけるような甘さ。そして、心身が弛緩していくようなけだるさ。
 まさに、夏の夜の浜辺のナンパ気分を盛り上げるためにあるような曲。
 それが、チカーノ系ロックバンド「マロ」の演奏する 『スアベシート』(1972年)だ。
 
▼ Malo 「Suavecito」
 
 
 
 
 この曲は、カルロス・サンタナの弟であるホルヘ・サンタナが参加したラテンバンドとして話題を呼んだ1枚目のオリジナル・アルバムに収録された曲で、タイトなラテンビートが続くアルバム構成の中で、一服の清涼剤の役目を果たしている。
 
 アルバムを通して聞いた印象では、 “ラテンロック” を標榜したサンタナよりも、さらにラテン臭い。
 ギター中心のバンドであったサンタナに比べ、こちらはホーンセクションがかなり重要なパートを受け持つ。
 この曲も、イントロからホーンが加わり、南国の夜の熱気を伝えてくる。

 どうも、こういう音に弱い。
 セブンス系コードの繰り返しは、私に心地良い酩酊(めいてい)感をもたらす。
 
 こういう “刷り込み” は、私が、たまたま60年代末から70年代初期にもっとも多くのポピュラー・ミュージックを聞いたことと関係しているように思う。
 
 なにしろ、こういうコード展開が、ポップスの世界で大手を振って登場したのが70年前後。それ以前の流行歌には、こういうパターンは非常に少なかったのだ。
 
 このような “ふんわり” した曲が登場する前、ロックの系列では、情念の激しいうねりを表現するギタープレイが主流であり、フォークでは、過激な政治メッセージを歌に託すスタイルが幅をきかせていた。
 「メロウでスイートなポップス」など出る幕がなかった。
 
 だから、この手のサウンドに飢えていたともいえる。
 それが、たまたまロック畑ではなく、ソウル畑のヒット曲から輩出したために、私は一気にソウル系に急旋回していった。
 
 なにしろ、こういう感じの曲は、(私の場合は)、オープンカーにでも乗って夜の街を流しながら、素敵なネエちゃんに声をかける … という夢を見させてくれる。
 つまり “ときめき” がある。
 
 たぶん、多くの人も同じように感じるのだろうが、それがゆえに、音楽にうるさい人は、かえって嫌うこともある。
 「軽薄で、軟派な感じがする」 というのである。
 
 確かに、夏、夜、恋の始まり … という、若者の類型的な反応を「いっちょう上がり !」とばかりに引き出すには、手っ取り早い音づくりであるかもしれない。
 
 でも、それでいいんじゃないか … とも思うのだ。
 老人になってしまったこの私でさえも、こういう音に触れると、「まだまだ将来に、心がときめく何かが待っているに違いない」という気分になるからだ。
 
 永遠の青春ポップス。
 セブンスコードの繰り返しは、まさに、そういう曲をつくり出す。
    
 
参考記事 「オトナのコード学だって !! 亀田音楽専門学校 (メイジャーセブンスの不思議) 」
  
関連記事 「70年代スイートソウル
 
 
 
 
  

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70年代スイートポップス への2件のコメント

  1. 木挽町 より:

    これもこれも。かなり貴重。よくご存知ですね。感覚が合うなあ、とびっくり。コーネリアスブラザースもいいですよね。もちろんフローターズも文句なしにカッコいい。甘茶まったり感、浮揚感みたいなのを楽しめますよね。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      Cornelius Brothers & Sister Roseの『Too Late To Turn Back Now』はほんとうに良いです ! 彼らの曲で、2番目にヒットした 『I’m Never Gonna Be Alone Anymore 』もお勧めです。同じアルバムに入っていたかな。これはYOU TUBEで拾えます。2コードをしつこく繰り返す似た曲ですけどね。

      The Floaters『Float On』も、心地よさという意味では文句なしですね。
       

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