岸辺のアルバム

  
 1970年代、『岸辺のアルバム』というテレビドラマが人気を集めたことがある。
 そのテーマソングとして使われていたのがジャニス・イアンの「ウィル・ユー・ダンス Will You Dance? )」だった。
 

 
 実は、私はドラマの方は飛び飛びでしか見ていない。
 たまたま見ると、やりきれないような緊張をはらんだ家族の日常が描かれていて、 “重たい” ドラマという印象が強かった。
 
 ただ、そのドラマが始まる前に流されるテーマ曲は、あくまでも、爽やかで優しく、オープニングの映像やドラマのヘビーな内容とは相容れなかった。
 
 だからこそ、記憶に刻まれたのかもしれない。
 強い「違和感」として。
 
 いったい誰が、このジャニス・イアンの曲をドラマのテーマ曲として選んだのだろう。
 秀逸としか、言いようがない。
 
 ドラマの骨格は、下記の通り。
 
 美しい川べりに立つ近代的な一軒家。
 そこで暮らす平和で平凡な家族。
 主人 (杉浦直樹) は大手商社マン。妻 (八千草薫)は美人で貞淑な主婦。
 大学生の姉と、受験中の弟。
 
 このドラマに描かれる家族に、「不幸の影」はどこにも見えない。
 
 
 
 しかし、実は、その主人は、家族には明かさないが、商社の業務のうちダークな部分を引き受けており、妻は密かに不倫をしている。
 姉は、強姦され、妊娠した子供をこっそり中絶しようとしている。
 「平和な家族」の裏面で徐々に進行していく崩壊の予兆。
 それが、このドラマのテーマだ。
 
 じわっと解体していく家族。
 徐々に表面化していく夫婦・親子間の修羅場。
 
 そんなことを知らぬげに、テーマ曲は、春風のような甘い香りをシレッと伝える。
 
 青空に浮かぶ雲のように。
 花の匂いに満ちたガーデンを照らす、午後の陽射しのように。
 
 
 
 その背筋が凍りつくような「違和感」にこそ、このドラマの本質が隠されているように思える。
 
 あまりにも、のどかで、牧歌的なものは、時として、そのままそっくり 「不安」と「不幸」の予兆となる。
 
 一点の曇りもない「平和」。
 それは、なぜか人間を落ち着かなくさせる。
 その完璧な平和の中に、人は「まだ見えない不幸の予兆」を探そうとする。
 
 『ウィル・ユー・ダンス』は、そんな人間心理をうまく突いている。
 
 事実、この歌の歌詞には、
 「誰かが泣く」
 「死」と「死者」
 「嘘をつく」
 「滅ぶ」
 などという不吉な響きを持つ言葉が、たくさん沈んでいる。
 
 なのに、耳をかすめる「サウンド」は、退屈なくらい、明るく、のどかで、けだるい。
 
 歌詞とサウンド、そして歌とドラマの、なんというミスマッチング … であると同時に、なんというベストマッチング!
 この組み合わせだけでも、このドラマは永遠の名作として人々の記憶に刻み込まれることになった。
 
 
 
 1970年代。
 それまで、農村に暮らしていた大量の若者たちが、都会で仕事を確保し、恋愛結婚の果てに、郊外の新興住宅地に一軒家を構えるようになった。
 サラリーマンとなった主人と、専業主婦となった妻。
 そして、子供が二人。
 近代家族のモデルを代表する「標準世帯」が都市近郊で無数に生まれた。
 
 『岸辺のアルバム』が放映された1977年は、そのような近代的な「核家族」が完成したと同時に、その崩壊の予感におびえた時代である。
 
 この世代の父と母には、幼い頃にテレビで見た『パパは何でも知っている』のような、都市郊外に幸せな家庭を築く “アメリカ型家族” の理想が染み込んでいた。
 
 そのアメリカ製ホームドラマで見た最新の家電や乗用車に囲まれた快適な生活を営むために、一家が協力しあってサラリーマンの父を支える。
 
 そういう素朴なロマンが、崩れ始めたのが、70年代の後半。
 
 まず、サラリーマン社会に適合するために、子供に過度な勉強を強いる学歴・学術偏重主義が、子供たちを圧迫し始めた。
 高度成長を支えるために、父親は深夜にならないと、家に帰らないようになった。
 家電の充実によって、家事から解放された妻たちの間には、「自分の人生はこれでいいのかしら?」と疑う余裕が生まれるようになった。
 
 そのような妻たちの心の隙間に、「恋愛幻想」としての不倫が忍び寄る。
 夫たちは、 残業に明け暮れるか、「接待」にかこつけて、夜の盛り場を飲み歩く。
 子供たちは、目の前に広がる小ぎれいな郊外住宅を、父母の過度な期待がこもった「受験勉強の牢獄」として眺めるようになる。
 
 家族が集まる「家」が、いちばん家族の匂いが希薄な空間に変貌していく。
 
 
 
 このような時代の気分を背景に、村上春樹の 『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』が生まれたように思う。
 
 『岸辺のアルバム』の放映(1977年)から 2年後、村上春樹は、日本のどことも特定できない、空虚なけだるさに満ちた郊外都市に暮らす若者の日常を描いた。
 
 新興の中流サラリーマンのベッドタウンとして開発された郊外都市。
 そこには、極度に人工化された “記号” のような都市風景が広がる。
 建物はみな清潔で、明るく、計算された並木に吹く風は、涼しげで爽やか。


 
 それは、どこか近代的な “霊園” の雰囲気を帯びる。
 見事に区画割りされたベッドタウンの情景は、そっくりそのまま霊園のイメージと重なる。
 
 とりとめもない空虚感を中心に据えた「虚無の街」。
 村上春樹の初期短編に描かれる明るく清潔な街は、「死の静けさ」をはらんでいる。
 
 それを音楽として表現したならば、ジャニス・イアンの『ウィル・ユー・ダンス』に近いものになるのかもしれない。
 
 

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岸辺のアルバム への4件のコメント

  1. 小太郎 より:

    「岸辺のアルバム」
    印象派の作品タイトルのように淡い響きがしますね
    年の離れた姉がこのドラマを見ていたような覚えがあるのですが、当時自分は小学生だったため、歌番組の方がいいのにな・・・と感じたおぼろげな記憶があります。
    大人になってじっくり見たいドラマのひとつです。

    • 町田 より:

      小太郎さん、ようこそ
      >>「印象派のタイトルのように淡い響き … 」 という表現に感服いたしました。
      確かに 『岸辺のアルバム』 というタイトルには、どこか光が微妙に揺れて、空気が粒だっているような雰囲気が込められていますね。
      タイトルソングとして使われたジャニス・イアンの歌も、そう言われると、どこか印象派的な映像が浮かんできそうです。

      このドラマは、いま観てもけっして古びていないように思います。
      時代背景はずいぶん変わりましたが、「一見、平和な家族」 にそっと忍び寄る危機といったものは、いつの世にも存在するような気がしています。
       

  2. 木挽町 より:

    なつかしい。ジャニスイアン。和泉多摩川の土手が決壊して。高校2年のときだったかな。リタ・クーリッジとかもこの頃だった???かなあ。うるおぼえ。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      私たちの時代、「ジャニス」といえば、ジャニス・ジョップリンだったんですけど、こちらのジャニス・イアンの方もなかなかいいな、と思うようになったのは、この『岸部のアルバム』のテーマソングを聞いてからでした。
      今では、このジャニス・イアンの『Will You Dance?』 の方に、歌としての奥行きを感じるようになりました。
      いずれにせよ、最初に聞いたのは、もう30年以上も前のことですかね。
       

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