映画『キャデラック・レコード』

 
 「恋」って、当人が経験するのが、もっとも感動的なものかもしれないけれど、文学や映画で疑似体験する「恋」にも、なかなか切ないものがあったりする。
 
 特に、優れた「恋の終わり」を描いた作品は、時に、恋愛を実体験する以上に、人間の情感を嵐のように揉みしだくことがある。
 

 
 昨日から、映画 『キャデラック・レコード』で、ビヨンセ扮するエタ・ジェイムスが歌う「 I’d Rather Go Blind 」の映像をYOU TUBEで拾って、もう何度も観ている。
 
 1960年代のアメリカ音楽シーンが大きく変化しようとしている季節に、ひっそりと終りを告げる一つの「恋」の物語。
 そこでは、消えていく何かが、音楽の形をとって、エモーショナルに昇華していく姿が描かれている。
 
 夕べは、それを繰り返し観ているうちに、ついつい明け方近くなってしまった。
 
 この映画のことは、以前ブログ(ブルースの正体)でも書いたことがあるが、BS で一回しか見たことがなかったので、細かい部分は忘れていた。
 
 しかし、今回ビヨンセの「アイド・ラザー・ゴー・ブラインド」をゆっくり聞き直してみて、彼女が役者としても、見事なまでに、繊細な情感を表現できる歌手であったことに改めて気づいた。
 
 愛する男レーナード・チェス(エイドリアン・ブロディ)の前で、最後のレコーディングに臨むエタ・ジェイムス。
 このシーンは、この映画の後半の大きな山場をなす。


 
 黒人に対する人種差別と偏見が満ちあふれた1950年代のアメリカ社会で、黒人音楽を立派なビジネスに成長させたレーナード。その彼の抱えるアーチストの中でも、エタ・ジェイムスは女性シンガーの頂点に立っていた。
 
 不幸な生い立ちを持つエタを励まし、一人前の歌手に育てようとするレーナード・チェスとエタ・ジェームスとの間には、いつしか、「経営者」と「専属歌手」以上の感情が芽生える。
 
 しかし、レーナードには妻がいた。
 二人の恋には、成就することのない結末しか待っていないことは、お互いに分かっていた。
 
 さらに、レーナードには、もう一つの別れが加わる。
 一時代を築いたチェス・レコードも、音楽の流行が変わっていくにつれ、経営が思わしくなくなり、レーナードはその経営権を手放さざるを得なくなったのだ。
 
 だから、ここでビヨンセ演じるエタ・ジェイムスが歌う「 I’d Rather Go Blind 」は、レーナード・チェスが失おうとしているすべてのものに対する挽歌となる。
 
 もちろん、実話とはかなりかけ離れたシナリオだと思うが、恋愛映画としてみれば、もう完璧な設定だ。
 
 歌がいい!
 
 「 I‘d Rather Go Blind 」
 
 いっそ、盲目になれたなら。
 
  Something told me it was over
  When I saw you and her talking
  Something deep down in my soul said, ‘Cry, girl’
  When I saw you and that girl walkin’ around
  Whoo, I would rather, I would rather go blind, boy
  Then to see you walk away from me, child, no
 
  すべてが終わってしまったことを、私は知った。
  あなたが、彼女と話しているのを見たときに。
  思いっきり泣くしかないではないか。
  彼女と楽しそうに歩き去るあなたを、この目で見てしまったのだから。
  もう見たくない。
  いっそのこと、盲目になれたら。

 エタ・ジェイムスの持ち歌だが、あまりにも名曲なので、いろいろな歌手がカバーしている。
 私も、昔ロッド・スチュワート版で聞いている。
 ほかに、クラレンス・カーター、スペンサー・ウィギンズ、クリスティン・マクヴィーらのカバーがある。
 YOU TUBEで、いくつか探して聞いたけど、やはり本家のエタ・ジェイムスのものがいい。
 
 しかし、それと同じくらい、このビヨンセのバージョンが素晴らしい。
 なにしろ、思いのたけを、「会話」ではなく、「歌」で伝えようとしているビヨンセの表情が切ない。
 そして、その歌を背中で受け止めながら、振り向きもせず去っていくエイドリアン・ブロディの後ろ姿が悲しい。
 
 「SOUL MUSIC」 という言葉が、いとも簡単にあちこちで使われているけれど、私が知っている限り、ソウル・ミュージックとは、こういう歌を指す。
 

   
関連記事 「ブルースの正体」
 
  
 

カテゴリー: 映画&本, 音楽   パーマリンク

映画『キャデラック・レコード』 への2件のコメント

  1. 愚恋上手 より:

    クラレンス・カーターの方がオリジナルかと・・・

    • 町田 より:

      愚恋上手さん、ようこそ
      ご親切にお教えいただき、感謝いたします。
      さっそくネットの検索で調べたところ、そのように指摘されている方の記事を見つけることもできました。
      とてもいい曲なので、いろいろな歌手が歌うのを聴き比べると楽しいですね。
      ありがとうございました。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">