テレビ日記

 
 秋になった。
 
 … なのに、身体と頭は、まだ 「夏の熱気」 に支配され、変わりつつある周りの空気になじまない。
 この “ちぐはぐ感” を、別の言葉に置き換えれば、まぁ 「ダルい」 っていう一言なんだけどね。
 
 で、朝から (正確には昼のちょっと前から) 、何もする気になれなくて、リビングのソファに寝っ転がって、トイレに行く以外は、テレビを観て過ごす。
 
 いくつかのワイドショーで、なでしこジャパンの韓国戦のハイライトを何度か観て、それから、ナチスもののドキュメント番組を観る。
 ルドルフ・ヘスという男に焦点を当てた現代史もの。
 
 第二次世界大戦前、ドイツのナチス党が政権を掌握して行くときに、ヒットラーのナンバー 2に登りつめていった男の話だが、正直、あんまりよく知らない人だった。
 顔を見ても、 「そういえば、どこかで見たことがある…」 っていう程度で、 “悪党ヅラ” がそろったナチスの高官の中では、靴屋かパン屋のオヤジさんという実直そうで、温厚な顔つきの人。
 
 実際、たいした業績を残した人ではないらしい。 「副総統」 というヒットラーに次ぐナンバー 2の位置に据えられながらも、重要な決定を下す席などにはお呼びがかからなくて、後から知らされて、しょげてしまうような人。
 
 そういう人間が、なぜナチスのナンバー 2にまでのし上がったのか。
 
 ナチス高官の中では、もっとも熱烈なヒットラーの崇拝者であったからだという。
 録画として残されたヘスの演説を聞くと、ただただ 「総統は偉大だ。こんな偉大なリーダーを持てたドイツ国民は本当に幸せだ」 という無邪気な称揚を繰り返すだけ。
 
 そこをヒットラーは利用した。
 ルドルフ・ヘスの方は、 「自分とヒットラーは一心同体。会話を交わさなくても以心伝心」 と勘違いしていたという。
 
 で、ドイツが対ソ戦に踏み出す前に、 「ヒットラーはイギリスとの講和を望んでいるに違いない」 と勝手に解釈し、自分一人の判断で、軍用機を仕立てて単独イギリスに飛び、のこのこ捕まってしまう。
 
 ヒットラーからすれば、 「あのバカ!」 ということになるのだろうが、そのおかげ (?) か、戦後、連合軍の軍事裁判においては、死刑を免れる。
 
 それでも、最後までヒットラーに心酔する気持ちを失うことなく、死ぬまで 「自分のやっていたことは正しかった。生まれ変わっても、また同じ道を選ぶだろう」 と言い続けて、最後は収容所の中で自殺する。
 
 同番組の解説者として登場した大学教授の一人は、
 「ナチス政権が政治と軍事を掌握するために、きわどい政争を繰り広げていた中で、唯一、少年のようなナイーブさ (無邪気さ・愚鈍さ) を保ち続けた人。いわば途中から成長を止めてしまった人」
 と位置づけていた。
 
 ふぅ~ん……。
 なるほど。
 
 と思って観ていたけれど、考えてみれば、ナチスという政党自体が、なんだか “少年の戦争ごっこ” をそのまま国際紛争の中に持ち込んだ政権という感じがしないでもない。
 
 ナチスドイツの軍服でも、建造物のようなモニュメントでも、美しすぎる。
 その兵器も、実戦的な機能よりも、技術的な優秀さを追求しすぎる。
 
 子供の頃、それをカッコいいと思った。
 戦争が起こる 「原理」 や 「理屈」 に関心のない子供に訴える美しさをナチスは持っている。
 そういった意味で、ナチスドイツは、大人の現実的な妥協を知らない 「子供の美学」 を追求した政権だったのかもしれない。
 
 … ってなことを思いながら、ソファで寝そべっていると、今度はハリウッド製の西部劇が始まったので、引き続き見続ける。
 『大いなる男たち』 という映画。
 1969年の公開。
 主演はジョン・ウェイン。
 
 南北戦争が終わって、かつては北軍と南軍として戦った二人の軍人が、今度は協力し合って、友情を確認し合うというストーリー。
 
 自分に付き従った部下に褒美をやるために、野生の馬を捕獲してメキシコに売りに行く元北軍将校をジョン・ウェインが演じる。
 一方、北軍に頭を下げることを拒み、自分の部下や家族を伴って、メキシコへの逃避行を図る南軍将校をロック・ハドソンが演じる。
 その二人が、ひょんなことからタッグを組み、襲ってくる強盗団などと闘いながら、ともにメキシコを目指すことになる。
 
 当然、北軍と南軍に別れて戦った男たちが一緒になるのだから、そう簡単に気持ちを通わせることができない。
 
 それでも、苦難を共にするうちに、男たちの間には友情が芽生え、男たちと女たちとの間には恋が芽生え ……。なんと、南軍将校の娘と、北軍として戦ったインディアンの青年が恋に落ちるというサブストーリーまで添えられている。
 
 要するに、 「アメリカは、地域利害や人種を超えて、ひとつ!」 というイデオロギー映画である。
 こんなふうにして国論を統一することで、アメリカはナチスドイツと戦ってきたのだろうな … と分かる。
 
 そのあまりにも露骨な、 「アメリカはひとつ」 という政治的プロバガンダに辟易 (へきえき) としつつも、 「でもやっぱり、かつては敵同士だった者たちが、こうやって友情を通わせるのはいいなぁ…」 と、一方では乗せられてしまう自分がいる。
 これは、昔からハリウッド製西部劇をさんざん観ているうちに刷り込まれたものなのだろう。
 
 テレビを見過ぎて頭が痛くなったので、夕メシの食材を買いに外に出る。
 
 カミさんが、「世界陸上」 の決勝を観たいから、簡単な料理にしようというので、けっきょく、近所の回転寿司まで出かけて、おみやげを買うことにする。
 
 外に出ると、台風の影響で、晴れ間も見えるが、雲の動きも激しい。
 
 「雲の写真でも撮るか …」
 と思い直して、カメラをぶらさげて、寿司を買いに行く。
 
 撮ったのが、下の写真。
 雲の動きが実にドラマチック。
 「テレビもいいけれど、自然の空も、それに劣らず面白いなぁ」 と思う。
 
 
 
 夜は、ここのところずっと見続けていた 「世界陸上」 を観る。
 
 400 m リレー決勝で、ウサイン・ボルトの “弓引き ?” ポーズをまた見た。
 以前、このポーズを覚えて、朝の通勤客が並ぶ駅のホームで何気なくやってみたことがあったが、誰からも軽蔑の視線を投げられることもなく、まったく無視された。
 明日、またやってみよう。

 それにしても、女たちが美しい。
 最近、女性のアスリートたちが、ものすごくきれいになってきている。
 スポーツというよりも、 “走るビューティー・コンテスト” 。
 なんと、楽しい世の中になったものか。
 
 

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