いつだって大変な時代

 
 『 いつだって大変な時代 』
 
 週刊文春に 「ホリイのずんずん調査」 を連載していた堀井憲一郎さんの最新エッセイ集である。
 この 「ずんずん調査」 の連載は楽しかった。
 調査テーマが面白かったからだ。
 
 たとえば、駅などのエスカレーターを使う場合、立ち止まったまま乗る人は、急ぐ人たちが駆け上がるためのスペースを空けるというルール (マナー?) を強いられるが、そのとき右を空けるか、左を空けるかは、東京と大阪では違う。
 では、その右寄りと左寄りが分かれる “境目” はどこの場所からか?
 … などという、 「どうでもいいけど、ちょっと気になる疑問」 を解き明かすための調査が満載されていたのだ。
 
 普段、なにげなく使われている 「バブル」 という言葉が、最初にメディアに登場したのは、いつの誰の発言からなのか? などという調査も、ちょっと意表を突かれる思いで、ついつい読んでしまった。
 
 もちろんそういう調査結果を解説するときの文章がとても面白いのだけれど、調査テーマを見つけるときの “着眼点” が素晴らしかった。テーマを発見した段階で、もう質の高いコラムができあがってしまうといえるほどに、読者の関心をうまく呼び起こすようなネタが選ばれていたのだ。
 
 今回堀井さんの書いた 『 いつだって大変な時代 』 (講談社現代新書 2011年7月20日初刷) は、その 「ホリイのずんずん調査」 を元に、そのときのテーマをさらに膨らませ、新原稿を追加したりして 「現代社会の “常識の盲点” を鋭く突いた」 エッセイ集になっている。
   

  
 「ずんずん調査」 で、その調査対象を見つめるときの手法はこの著作でも健在。
 すなわち、
 「世の中の “常識” より、ほんのちょっと下がったところから、覗き込む角度を変えて、その “常識” を見つめ直す」 という著者の視線は、この本でもいかんなく発揮されている。
 
 たとえば、まず書名。
 『 いつだって大変な時代 』
 
 こういうタイトル名を自著につけた堀井さんの気持ちは、次のように説明される。
 
 「 “ いまは大変な時代だから” という言葉は、常にくり返されて言われる。それは私たちが “大変な時代を生きている” と思いたいからだ。
 100年に一度の不況下であり、観測史上かつてない厳しい気候であり、とても大変な時代である。
 (多くの人がそう語りたがるのは) その時代を生きている自分を大事に思いたいからだ。
 (しかし) 本当は、いつだって、人々は “ いまは大変な時代だ” と思って生きてきたのである。
 “ いまは大変な時代だ” という考え方は、本人のせっぱ詰りぐあいとは関係なく、いつの時代も多くの人が抱いていた、ごくごく普通の “現在認識” である」
 
 このような表現から見えてくるものは何だろう。
 それは、 「自分中心に物ごとを見ていても、真実は見えない」 という認識である。
 
 たとえば、
 「立ちくらみなどを起こして、人が地面に倒れるとき、その人にとって、世界はどのように見えているか」
 という文章がある。
 
 「このとき、ぐらりと世界が動く。地面が突然、自分に近づいてくる。
 本人には、自分の方が倒れていることに気づかないものなのだ。だから、いきなり地面の方がこちらに近づいてきたように見える。
 当人の感覚としては、これが正しい。
 (それと同じように) 時代が流れてゆくとき、その現場に立っている自分たちの状況を客観的に説明できる人はまずいない。人間は、そういうことができないのだ」
 
 ま、こんなふうな、 “視点の相対化” が、あちこちで語られている。
 先ほどの 「バブルの時代はいつ始まったか」 というテーマに関しても、こんな視点が披露される。
 
 「80年代、当のバブルのまっただなかにいた人々は、誰もこの時代のことをバブル、とは呼んでいなかった。
 バブルという言葉は、後年になって作られた歴史用語なのだ。つまり江戸時代、という言葉と同じだ。
 安政年間の江戸にタイムスリップした医者 (大ヒットドラマ JIN のことだ) が、“ここは、江戸時代なのか!” とそのへんの町人に聞いたところで、誰も意味がわからない。江戸時代の人は、自分たちが生きている時代のことを江戸時代とは呼ばない」
 
 こういう視点で、ものごとを眺めることは、別に真新しいものでも何でもない。
 早い話、ソクラテスの 「無知の知」 みたいな、哲学の原点のようなものだ。
 ただ、語り口が面白い。
 落語や漫才の口上を思わせる話芸の冴えが随所に顔を出す。
 
 だから、その絶妙な “語りの芸” につられて、漫談のように軽く読んでしまう部分が多いのだが、扱われているテーマそのものものは、けっこうヘビーだったりする。
 
 たとえば、2010年の暮れあたりに、しきりにあちこちで話題になった老人の孤独死の問題。いわゆる、 “世話をしてくれる家族” を失った年寄りたちを大量に抱えた 「無縁社会」 について。
 
 彼はこう書く。
 
 「こういう無縁社会が悲惨だと唱える人たちの多くは “有縁社会の人” である。つまり、きちんと幸せな人生を思い描ける人たちであり、そういう人たちが “孤独死は不幸” だというキャンペーンを繰り広げた。
 しかし、孤独死した人は “人に迷惑をかけたくない” という理由で孤独死している人が多い。早い話、 “ほっといてくれ” ということでしかない。
 いくつか報道される孤独死は、テレビがつけっぱなし電気がつけっぱなし、風呂に湯が張られたまま一ヵ月経っていた、というようなもの。
 これをリアルに想像してみると、その死は突然死だっただろう。
 そうだとすると、死ぬまでの一人で苦しむタイムラグはおそろしく短いわけだ。発見された状態がひどいからといって、その人の半生にまでさかのぼって、哀れだったね … というのは考え方にネジレがある」
 
 このような主張を、テレビ・新聞・雑誌などのメディアで堂々と展開することは、勇気がいる。
 大量の読者を抱えたマスメディアは、それこそ大量の “良識派” の読者を抱えており、そういう良識派は、堀井さんのこのような意見に対し、 「ヒューマニズムに反する言説だ」 と、即座に非難を浴びせたがるからだ。
 
 だが、堀井さんの理論展開は周到だ。
 自分の論拠を持ち出す根拠を、歴史的な社会構造の中から浮かびあがらせる。
 
 「無縁社会がまずい、ということになると、すぐに縁を結ぼうなどという勉強会が開かれたりする。
 でもね、落ち着いて考えてくれたまえ。
 有縁社会というのは、たとえば結婚相手は自分で選べない、ということである。
 有縁社会というのは、個人の自由の幅がない社会。私たちは、そういう社会がいやだったんではないのか?
 昭和20年代、30年代の映画のシーンでは、若く元気な女性が “そんなの封建的よ!” といって、古いしきたりをどんどん壊そうとしていたが、あそこできちんと無縁社会を選びましたよね。
 必死で、懸命に、孤独で死んでいける権利を獲得しようと努力して、社会全体でそういう社会を作り上げたんではないですか。
 有縁社会はものすごく窮屈で鬱陶しい、というポイントを忘れて、孤独死だけを嘆いていてもしかたがない」
 
 堀井さんは、このような有縁社会を解体する “力” となったのが、高度成長期~バブル時代と連綿と続く、 「個人ユース」 を目的とした各企業の商品開発であったという。
 たとえば、テレビというものは、昔は一家に一台あればよかったのだが、それを家族全員に一台ずつ自分のテレビを持たせるようにした。
 一家に一台でよかった電話も、携帯電話という形で、個人個人に持たせるようにした。
 
 「このように市場は拡大され、企業はうるおい、人々の生活は便利になった。
 でも、家族はきれいに解体された。
 老人が多数孤独死し始めてからあわてても、もう仕方がない。
 無縁社会というのは、便利さと引き換えに、いろいろなものを解体したから出来てきたものであって、政治が悪いわけでもなく、社会が悪いわけでもない」
 
 「無縁社会」 をこのように分析する堀井さんの眼差しからは、皮肉も読みとれるし、クールな諦観 (ていかん) も読みとれる。
 そのような分析を 「鮮やかだな…」 とも思う。
 
 しかし、やはりこの分析には、どこか引っかかるものを感じる。
 それは、堀井さんに対して、 「弱者に対して優しくない」 とか、 「社会悪の構造を見逃すのか?」 などと批判する気持ちから来るものではない。
 
 「鮮やか過ぎる分析」 に、うさん臭さを感じるというたぐいのものだ。
 芸としては見事なものだ。
 ただ、こういうふうに論理の整合性を合わせてしまうと、そこから先を考える道を閉ざしてしまうようにも思える。
 
 イデオロギーとは、思考の筋道に 「整合性を持たせるもの」 のことをいう。
 つまり、思考から 「疑念」 や 「熟考」 を追い出し、 “腑に落ちた!” と思考停止させるような思想が、イデオロギーと呼ばれる。
 
 だから、無縁社会批判がイデオロギーであると同じように、堀井さんの 「無縁社会批判」 批判も、また、ひとつのイデオロギーとなってしまう。
 
 堀井さんのこの本で、もうひとつ引っかかるものを感じたのは、次のような箇所だった。
 大東亜戦争とどう向き合うか、という記述に関してである。
 
 「 (反戦キャンペーンというと) 当時の悲惨な記憶を老人に語らせ、 “戦争の悲劇を語り継がねばなりません” と力を入れているのを見かけるけど、なんとまぁ恐ろしく見当違いなことをやっているのだろうと、くらくらしてしまう。
 善良なる市民にとって、戦争は災害と変わらない。誰だって災害に遭ったら大変だ。二度と災害には遭いたくない、と言う。
 そこから “その災害を引き起こす原因は何だろうか” という教訓はまったく引き出せない」
 
 で、彼は、次のような提案を打ち出す。
 
 「戦争反対者がやらねばならないのは、戦争を積極的に支持した市民に、きちんと語らせることだろう。
 大東亜戦争は国民みんなが反対していた、というのは妄想で、あの戦争は、いろんな局面で多くの国民に支持されたいということは容易に想像できる。
 ただ、敗戦後、そのことにみんな口をつぐんだ。戦争協力者に見られるのが嫌だったからだ。
 本来なら、戦争に協力した人や、気分的に戦争に加担していた大人たちの発言をもっと拾っておくべきだった。丹念に拾っておけば、当時の世論形成の基幹が見えただろう」
 
 展開されている論理は、基本的には正しい。
 この趣旨に共感する読者もきっと多かったことだろう。
 
 ただ、
 「当時の悲惨な記憶を老人に語らせること」 と、 「戦争に積極的に支持した市民に、きちんと語らせること」 は、対立構造にはならない。
 “戦争を積極的に支持した市民” が、同時に “悲惨な記憶を持つ老人” であることも考えられるからだ。
 
 堀井さんは頭も良く、文章もうまいライターであるが、ここまで来ると 「勇み足であったな … 」 と思う。
 
 「当時の悲惨な記憶を語る老人」 は、日本本土にとどまった市民だけとは限らない。
 太平洋戦争末期、フィリピンで、ニューギニアで、アッツ島、硫黄島で、サイパンなどの南洋の戦線で苦しんだ多くの兵士たちがいた。
 その中には、上官の命令で、やむを得ず現地民を虐殺せざるを得なかった兵士もいれば、飢に苦しみ、同胞の死肉を食べて生きながらえた人もいた。
 また戦地で捕虜として捕まり、現地人虐殺の報復として、人民裁判のような場で、絞首刑になった者もいた。
 
 「生きて虜囚の辱めを受けず」 という東条英機の 『戦陣訓』 によって、絶望的な戦闘に丸腰で挑んだり、自決したりした兵士もいたし、その 『戦陣訓』 を無視して米軍に投降し、命を長らえても、そのことを周囲に語ることを封印してしまった人もいた。
 捕虜になって生き延びることはできたが、自決のような突撃や、飢えや病気で死んでいった同胞のことを考えると、かえって、自分の拾った命がうとましくすら感じるからだという。
 
 「悲惨な記憶を語る老人」 と一口に言うが、その中には、そのような恐ろしい記憶がよみがえることの辛さに耐えている老人が、今なおいっぱいいる。年齢にすると、80歳後半から90歳前半くらいの人々だ。
 
 そういう人たちの口調は重い。
 ほとんど、言葉にならないくらい、口を開く速度は遅い。
 たぶん、思い出したくもないし、人に語りたくもないし、いまだに整理もついていないのだろう。
 しかし、彼らの無言のメッセージの重みは無視できない。
 彼らは、いまだに 「後世のために語らねばならない」 という思いと、語ることの辛さの “狭間” に生きている。
 
 「戦争の悲惨な記憶を老人に語らせ、 “悲劇を語り継がねばなりません” と力を入れているのを見かけるけど、なんとまぁ恐ろしく見当違いなことをやっているのだろうと、くらくらしてしまう」
 と書く堀井さんは、沈黙を守ろうとする老人たちの 「もう勘弁してくださいよ」 という哀願の表情に出合ったことがあるのだろうか。
 
 もちろん、私は出合っていない。
 テレビで見ただけだ。
 
 テレビは当然作意的な編集が施されるから、真実とかけ離れることも多いだろう。
 だけど、私は 「もう勘弁してくださいよ」 と念じるような眼差しのまま、そっと目を閉じようとする老人たちの、能面のような白さをたたえた表情を忘れることはできない。
 
 冷静な判断を尊重する人たちは、こういう反応を 「情緒的」 と批判するだろう。
 堀井さんの分析も、どこかこのような 「情緒的反応」 を笑おうとするところがある。
 
 だから、分析がクールで、面白い。
 でも、ちょっとだけ、そこに、頭脳だけで文章を組み立てる “優秀なエリート” の匂いを感じる。 
      
 
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いつだって大変な時代 への2件のコメント

  1. スパンキー より:

    ウチの死んだオヤジは、元関東軍の騎兵隊でした。
    私がまだ若い頃、オヤジに人を何人殺したかと聞いたことがあります。オヤジは読んでいた新聞を落として、どこかへいってしまいました。思えば、私は残酷な質問をしました。今更ながら悔やみます。
    私はこの本は未読ですが、町田さんの解説から読み解くに、まず正論ありき。感情の入る余地はなさそうですね?
    目の付け所は、さすがなんでしょう。
    が、こんな冷静かつ客観性がないのが生身の者の正体です。
    切り口鮮やか、リアルなまなざしは無し。
    こういう本を書く人は、想像するに、自分事と他人事を綺麗に分けられる人。
    机の上で何でも解決がつくと考える人、または、別頭で金儲けのみの原稿を書ける人と、
    私は考えてしまいますね?
    こういう人って、自分の身に突然何かが起こると、バタバタするような気がしてなりません。
    ちょっと、皮肉が効きすぎました?

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ。
      うちの父も、満州で抑留生活を送っていました。ソ連兵に強制労働をやらされて、体力のない日本人が極寒の地で命を落としていく様子を何度も見たといいます。でも、あまり多くは語りたがりませんでした。
      あの時代を生き抜いた人間は、たぶん人に言えないような場面もいっぱい見てきたのかもしれません。
       
      スパンキーさんのコメントは、文章を書く人間の根本の部分を解き明かすことにつながっているのかもしれませんね。
      おっしゃるように >「鮮やかな切り口」 というのは、しばしばリアルなものに目をつぶったところから生まれることがあります。
      あまりにもリアルなものに直面すると、人間は言葉を失ってしまうように思います。今回の大震災に関しても、あの津波の映像などが生々しく再現されている渦中においては、何をどう語ればいいのか、しばらく失語症状態になってしまったことを経験しました。
       
      文章の中に現れる、人が感心するような “鮮やかな切り口” というのは、しばしば、そのようなリアルなものへのおののきを切り捨てたときに生まれるような気もします。
       
      でも、この本は面白いです。
      僕はけっこう頭のトレーニングになりました。
       

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