ボランティアの青年との会話

 
 「東日本大震災」 の復興活動を支えているのが、瓦礫の撤去や遺失物の整理、貴重品の捜索、炊き出しなどを無償で行っている多くのボランティアの人々の力である。
 
 今回の災害の復興支援に尽力したボランティアの中には、企業に勤めながら、休日を利用してボランティア活動を行う人たちもいれば、自分の貯金を切り崩して活動資金に充て、被災者の人々と一緒に現地で寝泊まりして活動に励んでいる人たちもいる。
 
 
▲ 牡鹿公民館に集められた被災者たちの遺失物。水を被ってシワシワになった子供の写真などが多く、胸が苦しくなる
   
 彼らは、いったいどのような使命感に基づいてボランティア活動を始め、その過程で何を見つめ、何を感じ取ったのか。
 
 日本RV協会 (JRVA) が石巻市にキャンピングカー15台を無償貸与して、その貸与式を取材した折りに、そのようなボランティア活動を進めている一人の青年の話を聞くことができた。
 
 遠藤太一さん。
 東北でも、震災の影響が大きった地域のひとつである石巻市の牡鹿近辺で、ボランティアとして集まってくる人たちと、被災者や行政側の担当者たちとの連絡役を務めている方である。
 
 
▲ JRVAキャンピングカー貸与式で挨拶する遠藤太一さん
 
 東日本大震災が東北地方を襲った直後、遠藤さんはその 3日後ぐらいに東北の被災地に視察に入った。
 そして、3月20日からは、この石巻市の牡鹿地区を中心にボランティア活動を始めた。
 以来 5ヶ月。
 ほぼ休みもとることなく、連日、災害復興支援活動に従事している。
 
 といっても、彼の活動内容は、自分の身体の汗をしぼり出すような直接的な労働ではなく、前述したとおり、ボランティアとして参加してきた人々に対し、被災者や行政が求めている作業を説明したり、逆にボランティアの望みを行政側に伝える役割を果たす。
 それ以外にも、彼は、さまざまな民間団体や企業、NPO が提案してくる “復興プロジェクト” のアイデアを吟味して、それをコーディネートする。
 
 要するに、復興支援に関わるさまざまな意見・情報・企画などを分類して篩 (ふるい) にかけ、人々のコミュニケーションの流れを整える “交通整理” みたいな仕事といえるだろう。
 
 そういった意味で、遠藤さんの行っている活動内容は、話だけ聞いていると、非常にクールで、知的。汗も流さないという印象を伴う。
 
 
 
 だが、淡々と話す言葉の端はしから、この青年がどれだけ質素でストイックな生活に明け暮れていたかということが伝わってくる。
 
 たとえば、
 「活動中、宿泊している場所はどんなところなんですか?」
 という質問に対し、彼は、
 「最初の1ヶ月半ぐらいは、自分が乗ってきた乗用車 (年代もののトヨタ・センチュリー) の中で寝ていましたね」
 と、明るく、淡々と答える。
 1ヶ月半の車中泊などものともしない強靭な精神が、そこから伝わってくる。
 
 「じゃ、お風呂とかは?」
 「あまり入らなかったようにも思います。お風呂に入れるような環境が整ったときは、被災者の方を優先させたいという気持ちが強かったですから。
 僕たちは、あくまでも復興を支援するつもりで来ているわけですから、僕たちが何かの恩恵に浴することで、被災者の方に回らないようなものが出てきてしまったら、それはおかしなことになりますものね」
 
 「ボランティアというのは、当然無償で活動するということですよね。どのように生活をやりくりされて来られたんですか?」
 「借金です。現在 5ヶ月目に入りますが、すべて借金で生活しています」
 
 なんともビックリするような答が返ってくる。
 そこで、失礼とは思いつつ、恐る恐る、次のようなことを聞いてみた。
 「その借金を個人で返すことになりますよね? 何かお考えがあるんですか?」
 「考えてはいます。 … が、はて、どうなるのかな ……」
 
 そこで、はじめて遠藤さんは、あっけらかんとした屈託のない笑いを浮かべた。
 「また、一から仕事を見つければいいか…」 という感じの、なんともサバサバした笑いだったのだ。
 
 彼はボランティアに従事する前、どんな仕事に就いていたのだろうか。
 
 「カメラの仕事と、インターネットの仕事」
 
 漠然とそういう答が返ってきた。
 しかし、話題が広がっていくにつれ、ダイビングサービスで働いていたこともあり、それを軸に、水中カメラを撮っていたこともあり … と、とらえどころもない代わりに、スケールの広さが感じられる魅力的な経歴の持ち主であることが伝わってきた。
 
 アメリカでの生活も長いらしく、滞米中はエアストリームの中で寝泊まりをしていたとも。モーターホームを所有していたこともあるらしく、キャンピングカーについてもけっこう詳しい。八丈島にいたときも、友人のトレーラーハウスで暮らしていたという。
 
 「自然児」
 ふと、そんな印象も受けた。
 いずれにせよ、型にハマった普通のサラリーマン生活に収まらない人生を歩んでいるということが、その話しぶり、風貌、屈託のない笑顔から伝わってくる。
 若いのに、すでにカリスマ性を漂わせる魅力のある人物であると感じた。
 
 
▲ 今もなお生々しい被災の様子を伝える牡鹿の風景
 
 その遠藤さんが、ボランティア活動に目覚めた動機は何だったのだろうか。
 
 「地震が起きたときは東京にいたのですが、とにかく住んでいたところが揺れて、テレビも壊れて、そうとう動揺したことは事実です。
 そのとき、お祖母ちゃんがよく話していた “関東大震災” の話を思い浮かべたんですね。それに匹敵するか、あるいはそれ以上か。とにかく、今、日本で大変なことが起こっていると …… 」
 
 「それで人生観が変わったとか?」
 
 「いえいえ、僕はそんな思索的な人間ではないんです。ただ漠然と、何かをしないといけない … ぐらいは思ったんでしょうね」
 
 ちょっと自分をつっぱなしたように、なるべく “物語にしないように” 話す、というのが、遠藤さんの立ち位置であるかのようなのだ。
 
 「ボランティアの経験から、今後の人生に生かせるものを見い出せそうですか?」
 という質問に対しても、
 「そんなに自分の志は高くないんで。ま、第二のふるさとができた … ぐらいの気持ちですかね」
 と、常に、ひかえ目に、ひかえ目に自分を語ろうとする。
 ボランティアに関わる人々を、やたら誇大な美辞麗句で飾り、あたかも “善意と感動の物語” に仕立てあげようとするメディアのやり方に、彼は抵抗を感じるような人間であるのかもしれない。
 でも、そこには敵意や警戒心は見られない。
 むしろ、テレと、はにかみがある。
 
 悲しかったことは、ボランティア活動中、 「関東大震災」 の話をしてくれた最愛のお祖母ちゃんを失ってしまったこと。
 「葬式にも帰れなかった」
 と笑顔に包んで語る遠藤さんの言葉から、逆に悲しみの強さが漂う。
 
 
▲ 遠藤さんに貸与されたキャンピングカー
 
 日本RV協会 (JRVA) は、そんな遠藤さんの活動をサポートするために、石巻市へ貸与するキャンピングカーとは別に、1台のキャンピングカーを用意した。
 
 2m × 5mサイズの平均的な国産キャブコン。
 しかし、その中では自在にパソコンが使えるようになっており、職務に疲れたらすぐ寝られるベッドと、お湯を沸かしてお茶を飲めるキッチンも備わっている。
 今後は、ここが彼のボランティア活動の拠点となる。
 
 
▲ キャンピングカーの中でボランティア活動を進める遠藤さん
 

▲JRVA増田副会長 (左) との記念ショット。真ん中は、同じように
牡鹿地区でボランティア活動にいそしむ塚本未来 (みく) さん

 キャンピングカーの貸与を受けて、遠藤さんはいう。   
 「キャンピングカーは使っていたことがあるから、その便利さはよく分かっています。やっぱり、こういう空間を持てると、活動に弾みもつきます」
 
 ようやく彼にも、専用の “仕事場” が与えられたようだ。
 
 ひかえ目に、しかし、ときにはユーモアを交えて今の生活を語る遠藤太一さん。
 借金で自分のボランティア活動を支え、それでいて、悲壮感もなく、おおらかさを感じさせる若者。
 日本には、新しい人種が生まれてきているかもしれないという実感を強く抱いた。
  
 
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ボランティアの青年との会話 への2件のコメント

  1. 小笠原観光ガイド ブルーム  村井 徳資朗 より:

     突然ですが、小笠原に在住する村井といいます。

     本題からはいります。

     今月、の22日に牡鹿半島・鮎川の遠藤さんが父島に来島することが決定し、父島・母島
    で、3・11の地震直後から現在に至るまでの活動や現地の状況を講演してもらいますが

    講演会の案内を掲示したいのですが、遠藤さんに関してそちらのホームページの文面や
    写真を引用いたしたいのですがよろしいでしょうか。

     私は、昨年4月から5月下旬まで、石巻の専修大学を拠点として、南三陸・女川・雄勝・牡鹿半島を主にボランティア活動をしていました、この活動の中で遠藤さんと知り合いぜひ

    小笠原に着てほしく活動し今回実現いたしました。 私の被災地での活動は、小笠原観光
    ガイド ブルームのホームページに掲載しております。

     また、現在被災地で1ヶ月以上(通算)のボランティア活動をされた方を対象に父島で、ホームシティーの受け入れをしております。

    • 町田 より:

      >村井徳資朗さん、ようこそ
      ご丁寧にメールのご返信までいただき、恐縮です。
      メールにてお返事させていただいたとおり、このような大事な企画にお役に立てるようなことならば、喜んで協力させていただきます。
      何卒、よろしくお願いいたします。
       

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