西洋の誘惑

 
 美術を観ること、そしてそれを “読む解く” ことの愉楽を教えてくれた人のひとりに、美術評論家の中山公男氏がいる。
 2008年2月に、81歳で永眠された。
 
 生前、何度か家に遊びに来られたことがある。
 母の昔からの知り合いであったからだ。
 
 幼い子供たちを伴い、家族で来られたことも何度かあった。
 当時、高校生ぐらいだった私は、その子供たちを相手にトランプやオセロゲームなどの相手を務め、彼は、私たちが遊んでいる様子を物静かに見守っていた。
 
1964年頃の中山公男氏
 
 
 私は、美術評論家という仕事がどういう仕事なのか、さっぱり分からなかった。
 絵画、彫刻などに対する興味がさほどあったわけでもないので、子供たちが遊びに飽きて、その場から去ってしまうと、いよいよ中山氏と面と向かって何かを話さなければならないという負担を背負い、話題に窮して困惑した。
 
 それでも、中山氏は、美術や文学にもそれほど関心を示さない高校生の私に向かって、分かりやすい形で、“絵の見方” のような話をしてくれたように思う。
 そのほとんどは(もったいないことに)、右の耳から入って、左の耳に抜けってしまったように思えるが、いくつか記憶に残った話がある。
 
 それは、「風景は絵画を “模倣する” 」というオスカー・ワイルドの言葉で、「絵画というのは風景を模倣する作業だ」という常識を転倒させたものだった。
 つまり、いろいろな画家が描いた風景画を鑑賞しているうちに、いつしか風景を眺める人間の方が、自然の野山の中に、「ゴッホの描く麦畑」や「セザンヌの描く山」を見出してしまう、というような話であった。
 体感的にそういう実感を持ったことはなかったが、「面白い話だなぁ」と感心した記憶がある。
 
 ある日、その中山氏から 一冊著書が届いた。
 それまで美術雑誌などに連載していた論文をまとめた初の体験的美術論集だった。
 著作名を『西洋の誘惑』(1968年 新潮社刊)といった。


 
 結果的に、この本が、私の美術に対する関心を目覚めさせ、美術を “読み解く” 愉楽を教えてくれる本となった。
 
 その中で、特に印象に残っているのは、18世紀のフランスの画家アトワーヌ・ヴァトーを例にとりながら、ロココ絵画の本質を論じたものだった。
 
 ロココの時代というのは、ちょうどフランス革命の直前に当たる。
 当時、世界の富を集めて雅(みやび)な宮廷文化を華咲かせていたフランス宮廷の貴族たちは、夜毎のパーティに明け暮れ、ゲームとしての恋につかの間の享楽をむさぼっていた。
 真の意味で、「不倫」が文化になっていた時代というのは、この時期がその頂点に当たる。
 
映画 『マリー・アントワネット』 より
 
 
 ロココという典雅で愛らしい響きの言葉の裏に潜む、甘味で官能的な愛欲にまみれた生活感覚。「ロココ文化」といったときには、そのような現世的で享楽的な文化を匂わすイメージが強い。
 
 しかし、中山公男氏は、そのロココの享楽性を、“フィナーレの興奮” だと読み取る。
 つまりロココ的快楽というのは、パーティーや恋の終焉を意識した人々が、その最後の輝きを愛(め)でるときの「末期の目」を表現したものであるという。
 
 彼は、こう書く。
 「(ロココの祭りでは)笑い声と、ささやきと、くすぐりと、興奮があらゆる居間と庭を満たし、優雅な会話とエチケットが館や路上にあふれたが、しかし、その興奮は、結局いつもフィナーレの興奮であった。
 衝撃的に新鮮な場面に移行してゆくあのときめきではなく、その饒舌は、お互いに先を見こし、手順をわきまえた会話でしかなかった。
 中世的な愛にも、ルネッサンスの愛にも終わりはないが、ロココ人の浮気っぽい官能的な愛には、常に終わりが待ちかまえていた。
 それは、たちまちにして訪れるものだったが、しかし、常にその終焉をみこしているロココ人にとっては、さほど驚くべきことではなかったろう」
 
 私は、この言葉の中に、「贅沢な恋愛」というものの本質を読み取る。
 贅沢な恋愛は、文化を「洗練」に導く。しかし、その洗練は、「頽廃」と同義語となる。
 それは、恋愛の真っただ中で、官能の極致に倦(う)み、抱くべき相手もなくなってしまった “恋愛の終焉” でもあった。
 
 このようなロココの人々の精神風景を描いた絵として、『西洋の誘惑』の中では、ヴァトーの描いた『シテール島への船出』が登場する。
 
 
 
 この絵は、長い間、当時はやった「愛の巡礼」を描いた風俗版画と同じモチーフで描かれたものとされた。
 恋の相手を探すために、男女がひとつの船に同乗して、夢のような島に行き、そこでお気に入りの相手を探してカップルをつくる。そういうロココ的な愛の成就をテーマにした一連の風俗画が、この時代、大量に描かれたのだ。
 ヴァトーの『シテール島への船出』も、そのうちの一つとして解釈された。
 
 しかし、この絵をずっと愛していた中山氏は、次第にこの絵に疑問を感じるようになる。
 「シテール島への船出を待つ人々を描いた絵にしては、あまりにも物憂い空気があふれ過ぎていないか?」
 つまり、恋の予感にときめく高揚感よりは、恋に倦んだアンニュイの気配の方が濃厚だと感じるようになったのだ。
 
 彼は、画面右端に描かれた、バラの花に飾られたヴィーナスの像に注目する。
 いうまでもなく、ヴィーナスはギリシャ・ローマ神話では「愛の女神」を意味する。
 その愛の女神が、これまた愛の象徴たるバラで飾られているのは、すでに「恋の成就」を物語っているのではないか?
 中山氏は、そう解釈する。
 
 すでに、この絵に関しては、ミカエル・レヴィという人物が、これを『シテールへの船出』ではなく、『シテールからの船出』であるという研究を提出していたという。
 
 中山氏は、それを実際の絵に接しながら、次のように考証していく。
 
 「当時、“愛の巡礼” をテーマにした多くの風俗画はすべて、恋の相手を探す男女が船に乗り込むところを描くものとされていた。だから、男女はそれぞれ別のグループに別れて描かれるのが普通だった。
 ところが、ヴァトーの絵では、すでにカップルは成立している。
 そして右端の一組から、構図のたおやかな旋回線をたどりながら、ひとつずつカップルを見てゆくと、これは、愛の巡礼に出かけようとする感情曲線の上昇ではなく、まったく逆に、愛が終わり、帰ってゆかねばならぬものの哀愁と疲労の曲線であることが自明となるはずだ。
 遠い空に空虚におおいかぶさってくる黄昏(たそがれ)は、愛の終焉を意味し、とりとめもない現実への帰還を象徴してあますところがない」
 
 私は、絵画をこういうふうに論ずる本に、はじめて出合った。
 絵を読み解くことの面白さに、ようやく気づいたといっていい。
 
 それがロココ美術をテーマとしていた評論であったことも印象的だった。
 甘味な官能とは、終末のメランコリーを招き寄せるものだという逆説を、そこで知ることになったからだ。
 単純化していえば、そういう両義的なものを跨ぐときの振幅の大きさが、美術の奥行きを決めるものであることを発見したようなものだった。
 
 中山氏は、このロココの精神世界に、さらに一歩踏み込んでいく。
 次に彼が取り上げた絵が、同じくヴァトーの描いた『アンディフェラン』という絵だった。
 
 
 
 アンディフェランは、「そぞろ心」と訳す。
 難しい言葉だ。
 「そぞろ歩き」という言葉が、「気の向くままにぶらぶら歩く」という意味合いを持つとするならば、「そぞろ心」は、何かに集中するのではなく、とりとめもない宙ぶらりんの状態を保つ心ということになろう。
 
 中山氏は、それを「ロココの精神」だという。
 
 「『アンディフェラン』では、一人の俳優が、両手を軽やかに伸ばして立っている。彼の他方の足はその影にかくれてほとんど見えない。そのためいっそう、姿勢の軽やかさが強調される。
 彼の視線も、どこにも焦点を結ぶことがない。
 重量感、抵抗感はいささかも存在しない。
 静止しているが、どこにも自由に動きうる状態、見るものになんらの期待を強制しないポーズ。
 これこそ、ロココの感覚的自由人の心を表現している」
 
 彼は、この絵に描かれた俳優の姿をそう説明する。
 そして、次のように続ける。
 
 「この(役者の)自由は、どこにでも動きうる自由、いわば向かうべき対象を持たない自由であるために、おそらく彼は、もうこれ以上動こうとはするまいと思われる。
 つまり、それはすべてが終わったポーズであり、実は、『シテールからの船出』のメランコリーも、このアンディフェラン(そぞろ心)の表現なのである」
 
 自由の行く末は、その自由に倦むことであり、それは、生に対しても、死に対しても無関心でいることを意味するのかもしれない。
 
 中山氏は、ヴァトーに代表されるロココ絵画の成熟の過程を次のように分析する。
 
 「ヴァトーの “雅の宴” では、最初は貴族たちの狩猟の風俗が描かれ、やがてそれが上品な男女の会話に変わり、背景が牧歌的になり、食事と恋が加わる。
 それにつれて背景も、もはや田園とも庭園とも定めがたい “象徴の樹かげ” に変貌し、人々は仮面をつけて仮装するようになる。
 宴は、このようにして、狩猟から会話へ、おしゃべりから音楽へ、そして舞踏へと発展し、最後にはどこでもない場所の、誰でもない人間たちの、ただ純粋な感覚の陶酔へと進化する」
 
 ロココとは、このように、人間がその向かうべき対象を失い、存在と非存在の区別も失って、最後は悩みなき心の状態、すなわち「アンディフェラン」へ向かう心の状態を表現した言葉となる。
 
 しかし、そのような文化が、当然長続きするわけはない。
 宙に浮いたままの状態で充足しようとする精神は、シャボン玉の輝きのように、はかない。
 ロココ文化を享受していた人々が、ふと我に返ったとき、そこにはフランス革命の足音が足早に迫っていた。
 ロココは、細いローソクの炎のように、たった一息で吹き消される。
 
 だが、これほど洗練された文化というものを、その後人類は創りだすことができなかった。
 中山公男氏のロココ観には、そのはかなさが故(ゆえ)に、人間が到達できた奇跡のような「雅(みやび)さ」に対する驚嘆が隠されている。
 
 結局、私のロココ観も、その影響を受けている。
 そして、それは、自分の精神をどこにも売り渡さないという意味で、アンディフェラン(そぞろ心)の、あの宙ぶらりんの状態を意図的に持続させようという決意として生きている。
 
 中山氏の書いた『西洋の誘惑』は、私の父への献本であった。
 
 
 
 しかし、父は美術や文学に接する趣味を持たず、たぶんこの本を開いたこともなかったろう。
 そして、そのことは、当の中山氏も十分に察していたことだろう。
 おそらく、彼は、来訪したときに、父の代わりにホストを務めていたこの私に贈ってくれたのかもしれない。
 父の代わり、この本を読み、そしてそれを拙いながらも感想としてまとめることは、今は亡き二人に対する供養のようなものである気もする。
 
 
 関連記事 「マリー・アントワネット(ロココの精神)」
  
 参考記事 「欧州キャンピングカーの深い快楽」
 
 
 

カテゴリー: アート, 映画&本   パーマリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">