ロック・ジャーナリズムの闘士逝く

 
 宮尾すすむ (77歳)、原田芳雄 (71歳)、小松左京 (80歳)、伊良部秀輝(42歳)。
 「昭和」 という時代を彩った芸人、俳優、作家、スポーツ選手が次々と亡くなった夏だった。
 
 そして、もう一人、あまりマスメディアで大きく採り上げられることはなかったが、昭和という時代を目一杯生きた音楽評論家、中村とうよう氏 (79歳) が亡くなっている。
 自殺だという。
 
 中村とうよう氏が死を選んだ理由を、私は詳しく知らない。
 私的な理由だろうと思うが、詮索するよりも、そっと冥福を祈りたい。
 
 一般の人たちにとって中村とうよう氏の名前は、前に掲げた有名人ほどには知られていないと思う。
 ただ、私にとっては、多大な影響をもたらしてくれた人物の一人だ。
 この人が主宰した 『ニュー・ミュージック・マガジン』 (後のミュージック・マガジン) は、70年代、私がもっとも愛読した音楽雑誌だったからだ。

 
創刊当時の1969年の10月号 (右) には、「想像力の解放区としてロック」
とか 「解放へのビートを目ざしてロック世代たちはこう語る」 など懐かしい
言い回しが横溢している
 
 
 ほぼ毎月欠かさず買って、むさぼるように読んだ。
 4 回ほど引越しをして、そのつど古雑誌のたぐいは捨て去ってきたが、この 『ニュー・ミュージック・マガジン』 のバックナンバーだけは、1 冊も捨てることなく、そのつど段ボールに詰め込んで、新しいアパートに持参した。
 
 100冊近くなると思うので、運ぶだけでも大変だった。
 しかし、
 「いつか20世紀のロック史を書くときの資料として必要になる」
 と、半ば冗談、半ば本気で、新居の押入れに段ボールのまま押し込んでいた。
 
 たぶん、その古い資料をゆっくり読み返すような時間は、私に訪れることはないだろう。
 いつまでも手元に置いているのは、単なる感傷に過ぎないかもしれない。
 
 だが、その雑誌の束は、自分の一つの “可能性” の墓標でもあるのだ。
 つまり、もしかしたら、音楽をネタに文章を書く仕事をしていたかもしれない自分の、もうひとつの可能性に対する未練の “束” なのだ。
 
 実際、この雑誌を読みふけっていた頃は、好きな音楽について何かを語ってみたいという衝動に促されて、この雑誌の読者投稿欄にせっせと手紙を書いていた時期でもあった。
 その手紙が誌面に掲載されただけで、なんだかいっぱしの音楽ライターになったような錯覚すら抱いた。
 
 自分の会社の同僚が、こっそりと 『ニュー・ミュージック・マガジン』 の新人採用試験を受けていて、 「一次試験、二次面接を勝ち抜き、最終選考まで残った」 と打ち明けた時、本当にうらやましいと感じたし、彼の成功を祈った。
 結果的に、彼は最終選考で落ちたらしいが、そこまで残ったその同僚の力量に対しては素直に感服した。
 それくらい憧れていた媒体だった。

 
 
 その初代編集長を務めていた中村氏の死を知り、久しぶりに段ボールの封を破って、何冊かを引き抜いてみた。
 
 誌面は少し湿ってかび臭く、印刷もあせて見えたが、最新号が出るたびにいそいそと手にとってレジに向かった時のあの輝きは、そのまま真空パックされていた。

 
 
 74年頃の誌面を開いてパラパラとめくってみる。
 「今月のレコード」 というレビュー欄には、そのとき自分が気になっていたアーチストの新譜にしっかりと赤線が引かれていて、レコードを買うときの参考にしていた気配が濃厚に残っている。
 そのほとんどがソウル・ミュージックの新譜だった。70年代中頃の自分は、やはりソウル、リズム&ブルース系ばかりチェックしていたことが分かる。
 
 編集長中村氏の連載コラムであった 「とうようズトーク」 を久しぶりに拾い読みしてみる。
 なんとイデオロギッシュな文章であることか。政治闘争と音楽評論が渾然と一体になった扇動的な文章が延々と続く。
 明らかに、60年代~70年代に繰り広げられた安保闘争などの政治運動と連動する形で、この人の音楽理論が構築されていたことが分かる。
 「もうじき終焉を迎える腐りきった資本主義文明の中で…」 というような文章が平然と書かれているのだ。
 
 明らかに60年代~70年代的なパラダイムの中で構築された文体であるが、当時の自分は、それをさほど違和感なく読んでいたのだと思う。
 
 今の私にとって、その古色蒼然たる文体と理論は、息苦しさを感じさせるものでしかないが、しかし当時は、それは新鮮な驚きだった。ロックやブルース、R&B が、現代社会の最先端で語られる政治思想と連動したものであるという発想は、自分の音楽に対する認識を変えた。
 
 この時代、この 『ニュー・ミュージック・マガジン』 の後をすぐ追うように、渋谷陽一氏の 『ロッキンオン』 も創刊された。
 こちらの方は、もっと過激だった。渋谷陽一氏と気脈を通じる若いライターたちの書く音楽評論は、当時の “現代思想” のオンパレードだった。
 正直に書くと、その大半を理解することができなかった。
 
 しかし、それは 「音楽はどのような言葉で、どのように語っても自由なのだ」 という、とてつもない解放感を与えてくれた。
 そこから、私は、 「音楽には聞いて楽しむ要素と、読んで楽しむ要素」 の二つがあることを教えられた。
 
 『ニュー・ミュージック・マガジン』 と 『ロッキンオン』 を読む時、私は、その 2誌から時代を切り裂く鋭い刃物の光りを感じていたと思う。 「音楽を聞くこと・語ること」 は、時代と切り結ぶことであるという緊張感が常に背筋を震わせていたのだ。
 
 そのような戦慄を与えてくれた書き手の一人である中村とうよう氏は、今はもういない。

   
 もし、この人と、生前、酒場などで偶然隣り合わせたら、私はどんな対応をしていただろうかと想像する。
 
 もし、相手が中村とうよう氏であることを知らなければ、私は “音楽好きのおっちゃん” と隣り合わせたと思って、喜んで音楽談義を挑んでいたことだろう。
 
 しかし、やがて、彼の教条主義的な音楽理論に徐々に反感を募らせ、最後はケンカしていたようにも思う。
 
 なにせ、彼は、世界の民族音楽を、 (当時もてはやされた) “第三世界” と連帯して資本主義文化を打倒する起爆剤と捉えるような “古典的新左翼“ の心情を最後まで失わなかった人だから、酒場で隣り合わせた私が、黒人ブルースも森進一の 「港町ブルース」 も、どっちも “同じブルースとしてありじゃん” みたいな享楽迎合的な音楽観をしゃべったりしたら、きっと許しはしなかったろう。
 
 でも、私は、それでもいいから、中村氏と一度酒場で隣りあわせてみたかった。
 たとえ怒られても、自分のポリシーを曲げない一徹者の音楽評論家の肉声を、この耳で確かめてみたかった。
 
 そういう無骨な音楽ライターを、今の時代はもう必要としていない。
 音楽は、 「時代と切り結ぶ」 などという物騒なものではなく、空気清浄機みたいに部屋を爽やかにするものに変わってしまったからだ。
 
 中村氏が自ら死を選んだ理由が、それでないことを祈るばかりだ。
 もしそうならば、あまりに寂しいではないか。
 
 団塊の世代は、これでまた 「自分たちを怒ってくれる大切な先輩」 を一人失った。
 
 

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ロック・ジャーナリズムの闘士逝く への5件のコメント

  1. ご無沙汰しています。
    流石!町田さんいつでも音楽雑誌も行けちゃうじゃぁ~ないですか。
    特にJ ポップ・クリティークのDJが好きです。
    言葉にノリがあって、コメントが鋭い!読みが深い!それに、わかりやすい。
    読んでて、楽しいです。
    今後も続けて下さいねぇ~
    しかし、これまた古い本を大事にしてますね。
    大事にしてるといえば、日本のキャンピングカーの歴史なる本をMLのメンバーさんが大事に持っていて、凄く興味がありますが、折り目一つも無く大事にしている本です。

  2. 興味があるといえば、今キャンパーKのTINGARAに興味があります。
    今は無きグローバルですが、グローバルが、お亡くなりになった当時、債権者に車を納車してあげる為に、一役かってくれた方(元Gの社員ですが)が、成り行きで立ち上げたビルダーです。
    今度、TINGARA取材してみてください。
    興味深いものがあると思いますよ

  3. あっ!あと興味と言えば、キャンパーKのTINGARAに興味があり。
    今は無きグローバルですが、グローバルが、お亡くなりになった当時、債権者に車を納車してあげる為に、一役かってくれた方(元Gの社員ですが)が、成り行きで立ち上げたビルダーです。
    今度、TINGARA取材してみてください。興味深いものがあると思いますよ。

  4. スミマセンです。
    ダブっちまってます。

    • 町田 より:

      >king 乗りのカッチさん、ようこそ。
      King 乗りのカッチさんは、同時に “ギター弾きのカッチ” さんでもあるわけで、そういうプロ顔負けの音楽愛好家からお褒めの言葉を頂けるのは光栄です。(また、どこかのフィールドでお会いできたときは歌とギターを聞かせてください)。
      J ポップが楽しかったのは、80年代から90年代ぐらいまででしたね。
      「歌詞を読み解く楽しさ」 がありましたから。
      最近のJ ポップはみんな演奏はうまいし、アレンジもいいし、リズムのノリもいいから、音として聞いていると楽しいですけど、歌詞をメロディラインとリズムに乗せることだけに集中している感じで、「歌」 を楽しむ要素が希薄になっている感じがします。
       
      また、キャロルいっしょに歌いましょう。
       
      キャンパーKの TINGARA は興味深いクルマですね。リヤの常設2段ベッドの使い勝手が良さそうです。今度スタッフにじっくり話を聞いてみます。
      また、音楽の話も含め、キャンパーのことやパーツのこともいろいろ教えてください。
       

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