ブレードランナーの未来世紀

 

 
 町山智浩氏の『ブレードランナーの未来世紀』(洋泉社)という本を買った。
 個人的な趣味として、『ブレードランナー』をテーマにした本は条件反射的に買ってしまうといういつもの性癖が出ただけのことだが、読んでみて、自分がなぜこの映画に惹かれるのかという自分個人の嗜好性の分析ができたように思う。


 
 結局、自分にとって『ブレードランナー』は、自分好みの小説、アート、音楽をすべて凝縮したような、いわば “町田の趣味趣向” の集大成だったのだ。だから、この映画からは、何度観ても、汲めど尽くせぬインスピレーションを与えられるのだ。それは世間的な評価とはあんまり関係ない。きわめて個人的なものだと思う。
 
 まず、この映画は、小説でいえば(私の好きな)ハードボイルドである。
 原作は、フィリップ・K・ディックが書いた『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』であるが、映画化するためにシナリオを書いたハンプトン・ファンチャーが思い浮かべた主人公のイメージは、「レイモンド・チャンドラーの小説に出てくる私立探偵のフィリップ・マーロウ」であったという。
 監督のリドリー・スコットは、その「未来のフィリップ・マーロウ」というアイデアにすごく興奮したと伝えられている。
 
 金にもならないような安い仕事を物憂く引き受け、夜のロサンゼルスを気怠く徘徊するフィリップ・マーロウ。彼は、ハードボイルド小説にセンチメンタルなアンニュイを持ち込んだ (少し疲れた) 孤独なヒーローだった。
 確かに、その面影は、『ブレードランナー』の主人公のデッカードにも引き継がれている。だから、この映画は、まずチャンドラーの小説を愛する人たちの嗜好をがっちりとつかんだ。

 
▲ 所在なさそうに街のネオンを見上げる独り者のデッカード
 
 もう一つ付け加えれば、ここに描かれる未来都市の迷路性は、どこかカフカの小説に近いものさえ感じさせる。カフカがもし未来都市を舞台にしたSF小説を書いたとしたら、2019年のプラハは、この『ブレードランナー』のロサンゼルスのように描かれていたかもしれない。
  

  
 で、次に映像は … というと、今度は絵画好きの人間の嗜好をうまく取り込んでいる。古典絵画や現代絵画の引用が実にたくさん見られるのだ。
 映画の中で、デッカードが、レプリカントのリーダー、ロイ・バッティが写った写真を押収し、それを分析するシーンが出てくる。
 モニターで拡大していくと、画面奥に凸面鏡が表れる。
 その鏡を極限まで拡大していくと、部屋の奥に、逃亡したレプリカントの一人ゾーラが写っているのが見えてくる(画像下)。
 

 

 
 「この凸面鏡は、15世紀のオランダ画家ヤン・ファン・エイクが描いた絵の引用である」と、『ブレードランナーの未来世紀』を書いた町山氏は語る。


▲ ヤン・ファン・エイク 「アルノルフィーニ夫妻」 二人の人物の中央に凸面鏡が見える
 
 このような何気ないシーンに古典絵画の引用を散りばめるのは、イギリス王立芸術大学を卒業したリドリー・スコットには造作のないことだったという。
 そのことを町山氏に指摘され、これも 「なるほど!」 と思った。リドリー・スコットは絵画を好きな人間にも、エサを撒いていたのだ。
 
 リドリー・スコットは、猥雑なにぎわいを見せる未来のロサンゼルスの光景にも、夜の都会の孤独感を導入することにこだわった。そのときに集められたサンプリングの中には、深夜営業のカフェにたたずむ男女の寂しさを描いた(私の好きな)エドワード・ホッパーの 『ナイト・ホークス』 もあったという。


 
 ホッパーほど、大都会の喧騒の中にぽっかり浮かんだ虚無的な静寂に満ちた空間をうまく見つけた画家はいない。
 それは、満艦飾のネオンの裏に潜む未来都市の孤独を描いた『ブレードランナー』の基調低音と密接に結びついている。

 ともすればゲテモノに堕するようなアールデコ、古典主義、エジプト風、ローマ風など様々な文化のごった煮デザインに満ちたこの映画に、美学的統一感を与えた秘密は、このホッパーの絵に漂うような寂寥感(せきりょうかん)であったといえよう。
 このあたり、未来都市の造形を担当したシド・ミードのセンスも評価してよいのかもしれない。


 
 この映画を語る上で、もう一つ見逃せないのはサウンドトラック。
 なんといっても、この映画の全体のトーンをまとめているのは音楽だ。
 ギリシャの現代音楽家である(私の好きな)ヴァンゲリスによるスコアがなければ、この映画の魅力は半減 … どころか、3分の1減ぐらいしていただろう。これほど映像と音が分かちがたく結びついた映画というものを私は他に知らない。
 
▼ 「ブレードランナー 愛のテーマ」

 なにしろ、映画を観た翌日、今度は袋の中にカセットデッキを忍ばせ、音をとるためだけに、再度映画館に足を運んだのだ。
 それほど、この音楽には取り憑かれた。
 
 時に、重厚、荘重。
 時に、クールで、もの悲しく、陰鬱。
 時に、センチで、甘く、退廃的。
 ヴァンゲリスの作った音楽は、廃墟としてしか見えないようなレトロな未来都市の悲しい姿に、魅惑的な官能性を与えていた。


 
 この映画が、“傑作” として語り継がれてきた秘密は何か。
 町山氏によれば、それは「情報量の詰め込みすぎ」にあるという。
 
 『ブレードランナー』は、通常の映画の何倍ものアイデアが詰め込まれたために、一回観ただけでは誰も完全に理解できない映画になってしまった。
 実際、この難解さがゆえに、封切り当時は、制作費2,800万ドルの半分も回収できなかったという。この映画がカルトムービーとしての地位を獲得したのは、初公開から10年経った1992年以降のことである。
 
 逆にいうと、幾通りもの解釈が生まれるような余地があったため、この映画はカルトムービーになれたのだ。
 誰も、この映画の本質にたどり着けない。
 監督のリドリー・スコットですら、自分の映画を最後までコントロールできなかった。
 
 スコットは、主人公のデッカードもまたレプリカントの一人に過ぎなかったという結末にこだわり、そのための伏線も、映画の中にたくさん忍ばせてあるのだという。
 しかし、デッカードを演じたハリソン・フォードも、ロイを演じたルトガー・ハウァーも、監督の思惑を拒否しながら演技を続けた。


▲ 圧倒的な存在感を示したロイ役のルトガー・ハウアー
  
 それだけでも、普通の映画なら破綻していたところだろう。
 だが、そういう監督と演技者の思惑のズレすらも、この映画では良い方向に作用した。スタッフやキャストの異なる思いがそれぞれ乱反射のように飛び交い、そこから複雑な陰影が生まれたのだ。
 
 これと似た指摘を、『ブレードランナー論序説』を書いた加藤幹郎氏も言っていた。
 結局、この映画は、制作者たちのコントロールを離れ、巨大な怪物のように自立した生命を持つようになったのだ。
 いってしまえば、この映画は、その制作にたずさわった総ての人々を裏切るような形で、一人歩きを始めたのである。
 
 カルトムービーとは、監督や観客も含め、誰一人支配下におくことができなくなった映画のことをいうのかもしれない。
  
 
関連記事 「レプリカントの命 (ブレードランナー論序説) 」
  
関連記事 「ブレードランナー」
  
関連記事 「2001年宇宙の旅」

参考記事 「ターミネーター3」
  
 
 

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ブレードランナーの未来世紀 への6件のコメント

  1. 渡部竜生 より:

    東京キャンピングカーショーではお見かけしませんでしたが…

    アメリカの一ファンが作成したロケ地を巡り、PCソフトで加工した動画です。個人にこれだけのエネルギーを使わせるとは、スゴイ映画です。
    http://www.youtube.com/watch?v=YcLP_PQh4bs

    • 町田 より:

      >渡部竜生さん、ようこそ。
      「東京キャンピングカーショー」は、相当前から決まっていた個人的なイベントと重なってちょっと出そびれてしまいました。
      渡部さんにもお会いできなくて、ちょっと残念です。

      それにしても、ご紹介いただいた動画は凄いですねぇ!
      よく探されましたね!
      以前、『イノセンス』の記事を書いたときに、渡部さんに『 GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊 』のことをお教えいただき、キャンピングカー評論家としての渡部さんのふところの深さに触れたような気がして、たいへん感激した記憶があります。
       
      どうも自分には、「イノセンス」「ブレードランナー」系の画像に魅せられる性癖がありそうです。
      そのへんをご理解いただいたようで、うれしい限りです。
       

  2. 渡部竜生 より:

    ちょうど今時分、蒸し暑い雨の夜にサントラを掛けながら、首都高速川崎線を走ると実にキマります(笑 リドリー・スコットが川崎工業地帯を見てオープニングの着想を得たのだから当然と言えば当然ですが…

    • 町田 より:

      >渡部竜生さん、ようこそ。
      本当に、川崎工業地帯のあの夜景は凄いですよねぇ。
      自分も若い頃、はじめて手に入れた1300ccの乗用車で、あの景色を見るために、夜中にあのへん走っていました。もちろん 『ブレードランナー』 などまだ生まれていなかったけれど、あの景色はインパクトがありました。ブレードランナーのサントラがその頃あれば、まさにピッタリだったでしょうね。
       
      で、やっぱりリドリー・スコットもあの景色を見ていたのですか。
      どうりで、『ブレードランナー』 のオープニングを観たとき、「どこかでこれを見たことがあるよなぁ…」 というデジャブに近いものを感じました。
       
      今度お会いできたとき、キャンピングカーのこともいろいろ教えてほしいんですけど、
      そういうSF映画、アニメ系のお話も聞かせてください。
       

  3. Get より:

    今日は。
    この暗くて、ジメジメした画像に終始の映画が、トップ・ノッチ、ランキングだということは、、、。
    そんなに女性からの支持は多くないのでしょうか?
    矢張り男性に愛される映画?
    女に圧倒的に愛された男優、歌手等はいずれ消滅。(例えば、ヘルムート・バーガー)
    然し男性から愛された場合は生き残ると。(当たっていなくもないですが、、、。)
    これ、再放送されていれば、矢張り最初からでも途中からでも観てしまいます。

    PCを整理していたら、こんなものを見つけました。

    https://www.youtube.com/watch?v=EeBPNQ4M-xM

    • 町田 より:

      >Get さん、ようこそ
      確かに、『ブレードランナー』という映画は、一般の女性受けはしないかもしれませんね。女性で、この映画をたいへん気に入っている方がいらっしゃいましたが、やっぱりアート系の仕事をしていて、性格も男性っぽい人でした。

      ヘルムート・バーガーの名前が出てくるとは驚きです。
      あれは本当に美しい男でしたね。神秘的な陰りもあって。ヴィウスコンティ映画には欠かせない男優でした。『雨のエトランゼ』みたいな通俗エンターティメントでも、彼が出てくると、男でも惚れ惚れしてしまいます。
      でも、確かに女性から愛され過ぎたのか、ヴィスコンティが死んでからは鳴かず飛ばずで、今はどこでどうしているのやら。

      その点、男性から愛された場合は、生き残るというわけですね。
      そういえば、高倉健などもそうだもんなぁ。

      ご紹介いただいた『もう一つのブレードランナー』、面白かったです。
      ありがとうございます。
      「未公開&別バージョン映像」と書かれていましたが、どこでこういうフィルムが入手できたんでしょうか。
      なかなか興味深い映像でした。
       

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