妻から嫌われた夫の生きる道

 
 雑誌から拾ったネタである。
 定年退職後の夫婦のあり方をついて。
 
 「私が知る限り、老妻たちが望む一番のごちそうは 『夫の留守』 である。特に定年後ずっと家にいる夫を持つ妻たちは、夫婦で過ごす時間のあまりの多さに倦 (う) み疲れている (私もその一人である) 」
 
 週刊誌の連載エッセイで、そう書くのは、女性エッセイストの小川有里さん。
 そこには、 「夫が郊外で野菜作りをしてくれているおかげで、昼間はのんびりできる」 … と喜んでいる知り合いの奥さんの例が紹介されていた。
 
 なんでも、その家の主人は、約80坪の休耕地を借り、隅に小屋を建てて、終日野菜作りに励んでおり、日曜日を除けば毎朝そこに出かけて、家に帰ってくるのは夕方。
 そのため、その妻は、定年退職した夫がずっと家に居座っている鬱陶しさから解放されて助かっているというのだ。
 
 
 たぶん、こういう話は、あちらこちらの家庭でじわじわっと広がっているのではなかろうか。
 
 現にうちなんかも、用事があって外出する予定だった日曜日。用事が取りやめになって家にいたりすると、
 「出かける日じゃなかったの? 出かけるもんだとばっかり思っていたから韓流ドラマの DVD をいっぱい借りたのに……。家にいても今日は何もしないわよ」
 とか、迷惑そうにいわれる。
 
 
 
 ま、それでも、ゴキブリを発見したときみたいに、ぎゃーっと箒 (ほうき) で追い立てられたりするわけでもないので、まだいいのかもしれない。
 
 極端な話になると、
 「ダンナの顔も見たくない」
 という奥さんもいる。
 
 現に、うちのカミさんの知り合いの主婦は、 「ダンナが自分の実家に帰ってしまってから2年ぐらい経つけれど、まったく連絡を取ったこともなければ、とるつもりもない」 と言い切っているそうだ。
 
 「よそでオンナをつくってくれても一向にかまわない」 とか。
 「離婚するときに慰謝料をガッポリ取ってやるから」
 
 まことに女は残酷である。
 
 …… と言い切る前に、男たちは少し考えなければならないのかもしれない。
 
 嫌われるダンナというのは、妻たちから見ると共通した “欠陥” があるようなのだ。
 「ジコチュー (自己中心) 」 という欠陥。
 
 現に、小川有里さんのエッセイに出てくる 「妻に嫌われている夫」 というのは、 「外面ばかりよくて家族のことは一番後回し。父親としてもまったくアテにならない人間であり、自分の両親には尽くしすぎるほど尽くし、妻の親には無関心で冷淡な男」 … だったという。
 
 たぶん、そのダンナさんは、特別に悪いことをしているわけではないと思う。
 ほんのちょっとだけ、奥さんの気持ちを探ろうとするアンテナ感度が鈍っていただけなんだと思う。
 
 とかく仕事に追われる男は忙しい。
 仕事を家に持ち帰られねばならないときもある。
 休日だからといって、奥さんのケアばかりしてもいられない。
 
 だから、ちょっと放って置いたからといって、そんなに目くじら立てるほどのこともないだろう …… と、たいていのダンナさんは高をくくってしまう。
 
 しかし、その状態が10年、20年も続くと、奥さんというのは、もう許さなくなるらしい。
 
 だから、定年退職したダンナが、
 「30年間苦労をかけたから、ようやくお前と一緒に …… 」
 などと、奥さんを慰労する計画を立てても、
 奥さんからすると、
 「30年間も放ったらかしにして、何を今さら …… (私の青春を返せ!) 」
 ということになるようだ。
 
 そうなると、ダンナさんに残された道は二つしかない。
 一つは、ひたすら、奥さんに対して忠実な奴隷となり、床に這いつくばって奥さんにぬかずく生き方。(私の場合はコレ) 。
 
 もう一つは、もう奥さんとの関係修復を諦め、自分の趣味などを極めて、最後まで 「ジコチュー」 を貫く生き方。
 
 どちらの生き方を選び取るのにも、男には覚悟がいる。
 特に、自分の殻に閉じこもって趣味を極めていく生き方は困難を伴う。
 なにしろ、定年前に持っていた趣味の大半は通用しないのだ。
 たとえば、ゴルフが好きだという人は多いが、そういうような 「仲間」 と 「お金」 が必要な趣味は、もう続けることができない。
 定年というのは、金もなくなり、会社の仲間もいなくなることをいうのだから。
 
 では、木彫り、陶芸、小説の執筆など、一人でもできる趣味はどうか。
 これも、しばらくやっていると、虚しくなるという。
 
 「茶碗をいくら作り続けても、欲しいといってくれる人がいるわけじゃなし。使うわけでもないのに増え続けていく茶碗を見ていると、虚しくなる」 という人がいた。
 すっごく分かるような気がした。
 
 奴隷の道を選ぶか。
 孤立の道を選ぶか。
 
 男はある日、岐路に立たされる日が来る。
 
 「奴隷の道」 を選んだ私は、夫婦ともども休みが重なるような日はキャンピングカーの運転手を務め、必死に温泉を探し、かいがいしく野外料理を作り、夜は相手の好みの音楽をかけ、酒の相手を務め、一生懸命冗談で笑わせることで、かろうじて生き延びている。
 
 
参考記事 「夫婦の会話の危機」
 
参考記事 「妻から嫌われる本当の理由」
  
参考記事 「旦那の呼び方」
 
  

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妻から嫌われた夫の生きる道 への2件のコメント

  1. ブタイチ より:

    頑張ってください!先輩!自分も自己中反省します(笑)。

  2. 町田 より:

    >ブタイチさん、ようこそ。
    どういたしまして。
    夫婦の理想型を描きながら、そこにチョコっとアイロニーを加えるというブタイチさんのブログからは、いつも温かい優しさと、ほんのちょっぴりのペーソスを感じます。そういう書き手であるブタイチさんの目にとまるというというだけでも、幸せな記事であったかもしれません。
    また、よろしく。
     

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