荒野の狼

 
 トラッドロック夜話 6
  
 学生生活を送り始めた頃、その学園に、超ミニスカートが似合う先輩がいた。
 ハリウッド女優のような美しさと艶やかさを持った女性だった。
 「町田く~ん」などと、男を呼ぶときの「~」が鼻にかかった甘え声になる。
 男たちは、みなそれにやられた。
 

 
 キャンパスの芝生広場で、その彼女から声をかけられた。
 
 「お芝居の券が2 枚あるから、一緒に行かない?」
 
 彼女は、私の高校時代からの演劇部の先輩だったから、芝居の券を持っていても不自然ではない。
 それが 2 枚あるとは!
 私は有頂天になった。
 
 「行きます」
 と近づいていった私に、彼女は少しはにかんで、
 「でも、宝塚歌劇なの。興味ある?」
 と、聞き返した。
 宝塚だろうが何だろうが、それがデートであるならば、私はシベリアのツンドラ地帯でも付いて行っただろう。
 
 観劇が終わって、
 「どこかで食事でも …」
 と、言いかけた彼女の顔が、凍りついた。
 
 背の高い若い男が、突っ立ったまま、道路の向こうから私たちを見つめていた。
 役者にでもなりそうな顔立ちの男だった。
 
 「友だちの弟ということにして」
 彼女は、そう私に耳打ちしたかと思うと、うって変わって笑顔に戻り、例の「〇〇 く~ん」と鼻にかかった声を発しながら、男に向かって小走りに駆け寄っていった。
 
 男が、女の肩越しに、チラッと私を見た。
 交差点の信号でも確認するような、何の感情もこもらない目つきだった。
 しかし、私は男の視線よりも、男が寄りかかっていたオレンジ色の自動車の方に気を奪われた。
 いすゞベレット1600GTR。
 今思うと、小柄なクルマなのだが、有楽町の街角で見たベレGは、ローマの街角で眺めるアルファロメオのように燦然と妖しい輝きを放っていた。
 
 2人が話している会話の内容は、私のところまでは聞こえてこなかった。
 しかし、男が何かを責め、女が謝っていることだけは明瞭に理解できた。
 
 ようやく話がまとまったらしく、彼女が私の方に戻ってきた。
 
 「彼が、あなたを途中まで送るって」
 
 男は、シートを倒して、ベレットのリヤ席に私が座る場所を確保してくれたが、顔は無表情のままだった。
 
 助手席に座った彼女は、宝塚歌劇を私と一緒に見ることになった経緯を、まだ男に説明していた。
 しかし、彼には聞く気もないらしい。
 クルマが発進すると、野太いエキゾーストノートの咆哮が、女の声を圧殺した。
 
 それと同時に、重低音のベースと歯切れよいギターリフが車内に鳴り響いた。
 当時まだカーステレオは8トラックの時代だったが、シャキシャキと刻まれる豪快なギターリフは、ベレGの疾走感と小気味いいほどのマッチングを見せた。
 ステッペンウルフの『ボーン・トゥ・ビー・ワイルド』だった。
 
 
 
 私は、ベレットのリヤ席に「荷物」のように置き去りにされたまま、屈辱感と奇妙な快感のせめぎ合いのなかで困惑していた。
 
 男から「物」を見るような目つきで扱われたこと。
 その男が、ベレGのような高級車を、いとも手なれた優雅な手つきで、無造作に扱っていたこと。
 ハリウッド女優のような女を、何のためらいもなくアゴで使っていたこと。
 そういう男の存在感が、クルマもなければ恋人もいない私に、耐えられないような屈辱感を押し付けてきた。
 
 にもかかわらず、ステッペンウルフを響かせながら、美女を隣りに乗せたまま銀座を疾走していくベレットは、このうえなく美しいもののように思えた。
 
 私は、今でも、カラオケスナックなどで酒を飲んでいると、ときどき暴力的な衝動にかられ、『ボーン・トゥ・ビー・ワイルド』を歌ってしまう。
 地元の名士などが、スナックの女性たちに囲まれてやにさがっているのを見ると、私は暗い隅の席から立ち上がり、この曲をリクエストして、大音量でがなりたてる。
 

 
 屈辱的な気分のまま味わった、不思議な快楽。
 ステッペンウルフ(荒野の狼)の咆哮は、いつまで経っても、心のなかで、甘く、切なく、暴力的に鳴り続けている。
 

 

トラッドロック夜話 7 「風に吹かれて」 (ボブ・ディラン)
 
トラッドロック夜話 5 「キツネ目の女」
 
     

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荒野の狼 への4件のコメント

  1. ムーンライト より:

    これ、ホントの話ですか?
    映画を観ているようですね・・・。

    ホントかなぁ~と思いながら、そういえば私にも「これって、映画みたい」とか、
    「夢の中なんじゃないか」というシーンがあったような・・・。
    ここで、BGMが流れて。みたいな。

    娘が「恋」の相談を私にするんです。
    「どっちでもいいんじゃない?」なんて応えると
    「どうせ、お母さんには愛とか恋とか分からないから、言っても無駄だった」。
    そう娘は怒るんですが、「中学生がナニ言ってる」って思います。

    「映画」とか「夢」が楽しいばかりじゃないことぐらいは、私にだってわかりますのでね。

    • 町田 より:

      >ムーンライトさん、ようこそ。
      本当の話なんです。多少の誇張はありますが …。
      でも、「BGMが流れる映画みたい…」 というご指摘はうれしい限りです。
      「音」 と 「思い出」 をつなぎ合わせて、短編映画みたいな物語を作れたらなぁ…という気持ちから出た企画ですので。
       
      娘さんから 「恋の相談」 を受ける親というのは、ちょっと複雑な気持ちになりますね。そこまで成長した子供を寿ぐような感情と、若干の心配も混ざって、うまくいくようにと、ただ祈るばかりです。
       
      「映画」 とか 「夢」 は楽しいばかりじゃない、というのはその通りですね。
      そのほろ苦さが、いいんですよね。
      若い頃の挫折や悲哀は、それを乗り切れたならば、年をとって思い出すときには “蜜の味” 。
      そういう経験が若い頃に少ないと、人生を振り返ったときに、とてつもない空虚感に襲われるような気もします。
       

  2. 旅人 より:

    ボーントゥービーワイルドと言えばイージーライダー。キャプテンアメリカじゃなくてデニスホッパーの乗るオートバイにあこがれて、自分でオートバイを改造、フロントフォークは切って鉄の棒を溶接して長くしたらブレーキホースが届かないからフロントブレーキ無し。これで会社を辞めて旅に出た。今考えてみるとメチャクチャですね。でも今でもカーステレオで聞いてますよ、当時の音楽。

    • 町田 より:

      >旅人さん、ようこそ。
      『イージーライダー』は良かった! あれでバイクの旅の良さを知りましたね。
      で、キャプテン・アメリカの、腕がうんと高く上がるチョッパー型のバイクより、デニス・ホッパーのストレートなハンドルのバイクがかっこ良く見えたというのは、同感です。
       
      やっぱ、チョッパーは日本の道路事情には向かないのかな。ときどき走っているのを見かけますが、無理している感じがします。あれは、延々と直線が続く、アメリカの道をゆったり走るスタイルなんでしょうね。

      『イージーライダー』は、音楽映画としても楽しめますね。ステッペンウルフの曲は 「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」 のほかに、「プッシャー」 なんかも良かったな。
      ザ・バンドの 「ウエイト」 も好きでした。

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