キツネ目の女

 
トラッドロック夜話 5
 
 キツネ目の女は、いつも一人で踊っていた。
 新宿の、安いディスコだった。

 そこから少し歩いたところには、もっと黒っぽい音を流す 『ジ・アザー』 があって、そちらの方は、福生ベースあたりから繰り出してくる黒人兵や、ハマから遠征に来た突っ張りボーズたちが集まり、もろに “R&B の本場” という雰囲気があったのだが、自分たちのようなディスコ初心者は、彼らの艶やかなステップに気後れするばかりで、踊りも知らない学生ばかりが集まる安いディスコの方が、気が楽だった。

 キツネ目の女は、男たちのてんでんバラバラのステップを物憂い表情で眺めながら、一人でコーラ … たぶんコークハイだと思うが … を飲みながら、細巻きのタバコを吸っていた。

 そして、フロアが少し空いてくると、おもむろに椅子から立ち上がり、一人で神技とも思える鮮やかな踊りを披露する。
 
 「あいつ、なんで、ジ・アザーの方に行かないのかな」
 
 僕らの仲間は誰もが、それを不思議がった。
 
 「町田、ナンパしちゃえよ」
 と、仲間はそそのかすのだけれど、とても、一緒になって同じステップを踏むほどの技量も度胸もない。
 宙を舞う女の細い足を眺めるだけで、精一杯だった。

 「キツネ目の女」 に目をつけたのは、仲間の中でも比較的勉強のできた子で、それだけに、われわれとの間には距離があり、その距離を縮めるため、一生懸命 “ナンパ師” を気取ろうとするところがあった。
 
 「あそこのキツネ目の女、ちょっとマブいじゃん」
 ある日、その男が言った。
 
 彼がアゴをしゃくった方向を見て、みな息を呑んだ。

 目が細くつりあがって、意地悪そうな女だったが、無類にセクシーだったのだ。
 それでいて、ハンパな気分で声かけようものなら、火のついたタバコでも押し付けられそうな怖さがあった。
 
 何度か、彼女の姿を目撃するうちに、そこにひとつの法則性があることが分かった。
 ジミ・ヘンドリックスの 『フォクシー・レディー』 がかかると、彼女はフロアに飛び出すのだ。

 キツネ目の女。
 フォクシー・レディー。

 その不思議な符合に気づいて、自分はますます彼女に興味を覚えた。

 ジミ・ヘンドリックスの 『フォクシー・レディー』 がロックのヒットチャートを席巻していた1967年当時、それまで黒人のリズム&ブルースを中心に流していたディスコは混乱の極みに達していた。

 テンプテーションズ、フォートップス、オーティス・レディングなどのブラック系ヒット曲を流す店以外に、クリームやジミヘン、ドアーズなどのロックサウンドをあっけらかんと流す店が増えて、 「ダンスビートならばなんでもあり」 状態になっていたのだ。
 
 ミラーボールなどの照明もどんどん安っぽく派手になり、壁という壁は、ピカピカと照りかえるショッキングピンクに彩られ、フロアは明滅するフラッシュで、ド派手な金色と、チョコレートのような闇を繰り返すようになっていた。
 
 そのドラッグの疑似体験を演出していた当時のディスコに、ジミヘンの 『フォクシー・レディー』 はぴったりだった。
 
 当時、このジミヘンのような “感じ” の曲を表現する言葉がなく、一般的に 「サイケデリック・サウンド」 などと呼ばれていた。
 バニラファッジ、ジェファーソン・エアプレイン、アイアンバタフライなどがそのサイケデリック・サウンドの筆頭のように扱われ、時に、クリーム、ドアーズなどもそう呼ばれることがあった。
 
 サイケデリック・サウンド
 
 もう死語だと思うが、要は、当時欧米の洋楽界を席巻していたマリファナ、LSDなどによる幻聴・幻覚を音として表現したもの … という説明がなされていたように思う。
 確かに、輪郭のはっきりしないモコモコしたサウンドは、薬物を経験したわけでもない人々にも、どこか人工的な酩酊感を抱かせ、自己陶酔的なダンスを楽しむには最適な音だった。
 
 その 「サイケデリック・サウンズ」 の中でも、ワウワウやファズなどのエフェクターによって極端に誇張されたジミ・ヘンドリックスの音は、もっとも “それっぽく” 聞こえた。


 
 キツネ目の女は、ジミ・ヘンドリックスのファンだったのだ。
 『フォクシー・レディー』 に限らず、『パープル・ヘイズ』 、『ヘイ・ジョー』 のような曲にいたるまで、彼女は上手にジミの曲に合わせて独創的なステップを繰り出していた。
 
 そのステップをイメージに浮かべ、家に帰って、『フォクシー・レディー』 をかけながら、畳が擦り切れるくらい、踊りを練習した。
 
 ダメモトだ。一度、隣で踊ってみるか。
 … と、それから満を持して、ディスコに臨むのだけれど、そういう日に限って、彼女は来ない。
 
 何度か足を運んだが、それ以来、キツネ目の女に会うことはなかった。
 
 「男ができたんだろ」
 と、仲間の一人は言った。
 
 違うと思った。
 あの女が愛したのは27歳で死んだ天才アーチスト、ジミ・ヘンドリックスひとりだったと、自分では思う。
 
 だから、それ以降会わなかったことは、自分にとっては幸せだったのだろう。
 会って、話しかけたりすれば、そうとうむごい “無視” に出遭ったか、凄絶な罵倒にさらされただけだったろうから。
 
 おかげで、 『フォクシー・レディー』 は、悪くない思い出を残してくれた曲になった。


 
 
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