風は歌う

トラッドロック夜話 4


 
 ガード下の飲み屋で、一人陰鬱に杯を傾けている男がいた。
 どうも見たことがある背中だと思ったら、大学の先輩だった。

 「おお、町田か。お前、こんな店に来るのか」

 振り返った笑顔に、先ほどの沈んだ気配はない。
 
 「まぁ、座れ。時間はあるんだろう? 少し一緒に飲もう」

 彼は、隣の席に置いた大きなカバンをどけて、それを自分の足元に置き、私が座れる場所を空けてくれた。

 先輩 …… とはいっても、在学中にそれほど親しくした仲ではない。
 どちらかというと、私は彼にうとまれるような存在だったと思う。

 「お前みたいな、“都会の軽薄さ” を絵に描いたような男と話していると、ムシズが走るんだよ」
 
 学生時代に、何かの酒宴で、たまたま隣り合わせたとき、私は彼から憎々しげに、そう言われた記憶がある。
 
 当時の学生運動の理論的支柱と言われた 「吉本隆明」 の名を出した時のことだ。

 「お前、あんなもん読んでんのか?」
 彼は軽蔑したように、私の顔を覗き込んだ。

 「あいつは、庶民の味方みたいなことを自分で言ってんけど、あいつのエリート嫌いこそ、まさに逆の意味でのエリート主義なんだぞ」

 そのようなことを言われたように思う。

 私は赤面して、何も言い返せなかった。
 自分の心根が、まさに指摘された “都会の軽薄さ” そのものに思えたからだ。

 吉本隆明など、そのとき読んだこともなかったのだ。
 ただ、学生運動をやっていた彼に対し、そんな固有名詞を出せば、なんとか話題に着いていけそうな気がしたからに過ぎない。

 その彼が今は、
 「ここで町田と会うとはなぁ…」
 と、うれしそうに、酌をしてくれる。

 「先輩も、この店によく来られるのですか?」
 私は、彼の空いたおチョコに酒を満たしながら、尋ねた。

 「金があるときにはな … 。でも金がもったいないから、だいたい自分の部屋で飲んでいる」

 焼き鳥が、その当時一串60円ぐらいの店だったと思う。
 冷奴が80円。
 決して、贅沢な店ではない。
 なのに、彼の前のカウンターには、2合徳利と、ししゃもの皿が置いてあるだけだった。

 しかし、そんなことに頓着する様子もなく、そのときの彼はかなり饒舌だった。

 「お前も少しはサラリーマンらしくなったな。今なにやってる?」
 「編集です」
 「ほぉ、そうかぁ! いいなぁ、うらやましいな。俺も出版社勤めだが、営業だ。編集はいいなぁ」

 そう言って、彼はまぶしそうに壁を見上げた。
 
 そして、
 「俺にも夢があったんだがな…」
 といって、グイと酒をあおった。

 「どんな夢です?」

 「歴史本の編集をやりたかったんだ。霍去病 (かく・きょへい) が好きでね。彼が、匈奴を追って、遠くバイカル湖のほとりまで遠征し、そこで、漢の宮廷では見ることもなかった荒涼としたシベリアの大地を眺める。
 彼は軍事の天才だが、人情の機微を知らない。
 だけど、バイカル湖を眺めたとき、彼に心の変化が起こったことは、司馬遷 (しば・せん) だって認めている。
 それがどんなものだったのか。
 司馬遷は、例の簡潔明瞭をよしとするストイックな名文家だから、現代作家のように、ネチネチと人の内面を描かない。
 だから、そんな話を書ける著者を探して、霍去病の物語を本にする……」

 「ああ、すごい夢ですね」

 おぼろげながら、そのへんの話は私にも興味があるので、素直に素晴らしいと思った。

 「お前、分かる?」
 そういって、彼は昔のように、私の顔を覗き込んだ。
 しかし、今度はそこに軽蔑の薄ら笑いはなく、なんとも柔和な、人の良さそうな笑みがこぼれていた。

 「今日は、お前に会えてよかった」

 口調が、どこかしんみりしたものになっていく。
 酔いが回ったのかな…とも思った。
 しかし、その次に吐き出された言葉は、酔の回りとも違った不可解なものだった。

 「風だよ、風。……風が好きでね」
 
 前置きもなく、いきなり彼が口にした言葉は、私を面食らわせた。

 「風?」

 「バイカル湖の上を渡る風。シベリアの大地をかすめる風。そんな風に触れたくてね」

 彼は、床に置いた大きなカバンから、1枚のレコードジャケットを取り出した。
 
 ちょっと驚いた。
 カルロス・サンタナの 『キャラバンサライ』 だったのだ。

 司馬遷を愛し、霍去病を語る古典的ロマンチストの彼と、アメリカ現代ロックの取り合わせは、あまりにもチグハグに思えた。

 きょとんとした私の表情を読んだのか、
 「あれ! お前、俺がロック大好きだってこと、知らなかった?」
 と、逆にあきれ顔で、彼はそう言った。

 そして、ジャケットからライナーノーツを取り出し、
 「この 『風が歌う』 という曲がいいんだよ」
 と指で指し示した。
 
 もちろん、私も知っている。
 サンタナの中では、名曲の一つだと思っている。
 
 しかし、その曲が収録されている 『キャラバンサライ』 というアルバムタイトルからして、その風は、アラビア砂漠かサハラ砂漠に吹く風だろう…ぐらいに思っていたのだ。
 それを、古代中国のヒーロー霍去病と結びつけるという発想は、私にはなかった。
 
 「今日は昼まで寝ていたけれど、このレコードを買うために、わざわざ出てきたんだ。帰ってから、これをすり切れるまで聞いて寝るんだ」
 彼は、ちょっと恥ずかしそうに、そう言った。
 
 「あれ? 会社は休みだったんですか」
 
 すぐに、私は聞いてはいけないことを聞いてしまったように思った。
 彼の顔が、一瞬、私が最初に見たときの陰鬱な表情に戻ったからだ。
 
 「昨日辞めたんだよ」
 「昨日? ……」
 
 あまりにも唐突な答に、私は次の言葉が出なかった。
 
 その私の気持ちを逆に察したのか、彼の方もそれ以上は何も言わず、後は、カルロス・サンタナの話になった。


▲ 「アブラクサス」
 
 「俺は、サンタナが結構好きでね。 『アブラクサス』 の中に入っている 『君に捧げるサンバ』 などは傑作だと思うよ」
 と彼は言う。

 「しかし、少し調子コイちゃってよ、、 『哀愁のヨーロッパ』 なんかをやってしまったから、あいつはそれ以前のすべての業績を台無しにしてしまったよな。
 いや、あれだって悪い曲じゃないよ。
 だけど、屋台のおでん屋でコップ酒をしんみり飲んでいるときのBGMとしてぴったりという風情があって、ちょっと悲しすぎるよな。 
 あれが 『哀愁の浅草』 とか、 『哀愁の戸越銀座』 とかいうタイトルだったら、いい曲だと思って、けっこう聞いたんだろうけどね」
 
 そう言って、私の笑いをとりながら、
 「だけど、 『風は歌う』 は、 『哀愁のヨーロッパ』 ほど “泣き” がしつこくなくて、なかなかいいよ」
 というところで、サンタナの話を締めた。

 一緒に店を出たとき、
 「東京には戻って来ないかもしらんな」
 と彼はぽつりと言った。

 「でも、町田とはまた会いたいな」
 「会えますよ、また、いくらでも」
 「そうだな」

 後は会釈して別れた。

 その後、会うことはなかった。
 まさか、バイカル湖のほとりまで行ったわけではあるまい。
 でも、ひょっとして、『風は歌う』 という曲は、そこまで人を引きずっていく力があるかもしれない。
 少なくとも、人の気持を切り替えるような力を持っている。

 現に、この私は、この曲をはじめて聞いたとき、 「あ、風が変った」 という言葉を思い浮かべたくらいだった。

 1972年。
 自分にとっての 「ロック」 は、早くも終わりを告げていた。
 それまで、ロックに “夏の風” を感じていた自分は、これを聞いて、 「秋が来ていたんだ」 と気づいた。

 ちょうど自分にとって 「祭りの季節」 (青春) が終わったという感慨に包まれていた時期だった。

 「喪失感」
 そんな言葉を使うと、そのときの気分がよみがえる。

 おそらく、その先輩も、この曲に “心の空洞を吹く風” を感じ、その音に耳を傾けようとしたのかもしれない。

▼ 風は歌う

 
 
トラッドロック夜話 5 「キツネ目の女」 (ジミー・ヘンドリックス) 
  
トラッドロック夜話 3 「ツェッペリン体験」
 
  

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風は歌う への2件のコメント

  1. マッキー旅人 より:

    ご無沙汰しています。一度だけ、3・11前にTELをさせて
    頂きました。未だに町田さんのちょっと、ハニカンダ声が耳元に残って
    います。3・11以前と以降と何が変わったのでしょう。
    私は、はっきりと、確信しています。

    >大量生産・大量消費の時代が終わったのだと。

    カンバン方式で成り上がった企業は、そのカンバン方式で、力で、金で
    人情で成り上がった要因で、その引きガネで潰れていきます。

    その事を教えてくれたのを教えてくれたのは、心の師、
    「吉本隆明」さんでした。

    「吉本隆明」さんの言葉
    1・暗い内は滅びない、明るい姿は滅びの姿(右大臣実朝談
    2・面々の計らい(親鸞談)=それぞれの仕事、立場を理解すること
    3・わが心よくて人を殺さずにはあらず(たまたま、そういう契機がなかっただけ
       )【親鸞談)

    3・11以降・吉本隆明氏の状況への発言を聞きたいと想うのは私一人でしょうか

                                酔って候

    • 町田 より:

      >マッキー旅人さん、ようこそ。
      「3・11」 以前と以降では、明確な “切断” があるというご指摘は、まさにそのとおりだと思います。
      その一つに 「大量生産・大量消費時代の終焉」 を置くというのは、ご明察であるように感じます。

      私もまた、大量生産される商品を共有することで 「幸せを得る」 という今までの発想が、今回の震災では通用しなくなったと思っているところです。

      「幸せは万人共通の形をとるが、悲劇には人それぞれの個性がある」 と言ったのは、どこの何という詩人だったか。

      うまくは思い出せないのですが、そのように、あまりにも固有の悲劇が数多く出現してしまったのが、今回の3・11であるかと感じます。そういう時代に、大量生産・大量消費的な産業構造からは、悲劇から脱出できる発想が生まれないようにも思います。

      私は、吉本隆明氏のあまりよい読者ではなかったので、恥ずかしながら、『最後の親鸞』 や 『源実朝』 も未読です。
      だから、マッキー旅人さんから紹介して頂いた吉本氏の言葉は新鮮でした。
      特に 「暗いうちは滅びない、明るい姿は滅びの姿」 という言葉は、何か、いろいろなことを考えさせてもらえそうに感じました。

      コメントありがとうございます。
       

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