ツェッペリン体験

トラッドロック夜話 3

 

 高校に入学したとき、真っ先にバスケットボール部に入った。
 理由は、自分が過ごした中学では、それが “不良のスポーツ” だったからだ。

 田舎から都会の中学に通うことになったため、都会の子供たちの、ちょっと不良っぽいファッションはまぶしく見えた。
 しかし、 “不良” になりきるほどの度胸もなかったので、バスケット部に入部することまでは考えなかった。
 そのかわり、「高校に入ったらバスケットをやる!」 と心に決めた。
 
 で、高校に入ってさっそくバスケット部に入ったのだけれど、なんだか様子が違う。
 カッコいい “不良” がいないのだ。
 真面目な生徒が多く、みな学ランの詰襟も上までしっかり留めている。
 
 しかも、練習もきつかった。
 
 その練習の合間に、先輩たちが気持よさそうにシュートを決めているのを横目で眺めながら、こちらはボール磨きばかりやらされる。
 ようやくコートに立たせてもらったら、やらされるのは、コートの周りをうさぎ跳びで回るだけ。
 
 「バスケットボールというのは、体育だったんだ」
 という当たり前のことに、ようやく気がついた。
 
 しかも、インターハイ予選で落ちたことを理由に、全員が坊主刈りにさせられたりしたため、根性なしの自分にはそれがもう耐えられなかった。
 
 才能もなかったから、レギュラーにもなれず、試合に出させてもらうのは、味方の大勝か大敗が決まった終わりの5分間ぐらい。
 それで、そろそろ辞めようと考え始めた。
 
 そんなとき、ある日、バスケの部室に入ったら、アメリカ帰りの先輩がバッシューのヒモを結びながら、一人で「グッタイ、バッタイ…」と、鼻唄を歌っていた。

 変な曲だと思った。

 「先輩、何の曲ですか?」
 と尋ねたら、
 「向こうで流行ってんだよ」
 という答えが返ってきた。
 “向こう” とはアメリカのことだった。その先輩は帰国子女だったのである。 

 その彼がこう言い出した。
 「レッド・ツェッペリンって知っている?」

 はじめて聞く言葉で、まったく何のことか分からなかった。

 「お前、音楽、好き? だったら、今、向こうの音楽を聞いてみな。グループサウンズなんて “へ” みたいに思えるから」

 アメリカ帰りの先輩の言うことだから、なんだか真実味があった。

 「どう凄いんですか?」
 「音が凄いんだよ。音楽じゃねぇんだ。音の嵐だ」
 「ふぅ~ん…… 」
 
 
 この話は、これで終わりである。
 数週間ぐらいして、自分はバスケット部を辞めた。
 しかし、その先輩の言っていた「レッド・ツェッペリン」だけは忘れなかった。

 当時、東京の吉祥寺に『ビーバップ』というロックカフェが登場して、そこでようやくレッド・ツェッペリンの音に触れることができた。

 

 薄暗い店内のテーブルと椅子を揺るがせるように、ツェッペリン・ファーストがかかり、アルバムの1曲目の『グッドタイムス・バッドタイムス』が流れたとき、バスケット部の先輩が部室で歌っていた「グッタイ、バッタイ… 」の正体が分かった。

 「ぶちのめされた」
 という言葉がぴったりだった。
 まさに、頭の上から鋼鉄のかたまりのような「音」が急降下し、ズシンと脳内に突き刺さったような体験だった。

 ビートルズやストーンズの音づくりとは完全に異なるヘビーなサウンドが、わんさか登場してきた60年代末期だったが、ツェッペリンほどに、「音」が質量をともなった空気の壁を造ってしまうようなサウンドは、それまで聞いたことがなかった。

 それでいて、その「音の壁」は、いとも軽やかに形を変え、ゆらめくオーロラのように光りのダンスを踊る。
 「重さ」と「軽さ」が同次元に存在するという摩訶不思議な “化学現象” がそこで起こっていた。
 
 「あ、自分はいま音楽の転換点に立ち合っている」
 という思いを強く持った。


 
 この “ツェッペリン・ファースト” は、収録されているすべての曲が秀逸なのだけれど、しいて1曲を取り出すとなると、やはり 『ユー・ショック・ミー』 にとどめを刺す。
 恐竜が長い尾を引きずって歩くような、重量感に満ちたギターとベースのユニゾン。

 そこにロバート・プラントの、予測もつかない軌跡を描く “蝶の舞い” のようなヴォーカルが被さる。
 そのロバートの蝶の舞を追うように、ジミーペイジの猛禽類のようなギターが絡みあう。

 なんて魂の奥底まで沈み込んでくる「音」なんだ! …と、当時はただただ感心していただけだったが、あとになって、そのコード展開こそ、伝統的なブルースコードであることを知った。
 それまで、自分はブルースのコードパターンというものを知らなかったのだ。
 自分の “ブルース好き” は、ここに始まったのかもしれない。

 ちなみに、高校のバスケット部の先輩で、私にレッド・ツェッペリンを教えてくれた先輩というのは、現在タレントとして活躍している森泉、森星 姉妹らのお父さんである。
  
 
トラッドロック夜話 4 「風は歌う」 (サンタナ) 
 
トラッドロック夜話 2 「内燃機関の鼓動」 (オールマン・ブラザーズ・バンド)
 
  

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ツェッペリン体験 への2件のコメント

  1. 三島 哲夫 より:

    初めて読ませて頂きました。私は町田さんより少し若いでしょうか。
    ピーターバラカンさんが何故zeppelinが嫌いなのかと言う所からこちらへたどり着きました。
    私は小学校高学年の頃、4つ上の兄や従兄弟が聴いていた ”ホラホラ ララ〜♫” というフレーズが耳から離れず、しかしまだあまりにも子供すぎてその当時は代表曲だけ知っている程度でした。
    その後 世の中がハードロック低迷期に入り、高校生の頃は背伸びをしてsteely danやeaglesなどばかり聴いていました。
    そしてそろそろ大人になって来た頃 世の中はRun DMCやbeastie boys などラップやhip hopが流行り出しましたが、この人たちがROCKをサンプリングしてたので、僕としては  ”ヤッパリROCKやっ” となり改めてzeppelinなどを聴き返し、その後長い月日が経って今に至っております。
    最近ぞくぞくと発売されていたzeppelinリマスター盤も一通り買って一人 爆音で聴いております。
    しかし納得が行かないのはやはりバラカンさんのzeppelin嫌いです(笑)
    grateful deadなど私もあの方の音楽趣味はすごく好きですが、先日もラジオでzeppelinのリクエストを意地でもかけない所が笑えてしまいました(笑)。

    • 町田 より:

      >三島 哲夫さん、ようこそ
      はじめまして。メールの返信が遅くなり、申し訳ございませんでした。

      ピーター・バラカン氏が“ツェッペリン嫌い”を表明した『わが青春のサウンドトラック』という本は、全体的には自分のROCK・R&B体験と非常に近いものがあり、かなり共感しながら読んだ記憶があります。
      その中で、バラカン氏が「ツェッペリンが嫌いだ」と述べたところは、三島さんとおなじく、私にもよく分からなかったところです。

      まず彼は、ツェッペリンのリズムを「縦揺れ」とか、「縦乗り」といって嫌っているようですが、初期のサウンドは“横揺れ”の典型であるブルースを基調としたもので、彼の好きな曲調の一つに思えるのですが、なぜ嫌いなのか?

      本格的なブルース好きからすると、1枚目あたりで展開していた“ツェッペリン・ブルース” は、コード進行のみブルースでありながら、それを改変して、「ブルースのスピリットを失った白人ROCKいに過ぎない」という意見を持つ人もいるくらいですから、彼もそうなのかもしれません。(そういう人は、クラプトンのブルースも嫌いです。バラカン氏もそうですね)

      そうなると、そこにバラカン氏の“ブルース哲学”があると思えるのですが、本著作ではそこまで突っ込んでいませんね。

      また、「ロバート・プラントの声が嫌い」とも彼はいうのですが、あれはツェッペリンファンからすると、単なる“ヴォーカル”ではなく、人間の肉声を使った器楽として聞けるわけで、…… そうなると、単にバラカン氏の生理に合わなかったというだけかもしれません。

      それにしても、三島さんの愛好音楽の守備範囲は広そうですね。
      steely danとeaglesを同時に楽しめるというのは、音楽的な偏見のない、趣味性の広さと豊かさを感じさせます。

      自分は、60年代~70年代初期のROCKの洗礼を受けた人間で、その時代に黒人のSOUL MUSICから、アメリカ南部のサザンロックまで幅広く聞いていましたが、やはりツェッペリンのサウンドを最初に耳にしたときの衝撃は、いまだに心から離れません。
       

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