ストレンジ・ブルー

トラッドロック夜話 1

 アッコちゃんは、小学校の僕らのクラスで評判の美少女だった。
 学芸会で、 「竹取物語」 をやれば、かぐや姫の役が回ってくるし、 「白雪姫と7人の小人」 などをやると、主役の白雪姫を仰せつかる。
 先生が決めるわけでもないし、僕らが投票で決めるわけでもないのに、僕らのクラスでは、そういう “美女の役” は、自然にアッコちゃんに回っていくのである。僕らの間では、それはもう暗黙の決まりであった。

 僕はアッコちゃんが好きだったけれど、でも、僕らのクラスの男の子はたいていアッコちゃんが好きだったから、みんなで牽制しあって、誰一人アッコちゃんの “彼氏” を引き受けるものはいなかった。
 
 そのうち、みんな別々の中学に行って、小学校の仲間と会うことは少なくなったが、それでも同じ町に住んでいたから、昔の同級生たちと出会うことがある。

 「ところでさぁ … 」
 と、ある日、それぞれ中学生になった昔の同級生が何人か集まったとき、一人が言った。
 「アッコちゃんのことだけど … 」
 
 みんなアッコちゃんの消息を知りたかったから、固唾を飲んで、その話の続きを待った。

 「あいつ、今、☓☓中学の札付きのワルの “スケ” だぜ」
 
 「本当かよ!」
 と、みんながため息を付いたけど、 「そんなことあるもんか」 と否定するヤツは一人もいなかった。
 誰もが、 「やっぱりな … 」 と、妙に納得してしまったのだ。
 あれだけの美少女だもん。
 男が放っておくわけないだろ … ぐらいに思ったのだ。
 
 それも、 “札付きのワル” というところに説得力があった。
 勉強も中程度で、器量もフツーの彼氏とかいう話だったら、
 「このやろー ! 」
 と思っただろうけれど、札付きのワルとなると、ケンカしてもどうせ勝てないだろうし、まぁ、あきらめがつくというもんだ。

 「で、さぁ … 」
 元同級生は、さらに続けた。
 「アッコちゃんは、そいつだけじゃなく、高校生とも付き合いがあるらしいんだ。体はもう大人だしな」
 「ふぅ~ん … 」
 と、言ったっきり、誰もが口をつぐんでしまったのは、みんなそれ以上のことを想像したくなかったからだと思う。

 僕も、もう何も話さなかったけれど、 “体はもう大人だしな” という言葉が妙に生々しく思えて、隠そうとしても顔が赤らむような気がした。
 
 それっきりアッコちゃんのことを思い出すこともなかったけれど、高校に進学してから、一度だけ、偶然アッコちゃんと出会ったことがある。
 吉祥寺の駅ビルの 2階にあったレコード屋でのことだった。

 「あ、町田くんじゃない?」
 そう声かけられて、振り向くと、セーラー服姿のアッコちゃんが立っていた。
 相変わらずの美少女で、僕はどぎまぎしてしまったけれど、アッコちゃんは顔いっぱいに “懐かしい” という感情を浮かべて、スタスタ歩み寄ってきた。
 セーラー服、といっても、スカートはくるぶしぐらいまで長く、カバンはぺっちゃんこで、いかにもという “スケバン” スタイルだった。
 ほんのり化粧しているのか、表情も大人びていて、妖艶な感じすら漂っていた。

 「何探しているの?」
 と問われて、
 「ビートルズ」 と答えた。

 ちょうど 『サージャント・ペッパーズ・ロンリーハートクラブ・バンド』 が出た頃だったろうか。
 ラジオで聞いて、イマイチだったけれど、ファンだから買わなければいけないぐらいの義務感で、レコード屋に寄ったところだったのだ。

 「ビートルズ好きなの ? 」
 アッコちゃんの目が輝いた。
 「好きだよ」
 「日本公演行った ? 」
 
 そう聞かれて、ちょっと戸惑った。
 その 1年ほど前に、ビートルズの日本公演が行われたのだけれど、とうとう僕らのクラスでは誰一人行くことができなかったのだ。
 もちろん券も手には入らなかったけれど、仮に券が手に入っても、学校側の引き締めも厳しかったから、行けるような雰囲気ではなかった。

 「明日はビートルズの日本公演だけれど、まさかこのクラスで行く人間はいませんよね。もし、行く人がいたら、即座に退学を覚悟してもらいます」
 担任がそう言ったくらいだから。
 いま思うと信じられないことだけど、その時代、まだビートルズは不良の音楽だったのだ。

 でも、アッコちゃんはその日本公演に行ったのだという。
 のみならず、前日から彼らの泊まるホテルの周辺で様子をうかがい、厳戒体制の警備陣の間をすり抜けて、彼らの泊まっていた部屋の通路まで侵入し、ドアを開けて出てきたジョン・レノンを見つけて叫び声をあげ、即座にガードマンに羽交い絞めにされたらしい。

 そう話すアッコちゃんの顔がまぶしく見えた。
 カッコいいな! と思った。

 でも、アッコちゃんは言う。
 「ビートルズ、少し飽きたね」

 え ? … と思った。
 もしかして、同じような気持なのだろうか。
 「じゃ、いま何聞いているの ? 」
 と、僕は尋ねた。

 「クリームかドアーズ。クリームいいわよ」

 あ、同じだ ! と思った。
 
 その当時、ビートルズは相変わらず洋楽シーンの王者だったけれど、時代は少しずつ変化を遂げていた。
 1967年。
 この年あたりから、ビートルズよりも、もっと刺激的な音を創造するバンドがたくさん登場するようになったのだ。

 アメリカでは鳴かず飛ばずだったジミ・ヘンドリックスがイギリスに渡って評判となり、凱旋帰国。
 ヤードバーズから飛び出したエリック・クラプトンが、ジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースと一緒にクリームを結成。
 ファズやワウワウといったエフェクターも発達して、ギターサウンドが革命的に変化していった頃だ。
 中でも、 「サンシャイン・ラブ」 や 「ストレンジ・ブルー」 などのヒット曲を満載したクリームの 『カラフルクリーム』 (DISRAERLI GEARS) が大評判になっていた時だった。

 「俺もクリームいいと思うよ。ビートルズの音って、古いよな」
 そんなこと言ったのは、少しでもアッコちゃんに遅れをとってはならじ、と思ったからだ。
 「へぇ、町田くんもそうなんだ。クリームいいよねぇ」
 
 そんなことをしゃべりながら、僕らは意気投合した。

 … したら、不意にアッコちゃんが言う。

 「うち来る ? 『カラフルクリーム』 あるよ」

 え ? … っと、どぎまぎしたけれど、アッコちゃんはすかさず僕の心を読んで、
 「今日はね、お父さんもお母さんもいないの。兄貴も部活で遅いから」
 という。

 “お父さん、お母さん” という素直な言葉が、スケバンファッションのアッコちゃんの口から出たことが、なんだか意外な気もしたけれど、アッコちゃんの部屋も見たかったので、僕は素直に従った。

 何の変哲もない普通の勉強部屋だった。
 むしろ、真面目過ぎる感じだった。
 遊ぶものといえば、小さなステレオがあるだけで、その横にはしっかりした本棚があり、そこには学習参考書がいっぱい並んでいた。
 「アッコちゃんは、札付きのワルのスケなんだ」 という噂は、やっぱりウソだったんだと思った。

 「『カラフルクリーム』 持ってくるね。兄貴の部屋にあるの」

 そう言って、アッコちゃんが部屋から出ていってから、僕は彼女の本棚に並んだ本を眺めた。

 学習参考書の間に、一冊だけカバーでくるまれた本があり、その背表紙には、 「マルクスの資本論」 という稚拙な手書きの文字が浮かんでいた。

 中身は何だろう ?

 何気なく抜き出して、パラパラと開いみたら、それは大人の読むような性科学の本だった。
 しかも、 「避妊の方法」 、 「性病の予防」 などという章には、赤線まで引いてあって、勉強している様子が見える。

 あわてて、その本を本棚に戻そうとしたとき、部屋に戻ってきたアッコちゃんと目が合った。
 なんて言えばいいのか、とっさに言葉も出なかった。

 アッコちゃんは、取りつくろう様子もなく、
 「親に見つかるとまずいから、 “資本論” にしたの」
 と、こともなげに言う。

 「なるほど」
 そう頷くのが精一杯だった。

 アッコちゃんは、持ってきた 『カラフルクリーム』 のジャケットをステレオの上に置き、ちょっと気怠そうな仕草で、カバンからタバコを取り出し、一本口にくわえて、マッチを擦った。
 そして、
 「男の子はみんな身勝手だから、女は自分で身を守らないといけないのよ」
 と、妙に大人っぽい仕草でマッチを振って、火を消した。

 「でも … 」
 と言いながら、彼女は、僕と並ぶように、ベッドの上に腰を下ろし、煙をゆっくり吐き出した。
 「町田くんは違うわよね」
 顔がぐっと近づいたような気がした。
 緊張で、胸がバクバクした。

 もし、 “資本論” の中身を知らなかったら、僕はチャンスと思って、手を握ったかもしれない。あるいは、近づいた顔にこちらも合わせ、唇を盗んだかもしれない。
 
 でも、 “資本論” の中身を見てしまった後は、もう体が石のようにこわばってしまい、身動きが取れなかった。

 沈黙が、10秒続いたか、20秒続いたか。

 「 『カラフルクリーム』 かけるね」
 アッコちゃんは明るい声で立ち上がり、レコードジャットから中身を取り出した。
 1 曲目の 「ストレンジ・ブルー」 が、大音量で部屋の中にとどろき渡った。

 そのアルバムを全部聞いた後に、僕はアッコちゃんの家を後にした。
 それから、もう会うことはなかった。

 大学に入ると、女の子たちの間では 「ウーマンリブ」 が大流行していた。
 その運動に参加していた女性たちは、みな 「男の不当な差別」 を糾弾し、 「女の自立」 を説いた。

 でも、 「女の自立」 という言葉が飛び交うとき、僕はいつもアッコちゃんのことを思い出す。

 「男の子はみんな身勝手だから、女は自分で身を守らないといけないのよ」
 と、さりげなくつぶやいたアッコちゃんが、妙に大人に思えたものだった。
 
▼ ストレンジ・ブルー

  
 
トラッドロック夜話 2 「内燃機関の鼓動」 (オールマン・ブラザーズ・バンド) 
 
 

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