オールドマン

 トラッドロック夜話11 

 午後のスタンドカフェで、ぽつねんと、外の景色を見ている老人がいた。

 喫煙席だった。

 人がまばらに座った客席から、いく筋かの紫煙がのぼっていた。
 老人はタバコを吸わないようだ。
 間違えて入ってきたのかもしれない。
 あるいは、そんなことに頓着していないのかもしれない。

コーヒーカップ0011

 白いヒゲをゆったりと垂らし、ハンチングを目深にかぶった老人の姿は、セピア色の写真で見る明治の軍人のようだった。
 ひとつ時代を間違えば、馬上傲然 (ごうぜん) と敵陣をにらみ、三軍を指揮する人のようにも見える。

 でも、今の老人の目は、動くものには何ひとつ反応していない。
 灰色がかった瞳の視線が、歩道を行き交う人々を避けるように、道に落ちた木の影だけに注がれていた。
 陽の差し込む窓際の席で、空いているのはその老人の隣だけだった。

 私はその椅子を引き出し、背もたれにコートをかけた。
 セルフサービスの店だから、テーブルが汚れていればお客がダスターを手にとって拭くしかない。
 老人のティーカップの周りが汚れていた。

 「よかったら、拭きましょうか?」
 私は、自分のテーブルを拭いたついでに、老人の前のゴミを軽く払った。
 「ご親切に…」
 老人は、はにかんだような笑いを浮かべ、ちらりとこちらを見た。
 「あんたは優しそうな人だね」
 言外に、そんなメッセージがこめられたような目だった。

 それがきっかけで、会話が始まった。

 「今日は歩きすぎて…」

 まるで暖でも取るように、両手でティーカップを抱え込んだ老人は、 「…疲れました」 という言葉を内に秘めながら、ゆっくりと語りだした。
 私は、カフェで読むために買ってきた週刊誌をあきらめ、それをテーブルの上に伏せて、老人の言葉を待った。

 「大名屋敷がとぎれた辺りで引き返せばよかったんでしょうけれど、花街のあたりも歩いてみたくてね」

 いつの時代の話なのだろう。
 この辺りでは、大名屋敷も、花街も聞いたことがない。

 「町名も変わり、町の景色も変わってしまいましたから、どこを歩いているのか、もう分からないようになりました」
 そう笑う老人の頬に、深いシワが刻まれる。

 いくつぐらいなのか。
 80には手が届くのだろうか。それともその上か…。

 「この近くに住まわれていたんですか?」
 尋ねる事もことさら思い浮かばなかったので、場当たり的な質問を投げかけてみた。

 「ここからは少し歩いたところです。テラマチです」

 テラマチ……

 「寺町」 という地名なのか、それとも、単に “寺が多いところ” という意味なのか。

 「釣りもできたですよ。祠 (ほこら) の裏に寝ているミミズをエサによ~釣ったものです」

 いつの時代の、どこの話だろう。
 祠って、なんだ?
 老人のしゃべる話は、遠い世界を舞台にした昔話のように聞こえた。
 相槌を打つタイミングも見つからないまま、私は、黙って老人の話の流れに身を任せた。

 「このあたりは路面電車が走っとったですよ、昔はね…」
 少しだけ、華やいだ声になった。
 「路面電車の時代の方がにぎやかでしたね。今の方が人通りは増えたけれど、にぎやかさは感じられんです」

 路面電車が走っていたのは、私も覚えている。
 一ヶ月だけだったが、それに乗って通学した記憶もある。
 町の中を電車が走る風景は、自動車が走るよりも “都会的” に思えた。
 だから、老人のいう 「にぎやか」 という意味が分かるような気がした。

 ようやく共通の話題が出たと思った矢先、老人は不思議なことをしゃべり出した。

 「週末に一本だけでしたけど、夜ね、無人の路面電車が走るんですよ。
 実験だったんですね。
 遠隔操作というのか、自動操縦の試験なんですね。
 それを土曜の深夜だったか、会社が実験するんでしょうねぇ。
 もちろんお客さんは乗せないですよ。
 私は二度ほど見たことがありましたけれど、怖いもんですよ、幽霊電車みたいで…」

 そう言いながらも、老人は面白そうに笑った。

 「へぇ~!」 と、私は驚くふりをするしかなかった。
 そのようなことがありえるはずがない…と私の理性はこっそりとささやいていた。

 …からかっているのか?

 老人の横顔は、おだやかな冬の陽射しを跳ね返して、白い鑞 (ろう) のように光っていた。
 会話はとぎれたが、私たちは、冬の陽だまりでまどろむ二匹の猫のように、じっと外を見ていた。 
  
スタンドカフェ

 「さて、とんだお邪魔をしてしまって…」
 老人はハンチングをかぶり直して、私に笑った。
 「いえいえ、面白いお話を…」
 私は、立ち上がった老人を見上げて、微笑み返した。

 両足を引きずるように去っていった老人のテーブルには、ティーカップが置き去りにされていた。
 セルフサービスのルールを知らなかったのだろう。

 ……やれやれ。出るときに、それも一緒に下げるか。

 ガラス窓の向こうに広がる街の景色は、師走の残照を浴びて、メタリカルな蛍光色に輝いていた。
 ドアを出て、間もないというのに、老人の姿はもう見えなかった。

▼ 「オールドマン」 ニール・ヤング

 
   
トラッドロック夜話10 「枯葉の池でボートを漕ぐ」 (ゴードン・ライトフット)
 
  

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オールドマン への2件のコメント

  1. solocaravan より:

    おおっ、私の好きなニールヤングではありませんか。しかも当時のライブとは!貴重な映像ありがとうございます。
    ・・・周囲の時間と空間を超越して過去に生きる老人、その姿は凛として不動の存在感を漂わしていたのではないでしょうか。わたしもそうした存在になりたいものです。
    ところでホームページから当ブログへのリンクが消えているようです。ひょっとして何かの事故ではないでしょうか。

  2. 町田 より:

    >solocarvan さん、ようこそ。
    昨年は、いろいろとお世話になりました。ありがとうございます。
    ニール・ヤングは、私にとっても最も好きなミュージシャンの一人です。
    この人は、過去の名声や栄光にこだわることなく、いまだに未知の世界に向けて、漕ぎ出ていく人ですね。
    本当に凄い人だと思います。
    でも、やっぱり 「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」 と 「ハーベスト」 の2枚のアルバムが好きですね。中でも 「オールドマン」 はその時代の名曲だと思います。
    リンクが消えたとのこと。申し訳ございません。
    このブログサービスを行っているホビダスさんの事故かと思われます。
    同ブログサービスを使われている他のユーザーさんたちも、コメントが消えたりする事故に遭われたそうです。
    本年もよろしくお願い申し上げます。
     

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