一般国道は 「都市」 なのか 「田舎」 なのか

 
 見知らぬ土地の道を走り続けていると、今まで気づかなかったことに、突然気づくことがある。
 キャンピングカーを使うときは仕事が絡むことが多い。
 だから、効率化を図るために、高速道路をよく使う。
 個人で旅行を楽しむときも、高速道路を使ってキャンプ場近くのインターで降り、あとはトコトコ田舎道を走る。
 一般道を走りながら、 「道の駅」 を回るという使い方ができるほど、まだ時間的余裕がないのだ。
 
 だから、あまり走ることのない一般道を走ると、不思議な気分になる。
 日本には、 「都会」 とも 「田舎」 ともいえない奇妙な空間がいっぱいある。
 そんなことに気づいた。
 
一般国道の風景001
 
 この前、ある仕事の帰り、時間があったので高速を使わず、一般国道をトコトコ走ってきた。
 曇天の下、色のない風景がどこまでも続いていた。
 
 コンビニ。
 ガソリンスタンド。
 工場。
 資材置き場。
 シャッターを下ろした古めかしいドライブイン。
 野菜をつくっているビニールハウス。
 休耕地になったのか、それとも宅地に転用されるために眠っているのか分からない平地。
 クルマの止まっていない駐車場。
 
 そういうとりとめもない空間が、現れては消え、消えてはまた現れ、いつまで経っても、同じ場所を行きつ戻りつしているような気分になった。
 「都市」 でもなければ、 「田舎」 でもない。
 それが日本の風景の本質なんだ … ということに気づいた。
 
 たぶん、 「近代」 というのは、そういうものなのだろう。
 
 「近代」 という言葉は、いろいろな意味合いに使われ、いろいろな文脈を構成するけれど、ここでは 「工業化」 という意味で使ってみたい。
 それまでの農業社会から脱皮し、世界でも類例のないスピードで工業社会へと変貌を遂げた日本が造り上げた景色が、一般国道には象徴的に現れているように思うのだ。
 
 工業社会は、 「自然」 を巧妙に素材として使って生産物を完成させるシステムを造り上げた。
 素材そのものは 「自然」 をベースとしたものながら、元の形が分からないほど加工したものが工業製品だ。
 それは製品にとどまらず、その生産物を流通させ、消費させる社会をも変えた。
 
 その変わった社会を 「景観」 として表現すると、この一般国道のような景観となる。
 つまり、工場や農場といった生産地と、膨大な物が消費される大都市を結ぶためだけに存在する “がらんどう” のような空間。
 それが、 「都市」 とも 「田舎」 ともいえない幹線道路の独特の空気を生み出している。
  
 「近代」 の象徴ともいえる大都市の景観は、単なる 「近代」 のディスプレイに過ぎない。
 ショーウィンドーに飾られた工業製品を、人々の消費欲を喚起させるために、より魅力的に配置し直したのが大都市の景観なのだ。 
 
大都市の高層ビル風景
 
 それに対し、一般国道の景観は、いわば “すっぴん” の 「近代」 。
 そこには、化粧するのに疲れ、荒れた素肌をさらす、物憂い日本の 「近代」 が横たわっている。
 
一般国道の風景001
 
 「都市」 でもなければ、 「田舎」 でもない。
 「自然」 はないけれど、 「人工的」 でもない。
 「貧しく」 もなければ、 「豊か」 でもない。
 「美しく」 はないが、 「醜い」 わけでもない。
 「生活」 はあるけれど、 「生活感」 はない。
 
 そういう 「風景」 を、なんと表現すればいいのか。
 
 たぶん、それを表現する言葉を見つけたとき、それは 「詩」 の形を取っているはずだ。
 「詩」 とは、美しい情景を描いたり感動的な光景を謳うものではなく、見えないものに 「形」 を与えるときの言葉なのだから。
  
 

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一般国道は 「都市」 なのか 「田舎」 なのか への4件のコメント

  1. > 「詩」 とは、美しい情景を描いたり感動的な光景を謳うものではなく、見えないものに 「形」 を与えるときの言葉なのだから
    今晩は。今宵も愉しく読んでいます。
    参りました。「詩」という意味が良く解りました。
    「東京にいくな。自分自身の拠点を掘れ」(谷川雁

    たった1行の詩が人生を変える事もあります
    追伸
    居酒屋放浪記も楽しく読んで候。

  2. 町田 より:

    >マッキー旅人さん、ようこそ。
    タウン誌 『Osera (オセラ)』 拝見しました! 
    ご送付ありがとうございます。
    「かるキャン」 のコイズミさんとご一緒に登場されていましたね。
    「かるキャン」 と 「インディ727」 を揃えたレンタカーの品揃えには、着眼点の素晴らしさを感じます。アイミーブのようなEVをレンタカーとして活用するという企画でも、それに 「うどんナビ付き」 という付加価値をつけようというアイデアを持っていらっしゃるようで、感服いたしました。
    谷川 雁さんのひと言、地方に生まれて大望を掲げた人には力強く響く言葉なのかもしれません。
    >「拠点を掘れ」 という言葉は、私には 「専門分野を持て」 という意味も含まれているように感じました。
    …とはいいつつ、こちらはまだまだ 「拠点を掘り続けている」 最中ですが。
     

  3. cbr929 より:

    こんにちは
    私は本土の街並みを「金太郎飴」だと思っています。どこへ行っても同じ景色、どこへ行ってもイライラするよな同じコンビニの看板、造り、以下同文。
    でも足元を見れば消雪パイプが埋設された道路(あの井戸水が噴き出すスプリンクラーヘッドのメタルチックさ)ワクワクします。我が県庁所在地ではとっくに消え去ってしまった路面電車それがアムステルダムやシドニー、そしてウイーンで見て同じように生き生きと走っている街があるのです。そして訪ねる度に嬉しくなります。
    詩、旅で連想する私の大好きなフレーズは泉谷しげるの春夏秋冬
     今日ですべてが終わるさ、
     今日ですべてが変わる
     今日ですべてが報われる、
     今日ですべてが始まるさ
     旅っていいですね。

  4. 町田 より:

    >cbr929 さん、ようこそ。
    おっしゃるとおり、確かに、日本の幹線道路の景観は 「金太郎飴」 していますね。
    そういう街並みのなかで、路面電車が通っていたりするストリートを見ると、(ノスタルジーもあるのかもしれませんが) 心がなごみます。
    「路面電車」 というと、はっぴいえんどの 『風をあつめて』 という曲に路面電車が登場するのですが、詞の中で、それがおとぎの街の乗物みたいに歌われていて、なんかとってもいいのです。
    あの時代の歌詞には、どこか景色を 「詩」 のようの捉える視点がありましたね。泉谷しげるの 『春夏秋冬』 にも、そんな雰囲気があって、けっこう好きでした。
    コードも簡単だったので、ギターを弾きながらよく歌っていました。
     

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