猫会議

 今日は 「猫会議」 の日だった。
 さくら通りから、いずみ通りに入り、セブンイレブンの交差点から三つ目の路地が、「猫会議」 の会場だ。
 
 始まるのはいつも日付が変る深夜の時間帯だが、気の早い猫は、夜の8時ごろから会場近くに待機して、後ろ足で耳を掻いたり、塀によじ登って伸びをしたりして、会議が始まるまでの時間をつぶしている。
 
塀の上の猫
 
 傍聴は自由のようだが、あまり近づきすぎると、雲の子を散らすように、みな逃げる。
 しかし、しばらくするとまた同じところに集まってきて、ヒソヒソ話を再開する。
 
 議題は何なのか。
 集まった猫たちに尋ねても、ミャーミャー要領を得ない。
 おそらく、エサ取りの縄張りでも決めているのだろう。
 
 こういう連中は、野生動物の仲間に入るのか、それとも、どこかにパトロンを持つ 「半家猫」 なのか、そこのところは定かではないが、みな毛ヅヤも良くて、コロコロしているから、たぶんエサの供給源はそれぞれ確保しているのだろう。
 だとしたら、優雅な人たちだ。
 
地面の猫
 
 猫には謎がいっぱいある。
 
 まず、やつらはいったいどからやってきたのか。
 太古の昔、犬と人間が 「狩猟の伴侶」 として共存関係になった歴史はよく知られているけれど、猫は呼びもしないのに、いつのまにか人類の周辺に寄って来て、勝手に生きている感じがする。
 
 猫は、肉として食べるところもあまりないので、家畜としては役立たずだし、第一、家畜なのかどうかも分からない。
 犬はみんな自分のことを 「人間と同じ格好をしているはずだ」 と思い込んでいるが、猫にはそういうところがない。
 「我輩は猫である」 というしっかりとした自覚がありそうで、「猫ですがそれが何か ? 」 と開き直っているところもあって、こちらが猫の着ぐるみなんかをまとって近づこうものなら、(犬なら “怪しい !! ” … とワンワン吼えるところを) 、猫は 「お前バカか ? 」 とシラっとしているようなところがあって、ものに動じない … というか、妙に老成しているようにも見える。
 
 猫は不条理だ。
 家畜であるようでいて、家畜ではない。
 ペットのようでいて、ペットではない。
 存在と非存在の淡い境界を生きている。
  
 

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猫会議 への2件のコメント

  1. kamado より:

    昔深夜のテレビで「やっぱり猫が好き」という番組がありました。
    三姉妹の話で、皆それぞれ存在感がありました。
    今もそれぞれ良い味を出して活躍していますね。
    余談でした。
    猫は良いですね。
    犬はあまりに健気すぎて、ちょっと辛いです。
    エジプトで穀物倉庫のネズミを食べてくれるのと、人間のそばにいれば大型肉食獣から身を守れるとの、双方の思惑から付かず離れずの関係が出来上がったと聞いたことがありましたから、その距離感が今でもあるのでしょうか。
    けれども、私事ですが先代の我が家の猫は表の駐車場に車を停めると、必ず玄関でお出迎えしてくれる犬のような猫でした。その意味ではペットの部分が色濃くありました。
    ご主人様の為に身を挺して守ったりなんて事は絶対にしないし、餌をやるとき以外は呼んでも振り向きもせず、耳だけ少し後ろに向けて、微妙に尾を動かしたりする姿、身勝手さが妙に好もしいです。

  2. 町田 より:

    >kamado さん、ようこそ。
    『やっぱり猫が好き』は、私も見ていました。コントであるようで、コントでないような…、脚本があるようでいて、まったくアドリブで作られている雰囲気もあるし…(もちろん脚本はあるんでしょうけれど)。
    何とも不思議な味わいのある番組でしたね。印象に残っています。
    実は、本当は猫が好きなんです。kamadoさんがおっしゃるように、あの微妙な 「距離感」 がいいですねぇ! そこに味わい深いものを感じています。
    それこそ、『やっぱり猫が好き』 に漂っていた不思議な空気感に近いものがありそうです。
    猫って、図々しさと繊細さのバランスが実にうまく取れている動物って気がします。
     

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