貧者の兵器とロボット兵器

 2010年10月のNHKスペシャルで、 『貧者の兵器とロボット兵器』 というドキュメントをやっていたけれど、重い番組だった。
 
 「貧者の兵器」 とは、現在のアフガンでアメリカ軍と戦っているタリバンが使うカラシニコフ銃とかロケット砲のこと。製造された時代も古く、安価な武器で、アメリカ軍の近代兵器にはとても太刀打ちできないお粗末な兵器をいう。
 
タリバンの兵器
 
 しかし、もっといえば、身体に爆弾をしかけ、自分の身体ごと相手の施設などを破壊する “自爆テロ” そのものを指す。
 
 それに対し、現在アメリカは、対タリバンとの戦いに、どんどんロボット兵器を投入しているのだとか。
 つまり、軍事衛星を使って “敵” の潜伏場所を探し出し、ピンポイントで敵兵を襲撃する無人の爆撃機やミサイルのことで、 “操縦士” は、アメリカ本土で、モニターの前に座っているだけ。
 
ロボット兵器
 
 モニターには、逃げ惑うゲリラの姿が明瞭に写る。
 それを、絶対安全な、地球の裏側にいる “操縦士” が狙い定めて爆撃する。
 寒さが一瞬にして全身を貫くような映像である。
 
 操縦士には、少年のような顔をした若い兵士や少女がいる。
 笑顔だ。
 「これは本当に楽しいの。まるでゲームみたいだから」
 若い女性兵は、無邪気な笑いを浮かべてそう言う。
 
 「やらせ」
 … とはいわないが、いくらなんでも、制作側の作為が露骨であるようにも思う。
 まさか、本気になって 「ゲームみたい」 などと言うはずはないだろう。
 あるいは、言ったとしても、別の文脈の中でひと言挿入された言葉かもしれない。
 そう言った意味で、番組制作サイドの意図的な作り込みが感じられる。
 
 … が、それが分かったとしても、やはり 「寒い」 。
 
 一方、タリバン側の映像も映し出される。
 村の少年が、思想教育を施され、自爆テロ要員として鍛えられていく過程を、ビデオが追う。
 「正義」 のための戦いに、一人前の男として立ち向かうことを課せられた少年の高揚した表情。
 しかし、決行の日が近づくにつれ、その顔が緊張し、動揺し、最後はあきらめたような無表情な顔に変る。
 大人たちは、少年を 「英雄」 としてほめたたえ、「必ず天国に行ける」 ことを約束し、こわばった少年の手を握り締めて、爆破装置の位置を教える。
 
 なんと恐ろしい映像だろう。
 自爆テロにおもむく人間は、決行間近になると、麻薬で神経を麻痺させられ、分別をなくした状態で “戦場” に送られるというナレーションも入っていたように思う。
 
 そこにも、制作サイドの作為が見える。
 そういう事実もあるかもしれない。
 しかし、それだけで 「自爆テロ」 の真相のすべてが明らかになるわけではない。
 
 … そうは分かっていても、重い映像だ。
 「自爆テロ」 の背景には宗教原理主義の怖さや貧困がある、と識者はよく言うが、そういった問題ではない。
 宗教原理主義とか、貧困とか、そういった 「合理的な説明」 で解明できない何か。
 この番組には、その “何か” を視聴者に考えさせようとしている気配があった。
 
 ゲームのように、モニターに写る “敵” をロボット兵器で殺す少女。
 「正義」 を信じて、自分の身体を爆弾に変える少年。
 
 人間って、何なのか。
 
 「人の命は地球より重い」 というイデオロギーを超えたところで、死と向き合っている人々がいる。
 意図的な編集であることが露骨に見えた番組だけど、やっぱり何かを考えさせられてしまう。
 
 

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貧者の兵器とロボット兵器 への6件のコメント

  1. 渡部竜生 より:

    「重たい」番組でした。
    おっしゃる通りの恣意的な編集なんですが、それを隠そうとしていないというか、恣意的に編集していることも、問題提起にしていたのではと勘繰りたくなるような…
    「宇宙の戦士」「マン・プラス」等々古典SFの戦闘シーンを凌駕するようなハイテク兵器が実現されています。正にジュール・ベルヌが言うところの「人間が想像したものは、必ず完成する」です。
    どうしてなんでしょうねぇ「世界平和」だけは想像しても実現しないのは。。。

  2. kamado より:

    町田さん お元気になられたようで、安堵しております。
    私も再放送を含めて二度視てしまいました。
    女性兵士は「泳ぎが不得意だから、不時着の事を心配しなくて良いので」みたいな事も言っていましたね。
    また上官が誤爆の可能性に対しての不安も洩らしていましたが、彼が言ったことで「実際に攻撃機に乗っての攻撃であればもう少し相手の事を考えられる」と言うようなことも言っていました。
    けれども昔聞いた話では、嘗ては飛行機など無かったからまさしく白兵戦で、それこそ敵と対峙し血飛沫を浴びたり相手の断末魔の悲鳴を聞いたりした。
    それが、飛び道具を使うようになり、やがてドレスデンや広島・長崎などでは無差別爆撃をしても、想像力があまり働かなくなり、ついには地球の裏側でまったく身の危険を覚える事も無く人を殺す。
    自爆テロも最初は「自爆攻撃」とみていましたが、今は「自爆テロ」なのですね。
    特攻の発案者?で最高指揮官は最後まで特攻攻撃を恥じていたと聞いたこともあります。
    兵士と麻薬は大昔から関係があるようで、国名は忘れましたが、数年前にもアフリカの少年兵士と麻薬の問題がありました。
    >ゲームのように、モニターに写る “敵” をロボット兵器で殺す少女。
     「正義」 を信じて、自分の身体を爆弾に変える少年。
    最近思うのですが、国内外での悲しい事や情けない事件がありますが、もしかしたら、貧困問題とともに公共善というか公共倫理を考えること、教育がヒントかなと思ったりします。
    でも一方で、欲望を肥大化させ最大限に発揮させるのが人という種ですから・・・・
    本当に、人間って何なんでしょうね。

  3. 町田 より:

    >渡部竜生さん、ようこそ。
    >「恣意的な編集ながら、そこで問題提起を行っているのでは?」 … という渡部さんの観測は、実に正鵠を射ているように思います。この番組は、事実を伝えるドキュメントというよりも、討論会を前にして議題のテーマを提示する “レジュメ” のようなものだったのかもしれませんね。
    >「人間が想像したものは必ず実現するのに、世界平和だけは想像しても実現しない」 というご指摘には、万感の思いが込められているように感じました。
    さすがですね!
    コメントありがとうございました。
    渡部さんのような、実力のあるキャンピングカー評論家が、このブログを閲覧してくださるということはとても光栄なことで、それをうれしく思うと同時に、ちょっと緊張もしてしまいます。
     

  4. 町田 より:

    >kamado さん、ようこそ。
    やはりご覧になっていましたか。
    この番組はそこそこインパクトのあった番組のようで、ときどき閲覧させていただくいくつかの個人ブログでも、取り上げられていました。
    確かに、最近のドキュメントの中においては、いろいろと考えさせられることの多かった番組でしたね。
    ここでは、 「人間ってそんなことまでしてしまうの?」 という人間の悪魔性にも迫っていたように思います。だけど、それをどちらか側のイデオロギーにおいて非難していない。 「それが人間だ」 という冷徹な目で (文字どおり機械であるカメラを通して) アメリカ兵とタリバンの双方を平等に捉えたところが凄いように感じました。
    誤解や批判を恐れずにいえば、われわれ日本人は、ロボット兵器を操って “ゲーム” のように敵を殺すアメリカ兵の 「快感」 を知ることもなければ、 「正義」 の戦いに自分の生を投げ出す若いタリバンの 「高揚感」 も知りません。
    つまり、その手の 「快感」 や 「高揚感」 が、 「人の命の重さ」 を簡単に超えてしまうことの怖さを知りません。
    だから、私たちはいつも 「戦争」 や 「暴力」 を理屈で考えてしまうのでしょうね。
    しかし、 「貧困」 とか 「経済格差」 とか、 「政治・宗教イデオロギー」 といったような理屈だけでは説明のつかないものを人間は抱えているように思うのです。
    そこのところを掘り出しただけでも、この番組の意義があったように思います。
     

  5. 音霊字訳師 より:

    NHKも大胆になって来ました。よくとれば問題提議ですが、アメリカ寄りのNHKのスタンスから想像すれば、現在の世界(日本)の若者らの判断力は「ロボット ゲーム パソコン 手を汚さない アメリカかっこいい」程度と見なしていて、映画チックな編集で、さりげなく戦争礼賛への「麻痺感覚拡大効果」を狙っているのでしょう。末恐ろしさを感じています。大いに人間論を進展させてください。期待しています

  6. 町田 より:

    >音霊字訳師 さん、ようこそ。
    コメントありがとうございました。この番組に対する音霊字訳師さんのブログも拝読し、鋭いご指摘をされていることに感服いたしました。
    それをも踏まえて、再度私の感想を述べさせていただくと、確かに、この番組の編成も含め、NHKの体質的な“アメリカ寄り”というスタンスも十分理解できますが、それでも、ロボット兵器の操縦に当たっているアメリカ兵士たちの捉え方には、それなりの 「批評性」 があったように思います。
    無邪気にゲーム感覚で戦争を捉える若い兵士たちを描くということ自体が、ひとつの 「批評」 であり、そこに、手放しの 「戦争礼賛」 があるようには感じられませんでした。
    もちろんそのへんは、視聴者ごとに捉え方の差が出るのは当然のことであり、>「ロボット、ゲーム、パソコン、手を汚さない、アメリカカッコいい」 というところを狙った編集であったという見方も成立します。
    ただ、私は今の日本の若者を信頼しています。仮にNHKの狙いが >「麻痺感覚拡大効果」 を狙ったものであったにせよ、それに単純に乗ってしまうほど、今の若者たちは単細胞的ではないように思います。
    それよりも、恐ろしいのは本当の戦争を知らない大人たちかもしれません。ブッシュ政権下でイラク戦争を推進したのは、ラムズフェルドたちの文官です。戦争をゲームとして捉えたのは、ロボット兵器を操縦する若い兵士たちよりも、むしろ彼らのような 「アメリカの正義」 をイデオロギー化した思想家たちのように感じます。
    >「人間論を進展させていく」 という音霊字訳師さんのご意見には大賛成です。それに対する音霊字訳師さんの鋭い分析には、私の方も期待しております。
     

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