モチベーションビジネスの限界

 そういえば、最近、小太りのスピリチュアル・カウンセラーの先生の姿をあまり見ない。
 頭をちょっと赤く染めて、薄いヒゲを生やし、いつも和服でニコニコしていた先生だ。
 
タヌキちゃん
 
 この方が、 「あなたは戦国時代に篭城して自決した武士の生まれ変わりだから、自殺の衝動に気をつけた方がいい」
 とかカウンセリングしてくれると、おぉ! …と胸を打たれてのけぞった相談者がいたものだが、そういうシーンをテレビで見ることも少なくなった。
 
 「猛女」 と恐れられた女性占いの先生も、いつの間にか見なくなった。
 「その男とはすぐ別れなさい。あんた死ぬよ」
 とか、いつも相手の胸ぐらめがけて豪速球を繰り出し、相談者を動揺させていた先生だ。一時は、どの番組にも出ていたんだがなぁ…。
 
 こういう先生方は、新鮮なうちは引っ張りダコになるけれど、あまり長続きしたためしがない。
 確かに、最初は誰だって、こういう先生方のお告げを聞きたいと思う。
 
 どんなに洞察力に恵まれた人間でも 「将来」 だけは見ることができないから、それを占いやら、背後霊の口を借りて教えてくれる人がいれば、神秘的なものを毛嫌いする人でも、 「ちょっと聞いてみようかな」 という気持ちになる。
 
 さらに、しかも! 
 この先生たちは、生きるためのモチベーションも与えてくれる。
 
 「あんたその男と別れないと死ぬよ」 と言いながら、
 「両親を大事にして少しでも親孝行をする気になったら、あんたの親のツテからもっと良い人が現れるよ」
 …なんて感じの、前を向いて歩こう! 風の 「動機付け」 をしてくれる。
 
 だけどさぁ、そういうご託宣をいただいても、一度でも裏切られたら、もうその人の信者にはならないって。
 仮に、占った相手がアカの他人であったにせよ、それがテレビによく出る有名人ならば、ご託宣が当たったのか外れたのか、やがて視聴者はみな気づく。
 そういった意味で、テレビという公開の場で他人の未来を当てるというのは、リスキーな商売なのだ。
 
 誰もが生きることに疲れ果て、元気の出るモチベーションを求めている時代だから、確かに、こういう人々が脚光を浴びるのは分かる。自分から第一歩を踏み出すのは面倒くさいが、占いの見立てや守護霊が背中を押してくれるなら、 「やってみようか」 という気分も生まれやすい。
 
 だから、今の時代、 「サクセスに向かって最初の一歩を踏み出す」 企画が大流行。
 
 「自己啓発本」 というのは、その最たるものだ。
 しかし、それを読んでその通りに実践し、成功したという人の話はあまり聞かない。
 (成功しているのは、自己啓発本を書いている人だけだ)
 
 モチベーションというものは、本来が長く続かないようになっている。
 だからこの世には、モチベーションを喚起する仕掛けが絶え間なく生まれ、モチベーションビジネスはいつだって大盛況だけど、結局、決定打がない。
 
 モチベーションというのは盛り上がった分だけ、落ち込んだときの疲れが尋常ではない。
 多くの人が 「達成感」 と名づけている “気分” は、この疲れなのだ。
 だから、達成感が得られると、人間はしばらくやる気が出ない。
 
 いやいや話がソレちゃったけれど、要は、モチベーションの喚起を売り物にした先生たちは長続きしない…ということ。
 
 経済アナリストから転身して、 「やる気を出す」 ためのノウハウ本を量産している 「K・K」 という素敵なミセスの先生がいるけれど、一時ほどの勢いがなくなったようだ。
 彼女の場合は、大丈夫かな…。
 
 政治評論家としてデビューし、低音の魅力で女性ファンをたくさん集め、今や美術番組のキャスターまで務めている先生がいるけれど、その先生も、モチベーション本に頼り始めたら危ないと思う。
 
 モチベーションって、… だって (金儲けのネタにするなら別だけど) 人に与えられるようなものではないし、そもそも人から与えられるものでもないでしょ?
 
 

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