史上最強の旅情

 「うらぶれた …」 という言葉を使うと、はなはだその土地の人に対して失礼だが、無責任な旅行者の立場に立つと、 「うらぶれた町」 の 「うらぶれた飲み屋」 などに入るのがとても好きだ。
 「旅情」 という言葉があるが、ほとんどそれに近い感情がこみ上げてくる。

 たとえば、…… 
 ローカル線の無人駅の前に、店といえるようなものは居酒屋と喫茶店と観光案内所があるだけ。
 あとは古びた民家が建ち並ぶばかり。
 まだ夕暮れ時に差しかかったばかりなのに、人通りはない。
 喫茶店と観光案内所は早々と店を閉めてしまったのか、それとももう何年も営業していないのか、静まり返っている。
 かろうじて、居酒屋の提灯だけが、ぼんやりとした明かりをともしている。
 
 …… そんな情景に出合うと、涙が出そうな感じで、ふらふらと居酒屋に足が向く。
 
 日本中いたるところに、コンビニとファミリーレストランが建ち並ぶようになり、それはそれで便利だけど、どこの町に行っても同じ風景と、同じ味にしか出合わないようになってきたので、旅から 「旅情」 が失われつつある。
 そういった意味で、いま 「旅情」 は、コンビニとファミレスという近代的な発展から無視されたような 「うらぶれた …」 町にしか残っていない。
 そんなふうに思っている。
 
 昔 『全国キャンプ場ガイド』 の取材で北国のキャンプ場を回っている時だった。
 山奥のキャンプ場をめぐる旅をしばらく続けて、久しぶりに町の匂いを嗅ぎたくなったのである。
 
 地図を広げると、名前になじみのある都市名が20kmぐらい先にあった。
 よし、行くべぇ。
 久しぶりに銭湯でも行って汗を流すか…。
 
 名前になじみがあるから “大都市” 。
 バカな旅行者が単純に陥るミスである。
 
 たどり着いた情景が、前述の描写に近い町だった。
 熱い銭湯の湯船に浸かってのんびりするという夢はあえなく消えた。
 … が、まぁ 「旅情」 に出合えた。
 
 目の前に広がるのは、1日に数本しか走らないのだろうと思われるローカル線の駅前ロータリー。
 その風景の中で、いちばん “近代的” なのが、コンクリートで舗装された駐車場。
 
駐車場の夕暮れ
 
 それを囲むように、セピア色にくすんだ昭和初期の写真のような “うらぶれ街並み” が並ぶ。
 さいわい、だだっ広い駅前の駐車場には地元ナンバーのクルマが数台止まっているだけ。
 それも、夕暮れが迫ると、私のクルマとすれ違うように、1台、2台と去っていき、白線内にクルマを収めたときには、周囲にクルマの姿も人の姿もなかった。
 広大な駐車場に、クルマがぽつりと1台しかないというのも寂しいが、キャンピングカーで一晩軽い仮眠を取るには理想的に思えた。
 
 例によって、そこにクルマを収めてから、飲み屋を探した。
 「探す」 などと力まなくても、店舗といえるものが4軒あるうちの2軒が飲み屋であることは一目で分かった。
 
 どちらにしようか…。
 はたと迷った。
 
 1軒はお好み焼き屋。
 これは看板からすぐにその正体が分かった。
 
 謎なのはもう1軒の方。
 「×× ちゃんの店」 。
 
 与えられたインフォメーションはそれだけで、提灯があるところを見ると “飲み屋” であろうことは推測できるのだが、メイン料理がどんなものなのか見当もつかない。
 しかも、扉と窓に真っ黒なラシャ紙が貼られていて、意図的に中を覗かせないような作意も感じられる。
 
 怪しい!
 
 こういうときは、たいてい怪しい方に入ってしまう自分が恨めしい。
 
 ガラガラと引き戸を開ける。裸電球ひとつという雰囲気の、なんだか暗い店だ。
 いきなり目に飛び込んできたのは、 カウンターの前に広がっているガラスケースだった。
 並んでいるのはタコの切れ端、マグロの赤身、卵焼き。
 寿司ネタである。
 寿司屋だったのだ!
 
 が、次に驚いたのはガラスケースの向こうにいる職人だった。
 髪をやや茶系に染めて、ネックレスをしているお婆さん。
 まぶたの上のマスカラがやたら元気で、10円玉を2個ぐらい載せても落ちそうもない感じだ。
 
 「いらっしゃい…」。
 お婆さんの物憂い声にうながされ、まるで魔法にかけられたようにスルスルとカウンターに腰を下ろしてしまった。
 
 「何しましょう?」
 
 「と … とりあえず、ビール」
 
 ビールでまず時間稼ぎをして、何が食べられそうか、いろいろ観察することにした。
 昭和の香りを残す古めかしい冷蔵庫を開け、お婆さんが何かの瓶のフタを開け、くんくん匂いを嗅いでいる。
 
 「まだ、食べられそうね …」 。
 そう、独り言をつぶやきながら、それを小皿に取り出す。
 ビールに付くお通しのようだ。
 ニシンのマリネだという。
 
 ひとくち口に運ぶと、なんだか酸っぱい。ま、マリネだから酸っぱいのは当たり前か…。
 
 「何します?」
 
 そう言われ、もう一度ガラスケースの中を覗き込む。
 マグロは、赤身というより “黒身” に見え、タコは水気を失って消しゴム化が始まっている。
 比較的イカらしい色に見えたイカを頼む。
 
 マニキュアを美しく輝かせた細い指が、ひょいとイカの切り身を取り出し、おにぎりのようなシャリの上に乗せる。
 その様子を眺めながら、 「ここ、お寿司屋さんですよね?」 と、恐る恐る聞いてみた。
 
 「いや、カレーライスやオムライス、タイ焼きもできるよ」
 と、お婆さんはこともなげに答える。
 
 カレーライスとオムライスはまだなんとか分かる。
 しかし、最後のタイ焼きとは何だ? 
 魚の形をしたあの焼き菓子のことだろうか?
 カルチャーショックで頭がくらくらしそうだ。
 
 野球のボールのようなご飯の上にイカを載せたおにぎりを口に運ぶ。
 これが意外とおいしい。
 
 「おいしいだろ。これはウチの実家で採れたお米を使っているんだ」
 婆さんは、自慢げに言って初めて笑顔を見せた。
 
 聞けば、もともとは居酒屋だったとか。
 しかし、息子さんが寿司屋の奉公から帰ってきて、そのために寿司ネタも扱うようになり、現在はそれが地元の人にウケているという。普段は (今その姿を見せていない) 息子さんが握るらしい。
 少し納得。
 
 イカが比較的安心して食べられたので、今度は蒸したアナゴに挑戦してみることにした。
 「次は、そのアナゴ」
 と、私が指差すと、お婆さん、眼鏡の奥の眼を少し細め、
 「あんたアナゴに見えたんかい?」
 と、逆に尋ねてくる。
 
 「え? アナゴじゃないんですか?」
 「ああ、マムシかい」
 「ええ!」
 今度は本気になってびっくりした。
 「ヘビなんですかぁ?」
 
 そう尋ねても、お婆さん。耳が悪いのか、私の話に頓着する気配もなく、
 「関西ではウナギのことをマムシというらしいね。この前、大阪から着たお客さんがそう言っとった。
 で、これはそのウナギの蒲焼きで、今日はアナゴの代わりなんだ」
 
 「 …………………… 」 ( ← 会話が思い浮かばない)
 となった私。
 
 もしかしたら、このお婆さん、お茶目?
 冗談めかした会話で、お客を歓待しようというのだろうか。
 
 とにかく、おにぎりのような寿司は、四つも食べればもうお腹いっぱい。
 
 「あんたカラオケ歌っていくかい?」
 という、親切な提案をえん曲に断りながら、退散することにした。
 
 大都市ならば、酔客が足をもつれさせて練り歩く時間帯なれど、この 「時間の止まったような町」 には、あいかわらず人通りはない。
 
 周囲は山奥のような静寂に包まれている。
 その静かな街路に、 「×× ちゃんの店」 の提灯の光がぼんやりと浮かぶ。
 どことなく、明け方に消えゆく夢のような光景だ。
 
夜道の街灯
 
 地元の人たちはいつお寿司を食べに来るのだろうか。
 人ごとながら、ちょっと気になる旅路の果ての一夜だった。

※ 一人旅シリーズ 「怖いお兄さんに酒をおごられる」
 
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