山口一郎さんの歌詞

 若い人の才能に触れると、ちょっと身が引き締るように思うことがある。
 J ポップの若手グループ 「Sakanaction サカナクション」 のリード・ボーカリスト山口一郎さんと佐野元春さんの対談 (ザ・ソングライターズ) を見ていて、そう思った。
 
ザ・ソングライターズ
 
 年を取るということは、若い人の才能に触れる機会が乏しくなるということだが、NHK の人気番組 『ザ・ソングライターズ』 は、そんな自分に、現在の日本の音楽シーンで、どういう若い才能が開花しているのかを教えてくれる格好の番組であるように思う。
 
 で、テレビを通じてはじめて見た山口一郎さん。
 もちろん、どういうアーチストなのかまったく知らない。
 雰囲気がなんだか 「劇団ひとり」 に似た若者だな … などと思いながら漫然と見ていたら、その独特の光り方に、徐々に引き込まれていく自分がいた。
 発する言葉の一語一語に、匂いがあり、味があり、奥行きがある。
 佐野元春さんが、いつになく真剣に突っ込んでいるのもなんだか分かるように思えたのだ。
 
山口一郎さん002
 
 対談の席で、佐野さんが、山口さんの作った歌の歌詞をいくつか朗読した。
 メモを取ったわけではないので、詳しくは覚えていないけれど、現代を生きる内省的な若者の心情を歌っているようでいながら、そこに “昭和文学っぽい” しょっぱさが加わっている。
 
 単語のひとつひとつが、字義どおり使われていない、… というか、ひとつの言葉に、多彩な光が当てられている。
 優しい言葉が、鋭利な刃物のような怖さを内包している。
 ぶっそうな言葉の奥に、ふるえる魂のおののきが宿されている。
 ひと言でいうと、 “引っかかる” 歌詞なのだ。
 他のチャンネルに回そうかと思っていた手が、そこで止まった。
 
 「サカナクション」 の山口さんは、Wiki によると、1980年生まれ。
 北海道の小樽市に生まれ、札幌を活動の中心に据えていたらしい。
 札幌は、狭いながらもすべてが凝縮した街で、大都会でありながら、クルマで1時間も走ればもう山の中。 「自然」 と 「都会」 の振幅の激しい場所だという。
 その振幅の激しさが、どうやら彼の心のあり方に、独特の陰影を刻み込むことになったらしい。
 話を聞いていると、おそらく小さい頃から 「周りにとけ込めなかった子供」 だったろうな…という印象を受けた。
 
 なにしろ、子供時代の読書が、寺山修司や吉本隆明の詩だったり、宮沢賢治の童話、石川啄木の短歌だったというから変っている。
 多分にお父さんの影響を受けたらしいが、 「明治の短歌」 や 「昭和の詩」 を愛してきたことが、何か独特の世界観を彼に与えていることが伺える。
 たとえば、 「好きな言葉は?」 という佐野元春さんの質問に、すかさず、 「夜」 と答える。
 「では、嫌いな言葉は?」
 「愛」 だという。
 ちょっとまいった。
 
 そのあたりから、こちらも真剣に身を乗り出して、番組の流れを追った。
 「愛」 が嫌いという感性は信頼できる。
 なにしろ、今いちばん安っぽく流布している言葉が 「愛」 なのだ。
 そのひと言を使えば、一応なんでも丸く収まってしまう呪文のような言葉。
 誰も異論を唱えることのできない 「愛」 。
 しかし、それを使ってしまえば、 「詩」 は成り立たない。
 
 好きな詩人として挙げられたのが、種田山頭火。
 「彼の詩 (俳句) には、常に 『現在』 が鮮やかに切り取られている」 というのが、その理由。
 
 分け入っても、分け入っても、山の中 (山頭火) 。
 その場にいて、見たまま、感じたままものが純度100パーセントの濃さで伝わってくる詩だという。
 ( ↑ 印象的な発言を思い出しながら再構成しているので、正確ではないかもしれない。以下同様)
 
 「大切にしている人に、死ぬ前に言う言葉は?」
 という質問に対しては、次のような回答があった。
 「じゃーな」
 「ずいぶんあっさりとした言葉ですね」
 と、これにはさすがの佐野元春さんも怪訝 (けげん) そうな顔になった。
  
 「だって、その前にもういろいろ語っていると思うんですね。だから最後はそれでいいんです。その方が、相手の負担にならない」
 大人びた答であるようにも思えるが、そこには繊細な若者であることを感じさせる響きがあった。
 
サカナクション
 
 「どのような音楽を目指したいのですか?」
 それに対する答は、次のようなもの。
 
 「近代になって表現の幅が広がったように思えるが、実はフォーマットが固まってきたように思う。
 たとえば、ロックはこうでなければいけない … とか。
 そういう既成のフォーマットを崩していくところに、自分の表現を見出している」
 
 実に戦略的な若者だと思った。
 自分の表現が、いかに共感を得られるかということに対して、そうとう自覚的な方法論を持っている人だと感じた。
 
 彼はこういう。
 「東京に出てきて、自分の好きなものが全部マイナーなもの、マイノリティな人々にしか愛されないものであることを知って驚いた」
 
 だから、そのマイナーなものの良さをいかに多くの人に分かってもらえるか。
 それが、 「自分が詞を作るときの原点」 だとも。
 
 対談中、彼がよく 「センチメンタル」 という言葉を口にするのが意外でもあり、新鮮であった。
 たとえば、 「自分の中にあるセンチメンタルを共有できる人が周りにいなかった」 とか。
 
 「センチメンタル (感傷的) 」 という言葉は、時としてネガティブな響きを帯びる。 「甘い」 とか 「めめしい」 、「感情におぼれる」 というニュアンスを秘めた言葉として使われることが多い。
 
 だが、山口さんの口からこぼれ出る 「センチメンタル」 は、 「リアリティ」 の同義語であるように思えた。
 むしろ、普通の人が 「めめしい」 と感じるものの中に、人間の真実があるとでもいわんばかりに。
 
 今日も音楽ネタになってしまった。
 しかし、正確には、音楽ネタというよりも、 「詩」 がテーマだというべきかもしれない。
 それほど、山口さんのトークは、文学的であった。
 
 出版人から、 「活字離れ」 、 「文学の衰退」 などという言葉がささやかれることもあるが、 「文学」 は、今や本の世界から解き放たれて、歌の領域で新しい命を獲得しているのかもしれない。

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