ブルースの正体 (キャデラック・レコード)

 
 ここのところ、ちょっと毎晩 “音楽漬け” 。
 3日ぐらい前だったか、BSで放映されていた『キャデラック・レコード』という音楽映画を見たけれど、いやぁ~いかったぁ!
 
キャデラック・レコード001
▲ 「キャデラック・レコード」
 
 シカゴのブルース・レーベル「チェス・レコード」の創業期を描いた2008年のアメリカ映画だけど、ブルース、ロックン・ロール、リズム&ブルースといった初期の黒人音楽が、どのような経緯で市民権を得ていったのかというプロセスが生々しく描かれていて、まぁ、たまりませんでしたね、はい。
 地味だけど、実に小粋な映画だった。
 大人の映画だったな。

▼ 映画の中の名シーンのひとつ。つらい別れを前に、涙目で最後のレコーディングをすませるビヨンセの顔が印象的

  
 
 で、いきなり話が飛ぶけれど、その映画を見ていて、なんで自分が80年代のハードロックとか、ヘビーメタルといわれる音が好きじゃないのか、ついでにそんなことも、分かってしまった。
 
 ヘビメタっていっても、どんなグループがいるのか、実は詳しく知らないのだけれど、総じてリードギターリストが “速弾き” を自慢しているようなバンドが多い。
 どうも、あのギターの速弾きというのが苦手だ。
 同じテンションを持続したまま、ハイスピードだけど単調なリズムが延々と続くあの演奏には耐えられない。
 
 自分が好きではないものは、書かない。
 それが、このブログのポリシーだけど、ヘビメタ系だけはダメだなぁ … と、ついに書いてしまった。
 ロックには「刺激」と「緊張」が必要だけど、ヘビメタには、「刺激」もなければ「緊張」もない。
 「緊張」はなくて、「単調」だけがある。
 
 それを別の言葉でいえば、「ブルース」が欠如している。
 じゃ、ブルースって何よ?
 といわれちゃいそうだけど、音楽理論とか哲学とか難しいことは別にして、俺的な感覚でいってしまえば、リズムのタメ。もしくは、リズムの揺れ。

 それらを総称して、「グルーブ」ということもある。
 日本語に訳せない言葉だ。
 しいていえば、「ノリ」。
 「波動感」とか「力動感」といえば、伝わるものがあるかな?
 
 その「グルーブ」を強調するものとして、ブレイクとかシンコペーションがある。

 ブレイクとかシンコペーションというのは、リズムのダイナミズムを生むための基本原理だ。
 それを持っているのが、ブルースやその派生形としてのロックだと思っている。
 いくらギターの速弾きができたって、リズムのタメを失ってしまったものはブルースでもロックでもない。
 
 ちなみに、ブレイクについて、ちょっと考えていることを付け加えると、これは、リズムに変化を付けるための “小休止” っていうだけではないのね。
 確かに、演奏が一瞬止まり、音の流れが断ち切られるブレイクは、次のリズムが打ち出される前の「タメをつくる “間” 」でもある。
 跳躍する前に、膝をかがめるようなものだね。
 
 しかし、古典的なアーバンブルースなどが演じられているライブを見ていると分かるけど、このブレイクの瞬間というのは、実は、演奏者と観客が反応し合う場でもあるわけ。
 歌舞伎でいえば、役者が “大見得(おおみえ)” を切って、虚空をにらむ瞬間。ストップモーションね。
 
歌舞伎の大見得
▲ 大見得
 
 そのとき、役者は「どうだぁ! 楽しんでるかぁ?」という問いかけを発しているわけよ。
 それを見て、観客が「成駒屋ぁ!(カッコいいぞぉ!)」とか応える。
 そのやりとりの場が “ブレイク” なんだね。
 
 だから、ブレイクを失ったロックというのは、観客を必要としていない音楽なの。
 この意味、分かる?
 演奏者が、「オレってカッコいいなぁ!」って、ステージで自己確認しているだけの音楽なのよ。
 ペナペナペナって速弾きしているギタリストの姿を見ていて、つくづくそう思った。観客の方なんて見もせずに、ひたすら目をつぶっているだけなんだもん。
 
 でも、本当はそんなことが言いたいんじゃない。 
 映画『キャデラック・レコード』を見ていて、改めて、ブルースって何かって分かったんだ。
 
「キャデラック・レコード」のマディ・ウォーターズ
 ▲ 『キャデラック・レコード』 でマディ・ウォーターズを演じるジェフリー・ライト (左)
 
 その映画の中で、ジェフリー・ライト扮するマディ・ウォーターズが、こういう。 
 
 「ブルースってのは、不条理なんだ」
 
 これは、マディが、チェス・レコードの創始者であるレナード・チェス(エイドリアン・ブロディ)に語ったセリフなんだね。
 
 どういう状況で語られた言葉かというと、レナードは、自分のところの秘蔵っ子女性シンガーであるエタ・ジェイムス(ビヨンセ・ノウルズ)に恋しちゃって、あわやラブシーンに突入という瞬間に、マディ・ウォーターズが部屋に入ってきちゃうわけ。
 
 そのときのマディの言葉が、
 「ブルースってのは、不条理なんだ」 … なの。
 
 少し説明しないと分からないよね。
 
「キャデラック・レコード」レナードとエタ001
▲ チェスレコードの稼ぎ頭であるエタ・ジェイムス (右) と、
オーナーのレナード・チェス (左) は、いつしか淡い恋心を抱きあう

 
 レナードには奥さんがいるわけだから、まぁ、禁断の恋。
 もともとエタ・ジェイムスという人は、ものすごく歌の才能がありながら、実の親父から残酷な態度を示されて、そのさびしさと悔しさを紛らわすために、飲酒とドラッグにハマった人だったのね。
 だから、エタはいつもスタジオ入りができないくらい酔いつぶれているの。
 
 レナードは、そんなエタをなぐさめているうちに、いつしか恋心を抱いてしまうんだね。
 もちろん、関係を持ってしまうと、公私ともども面倒になる…というためらいもある。
 そういうグチャグチャした気分のまま、レナードは、エタとのラブシーンに突入しようとしていたわけ。
 
 そのとき現場に入ってきたのが、レナードとともに創業期からチェス・レコードを支えてきたマディ・ウォーターズなんだね。
 
 レナードは「誤解するなよ」ととりつくろいながら、マディとの会話を仕事の話に持っていこうとする。
 そんなレナードの顔を眺めながら、「すべて分かってるぜ」という感じで、マディがぽつりという。
 
 「ブルースってのは不条理なんだ」
 
 いい言葉だと思った。
 それは、「ブルースは人間の真実を表現する音楽だった」ってことを言っているんだ。
 人間っていうのは、世の中ではこう生きなきゃだめだっていう法則があっても、そう生きられない存在なんだ … ってことを言っているわけ。
 
 「人生の一瞬先は闇だ」
 という意味でもあるのね。
 「お前の複雑な今の気持ち、そいつがブルースさ」
 まぁ、意訳すれば、そんなところかな。
 
マディ・ウォーターズ(ジャケ)
▲ 本物のマディ・ウォーターズ
 
 ブルースってのは、そういう音楽なの。
 ベースとなったのは、人種差別で苦渋をなめた黒人の “嘆き節” だけど、その苦渋に満ちた生活をさまざまな哲学で乗り越えて、人類普遍の認識に達したのがブルース。
 
 そのブルースへのリスペクトをコアにしながら、よりテンションを高めたのがロックなわけ。
 ジミ・ヘンドリックスも、クラプトンも、ジミー・ペイジも、程度の差こそあれ、みなブルースへのリスペクトを持っている。
 
 それは、彼らが持っているリズム感に表れている。
 ブルースには、音と音の間に横たわる “深淵” がある。
 この “深淵” を秘めたリズムを「グルーブ」ともいう。
 それは、リズムマシンのような機械ではぜったいに作れないリズムだ。
 その “深淵” こそ、不条理の感覚なんだ。
 
 このリズムとリズムの間に横たわる “深淵” を、もし覗き込むとができたとすれば、そこには、人間が、とりわけ黒人たちが「生きるために、やむをえず捨ててきた」さまざまな思いが沈んでいるのが見えるはずだ。
 
 ブルースのオフビートとは、彼らの「捨ててきたもの」への思いがリズム化されたものなのね。
 最初の1拍目(と3拍目)に威勢よくアクセントを置く白人音楽のオンビートに対し、黒人音楽のオフビートは、楽曲的にも象徴的にも、その「裏」(2拍目、4拍目)を意味している。
 
 「裏」とは、忘れたい記憶、失われたものへの愛着などが密かに隠される場所だ。
 その裏拍に、あえてアクセントを置くことによって、ブルースやらゴスペルやらリズム&ブルースの、あの粘っこく “ハネる” 感覚が生まれてくる。
 この感覚が、さっきから言っている「グルーブ」なんだね。
 
 だからオフビートをバカにしちゃいけないよ。
 それは、「過去に戻ろう」とする力と、それを振り払って「前に進もう」とする力のせめぎ合いから生まれてくるビートなんだから。
 
 なのに、その “深淵” を埋めて単調に均(なら)してしまったのが、ヘビメタ。 
 ヘビメタには「ブルースが欠けている」って意味、分かった?
 独断と偏見で、ゴメンネ。
 
 
関連記事 「ブルースの魂
 
関連記事 「映画 『キャデラック・レコード』 」
  
参考記事 「ヘビーメタルとオペラ」
 
 

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ブルースの正体 (キャデラック・レコード) への2件のコメント

  1. ムーンライト より:

    メールに書いたようなわけで、先日、大木先生のボーカルレッスンを受けてきました。
    私。音痴だし、楽譜も読めないしと思っていたのですが。
    大木先生のよれば、ブルースの巨匠と呼ばれている方々は楽譜は読めないし、文字を書くこともできないのだそうで。
    「あの人たちの体にはブルースが入っているんだ」。
    「不条理」なのかもしれませんね。
    生まれたときから「不条理」の中で生きてきたんでしょうね。
    音痴や知識のなさを心配する必要はありませんでした。
    大木さんと思い切り歌って、最高でした!

  2. 町田 より:

    >ムーンライトさん、ようこそ。
     ええっええっ!
     大木トオルさんのボーカルレッスン!
     本当ですかぁ?
     素晴らしいですねぇ! びっくりです。
     ぜひ、現場に立ち会ってみたかったと切に思った次第です。
     ごめんなさい。メールとは何でしょう?
     メールサーバーが2週間ほど機能しなくなってしまった時期がありまして、もしその期間に何らかのご連絡を頂いたのだとしたら、誠に申し訳ございませんが、未読です。お許しください。
     ブルースは、歌うとなるとけっこう難しいですね。
     音階が独特ですし。
     でも、「思い切り歌って、最高でした!」 という一言に、ムーンライトさんの感激した様子が凝縮されていて、その言葉がこちらの胸にも響きます。
     うらやましいようなご体験!
     ご報告ありがとうございます。

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