「企画」 が生まれる時

 人間は、絶えず何かを 「企画」 しながら生きている。
 
 「企画」 というと、広告代理店とか編集プロダクションの “専売特許” のように思われがちだが、普通の営業でも、製造業に関わる工場労働においても、仕事を続ける上で 「企画」 は必要とされる。
 資本主義原理に貫かれた競争社会にいる限り、人々は意識・無意識にかかわらず、お金を得るために、なんらかの 「企画」 を生み続けているものだ。
 
 では 「企画」 とは何か?
 ということになると、これが分かったようで、なかなか説明するのが難しい。
 
 「企画」 の 「企」 は “たくらみ” であることからして、 「人を動かすためのなんらかのアイデア」 ということになるだろう。
 すでに行き渡ってしまったようなものは 「人を動かす」 力が弱っているから、 「企画」 とは、人々がそれまで目にしなかったような 「新しい意匠を身につけた新しい考え方」 ということになる。
 
 では、その 「新しい考え方」 は、どこから生まれてくるのか?
 
 人気テレビ番組などのプロデューサーを務め、企業ブランディングなどでも活躍する 「おちまさと」 さんは、この 「企画」 に関して、面白いことを書いている (週刊朝日2010年9月24日号)
 おちさんによると、 「企画とは記憶の複合にすぎない」 という。
 
 「 (人は) 見たことも聞いたこともないことを、 (突然) 神が降りたように語りだすことはできない。
 数年前に気になったこと、1年前に面白いと思ったこと、昨日覚えておこうと思ったこと、そして今思いついたこと、それらの記憶がひとつになったものが 『企画』 なのである」
 
 人間は、自分の記憶が二つ以上複合したときに、 「ハッと」 して 「ひらめいた!」 と思うものらしい。
 
 「重要なのは、 『二つ以上の記憶』 であるということ。一つの記憶だと、それはひらめきとはいえず、単なる思い出に過ぎない」
 とおちさんはいう。
 
 そして、それは、無理矢理ヒネリ出そうと思ってパソコンやメモ用紙の前で唸っていても湧いてくるものではなく、散歩をしたり、ドライブをしているときなどに、ふと “ひらめく” ものだとか。
 
 たぶん、散歩とかドライブといった “ゆるい” 行動をしているときというのは、人間の記憶も自由にゆらめいているときで、それまでの思考回路とは異なる場所で、記憶同士が勝手にスパークしたり、つながったりするからだろう。
 おちさんが語ったことは、アイデア誕生の基本原理を述べたものだと思う。
 
 アイデアとは、
 「本来なら結びつくことのない二つの異世界が、なんらかの事故 (?) によってぶつかり合い、その衝撃によって生まれたもの」
 だと、昔からよくいわれる。
 
 シュールレアリズム運動を説明するときによく引用される言葉、
 「解剖台の上で、ミシンと蝙蝠傘 (こうもりがさ) が偶然出会ったように美しい」
 というロートレアモンの詩は、ある意味、このアイデアの生まれる瞬間を象徴的に語っているようにも思える。
 
 「ミシン」 も 「蝙蝠傘」 も、どちらも日常的に目にするもので、取り立てて珍奇なものではない。… まぁミシンは、最近の家庭からは消えつつあるかもしれないが、1960年代ぐらいまでは、どこの家庭においても必ず見られたありふれた道具だった。
 
 そのようなありふれた物同士が、 「解剖台」 という、あり得ない場所で “出会う” と、そこに 「美」 が生まれる。
 ロートレアモンの詩は、アイデアが誕生する基本原理を説明しているようにも思える。
 
 言葉を変えていえば、 「非日常」 といえども、それは 「日常的」 なものの組み合わせでしかないということなのだ。
 ただ、ちょっとだけ異質なもの同士を組み合わせる。
 「それだけで、世界は変わる!」
 …と、ロートレアモンは語っているように思える。
 
マン・レイ「アングルのバイオリン」
 ▲ 楽器と女体が結合したシュールレアリズムチックな芸術写真 『アングルのバイオリン』 (マン・レイ)
 
 あり得ないもの同士を組み合わせる。
 これが新しい発想が生まれるときの基本原理であるわけだが、現在市場で評価されている画期的な商品や人気番組などは、けっこうこの法則を忠実に守ったものが多い。
 
 たとえば、昨年末に放映されて有名になり、現在も、原作の漫画が人気を集めている 『 JIN - 仁 』 は、 「江戸時代」 と 「現代医療」 というあり得ないもの同士の組み合わせによって生まれた物語だった。

 食生活の現場では、そのような例は、さらに日常茶飯事だ。
 大正時代。
 「豚カツの上にカレーソースをかけたらどうなるか?」
 と考えたシェフが登場して “カツカレー” が生まれたように、人類の食文化というのは、 「ミシンと蝙蝠傘が出会う」 ような事件の連続だったかもしれない。
 
 一見、バカバカしいような組み合わせでも、その組み合わせに合理性があれば、そこからヒット商品が誕生する可能性はある。
 
 実は、今ひそかに 「コーヒーうどん」 なるものを考えているのだけれど、ダメ?
 
 食事と、その食後のコーヒーが同時に味わえるという忙しい現代人向けの食品で、時間に追われている人の食事時間を短縮するという意味で、実に画期的なものだ。
 
 興味を持った食品会社および飲食店経営者は、私のところに相談に来てほしい。
 
 

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