キャンピングカーという 「旅の文化」

 東京だと、新宿の紀伊国屋、あるいは東京駅近くの八重洲ブックセンター。
 こういう大型書店に行くと、著者、出版社を超えて、共通のテーマを持った書籍が一堂に集められる “キャンペーンコーナー” がある。
 
 たまたま先月に行った八重洲ブックセンターでは、 「旅の本フェア」 が催されていた。
 そこに集められた書籍の数は、ざっと見て、およそ200~300冊ぐらい。
 単行本もあれば、文庫本やムックもあった。
 そこには、どんな種類の本が集められていたか。
 
 まず有名人の書いた、旅をテーマにしたエッセイ集のようなもの。
 次に食べ物をテーマにしたグルメ本。
 
静岡県丁字屋のとろろ汁
▲ 「グルメ」 情報は今の “旅本” の基本中の基本
 
 温泉ネタの本も根強い。
 最近の傾向を反映するものとして、鉄道関係の本も多かった。
 目立つのは、中高年の山歩きに関するもの。
 これも初心者用の入門編のようなものから “文学者の愛した山” ってな感じの高尚なものまで含めると、相当な点数になりそうだ。
 
 また、旅というよりも、 「散策の勧め」 のような本も目立つところに並べられていた。東京の本屋さんだけあって、 「東京都内を歩いて回るための本」 というものがずいぶん出版されていることを知った。
 10年ぐらい前に始まった 「散歩」 ブームは、衰えるどころか、ますます隆盛を極めているようだ。
 
 「歴女」 という言葉すら生んだ歴史ブーム。
 これも格好の旅のテーマになるらしく、古城めぐりとか古戦場めぐりのためのガイド本がやたら目に付く。時代劇の主役たちに愛された 「宿」 とか、 「歴史に出てくる名湯」 のような企画も花盛りだ。
 
 注目したいのは、 「工場の写真集」 とか、 「廃虚の写真集」 のたぐい。
 “工場萌え” という言葉もあり、無機的な工場のたたずまいに 「美」 を感じる人たちが増え、そのためのツァーもあるときく。
 
 「廃虚」 も同様。
 “軍艦島” のような有名な廃虚を見せるツァーも相変わらずの人気で、そのようなツァーをまとめたガイド本もあったような気がする。
 
 だけど、どこを見回してもキャンピングカーが関わっている本は1冊もなかった。
 さびしいな … と思う半面、まぁ、しょうがないかな … という気もする。
 
 キャンピングカー関連の本や雑誌が、旅の書籍コーナーに入らない理由は、一言でいうと、 「歴史の浅さ」 だ。
 
 鉄道も、グルメも、温泉も、山歩きも、最低200年 … というより、人類の歴史が始まって以来の、それこそ気の遠くなるような文化的蓄積を持っている。
 それらはみな 「旅」 を形づくる重要な要素だが、必ずしも 「遊び」 を起源に持つものではない。
 むしろ、生きるための辛さや苦しみを伴いながら、長い時間をかけて 「遊び」 として昇華されたきたものだ。
 
 その重みに比べ、キャンピングカー旅行はまだ日の浅い新興レジャーに過ぎない。そうおいそれと旅の “先輩文化” と肩を並べるようにはいかないのかもしれない。
 
 キャンピングカーにおいては、今、ようやくその使い方のコツを説くガイドブックが立ち上がったばっかりなのだ … という言い方もできる。
 
 何でもそうだが、ひとつのアイテムが普及するときは、まずその使い勝手をガイドするノウハウ情報から始まる。
 それが一段落して、ようやくその効用とか、そのアイテムのかもし出す 「風情」 などといった観賞的側面にスポットが当たるようになる。
 
 「風情」 が語られるようになってこそ、はじめてそのアイテムが 「成熟期を迎えた」 という言い方もできるし、 「文化」 としての価値が論じられる地平も見えてくる。
 
 しかし、逆にいうと、 「風情」 といったものに人々の関心が移るようになるということは、もうそのアイテムは 「旬を過ぎている」 という言い方もできる。過去の領域に入ろうとしているから、美しく見えるのだ。
 
 たとえばフィルムカメラ、特にクラシックカメラなんかが、その領域で語られるものの典型的な例だ。
 自動車でいえば、スポーツカーなんかが、その領域に入ってきた。
 
 レコードだってそう。
 「CDより音がいい」 という神話は、確かに音響工学的に説明できることだが、それ以上に、失われていくものへのノスタルジーに依拠している。
 
山口県のSL
▲ SLは、今や鑑賞的な財産価値として人気
 
 これは国家の盛衰記と同じだ。
 歴史上、他国を圧倒して、その時代をけん引した国家はいっぱいあったけれど、その国が、今日に残るような文化を残すのは、むしろ衰退期に入って 「成熟」 の気配を示してからだ。
 
 要するに、人間にまつわる文化は、 「すでに過去」 という視点が浮上したときに、はじめて意識され、記録されるようになるのかもしれない。
 
 そう考えると、キャンピングカーをめぐる言説がいまだノウハウの領域にとどまっているというのは、逆にいうと、さらなる発展が約束されているということでもある。
 
 キャンピングカーは、間違いなくこれから伸びる。
 なんといっても、キャンピングカーにはハンパじゃない奥行きがあるからだ。
 「クルマ」 という入口から入りながらも、出口は必ずしも 「クルマ」 で終わっていない。
 キャンピングカーというゲートの先には、グルメ、温泉、山歩き、歴史探索などという、 “旅本コーナー” に登場するすべての世界が広がっている。
 
 つまり、キャンピングカーは、いろんな方向から押し寄せる旅文化を整理し、自分の好みに適った旅文化にアクセスするための “整流器” のようなものだ。
 
 道の駅のような休憩場所を基点に、観光地・温泉めぐりをしている人もいれば、オーソドックスなキャンプを楽しむ人もいる。
 釣り、スキーを楽しむ人もいる。
 自然の中に分け入って、写真を撮る人もいる。
 キャンピングカーに関心を持ってその世界を覗いた人には、そこに、ありとあらゆる 「旅の文化」 が凝縮しているのが見えるはずだ。
 
キャンプ場での憩い
 ▲ キャンプ場でたたのんびりキャンプするだけでも癒される
 
 キャンピングカー評論家の渡部竜生さんは、イベントの講演で 「キャンピングカーはタイムマシンだ」 と述べたことがある。
 それは、高速道路の渋滞などに出合っても、車内で寝泊まりできる機能を有効に使い、いくらでも時間調整ができるという意味を含めた言葉だったが、名言かもしれない。
 
 「旅」 は三次元世界を行き来するものだが、 「文化」 ともなれば、そこに 「歴史」 や 「未来予測」 などという時間軸が加わり、四次元世界に踏み出していくものとなる。
 そういった意味で、キャンピングカー = タイムマシン論という説にはすごい説得力があると思う。  

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キャンピングカーという 「旅の文化」 への1件のコメント

  1. pandora beads より:

    懐かしい三保文化ランドのスーパーカーショーの写真、ありがとうございます。

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