気になる 「顔」

 ここ1ヶ月ほどのことだが、気になって気になって仕方がない 「顔」 がある。
 仕事をしていたり、食事をしていたりするときも、ふとした瞬間に、何の脈絡もなくその 「顔」 が浮かんでくるし、夜中に、その 「顔」 を思い出したりすると、もうあれやこれやと考え出してしまい、眠りにつくことができない。
  
 では、その 「顔」 が、自分の生活に何か大きな変化をもたらすのかというと、何も起こらないのである。
 良いことも、悪いことも、楽しいことも、悲しいことも、何一つ起こらない。
 
 なのに、気になる。
 なぜか、ふとした瞬間に、頭の中を大きく占めている。
 
 いったいなぜなんだろう?
 その 「顔」 が、自分の記憶の古層に眠る、抑圧して変形されたまま取り残された何かの “意識” に触れるのだろうか?
 
 いやいや、そんな大げさなものではないのだ。
 確かに、その 「顔」 を思い浮かべると、 「なにか落ち着かない」 、 「どこか気持ち悪い」 という気分は一緒にこみ上げてくるけれど、それは自分の生の根拠を問い直すような、存在論的不安感とは別のものだ。
 単なるちょっとした 「違和感」 に過ぎないのだが、何に対するどんな “違和” なのか。
 それがうまく言葉で説明できないから、いつももどかしい。
 その 「顔」 とは、こんな顔だ。
 
世界最古の恐竜展ポスターメイン
 
 これは、2010年7月10日から9月26日まで、東京・六本木の 「森アーツセンターギャラリー」 で開かれている 『地球最古の恐竜展』 のポスターである。
 
 ティラノザウルスだろうか。
 画面中央には、尻尾を振り上げ、しとめたエモノの所有権を主張する猛々しい肉食恐竜の雄姿が描かれている。
 リアルではあるし、迫力もある。
 
恐竜展のティラノザウルス
 
 しかし、恐竜の顔そのものは、そんなにショッキングではない。
 恐竜の雄姿に “驚く” には、われわれは少し恐竜に慣れすぎてしまった。
 それがCG画像になって、どんなに巧妙に動き回ろうが、その露出度の多さゆえか、われわれはもう恐竜には驚かない。
 
 では、何に驚いたのか?
 ティラノザウルスの右足で踏みつぶされそうになった奇妙な動物の 「顔」 にである。
 
キノドン001
 
 このポスターをはじめてみたとき、
 「何だぁ? これ…」 と、思わず息を呑んだ。
 そして、この奇妙な動物の顔から目を離すことができなかった。
 
 見なれた恐竜の姿に対し、それに踏みつぶされそうになっている動物の方は、まったく未知の世界に棲む生物だった。
 
 このポスターを、私は2週間ほど見続けた
 毎日使うターミナル駅のホームに立つと、線路を隔てた向こう側に、このポスターがでっかく張られていたからだ。
 ポスターの前に立ち、電車が来るまで、ずっとその謎の生物の顔を見続け、電車に乗ってからも、その生物の正体を考えた。
 
 耳や鼻梁を確認できることから、どうやら哺乳類でありそうな気配はある。
 しかし、恐竜全盛期に生活できた哺乳類は、恐竜から身を隠すことのできるネズミのような、身体の小さなものでしかなかったのではないか? 恐竜全盛期にこのような大型哺乳類がいたとは思えない。
 古生物に対する知識の乏しい私は、まずそう考えた。
 
 では、このイラストの作者は、古生物学的な常識を無視して、本来なら存在しない架空の生物をこしらえたのだろうか?
 
 そうとも思える。
 そこには、イラストレーターのいたずら心に満ちた遊びがあるような気もしてくる。
 
 この絵がもたらす違和感は、恐竜の無機質的なリアルさに比べ、謎の生物の方が擬人化された象徴性を帯びているところにある。
 その表情は、どこか猫化の一族のようでもあり、サルと人間が未分化だった時代の霊長類のようにも見える。
 
 しかし、はっきり言えば、この 「顔」 の奥には、人間が潜んでいる。
 この動物は、やがてティラノザウルスの爪と牙に肉を割かれて食べられてしまうのだろうけれど、そういう宿命を持つ身に生まれたことを不条理に感じる戸惑いと、それでも、それを自分の運命として受け入れようとするあきらめ。
 そんな、人間でなければ感じ得ないような悲しみが、トボケタ顔の奥に潜んでいるように感じる。
 
 思いが極まって、 「世界最古の恐竜展」 をネットで検索し、この謎の生物の正体を確かめることにした。
 すると、出てきた。
 
 「石炭紀後期 (約3億万年前~3億万年前) に出現した、いわゆる哺乳類型爬虫類の一種で、キノドン類のエクサエレトドン」 といわれる生物らしい。
 現在の哺乳類というのは、このキノドン類の中から誕生したという。
 
 で、そのサイト (地球最古の恐竜展公式サイト) で見たのが、この画像。
 
キノドン002
 
 このビジュアルはやっぱり変だ。
 これはどう見ても 「人間の顔」 だ。
 
キノドン003
 
 ネットを眺めていると、この 「顔」 に対して同じような感想を持った人たちが実に多いことが分かった。
 「人面犬」 と表現する人もいれば、 「本当にこのビジュアルだったのか?」 と疑問を呈する人もいた。
 恐竜展の恐竜たちよりも、このキノドンの方が、はるかに多くの人の好奇心をそそったようである。
 
 これは、やっぱりこの企画を組み上げたビジュアルクリエーターの “勝利” かもしれない。
 もし、この不思議な 「顔」 がポスターに載らなかったら、 『地球最古の恐竜展』 はこれほどの評判にならなかったかもしれない。
 
 多くの人に 「奇妙な違和感と好奇心」 を与えたこの動物の秘密はどこにあるのだろう。
 
 この動物の顔を表現するのに一番適した答は、中世キリスト教文化の中で描かれた 「罪深い人間の顔」 というものだと私は思う。
 
 醜い金銭欲や、恥ずかしい性欲、よこしまな権勢欲などを悪魔に注ぎ込まれ、神の裁きを受けて、地獄の業火に焼かれ、妖怪に変形していくときの人間が変わろうとするときの姿。
 ヨーロッパの中世美術には、そんなテーマが頻繁に登場するが、このキノドンの 「顔」 は、中世の銅板画やらボッシュの絵画などにさんざん登場する 「裁かれる人間」 の顔そのものだといっていい。
 
 
 
 キリスト教の教義を伝えるための宗教絵画なのだから、裁かれる人間は思いっきり醜悪に描かなければならない。
 しかし、裁かれる人間の身になってみれば、 「え、どうして私が?」 という戸惑いの気持ちだってあるだろう。
 裁きに対する不条理感と、それでも、それを宿命として受け入れざるを得ない諦念。
 それが、ティラノザウルスに出遭ったら捕食されるしかないキノドンの宿命と重なり合っている。
 
キノドン001
 
 このキノドンの 「顔」 が鑑賞者に違和感を与えるのは、イラスト全体の中で、その 「顔」 のところから、 “異世界” が流れ出てしまったからにほかならない。
 
 故意か偶然か知らないけれど、この絵を描いたイラストレーターは、本来ならば同一平面には存在し得ない二つの世界を、この 「顔」 の部分で交錯させてしまったのだ。
 
 ひとつは、主役の恐竜たちが演じる派手な闘争劇に彩れた “見せ物興行的” な世界。
 そして、もう一つは、人間の愚かさや醜さ、哀しさをテーマにする文学・絵画的な世界。
 
 後者は、見せ物興行に添えられてもほとんど意味を持たないものだし、第一、恐竜が跳梁ばっこするジュラ紀・白亜紀には存在するはずもない世界だ。
 
 それが同一平面に登場しているから、このポスターは奇妙な味わいを帯びるのであり、また、それがゆえに多くの人の関心を集めることになったのだろうと思う。
 
 

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気になる 「顔」 への2件のコメント

  1. kamado より:

    昨夜はなかなか寝付かれませんでした。
    「キノドン」ですか。
    この記事はパーフェクトですね。
    町田さんは仕事を間違えたのでは(失礼)と思える構成で、特に「気になる顔」がティラノかと思わせるところから、うんうんと頷きながら一気に読ませていただきました。
    また、
    「中世キリスト教文化の中で描かれた罪深い人間の顔」「恐竜が跳梁ばっこするジュラ紀・白亜紀には存在するはずもない世界」に「人間の愚かさや醜さ、哀しさをテーマにする文学・絵画的な世界」を「交錯させてしまった」
    恐れ入りました。
    キノドンの顔から「悲しみ」「諦観」を読み取る人類の脳。記憶、感情、煩悩、我が身の越し方行く末まで、なんだかごちゃごちゃと考えてしまって眠れませんでした。
    この展覧会のディレクター、プランナー、ビジュアルクリエーターの勝利。
    この「キノドン」の表情が描き上がった時点で彼らはこの展覧会の成功を確信したのでしょう。
    「キノドン」ですか。

  2. 町田 より:

    >kamadoさん、ようこそ。
    さすがKamadoさんらしいコメントで、とても面白く拝読いたしました。
    この 「キノドン」 の顔、たぶんUPされる前に、さんざん討議があったのではないかと想像しています。恐竜たちのリアルさとはおよそ不調和な、情けないほどとぼけた表情なので、そのミスマッチをどう評価するかという議論がなされたように思います。
    でも、kamadoさんのいうとおり、この 「顔」 が決め手となりましたね。CM展開などでも、受け手に “違和感” を抱かせるような取り合わせを思いついた商品が、結局印象として残ります。
    ミスマッチというのは、現代的なビジュアル表現では正統的な訴求力として認知されたようにも思います。
     

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