ゲゲゲの水木しげるさん

 昔、まだ乗用車メーカーのPR誌を編集していた頃、漫画家の水木しげるさんに取材したことがある。
 当時、水木さんは、 『ゲゲゲの鬼太郎』 のテレビアニメ化も評判となり、売れっ子漫画家としての道をひたすら走り続けていた。
 
 売れっ子の取材は、アポを取ることがむずかしい。
 媒体の知名度や影響力、ギャラの多寡などを問題にされるよりも、 「会う時間がない」 と断られることが多い。
 
 断られることを覚悟して、アポを取るための電話を入れてみた。
 雑誌のその月のテーマが 「妖怪」 だったので、妖怪マンガの第一人者に、 「妖怪の本質を語ってもらう」 というのが、取材の趣旨だった。
 
水木しげる妖怪イラスト
 
 ご本人にとっては、 「またか」 と思えるほど語り尽くしてしまったテーマだったかもしれない。
 
 ところが、直接電話に出られた水木さんは、
 「いいですよ」
 と、気楽に一言答えてくださった。
 しかも、地図でも調べれば簡単にたどり着けるような東京・調布市のご自宅を、
 「何行きの交通機関に乗って、何駅で下りて…」
 と、懇切丁寧に指示してくださった。
 
 “いいオジサンさん” だな … とは思っが、さすがに家のベルを押すときには緊張した。
 水木さんは、白いシャツの左袖をフラフラと風に揺らせながら、 「隣のいたずら小僧がまたおやつ欲しさに訪れたな」 … といった感じの、近所のガキでも眺めるような表情でむかい入れてくださった。
 
水木しげる画像
▲ 当時の水木さん
 
 「妖怪はね、本当にいるんです。若い頃はそれに気づかなくてね」
 いきなり、そんな話から始まった。
 
 すでに有名な話だが、水木さんは、太平洋戦争時代、ラバウルで生死の境をさまよった。
 苛酷な戦地で、マラリアを患ったり、敵機の爆撃を受けて左腕を失ったりしたのはそのときだ。
 
熱帯の夕焼け
 
 そのとき、 「生きよ」 「生きのびよ」 と、次々と近づいて励ましてくれたのが、森や川に棲むさまざまな妖怪たちだったという。
 
 「なんだ、こいつら、人間より優しいじゃないか」
 
 そう思ったことがきっかけとなり、出会った妖怪たちの姿を思い出しながらマンガに描いたのが、 『墓場の鬼太郎』 (のちのゲゲゲの鬼太郎) という代表作になった。
 
 呼び名こそ違っても、世界に潜む妖怪は、だいたい同じような姿なんだそうだ。
 
 でも、「誰でも水木さんのように妖怪に会えるのか?」 となると、そこは、ちょっと条件が必要なようだ。
 
 「妖怪はいる … といっても、はっきりと目に見えたり、触れたりできるものではないんですね。
 “感じる” という表現が適切かもしれません。
 暗い森、静かな山奥、人気のない海辺や谷川など、やはり人が “自然” の息吹に包まれるような場所でないと、彼らは近づいて来ないんです」
 と、水木さんは語る。
 
 「さらに、心や身体が、 “助けて” と悲鳴をあげるような気持ちになっていると、彼らは救いにやってくるんですよ。そういうときは、人間の “妖怪感度” が上がっているんでしょうね」
 
 妖怪感度
 
 面白い言葉だと思った。
 その 「妖怪感度」 は、実利一点張りの人や、我の強い人、強欲な人ほど下がってしまうという。
 
 「霊長類の中でも人間がその頂点 … などと威張っている人は、まず妖怪を見ることもなければ、妖怪に助けられることもないでしょう」
 
 素朴な文明批判のように聞こえる言葉だが、熱病に冒されながら食糧もないラバウルの森から生還してきた人の一言は、やはり違う。
 自然は人の生存を許さない厳しさを持つ半面、人を生かしてもくれる。
 妖怪とは、その自然の 「分身」 なのだ。
 
山と川
 
 そこが、うらみをはらすために現れる 「幽霊」 とは違う。
 幽霊は、 「文明」 を知った人間の変わり果てた姿。
 しかし、妖怪は 「自然」 の中で生まれた生命が、人間に分かりやすい形をとったものだ。
 
 だから妖怪は、怖くても、どこか愛嬌がある。
 それは、自然が人間に与える恐怖と、自然が人間にもたらす慈愛の2面性を表現している。
 
 「妖怪が棲みにくい世界というのは、人間にも棲みにくい世界なんです」
 と、水木さんはしんみりした口調で語った。
 ひんやりしたポンリュームの床に、冷たい蛍光灯の光が満ちるような都会の生活空間は、妖怪たちを一匹一匹追い出していくのだそうだ。
 
 いろいろ楽しい話を聞いて、いとま乞いをしようと思ったとき、
 「絵を使いますか?」
 と尋ねられた。
 
 絵 …… つまり、妖怪のイラストのことだ。
 
 こちらは考えてもいなかった。
 なにせ、超売れっ子の原画など、いったい、1枚どのくらいの値段がするものなのか。 
 貧乏編集部にそのような予算があるわけもなく、水木さんの絵を使うことは最初からあきらめていた。
 
 「いい絵があるかな …」
 そういって、書斎の奥の方をゴソゴソっと探していた水木さんは、やがて原画のストックから1枚の原画を引き抜いて渡してくれた。
 「今日の話にはいいのではないかな」
 
 「いくらですか?」 と聞くわけにもいかず、すぐには手が出なかった。
 「自由に使ってください。僕の話を聞きに来たのだから、僕の絵もあった方がいいでしょう」
 
 なんと優しい方なのか、感謝の言葉すらとっさに浮かばなかった。
 
水木しげるイラスト001
 ▲ 水木さんが用意してくれたイラスト。特集の表紙に使わせてもらった
 
 ていねいに礼を述べて、家を後にしたとき、水木さんそのものが、人間を励ましてくれる優しい妖怪のように思えた。
 
 NHKの朝ドラ 『ゲゲゲの女房』 (2010年) を見ていると、そんな水木さんに取材した時代のことを思い出す。
 
ゲゲゲの女房キャスト
 
 

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ゲゲゲの水木しげるさん への6件のコメント

  1. ムーンライト より:

    「絵を使いますか?」
    それは驚きますよね。自由に使っていいなんて。
    水木さんは確かに優しい方なんでしょうが、それだけでなく、
    町田さんと話をしていて楽しかったんじゃないかと思います。
    つまり、町田さんは妖怪感度の高い人なんでしょう。(笑)
    記載されている「河原の写真」ですが、父母の郷里の風景とよく似ています。
    これは何処の風景なのですか?
    それとも、昔の日本にはどこにでもあった風景なのでしょうか?
    妖怪・・・棲んでいるかも知れませんね。
    励ましてくれる妖怪たちが。
    妖怪感度の高い町田さんには、守ってくれる妖怪がついているかも。
    あ~。何もできませんが、北の国の魔女もついていますよ。
    本日。こちらは、強風、しかも雪です!

  2. hoso より:

     私が中学生の時、学校の図書室に水木しげるさんの自伝があり、図書室で本借りるなんて滅多に無かったのですが、なぜかその本だけは最後まで読みました。
     その本で、妖怪が戦争体験から生まれた物だとしりました。
     水木さんには、見えてるんでしょうね。いろんな妖怪が・・・。

  3. cbr929 より:

    「ゲゲゲの女房」を見るためにワンセグ付のナビを買いました。大正解、単調な車通勤が楽しみになりました。 
     水木さんの漫画は実家近くの神社の杜を連想させます。なにか潜んでいるような杜…。
    >それは、自然が人間に与える恐怖と、自然が人間にもたらす慈愛の2面性を表現している。
    まさにそれ、町田さんすごいなあ。
    貸本屋、懐かしいです。我が町内にも一軒ありました。兄が漫画本を借りてきて覗き見た覚えがあります。いつか続きを読みたいと思っていたら廃業していました。

  4. 町田 より:

    >ムーンライトさん、ようこそ。
    “妖怪感度” が高いのかどうか、実は、自分のことはよく分からないのですが、確かに 「妖怪が出そうな感じの場所」 というのは好きですね。 「気味が悪い」 …と同時に 「どこか懐かしい」 …そんな場所が好きです。だから古風な民家の 「廃墟」 とか好きです。
    ここに載せた 「河原の写真」 は、岐阜県の付知川の風景です。塔の岩オートキャンプ場というところに宿泊した時に、なにげなく撮った1枚なのですが、なだらかな稜線を描く山と、水の澄んだ川が調和していて、典型的な “日本の自然の風景”だという気がしています。
    お父様とお母様の郷里の風景に似ているというのも、やはり、こういう景色が、日本の自然環境の原点なのかもしれませんね。
    北の国の魔女さん、頼りにしています。
     

  5. 町田 より:

    >hoso さん、ようこそ。
    水木さんの妖怪は、どこかユーモラスで、人間くさくて、なじみやすいキャラクターのものが多いのですが、それはやっぱり、戦争体験の悲惨さを 「妖怪によって癒された」 ということから来ているのかもしれませんね。
     水木さんの妖怪は、人間のエゴとか、人間の冷酷さ、人間のせこさなどをあざ笑うような存在だと思うこともあります。
     

  6. 町田 より:

    >cbr929 さん、ようこそ。
    長らくNHKの朝ドラなどは見ていませんでしたが、今回の 『ゲゲゲの女房』 だけは、ときどき見ています。主人公たちが実在している人物なので、親近感がわくこと、また主役の松下奈緒さんの雰囲気がいいところなどに惹かれています。
    今の若い人たちは、昔の貸し本屋の雰囲気というものを知らないでしょうね。だからドラマでは、そこがウケているのかもしれませんね。
    貸し本屋に置かれたマンガというのは、少年誌に掲載されるマンガと違って、どこか “線が尖っていて、寂しくて、暗くて…” 子供が触れてはならない (当時としての) 大人の世界があったように思います。 
    そこから 「劇画」 が発展してくるわけですが、なんか、懐かしいですね。
     

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