日本の自然の特徴

 『キャンピングカー super ガイド』 では、いつも巻頭にいろいろな読み物特集を組むのだけれど、2010年版の特集テーマの一つとして選んだのは、 「子供を育てるキャンピングカー」 。
 家族でキャンピングカー旅行を楽しむことが、いかに子供の心を豊かにするか。
 
 それをちょっと学術的なアプローチも踏まえて展開しようと思い、今それをまとめるための勉強をしているところだけれど、参考書の一つとして選んだ 『子どもと自然』 (岩波新書) という本が面白かった。
 
子どもと自然表紙
 
 著者は河合雅雄氏。
 生態学・人類学を専攻する学者さんで、“サル学” の権威として有名な人だけど、サルの研究の成果を踏まえ、人間が自然と親しむことの意義を説く人でもある。
 
 この本の終わりの方で、キャンピングカーで旅するフィンランド人たちの話が出てくる。
 彼らは、キャンピングカーに家族や友人たちを乗せて自然の中に入り、気に入った場所に止めて、そこで野営し、数日間滞在する。
 
 そこで何をしているかというと、ときには釣りをしたりすることもあるが、たいてい森の中をぶらぶら歩いて楽しんでいる。 
 
 それがどうして “面白い” のか。
 そこに、日本人と違った “森林観” というものがあって勉強になった。
 
 欧米人はとにかく森が好きで、特にドイツ人はその趣向が顕著だ。
 ドイツ人は、休みになるとヴァンデルング (ワンダーフォーゲル) に出かけ、自然に浸り、自然の声を聞き、都会生活の疲れた身体と心を自然にゆだねて憩う。

 ところが、日本人で 「森が好き」 という人は滅多にいない。
 (山が好きという人は多いけれど)
 
 では、日本には森がないのか?
 … というと、日本は国土面積の森林被覆 (ひふく) 率が70%弱もあり、森と湖の国フィンランドに匹敵するのだそうだ。
 木材の国カナダといえども森林被覆率は33%、ドイツやフランスでも27%であるから、日本はたいへんな森林国なのである。
 
 なのに、日本には 「森と親しむ」 という文化も思想もない。
 その理由を、著者の河合雅雄氏は 「日本の森の過剰な豊かさ」 に求める。
 
 つまり、日本人にとっては 「森というのはあって当たり前。ことさら “ありがたがる” 必要もなかったからだ」 という。
 
 現在われわれが使っている 「自然」 を意味する言葉が、そもそも大和言葉にはないらしい。
 現在の 「自然」 は、英語の 「ネイチャー」 を訳したもので、近年日本に導入された言葉でしかない。
 
 もともとの日本語としての 「自然 (じねん) 」 は、 「成るべくして成る」 、 「あるがままにある」 という抽象的概念を意味する言葉で、 「文化」 や 「都会」 の対概念としての 「自然」 ではなかった。
 
 そのことからしても、日本人は 「自然」 をことさら意識することなく、その中にどっぷりと浸かって生きてきたことが分かる。
 これは、日本の森林の復元力の強さがもたらしたものだという。
 河合氏はこう書く。
 
 「日本は世界でも有数の天災多発国で、毎年台風が来ると草木をなぎ倒し、洪水を起こす。山火事で森が燃えることもある。
 しかし、しばらくするとススキや笹が生え、低木や松の緑が破壊された地肌を覆ってしまう。
 日本の森は、壊れても焼かれても復元する強靭さをもっており、世界中でも最も回復力が強い森だといっていい。
 清い水と豊かな緑に覆われた自然を当たり前のように目にしてきた日本人は、そのことを意識することもなく、それを保護しようなどという考えも生まれようがなかった」
 
 この文章を読んで、朝鮮半島で幼少期を過ごした作家の五木寛之氏が、終戦になって、船で日本に帰ってきたとき、
 「海に垂れかかるように繁茂する日本の木々の緑を見て、気味の悪さすら覚えた」
 と、どこかで書いていたことを思い出した。
 
 それほど、日本の木々は生命力が旺盛なのだ。
 しかし、ヨーロッパの森林はそうではなかった。
 
 「ヨーロッパの森は日本のそれとは違い、人為に対してもろくて弱い。農耕牧畜が始まって以来、ヨーロッパの森林は破壊し続けられ、ほとんどなくなってしまった」
 と河合氏はいう。
 
 ヨーロッパ人が、 「自然」 というものを人間の対立物として捉え、人間に支配されるべき対象とみなすような思想を育んだせいもあるだろう。
 
 しかし、やがてヨーロッパ人たちもその愚に気づき、彼らがようやく 「自然を管理し保護しなければならない」 という思想を持つようになったのは、やっと200年ほど前だという。
 だから、ヨーロッパ人の 「自然保護意識」 というは、後天的に獲得されたイデオロギーだということもできる。
 
 イデオロギーは、信念 … というより信仰のようなものだから、ある意味、ものすごく強固である。
 彼らの自然保護精神は、筋金入りなのである。
 
 日本人は、幸いなことに “豊かすぎる自然”  に恵まれたから、逆にそのような思想を育むことがなかった。
 だから、簡単に森林を伐採し、珊瑚礁を壊し、川をコンクリで固め、自然の匂いをとどめない人工的なハコモノをどんどん建ててしまう。
 
 そんなことをしているうちに、日本から本当の 「自然」 がなくなってしまうことを河合氏は憂う。
 
 河合氏の著作で大事なことは、 「自然が子供の感性を豊かにする」 という指摘。
 自然には、感性の元となる 「生命のいとなみ」 があふれているからだという。
 
 彼はこう書く。
 「命のあるものと日常の対話を楽しむようにしないと、感性は潤い (うるおい) を失って無機的なものになり、やがて萎縮してしまう。
 われわれが住んでいる地球という星が、36億年もの悠久の時間をかけて創り出してきたさまざまな命。
 道ばたの雑草も、木々も、小鳥も、それぞれが想像もできない遠い昔の歴史を担って、いま目の前にある。
 その中に自分の存在を位置づけて考えるとき、命の不思議さと畏敬の念が呼び起こされ、それが人間の感性を潤す」
 
 彼の表現の底には、パソコンのシューティングゲームで  “敵”  を殺し、自分が負けたらすぐリセットする感覚の中に生きる現代の子供たちを、悲しい眼差しで眺める視線があるように思える。
 
 「人間は腕に止まった蚊を平気で叩きつぶすが、その命をつくろうと思ってもできない」 (養老孟司)
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

日本の自然の特徴 への3件のコメント

  1. kamado より:

     確かに日本の森林の復元力は、多雨もあるのでしょうがすごいようです。
     ヨーロッパと日本との違いは勾配だと聞いた覚えがあります。幕末に日本に来た欧州の外交官だったかが、日本の川を見て「これは滝だ!」と言ったとか。
     日本の森林に人々が気楽に入って行けないのは、ひとつはこれがあるかもしれません。
     それと、どのみち本当の原生林は人を拒みます。日本の里山は人の手の入った、管理された森ですから、ドイツやイギリスの森と同じようなのでしょうね。
     ただその里山が人の手が入らなくなり、荒廃しつつあるのも、森遊びが出来ない原因でしょうか。日本も本気で森林を管理しなければ、町田さんが言われるように人々の感性も心も貧しくなっていきますね。
     森遊びをするなら、ツリーハウスを作って遊びたいと昔から思っているのですが、残念ながら未だ実現しておりません。
     町田さんはツリーハウスに関心はありますか。全国に数箇所ツリーハウスを作って、時間をかけてゆっくりとキャンピングカーで梯子をするなんて、面白いと思いませんか。

  2. kamado より:

    ついでに、人工林・林業について興味深い記事があります。
    林業は衰退産業という“ウソ”:日経ビジネスオンライン
    http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20100216/212818/
    これは3月1日の記事ですが、この後に3月15日の後半の記事もあります。
    後半に、北欧の林業機械化を馬鹿にしていたドイツが機械化に踏み切った過去の事例等、面白く読みました。
    未読でしたら、お薦めです。
    なにかいつも書きっぱなしで御免なさい。

  3. 町田 より:

    >kamado さん、ようこそ。
    ははぁ、なるほど! 「勾配」 ですか。
    ご指摘をいただくとよく分かりました。確かにその通りかもしれません。
    熱帯雨林といわれる東南アジアの森も、その間をぬって流れる川は、印象としては、ゆったり流れる大河という雰囲気ですものね。
    日本の森の急勾配が、その奥に分け入っていくことを拒んできたということですか。ひとつ勉強になりました。
    ツリーハウスを作ったキャンプ場で、ひとつ知っているのは長崎の山の上にあるキャンプ場でした。
    泊まりはしませんでしたが、見晴らしも良く、風も通って快適でした。
    もともと人間も、大地に降りるようになるまでは、サルと一緒に樹上生活を営んでいたわけですからね。
    木の上というのは、われわれの “ふるさと” のようなものなのかもしれません。
    日経ビジネスオンラインの記事も読みました。
    日本の林業の問題点もいろいろ分かりました。
    いつもいろいろな話題を提供していただき、ありがとうございます。
     

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