通が集まる音楽酒場

 
 残業続きの日々だから、自炊するほどの時間はないし、情熱もない。
 ついでに、冷蔵庫の中には何もない。
 
 …ってなことで、深夜に夕飯を食う場所となると、「すき家」「吉野家」「松屋」。
 で、その日は、松屋の豚焼肉定食をポン酢ダレのさっぱり感でなんとか胃の中に流し込んだ後、不意に、ちょっと酒を飲んで、音楽を聞きたくなった。
 
 寝るのが遅くなると、明朝の出社がきつくなるのは分かっているが、たまにはそんな夜もある。
 日頃はあまり足を運ばない駅の北口方面に、音楽を聞かせてくれそうな店が一軒あるのを思い出した。
 
 「ソウル、ブルース、ニューオリンズ …… 」
 ってのが、その店の看板にズラズラと列記されているのだが、そういう店って、案外入りにくい。
 そのうちのどれかが一つだけ表記されていれば、店の中の雰囲気も想像がつきそうなものの、三つ以上連なると、一瞬ちゅうちょして、「ま、この次ね …」と背中を向けてしまう。
 
 看板を見るかぎり、店内に流れる音楽は、いちおうアメリカ系 … それも南部の匂いが濃そうな雰囲気だけはあるのだが、ローカルな町の “専門店” というのはアテにならないことが多いのだ。
 中年オヤジの常連客が、昔の「南こうせつとかぐや姫」なんかをボソって聞いていそうで、怖い。
 
 ひとつだけ言えることは、こういう店に、若い客はほとんど来ないということ。
 今のヒップホップあたりを聞いている若い層は、「ソウルミュージック」「ブルース」という看板の店にはまず入らない。
 その前に、バーで音楽を聞くという習慣がない。
 だから、客はオヤジだけ … といっていい。
 
 で、この手の店は、オープンしたての頃は、マスターの “高い志” を買って、看板で謳っているような音楽を好きな人間がぽつりぽつりと来るだろうけれど、毎日来るわけでもないだろうから、自然と近所のオジさんが、寝る前に焼酎いっぱい引っ掛けるか … って感じで集まることが多くなって、「クリスタルキングの『大都会』は懐かしいねぇ、マスターないの?」となっていく。
 で、横浜銀蝿がかかっていたりする。
 
 ま、それでもいいのかな … と、意を決して扉を開けると、80年代風のブリティッシュ・ロックが流れていた。
 
 …… ブリティッシュ・ロック?
 ま、いいか。
 案の定、中年オヤジが二人、カウンターで話しこんでいる。
 そこから二つほど席を空けて、カウンターの端に座る。
 
 カウンターの向こう側には厨房があって、その横にはCD棚。
 CD棚の横は、レコード棚が壁一面を埋め尽くしていて、音楽ソースだけはふんだんにある店だと分かった。
 いくつかのCDジャケットがこちら側を向けて立てかけてあるけれど、最近の新譜は知らないので、どんな音を出すCDなのか想像もつかない。
 
 黒人ミュージシャンのジャケ写が多いので、メインに流す音は黒っぽいんだな…とは見当がついたが、さすがに最近の新譜は知らないので、気後れする。
 「何を飲まれますか?」
 と、カウンターにズラリ並んだ焼酎ボトルの透き間から顔を覗かせたマスターは、意外と若い感じだった。
 
 カクテルのメニューから「モスコミュール」を選んで注文する。
 実は、それが何をベースにした、どんな味の酒なのか知らない。
 ただ語感で、ちょっと “通ぶって” で見えるかな … と思って頼んだにすぎない。
 
 なんだかコーラを薄めたような酒が出てきて、それを一杯キュッとひっかけたところを見計らったように、カウンターの隣りのオヤジが声をかけてきた。
 
 「すいませんね。持ち込みのCDで」
 「 …………?」
 
 たぶん、隣のオヤジが言いたいのは、
 「一応、ここはブラックミュージックの店なんだけれど、今は、私が持ち込んだブリティッシュ・ロックのCDをかけてもらっている」
 …… ということなんだろうな? と、見当をつける。
 
 「いいんですよ。何でも好きですから」
 と、こちらも愛想笑いを返すと、
 
 「普段はどういう音楽を聞かれるのですか?」
 と、そのオヤジが食い下がってきた。
 
 こういう店は怖い。
 さっそく「通行手形を拝見」と来るわけか。
 「ここから先はマニアの聖域だ。通りたければ手形を見せろ」ってか?
 
 「ええ、まぁ……分かりやすいブルースとか、あとは70年代初期のソウル系は、昔は聞いていましたね」
 と答えると、すかさず、焼酎ボトルの透き間から、若いマスターが顔を覗かせ、
 「ブルースはシカゴ系ですか? 何でもリクエストしてください」
 と言葉をかけてくる。
 
 すごい店だ。 
 相当コアな客が、レアな音を求めて、ディープな会話を楽しむ店なんだな…と気づいた。
 
 こういう時の “リクエスト” ってのが難しい。
 あまりベタ過ぎるとバカにされそうだし、かといって、かすかに知っているマニアック路線だと、その後が続かない。
 こういう場面になると、妙に子供っぽく見栄っ張りになる私である。
 「オレ、通だろ?」
 って、バカバカしいことを自慢したくなるたちなのだ。
 
 で、とりあえず、マジック・サムの『ウエスト・サイド・ソウル』をかけてもらうことにした。
 
マジック・サム「ウエストサイドソウル」
 
 「あ、いーすね。久しぶりのマジック・サムだな」
 と、マスターが嬉々として、レコード棚からそれを引っ張り出す。
 
 「このデルマーク盤の音はいいですね。これと同じ □ × ※ ◎ △ × で、○ ◎ ※ △ × があるのだけれど、そちらは音が全然違うんですよね。もしかしたらテイクが違うのかもしれませんね」
 
 ってなことを言われても、頭の中は「 …… ?????」なんだけど、口では、「そうそう! そうなんだよね」… で、早くも(汗!)
 
 そんな冷や汗タラタラのこっちの心境に頓着することなく、マスターの話がよどみなく続く。
 
 「マジック・サムは、映像がほとんど残ってなくて、わずかに ※ ◎ × △ ※ のライブと、 □ ※ ◎ × △ のコンサートの二つがあるんですけど、この前、画像でその □ ◎ ※ △ × ○ の ステージを見る機会があって、なんと、 ○ ◎ × ※ △ のギターを弾いていたんですよ。思わずびっくり…」
 
 頭の中は、ますます 「 …… ???????」 。
 だけど、口では、「ホントですかぁ! そりゃすごい」
 
 マスターの話はさらに続く。
 「デルマークだと ※ ○  □  × ◎ × …… ◎ □  ※ ○ …… マジック・サム は □ ※ ○ ◎ × で … バディ・ガイみたいな ○ □ ※ ◎ × ◎ じゃなくて ◎ × ※ □ ◎で ……」
 
 「へぇー、そりゃすごい! やっぱりね! ほぉ…」
 
 何が “やっぱり” なのか、自分でも分からない。
 
 早くも腰が引けてきちゃって、帰るタイミングを見はからっていたら、隣りのブリティッシュ・ロックのCDを持ち込んできたオヤジが、すかさず、
 「いやぁ、ボクは、今日はイギリスの音を聞いていたんですけど、ホントはアメリカ南部のソウル・ミュージックが好きで、 ◎ × △ ※ □ とか、 × ◎ □ ※ ○ とか、シル・ジョンソンとか、 □ × ◎ ○ ※ × とか、好きでしてね」
 
 オヤジが並べた名前で、かろうじて聞き取れた固有名詞が、「シル・ジョンソン」。
 

 「あ、私もシル・ジョンソンとか、好きですね」
 ( …… ああ、言っちゃった)
 
 「そうですかぁ! 話が合うな」
 ( …… 合わねぇよ)
 
 「じゃ、マスター、シル・ジョンソンかけてよ」
 と、そのオヤジ。
 で、かかったのが、下の曲。

 「あっ、これ好き ! いい曲ですよね」
 とか、思わず叫んでみた私だが、はじめて聞く曲だ。

▼ Syl Johnson – I hear the love chimes

 で、この曲が終わったとき、オヤジがいう。
 「シル・ジョンソンがお好きなら、 ○ × ◎ × □ ※ とか、 ※ □ ◎ ○ × ※ □ とか、オーティス・クレイとかもお好きでしょ?」
 と言われて、唯一オーティス・クレイだけは聞き取れたから、
 「オーティス・クレイもいいですねぇ! あのしょっぱい声って、ホントため息出ちゃいますねぇ」
 ( ……ああ、また言っちゃった)

 すると、オヤジ。
 「おお、今日は酒がうまいなぁ! マスター、次オーティス・クレイかけてね」
 
 そうなると、自分もこういうしかない。
 「いいですねぇ! 私も聞きたかったところです。今日は楽しいなぁ」
 話を合わすのだけはうまい私だけど、たいてい、そのあとで後悔する。
 (帰れなくなっちゃったじゃねぇのよ…)
 
▼ Otis Clay 「Trying To Live My Life Without You」

   
 その後、アン・ピーブルス、アル・グリーン、フィリップ・ミッチェル…ってなベタベタの70年代サザン・ソウルをさんざん聞いて、やばいじゃん……夜中の2時だよ。
 
 帰りぎわ、マスターがわざわざ扉の外まで見送りにきて、
 「あのね、一昨年に出たアル・グリーンの新譜、これすごいんですよ。今日聞いていただきたかったんですけどね」
 という。
 

 
  「アル・グリーンって、牧師さんやってんでしょ?」
  「いや、それがもうずいぶん前に世俗の世界に帰ってきたんですよ。声なんかも、まったく衰えてなくて。
  たぶんね、周りのスタッフがいいんでしょうね。
  何気なく聞くと、昔のハイ・サウンドのままで、変り映えしないように聞こえるんですけど、昔のものと聞き比べてみるとハッキリ違いが分かります。
  演奏者が若い。しかも、いい感覚持ってます。
  おそらくドラムスのチューニングなんか相当時間をかけたんじゃないかな。
  ちょっと聞くと、ハワード・グライムスのドラミングをよく捉えている。
  だけど、よく聞くと全く高度なんですね。今の時代の音なんですよ」
   
 「ヘェー、そうなんだ! じゃ、次はそれを聞きに来るね」
 「ええ、もうぜひ! お待ちしています」
 
 …… さぁて、もう1回、自分はこの店に来るか?
 今日みたいな感じだと、疲れちゃうしな。
 
 でも、きっと行くよ。オレのことだもん。
 
 

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通が集まる音楽酒場 への4件のコメント

  1. スパンキー より:

    私だったら、こういう店に二度と行かないけど、町田さんって行くんですねー?なんだか、リアルな文章がすごく可笑しくて、手に取るように店の雰囲気が伝わってくる。そこがまた笑いを誘います。さすが先輩、町田流。こういうチャレンジ精神が、良い取材と経験・場数を踏んで、ネタも豊富と尊敬致します。しかし、そろそろ肉系喰うの、やめたら?

  2. 町田 より:

    >スパンキーさん、ようこそ。
    実は、この記事を書いたあとに、さっそく行って来ちゃったんですよ、この店。アル・グリーンの新譜をどうしても聞きたくなって。
    で、もう 「知ったかぶり」 の背伸びをするのを止めました。素直に、謙虚に、ストレートに音楽だけを聞いてきました。
    いいんですねぇ、やっぱりこういう音。
    「なんで自分はこの手の音に惹かれるのか」
    それは自分でもよく分からないのですが、きっとたまたま自分の人生の転機に聞いた音だったんでしょうね。
    肉系ばかりの夕食。やっぱヤバイっすよね。
    でも、松屋の定食は大盛りの生野菜サラダも付いてきて、それが結構気に入っています。
     

  3. 藤原 喬 より:

    前略
    ご無沙汰しております。
    「日本のキャンピングカーの歴史」の校正おめでとうございます。 発売を心待ちしております。
    楽しく、微笑むのを感じました。
    「神田川」を聞く小生は、黒人霊歌やソウルも聴きながら、仕事をしていました。
    今でも、折に触れて口ずさむのは、若かりし頃に聞いてワクワクしていた歌しか出てきません。
    今の若い方々は、明日に向かってワクワクすると言う気持ちが持てない不幸な時期に在るのではと、老婆心ながら思わさせて頂いた貴殿の一文でした。
    少し気が重い時期に、この文に会いホッとしております。                   早々
     

  4. 町田 より:

    >藤原 喬さん、ようこそ。
    コメントありがとうございました。
    いつも当ブログをご支援いただき、感謝しております。
    それにしても、藤原様のヨーロッパ車への造詣の深さの背景となっているヨーロッパ文化への関心の高さ、また、ここにも書いていらっしゃるような、音楽への共鳴度の深さなど、いつも感心しております。
    結局、誰も若かりし頃に聞いた音楽から 「ワクワク感」 を拾うのは、もうしょうがないことなんでしょうね。音楽というのは、かなり情緒性の強いアートですから、感受性の多感なときに聞いたものが、けっきょくその個人の好みのベースになるように思います。
    藤原様が、黒人霊歌やソウルを聞きながらお仕事をされていたとは、今日はじめてうかがいました。
    一度お時間がありましたら、そのへんのお話もうかがえれば幸いです。
     

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