日本には「老人の文化」がない

 
 日本には、つくづく「老人の文化」というものがなかったなぁ … と思う。
 いや、あったよ。
 確かに昔から「老人」の概念定義みたいなものがあって、老人になったらどう生きるか … みたいな処世訓じみた文化はあった。
 「60にして、耳に従う」
 「70にして、心の欲するところに従って矩(のり)をこえず」とかね。
 
 そのような儒教とか、江戸期の農村共同体で培われた倫理とかから来る文化はあったけど、現代社会になってからは、老人たちに、「老人って何だろう?」って考えさせるような文化はなかったと思う。
 
 だけど、団塊の世代が大量老人になる時代を迎えて、いよいよ、今の時代に「老人の文化」がないってことが、どれほど彼らを戸惑わせてしまうか。
 それは、彼らにとっても、下の世代にとっても厄介な問題だ。
 今や、「60にして、コンビニで万引きす」「70にして、家をゴミ屋敷と化して、隣人と争う」
 ってな時代だからね。
 
 ひとえに、「老人になったら何を考えるべきか」という文化がないからこうなる。
 たとえば、老人になってから解る絵画とか、文学とか。
 そんなものがあってもいいわけ。
 
尾形光琳の図
 
 「若い時には理解できませんでしたけど、この歳になると、素晴らしさが見えてきますなぁ」
 とかいうのが、いろいろなジャンルにあっていいはずなんだ。 
 
 だけど、戦後一貫して、CM戦略でも、サブカルチャーでも、「新しさ」と「若さ」だけを称揚してきたから、そいつが育っていない。(資本主義経済の宿命だけどさ) 。
 だから、団塊の世代は、いまだに、自分たちが若い頃体験した「文化」を、そのまま引き摺るしかない。
 
 彼らは、相変わらずジーンズを穿いたり、「ラブ&ピース」みたいなTシャツ着て、往年のスターたちのフォークコンサートに行ったりしているけれど、それは「彼らの世代の文化」であって、「老人の文化」じゃないものね。
 
 団塊の世代って、もしかしたら日本人のなかで、はじめて「自分は老人なのか?」って問わなければならない世代なのではないか?
 
 彼らは、戦前から戦後にかけて伝えられた「老人的処世術」みたいなものを、ケッ! とか無視してきた世代だから、つぅーか「老人的処世術」そのものを知らない世代だから、「老人とは、かくかくしかじかのモノである」という概念が頭の中に最初っから、ない。
 
 今ようやくその人たちが、肉体年齢としての “老人” を迎える歳になり、若い頃に吸ってた空気とか感じた気分とかをベースにしながら、「自分たちの老人文化」を急造しようとしているところなのだ。
 
 そこで何が行われているかというと……。
 「身体」と「精神」の切り離し。 
 
 衰えゆく身体から、精神の「若さ」を切り離すという手品が行われるようになった。
 「いつまでも少年の心を保って」とか、
 「人生死ぬまでチャレンジ」とか、
 「青春に年齢はない」とか … さ。
 ま、そりゃ分かるよ、気持ちはね。
 オレだって、今年はついに「還暦」を迎えるんだからさ。
 
 だけど、彼らがいう「若さ」って、自信たっぷりの若さなのね。
 功なり名を遂げた「今の自分」を投影した若さだから、なんかご都合主義的だし、聞いていると空々しい。
 
 それが証拠に、本物の「若さ」を目にすると、
 「今の若者には覇気(はき)がない」
 「若者は、面倒なことを嫌がる」
 「耐える力がない」とか、すぐ年寄り反応が出てしまう。
 
 で、やたら “活力” が、若さのバロメーターだと思っている人たちが多い。
 「昨晩4発! 相手が若いと、男はやっぱ燃えるね。『パパ60歳なんて思えない!』… なんて言われちゃってさ、ガッハハハ!……。で、このサプリメントがいいよ。今晩試してみる? バイアグラより効くよ」
 …とかね。
 アンチエージングとかいって、エステとか、白髪染めとかに凝っている人も多いしな。
 
 でも、もう止めようよ、そろそろ、そういうのは。
 「若さ」って、求めて得られるもんじゃないんだよ。
 努力したって老人のままの人もいるし、努力しなくても「若い」老人もいる。
 それに、「若い」かどうかを判断するのは自分ではなく他人だし、第一、「若い」ことがいいことなのか、どうなのか。それすらも決まったわけではない。
 
 老人が胸を張る「ニセモノの若さ」というものが、いちばん下の世代から見ると滑稽なのね。
 ウスら寒いというかさ。
 その「ニセの若さ」で、今の若者と、堂々と張り合っていける?
 外見的に … じゃないよ。
 
 たとえば IT とかの知識とか、アニメとかゲームの映像感覚とか、聞いている音楽とか、それらをすべて含めた世界観で。
 
 無理だよね。
 … オレもそうだけど。
 だって、そういう世界が、日常的に、もう身の回りにないもんね。
 メディアは、「老人」を食い物にしようとしているから、老人をターゲットにした番組などでは、ハナッから「アンチエイジンで若くなろう」 みたいなことしか特集しないしな。
 それを真に受けて、「そば打ちだったらオレの体力は負けないよ」は、ないだろ?
 
 本当の「老人の文化」ってのは、そういう自分で思い込んでいる「ニセの若さ」の断念・放棄からしか生まれない。
 じゃ、どうすればいいのか?
 ニセモノじゃなくて、もう一度「ホンモノの若さ」と取り戻すことなの。
 つまり、若いってことは、経験も乏しいことだし、モノを知らないことだし、人から教わらなければ何も分からない …って感覚を取り戻すことなのね。
 そこから、ホントの「老人の文化」が生まれると思う。
 
 要は、「説教する人間」から、「教わる人間」への転換。
 これが大事なんだなぁ。
 第一、人に教えるモノなんて、もう今のほとんどの老人は持っていない。
 「経験がある」とか威張っても、今までの経験がこんなにも通用しなくなってしまう時代を迎えてしまうと、もう「経験を主張する」こと自体が “痛い” 。
 
 だから、
 ・ 恥ずかしいと思わず、若い人に教わる。
 ・ 先入観を持たず、今の流行や風潮の意味するものを見つめる。
 ・ 「批評性」が出てしまう自分を慎む。 
 
 この3点を守っていれば、やがてそういう人たちの中から、若い人にも誇れる「老人の文化」が生まれてくると思う。
 年寄りの持っている「経験」が、ようやく生きるのもその時。
 
 時代を流れる空気や、人の心を読みとるには、昔ながらの言葉でいう「謙虚さ」が必要なんだね。
 その人の持っている「知識」とか「経験」に対し、他人が敬意を払うかどうかは、すべてその人の持っている「謙虚さ」によって決まる。
 それだけは、古びることのない永遠の《公理》だね。
  
 

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日本には「老人の文化」がない への4件のコメント

  1. ブタイチ より:

    奥様の病気、ご自身のお体…心配をしています。
    いつも、おっという着眼点、そして、なかなかコメントを差し挟む隙のない論法で圧倒されて、いち読者で終わってしまっていました。老いに関しては…矢沢さんのところでも、「常にチャレンジしている人間は、相手に対して上から目線で臨まない」とありましたね。自分も50歳となり、少し先を歩まれる町田さんのエッセイはとても参考になります。今日の流れは…『老いては子に従え』的な結論ともとれますが、実は、このブログこそが、「お前もこう生きてみろ!」という強烈な生き様そのもののようで…紛れも無い、正直な老人文化…(老人と言ってしまうと失礼にあたりますが)考えさせられることばかりですよ。
    セドナにハマる人は多いのですが…自分は好きではありませんでした。お金持ちの保養地…という感じがして、観光地化された綺麗過ぎるヒーリングスポットって感じでしたね~。
    いずれにせよ、健康が一番です。皆様の健康をお祈りしています。

  2. 町田 より:

    >ブタイチさん、ようこそ。
    お気遣い、本当にありがとうございます。
    最近このブログでは、カミさんとか子供に対する言及が多いのですが、それは実は、ブタイチさんの 「ファミリーレポート」 にかなり触発されてのことです。
    ブタイチさんの 奥様への温かいまなざしを感じ取るたびに、「コンチクショー! いいなぁ…」 と思ってしまいます。
    「老人の文化」 なんて、ちょっと口幅ったい物言いですけど、これは、まぁ自分への諌めみたいなものです。ともすれば、生意気に “上から目線” になりがちな自分への自戒ですね。
    セドナは、そういうところなんですか。
    さすが、そのへんを何度も行き来されているブタイチさんらしい見方ですね。
    正直に書くと、観光地として宣伝されるようなパワースポットには、自分はあまり興味がないのです。
    あくまでも、それは自分で探すものだと思っていますから。
    おっしゃるとおり、健康いちばん!
    寒さ厳しい候、ブタイチ様もお風邪など召しませぬようご自愛ください。
     

  3. 平均寿命を大きく越した男 より:

    健康で人に極力迷惑をかけない生活で少しでも世間に役立って恩返しするのが老人の文化と思います。

    • 町田 より:

      >平均寿命を大きく越した男 さん、ようこそ
      おっしゃるとおりです。
      「平均寿命を大きく越した … 」とおっしゃるわけですから、失礼ですが、お年は80歳を大きく超えて、90歳ぐらいに達していらっしゃるということでしょうか。やはり、その年齢の方は “老人の文化” というものをしっかり持っていらっしゃると感じました。ここのコメント欄に頂いたお言葉、すなわち「他人に迷惑をかけない」「世間に役立って恩返しをする」ということこそ、今求められている「老人の文化」であるように思います。

      ところが、いま老人の域に達した団塊世代の場合は、コメント欄で教えていただいた “老人の文化” というものにあまりにも無頓着な人が増えてきたように感じます。
      「団塊の世代」は若い頃、それまでの日本の文化体系を「古いもの」として退け、若さを謳歌しようとしました。そのときに、日本が持っていた「老人の文化」というものも一緒に葬り去られてしまったように感じます。
      「俺はまだ若いだろう !」なんて世間に自慢することなんて恥ずかしいことです。
      そうではなく、「他人に迷惑を掛けず」「世間に恩返しする」という裏方に徹することで、逆に「凛とした老人」として世間に敬われるようになるのだと思います。
       

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