ちょっと昔話を

 
 「自動車が売れない」 という話をあちこちで聞くにつけ、胸が痛くなるような、ちょっと感慨深い気持ちになる。
 自分は 「自動車の世紀」 を生きて来てしまった…という思いがあるからだ。
 
 もちろんちょっと大げさな言い方だ。
 なにせ自動車は、現代文明の 「華」 だ。
 もし、 「近代」 と 「現代」 の分かれ目を設けるとしたら、自動車の 「誕生前」と 「誕生後」 に分けるのが一番分かりやすいのではないかと思えるくらい、自動車が現代文明と産業に与えた影響は大きい。
 とても、私なんかのちっぽけな人生と比べるべくもない。
 
 それでも、自分の人生を振り返ってみると、結局、自動車のいちばんドラマチックな転換点をすべてリアルタイムで見てきたという印象が強い。
 日本の自動車産業が、日本の基幹産業といわれるまで成長し、しかも世界の頂点に登り詰めていくまでのドラマを眺め、そして今、構造的な大不況のなかで、自動車産業が日本のすべての産業が抱える苦境を代表するような形で、荒れる波涛の先端を進んでいる様子を眺めている。
 今まで見てきたものを振り返ると、なんかそんな歴史を複雑な思いで目にしている 「自分」 がいる。
 
 20代の半ばに、自動車メーカーのPR誌の編集部に身を置いた。
 1970年代の中頃だった。
 当時の自動車業界は、ちょうど排ガス規制と公害問題に揺すぶられて、あえいでいた。
 そのちょっと前まで、トヨタ2000GTが注目を集め、スカイラインGTが人気を博し、ベレGやヨタハチが若者たちの憧れの的だった…というような華々しい世界があったというのに、状況は一変していた。
 
 その頃自分が携わっていた雑誌を見ると、やたら 「公害防除」 とか 「排ガス規制へのメーカーの対応姿勢」 などという言葉が並んでいる。
 おびただしい交通事故の犠牲者が出るようになって、 「安全運転の心構え」 とか 「飲酒運転の危険度」 などという特集も多かった。
 PR誌という性格もあっただろうけれど、 「自動車は社会悪の元凶」 などという世論に対抗する必要もあって、乗ることの楽しさとか、使うときの利便性などを訴える余力すらなかったという感じがする。
 防戦一方だったのだ。
 風向きが少し変わったのは、ちょうどトヨタがソアラを出した頃あたりか。
 
初代ソアラ画像
▲ 初代ソアラ (ウィキペディアより)
 
 「アウトバーンで欧州車と互角に走れるクルマ」 というのが、売りの一つで、そういうクルマを宣伝するという感覚が、当時はとても奇異なものに感じられた。
 
 「走り」 をメインに打ち出すのって、アリ?
 今から思うと奇妙な感慨だったが、自分の仕事にようやく 「風が通った」 という思いを持った。
 
 まだまだ米国ビックスリーは雲の上。
 それでも、 「壊れない」 「燃費がいい」 などという日本車の性能に注目し、アメリカ人の中にも、徐々に日本車に乗り替える人が出てきた…なんてことが話題になる時代。
 日本車が海外で高い評価を受けるようになったとかいうニュースに接し、 「へぇ、日本もやるもんだ」 なんて素朴に喜んだりした。
 
 自分のやってる仕事に、 「なんとなく日が当たるようになってきた」 と感じたのがその頃だった。
 急にモータースポーツの企画も増え、富士スピードウェイや鈴鹿サーキットにも通うようになった。
 プレス証を腕に巻き、タイヤ交換や給油のドラマをピット側から覗き込む快感に酔いしれた。
 耐久レースなどでは、まだまだ国産マシンは外国勢にかなわなかったけれど、それでも日本の自動車メーカーの技術がレース界でも発揮できる手応えを感じ、日本車が完走しただけでも、 「すげぇなぁ」 と素直に感動した。
 
 それから後は、日本の自動車産業のサクセスストーリーを眺める仕事になった。
 高性能エンジンを積んだスタイリッシュな市販車が次々と誕生し、PR誌の仕事も多忙を極めるようになっていく。
 それぞれのクルマが消費者に与える華麗な 「ストーリー」 を考案し、メーカー広報部と広告代理店との会議の席上で、編集方針のプレゼンを行う。
 歯の浮くような過剰なキャッチが、次々とすんなりと通ってしまう祝祭的な空間に身を置くことの心地よさ。
 バブルの華やかさは、クルマ業界も包んだ。
 
 あの頃、クルマが別なものになっていた。
 「記号的商品」
 というやつ。
 自動車は、生活必需品ではすでになく、 「シーマは功なり名を遂げたはぐれ狼的な事業者のサクセスの記号」 とか、「白いマークⅡはワンランク上の生活レベルを目指す中産階級の記号」 などという言説が、自動車雑誌の座談会で堂々と述べられる時代を迎えていた。
 
 時はニューアカデミズムの大繁栄の時代で、自動車を語る切り口にも、記号論やら脱構築やらというポストモダンの言論が満ち溢れていた。
 郊外のリゾートホテルを借り切って、数日にわたって繰り広げられた某タイヤメーカーのレセプションは、さながらロココ時代の宮廷の舞踏会のようだった。
 クライアントにお金があったので、タレントやら、俳優やら、小説家やら、あらゆる有名人をどんどん特集読み物のゲストに迎えた。
 
 この頃、高名な自動車評論家と、ヨーロッパ在住の歴史作家の対談なども企画したり、交通安全などというテーマでも、話題の人類学者を起用したり、とにかく自分では 「自動車の社会的地位を高める」 企画ばかり組んでいたように思っていたが、その背中を後押ししたのは、バブルの熱気だったかもしれない。
 
 だから、それに酔う自分がいる一方、危うさも感じていた。
 クルマが、所有者の生身の “身体” から離れ、一種の化け物みたいに、人に憑依 (ひょうい) するような傾向も生まれてきたからだ。
 「麻布、六本木界隈でナンパするクルマは、BMW以上じゃなきゃダメ」 とか、 「ゴルフ仲間にちょっと優越する気分を持つには、クラウン、セドグロじゃ役不足」 とかいう記事が自動車雑誌の誌面に踊るようになり、 「バカか!」 と思った。
 それに近いことを自分でもしていたわけだけど、クルマによって 「自己実現」 しようという風潮が、ものすごく単純な形で台頭してきているのを見て、この業界ヤバイぞ…と思うようになった。
 
 案の定、バブル崩壊が地すべりのように自動車業界を洗い、自動車をめぐる浮っついた言論は、文字通り、空中を舞うシャボン玉のように消えた。
 
 その頃が自分の転機だったかもしれない。
 古巣のPR誌を離れ、オートキャンプとキャンピングカーの媒体に移ったのだ。
 
 まったく別の世界が待っていた。
 キャンピングカー屋のオヤジさんたちは、大手メーカーの広報部員やアルマーニを着た広告代理店の営業マンたちが語るような、流ちょうな美辞麗句を何も知らなかった。
 世界戦略もなければ、市場分析もなかった。
 代わりに、手作りの技術を極めたときの達成感、顔が見える顧客に対しストレートに自分の 「作品」 を語るときの喜び、自然の中でキャンプを繰り広げるときの解放感。
 そんな、生きた、血の通った楽しみ方をみんなが持っていた。
 
 ある意味で、学歴も職歴も関係ない世界だった。
 どれだけキャンピングカーに興味があるのか、それをどう言葉にするのか。
 それだけが総てを決めるような世界だったのだ。
 その中で、会社や大企業の看板を背負うことなく、自分一人の力量で仕事を請け負うときの辛さと面白さを学んだ。
 
 気づいてみると、乗用車のPR誌を作っていた時代よりも、もうこちらの方に身を置く時間の方が長い。
 思えば、ある意味でどっぷりとクルマに浸かった人生だった。
 仕事だけでなく、いつの間にか自分が乗り継いだクルマも、キャンピングカーを含めて7台に及ぶ。
 ドアを閉めたときに、ペネペナと薄紙みたいな音を立てるクルマもあったし、6発のツインカムを搭載した韋駄天のクルマもあった。
 
 だけど、その7台のうち、一番気に入っているのが、いま自分の乗っているキャンピングカー。
 こういうクルマに出会えたのも、こちらの仕事に移った恩恵だと思っている。
 
 その間に、自動車の世界は、まれにみる構造的不況の中であえいでいる。
 かつてそこが “古巣” だった自分にとっては、人ごとのように思えない。
 だから、キャンピングカーを沈没させてはいけない、と強く思う。
 たいした力もないくせに……なんだけど。
 
 

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ちょっと昔話を への2件のコメント

  1. ミペット1号試作品 より:

     そーいえば、日本の自動車メーカーも、市場も、四半世紀をかけて円熟期をむかえて、転換期にいたろうとしているわけですよね・・・。
     若いときは、欲しいなあって思った車はあったけど、今はまるで興味が無くなってきてるし。
     それってある意味、自分も車をステイタスシンボル視する風潮に流されてたり、学歴とか、旅行経験とか、体験記をステイタスとして語る人も多かったし。
     それが、一昔前は格好いいことで、もてるやつのアイテムだったけど。
     やっぱり、見栄でドイツ車買ったり、3ナンバーV8以上の車に乗るよりも、兄がくれた車で十分で。
     そーゆーお祭りが終わると、なんかどーでも良くなってて。今の私の楽しみといえば、移転前のネコさんの近くにあった、「ベッカラブロートハイム」のパンを時々買いに行ったり、チェーン展開していない、個人で細々とやってるレストランをのぞいたりとか。
     大量、高額消費とは、無縁の世界で楽しみを見いだしていたり。
     ただ、今の車は凄く「車」と言うよりも、家電化していて興味湧かなくなってしまいました。そういう意味で、差別化されてるキャンピングカーは、面白いかも知れないです。
     でも、一番今面白い乗り物は、10年以上乗ってる、トーエイのクラブモデルですか・・・。今日は、それにのって、年越しそばでも会に行く予定でいます。では・・

  2. 町田 より:

    >ミペット1号試作品さん、ようこそ。
    ミペットさんのご指摘は、まさに今の 「自動車が売れない」 という事情を、消費者の立場から見事に分析されたものだと思いました。
    そうなんですよねぇ。
    「見栄」 とか 「ステータス」 というものが、かなり自動車販売を支えていたということが、今ようやく見えてきたということなんでしょうね。
    その 「見栄」 とか 「ステータス」 という衣装を一皮剥いでしまえば、結局、最近の自動車は、ただの 「優秀な家電」 だったということなのでしょうね。
    それは 「道具」 としての効率化を目指したわけですから、路線としては間違っていないのかもしれませんが、しかし、ただの道具であるならば、 「高い道具」 です。
    今のメーカーさんたちが、その高さに見合ったプロモーションをしているかというと、なんかズレているものが多いような気もします。
    特に高級車の売り方は、どこのメーカーさんももう時代に合っていないですよね。CMなんか見ていても、古色蒼然たるものが多くて……。
    その感覚についていけない消費者は、ミペットさんのように、自転車の方に新しい可能性を見出しているように感じます。
    TOEIクラブモデルで行く 「年越しそば」 のプチ旅行、楽しそうですね。気をつけて行ってらっしゃい。
     

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