アトランティス大陸は存在したのか?

 
 事実かどうか確認できない歴史上の伝説は、人を魅了する。
 たとえば、 「アトランティス大陸は本当に存在したのか?」 。
 そのような、たぐいの話だ。
 特に、海底に沈んだ都市とか王国とかいうのは、 「文明のはかなさ」 みたいなものが漂い、 『平家物語』 風の “諸行無常の響きあり” で、日本人の嗜好にはぴったり。
 
 で、 『アトランティス・ミステリー』 (庄子大亮・著/PHP新書) 。
 新進気鋭の歴史学者が書いた、アトランティス大陸の真実に迫る 「謎解き本」 の決定版である。
 
アトランティスミステリー表紙
 
 アトランティス伝説については、いまさら解説する必要もなかろうと思うが、かいつまんでいうと、今から1万2千年も前、大西洋に 「アトランティス」 という強力な国家を擁する大陸があり、地中海世界にまで進出し、大いに繁栄していたが、神罰を受けて、一昼夜にして海中に没した、という話のことをいう。
 
大波の絵
 
 この説話が、どうして信憑性ありそげに感じられるかというと、それを記したのがギリシャの高名な哲人プラトンであり、しかも 「これは実話だ」 とわざわざ断りを入れているからである。
 ところが、このアトランティス大陸についての記述は、プラトンの著作以外に見ることはなく、それだけに、古代よりその実在をめぐって、いくたの議論が繰り広げられてきた。
 
プラトンの像
▲ プラトン
 
 そのような議論が現在まで続いているのは、海洋学的な調査から 「大西洋に沈んだ大陸の痕跡が発見された」 とか、 「大西洋ではなく、これをクレタ島と考えると、あらゆる状況がプラトンの説話と酷似するから、アトランティス伝説はクレタ島に栄えた古代文明のことをいったのだ」 とか、自然科学や考古学の発達にともなって、幾度となく蒸し返されてきたからだ。
 
 その状況は、ちょうど日本の 「邪馬台国論争」 にも似ている。
 「邪馬台国論争」 も、 『魏志倭人伝』 の文献的解釈をめぐって、畿内説と北九州説が両立する。
 アトランティス伝説も、大西洋への出口を意味する 「ヘラクレスの柱」 (ジブラルタル海峡) という言葉が、ダーダネルス海を指していたなどという説もあって、文献の解釈によって、事実関係が読み替えられる可能性がたくさん出てくる。
 
アトランティスの地図?
 
 そんな古代史のロマンをたっぷり盛り込んだアトランティス伝説に対して、著者は、この本で一気に決着をつけようとする。
 つまり、 「アトランティスはなかった」 というのが結論 (…ネタバレでごめん) である。
 そして、 「なかった」 という理由を、古代より連綿と続く 「アトランティス実在説」 の不備を懇切丁寧につぶしながら、一つひとつ検証していく。
 
 その調査範囲は、歴史学、文献学、考古学、地質学、海洋学のほとんどのジャンルに及び、この研究が、単なる学者のひらめきや思いつきから来る “仮説” でないということを、重厚な資料の積み重ねによって論証していく。
 その手口は、まさに “容疑者リスト” に浮かび上がった怪しい人物たちを一人ひとり外していき、最後に真犯人を突き止める 「ミステリー」 の手法そのままである。
 そして、最後に “真犯人” が……。
 
 つまり、なぜプラトンがアトランティス伝説を後世に残したかという、最大の 「謎」 に向かって収斂 (しゅうれん) していく。
 そういった意味で、この本は、歴史学に興味を持つ人は当然として、伝奇モノのファン、考古学ファン、さらにミステリファンをも満足させる好著になっている。
 
 しかし…。
 かすかな不満を感じる読者はいるだろう。
 それは、この本の後半部に、いみじくも著者自身が語っていたことだが、人間は 「謎を謎のまま残しておいた方が幸せである」 という気分を捨てきれないものだからだ。
 真実を追究するのが学者の役目だから、著者がこの本を書いたのは、学者としての当然の使命を果たしたまでのことである。
 
 しかし、読者はわがままである。
 プラトンの 「真意」 を知ることよりも、 「アトランティスがあったか? なかったか?」 という虚構と現実のはざまに、いつまでもまどろんでいたい人もいる。
 著者もまた、そのことを十分に承知している。
 そして、…にもかかわらず、自分はなぜこの書を上梓しなければならなかったかというその情熱も、この本ではしっかり吐露されている。
 
 だけど、私の気持ちを正直に書くと、 「そんなに自信たっぷりにアトランティスを否定するなよ」 という気持ちがなきにしもあらず。
 
大波の絵02
 
 この本は、アトランティス大陸の実在を問うということよりも、 「プラトンがなぜこのような話を創作したのか?」 を解明することに力点がかかっている。
 つまり、 「強大な帝国が、神罰を受けて海中に没した」 という寓意は、何を意味しているのか、という謎の解明がテーマである。
 
 それはそれで十分に面白いし、かつプラトンの哲学の本質を突き詰める作業にもなっている。
 でも、それが分ったところで、アトランティス伝説が秘める、いかがわしくて、謎めいていて、うさんくさい魅力の重みにはかなわない。
 難しいところだな…と思う。
 
 人間は、クリアに分析された 「真実」 を愛するのか、それとも、霧に包まれて曖昧模糊とした 「謎」 の方を愛するのか。
 たぶん、最後に真相が明かされる 「ミステリー」 が好きなのか、謎そのものが増幅していく 「ホラー」 が好きなのかという読者の好みによっても、評価が分かれるかもしれない。
 
 

カテゴリー: 映画&本   パーマリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">