クリスマス・イブ

 毎年、この時期になると、山下達郎の 『クリスマス・イブ』 を耳にする機会も増え、それに言及する記事・談話がメディアをにぎわす。

山下達郎クリスマス・イブ

 この歌が世に出たのは、1983年。
 88年にJR東海のCMのテーマ曲として使われてから、オリコンヒットチャートの1位に輝いたという。
 発表してから5年経って、ようやくヒットチャートの1位に登りつめた曲というのも珍しい。

 私がこの曲を最初に聴いたのは、場末の地下のスナックのカウンター席であった。
 当時その店の常連客で、町外れの喫茶店を経営していた若者がいた。

 若者 … といっても、とうに30代を迎え、ひょっとしたら40に手が届いていたかもしれない。
 寡黙な男で、スナックで飲むときも、酔わないうちは、めったに常連客とも会話を交わすことがない。
 いつも自分の店がハネてから、深夜近くに、そのスナックに顔を出す。
 そして、何かの恨みでも晴らすかのように、焼酎のお湯割を鬼のように飲み干す。
 いつも一人で来ているところを見ると、女っ気がありそうに思えない。

 一度だけ、その青年が開いている喫茶店を訪れたことがある。
 スナックで顔を合わせていたので、彼は、私の顔を認めて、わずかに笑顔を見せた。
 しかし、スナックで隣り合わせたときと同じように、会話はなかった。
 店は、意外とこぎれいに手入れが行き届き、テーブルの隅には花が飾られ、女性の好みそうなテーブルクロスが敷かれていた。
 彼は丁寧にドリップでコーヒーを落とし、金の吸い口のついたカップに並々と注いで、うやうやしく私に差し出した。
 
 「いい雰囲気ですね」
 と、私が店の感想を述べると、
 「ええ…」
 と、彼は恥かしそうに答えて、それっきり口をつぐんだ。
 コクのあるおいしいコーヒーだった。

 その彼が、酔った勢いでスナックのステージに立ち、歌った曲が、山下達郎の 『クリスマス・イブ』 だった。

 私はそのときはじめて、彼がカラオケで歌うこともあることを知ったのだ。
 メロディの美しさに、私は陶然となったが、彼の歌のうまさにも脱帽した。
 しかし、それ以上に、あの歌詞に歌われる “主人公” の切ない哀しさが、なによりもその青年の境遇を歌っているようで、身に沁みた。

 それを聞きながら、私は、彼のこぎれいな喫茶店は、誰かを待つために作られた店だったのではないかと、ふと思った。

 クリスマス・イブが、恋人同士で過ごす夜と決まったのは、いつ頃くらいからか。
 私が幼い頃、クリスマス・イブは、家族でひっそりと、しかし温かい気持ちの中で過ごすものだと相場が決まっていた。
 それが、いつからか、恋人同士がフレンチ・ディナーを楽しむ夜に変化し、その晩は夜景のきれいなホテルの窓から、二人の幸せを祝福するものとなった。

 そいつは、しかし、恋人のいない独身たちには辛い夜ともなった。
 イブの日は、連れ合いと楽しむ夜であるという強迫観念が、連れ合いのいない人の惨めさをよけい助長させ、年の押し迫った冬の夜風を、よけい寒いものに感じさせた。
 「雨は夜更け過ぎに、雪へと変るだろう…」
 というフレーズは、孤独なまま、暗い夜道を家路に向かう人間が聞くと、惨めさで胸が締め付けられるように響く。
 「きっと君は来ない。一人っきりのクリスマス・イブ」
 そういう歌詞も、祝い事の用意までしながら、訪れる客の来ない孤独なテーブルを前にした人が聞くと、涙を誘う。

 私にも、そういうイブが何度もあった。
 自分が待っていたわけではない。
 家内を、家で待たせていた。
 
 この仕事を始めてから、この20年、年末年始をまともな時間に帰ったことがない。
 特に、イブの頃というのは、年明けの仕事のやりくりと連絡に追われ、終電で帰れればいい方。
 「今日は、クリスマスケーキをみんなで切る時間に帰るつもり…」
 とか言って、朝、家を出ても、そういうときに限って、帰り際に緊急の連絡事項を送らねばならなかったり、校正に目を通さねばならなかったりで、家でメシを食うということをしたことがない。
 ようやく深夜に帰宅すると、カミさんは、冷えた食事をテーブルに残したままダイニングでうたた寝。
   
 起こすと、 「今日はテレビでクリスマス・ソング特集をやっていて、それを子供と二人で見ていたから、楽しかったわよ」 と、笑顔で答える。

 別にクリスマス・イブだけが特別な日ではないだろうが、そこに “過剰な意味” を見出していた人たちにとっては、その晩を一人っきりで過ごすのは “酷な” 社会が形成されていた時期があった。

 今はどうなのだろうか。
 昔の “罪ほろぼし” のような気分で、イブの夜は小さなケーキでも買って、カミさんのいる病室を見舞うつもりでいるのだが、果たして、今年もそんな時間がとれるかどうか。

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クリスマス・イブ への6件のコメント

  1. ムーンライト より:

    私は2時前に「そよいち」へ着くだろう
    25日 風をつれて 
    きっと私は行く ひとりきりのランチでも
    空を飛んで クリスマスの日
    心からの「ありがとう」
    叶えられそうもない
    必ずその日なら言えそうな気がした
    雪を運び ホワイト・クリスマス
    とても会いたいけど 彼女のもとへ 早く帰って
    街角にはクリスマス・トゥリー
    銀色のきらめき
    いつかきっと  Holy night

  2. Taku. より:

    クリスマスソングが「ジングルベル」や「赤鼻のトナカイ」したなかった時代に比べると、今は本当にいろいろなクリスマスソングがありますけど、私はクリスマスには賛美歌が似合うと思います。雪景色に聖歌隊の歌う賛美歌を聞くと、クリスマスが来た実感が湧きます。

  3. 町田 より:

    >ムーンライトさん、ようこそ。
    いつの間にか、クリスマスが来ましたね。今年の大木さんのディナーショーはどのようなメニューが用意されているのでしょうか。とても気になるのですが、今年は特に公私ともどもバタバタしてしまいまして、やっぱりなかなか時間が取れません。
    それでも時間が許せば、お昼頃なら多少のゆとりがあるかもしれません。当日になってみないとなんともいえないのですが、『キャンピングカースーパーガイド』にも貴重なレビューを書いていただいたお礼も申し上げたいと思っております。
    もし時間が取れなかったらまたの機会ということで、心苦しいのですが、ご容赦いただければ幸いです。
     

  4. 町田 より:

    >Takuさん、ようこそ。
    聖歌隊の歌う賛美歌というのは、確かにクリスマス気分を盛り上げてくれますよね。
    子供の頃、イブの日だったか、あるクリスチャン系の女子大の講堂で開かれたミサを見に行ったことがあります。街の雑踏やテレビから流れてくるクリスマス・ソングとはまったく違ったクリスマスの音楽があることを知って、けっこう感激しました。
    たまには、そういう音楽と接することも大事ですね。
     

  5. ムーンライト より:

    町田さん。ありがとうございます。
    あの洋食屋さんへは1時半から2時の間に着くと思うのですが、
    何せこの時期は雪による飛行機の遅延が結構あります。
    遅れそうな時は、お店に電話します。
    公私ともに大変お忙しいのはわかっておりますので、
    くれぐれも無理はなさらないでください。
    町田さんって、一見してすぐ「町田さんだ!」と分かる方でしょうか?
    私もね・・・。(笑)
    学生時代の友人に大木さんへのカスタマーレビューを紹介したら
    「○○ちゃんらしいね、学生時代とちっとも変わらない」と言われましたが(笑)
    あのお店はわかりにくい場所にあります。
    もし道に迷ったらすぐお店に電話で聞いてください。
    http://sotokichi.web.fc2.com/description.html
    それと「札幌からの大木さんのファンは来ているか、
    予定変更の連絡はあったか?」と。
    お店の方へは町田さんについてメールで連絡しておきますから。
    くれぐれもご無理なさらないように・・・。
    「またの機会」というのも、それはそれで楽しみですから。

  6. 町田 より:

    >ムーンライトさん、ようこそ。
    数々のご配慮ありがとうございます。このような、ブログを通じて書いてきたことに対するご感想を直接いただけるな滅多にないことでしょう。ありがたいお時間をいただけるものと感謝しております。
    短い時間かと思いますが、極力お目にかかれるよう努力いたします。
    来年の 『キャンピングカースーパーガイド』 がどのような出来栄えになるかまだ分かりませんが、レビューまで起こしていただいたムーンライトさんのご期待にそえるようなものになるよう頑張るつもりです。
     

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