坂本龍馬の実像

 
 司馬遼太郎は、「小説家」である。
 しかし、NHKドラマの『坂の上の雲』あたりが話題になっているせいか、ここのところメディアの扱う司馬氏は、文明批評的な視点を持つ「思想家」のような扱いを受けている。
 
 確かに、文明批評家としての司馬氏の洞察力は、並みの歴史学者や社会学者などでは太刀打ちできないほど鋭い。
 つまり、問題点を抉(えぐ)り出すジャーナリスティックな切り口に長けているといえよう。
 彼の歴史上の人物などに対する省察は、その独特な語り口も相まって、読む者に圧倒的な説得力を突きつけてくる。
 
 だが、その “説得力” は、あくまでも小説家としての才能から生まれてきたものだ。
 “司馬マジック” に遭うと、われわれは、彼の描く歴史上の人物をこっそり隣りの部屋から覗き込んでいるような錯覚に陥ることがある。
 あるいは、司馬氏がタイムマシンにでも乗り、あたかも歴史上人物たちとサシで本音トークでも交わしてきたかのようなリアリティを感じることがある。
 
 しかし、そのような “リアリティ” は、あくまでも「小説家」の筆によってひねり出されたリアリティである。
 そこのところを理解しないと、逆に司馬遼太郎の “凄さ” というものを見逃してしまうかもしれない。
 
 司馬氏は、しばしば (← シャレじゃないんだけど …)、今までネガティブな歴史評価を受けてきた人物や、スポットライトが当たることのない地味な人物を採り上げ、その人物が内側に秘めていた  “とてつもない雄大さ” を取り出して、世の歴史的常識をくつがえしてきた。
 そして、誰もがそこに描かれた人物像に対し、司馬氏の鋭い洞察力によって掘り起こされた「本当の姿」を見た気になった。
 
 しかし、そのほとんどは “つくりもの” である。
 司馬氏は、戦国から幕末、ときには天平や平安末期に至るまで、日本史をにぎわせた大半のヒーローを描いているように思われるが、実は、彼は「小説的な脚色」が入り込む余地のある人間しか描いていない。
 いわば、作家から見て「おいしい」人たちだけを描いているのだ。
 来年からNHK大河ドラマとして始まる『龍馬伝』の坂本龍馬など、まさにその典型かもしれない。
 
坂本龍馬像001
 
 坂本龍馬は、明治維新が実現される前に亡くなった人間であるため、維新を生き残った “元勲” たちのように、近代的な歴史認識に基づいた資料から外されてしまっている。
 彼に関して残された伝承および資料は、基本的に江戸期の思想的文脈の中で語られたものであり、そこには、明治政府が導入しようとした「近代」のバイアスがかかっていない。
 
 だからこそ、司馬氏にとって、坂本龍馬は「おいしい人」だったのだ。
 つまり、坂本龍馬が、江戸期の思想的文脈で考えていたことを、近代文明の文脈に置き換えてみたらどうなるのか?
 そこに着目したことが、小説家としての司馬氏のセンスの良さを物語っている。
 
 司馬氏は、こう考えたことだろう。
 もし、その試みがうまくいけば、たどたどしい土佐方言で語られる龍馬の政治思想は、西洋近代の言葉を駆使した陳腐な政治理念よりも、読者に強力なインパクトを与えるはずだ。
 そして、それは、日本人に新鮮な感動を与え、生きる勇気を与えるはずだ。
 
 龍馬が、「わしゃ、この日本を大いに洗濯しよう思っちょる」
 とか言えば、読者は、青空の下に白い洗濯物がバァーッっと広がったかのような、爽快な気分に浸れる。
 生硬な政治理念を展開するより、こういう表現の方が、はるかに人の心をとろかす。
 
 また、実際の龍馬が、アクターというよりプロデューサー的なものを志向した人であったということも、司馬氏にとっては都合がよかったろう。
 
 それまでの日本史上のヒーローは、ことごとく表舞台で派手な振り付けを披露する役者ばかりだった。
 しかし、役者の演じる舞台を本当の意味で運営しているのは、興行資金を工面するプロデューサーである。
 経済感覚を重視した「浪速」出身の作家であった司馬氏は、そういう経営センスを要求されるプロデューサーの仕事というものをよく理解している人だった。
 そしてまた、彼は、そのようなプロデューサーとしての龍馬を描いた評伝が生まれていなかったことにも着目しただろう。
 
 このようにして、土佐の田舎を出て、薄汚れた羽織を着たまま江戸の町をさまよっていた坂本龍馬は、ある日突然、司馬遼太郎という稀代のスカウトマンに声をかけられたわけだ。
 
 「きみきみ! 私の力で、日本一のヒーローになってみる気はないかね?」
 
 司馬氏が『竜馬がいく』を発表するまでは、坂本龍馬は、維新前夜に活躍した革命派浪士のうちの、ちょっとだけ名を知られた人物の一人でしかなかった。
 それが、『竜馬がいく』の社会的反響が大きくなるにつれ、いつのまにか、明治政府ですら持ち得なかったような雄大な構想力を持つ傑物として評価されていく。
 そして現在では、各調査機関が行う「好きな歴史上人物ベスト10」などというアンケート調査では、必ずベスト5内に入るような有名人になった。
 
 しかし、司馬さんは、そのように加熱していく “龍馬ブーム” を眺めながら、… もちろん小説家としての自尊心は満足させられただろうが …、内心「やれやれ」と苦笑いしていたような気もする。
 「少し薬が効きすぎたか…」とすら思っただろう。
 だから私は、司馬さんが、『竜馬がいく』の連載中に、龍馬の対極を生きる土方歳三の物語を書かねばならなかった心境がよく分かるのだ。
 
 常に明るく、将来をポジティブに見すえ、ユーモアを解し、人に優しい坂本龍馬。
 そういう龍馬のキャラクターは、戦後復興の道を歩んできた日本人が目指す人物像の集大成だった。
 だが、そういう “前向きの人間” ばかり描いて喜んでいられる人は、小説家ではない。 
 司馬氏は、あらゆる面で龍馬とは正反対の生き方を貫いた新選組の土方歳三(『燃えよ剣』)を描くことで、小説家としてのバランスを取ったのだと思う。
 
 実在した坂本龍馬が、司馬さんが小説のなかで語ったほど、時代の先を読んだ偉人なのかどうか、実のところ、よく分からない。
 司馬氏は、「明治維新の理念は、坂本龍馬の構想から生まれた」というような書き方をしているが、もし龍馬がいなくても、龍馬の代わりを誰かが務めていたことは間違いない。
 
 そういった意味で、司馬氏の描く龍馬像は “過大評価” といえなくもないのだが、それでもなお、龍馬が暗殺されずに、明治政府の要職に就いていたらどうなっていたか? と空想する余地は残されている。
 もしかしたら龍馬は、その後の明治政府が打ち出したような帝国主義的な国家運営とは異なる指針を示し、そのことによってまったく別種の日本国家が生まれていた可能性だってあるのだ。
 
 そのような想像力の飛躍を楽しめるものを、「小説」という。
 だから、いま巷に流布している坂本龍馬の人物評は、あくまでも「小説」の域を出ない。
 … 出ないがゆえに、面白い。
 
 司馬遼太郎は、歴史を、「物語」として語った作家である。
 「物語」とは、ものごとに「ひょっとしたら ……?」という視点をつけ加えることをいう。
 言葉を変えれば、「ほら話」を加えるということにほかならない。
 
 司馬作品の面白さは、結局この「ほら話」を語る話芸の巧みさに尽きる。
 なかでも『竜馬がゆく』は、最大の「ほら話」かもしれない。
 われわれは、そういう司馬氏の「ほら話」の芸を尊重し、ただひたすら、あの気宇壮大かつ奔放な語り口に酔えばいいのだ。
  
  
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坂本龍馬の実像 への6件のコメント

  1. 今日は。興味深く,読ませて頂きました。
    「坂本竜馬の実像」とタイトルがありますが、先日、「いろは丸」が沈んだ近くの鞆の浦の「いろは丸展示舘」へ行ってきました。
    いろは丸沈没事件では、紀州藩に対しミニエー銃400丁、銃火器や金塊など代金(現在の金で15億~50億)を支払わせた、で、
    沈没船からはそれらのものは出てこなかった。交渉時、暗殺を恐れて「隠れ家」を見ましたが、イメージとは違う狭い部屋。
    「薩長同盟」「船中八策」は他の人(小松帯刀やグラバー)のアイデアとの説もある。その上、フリーメイソン説もある。
    まさに町田編集長の言われる通り「司馬遼太郎は小説家である」
    郷土史家の角田直一氏(倉敷市)が「代官所焼き打ち事件」で史実とは違う所を指摘したところ、「創作」である所も有る事を理解してほしいとの、丁寧な書簡をエッセイーで公開していた。
    司馬遼太郎氏の作品では「男の生き方・死に方」を描いて陽明学「知行合一」の「峠」の河合継乃助・や『世に棲む日日』、の天衣無縫の高杉晋作に魅力を感じます。もちろん、「竜馬がいく」も。
    <なぞの竜馬暗殺犯人は>
    1. 紀州藩士説
    2. 新撰組隊士説
    3. 京都見廻り組隊士説
    4. 薩摩藩説
    5. 身内・土佐藩説
    6. 中岡慎太郎説
    私は推測する。実行犯は見廻り組に今井・高橋・佐々木等だが
    「絵」を書いたのは薩摩の大久保・公家・岩倉具視で西郷隆盛の黙認ではないのか。
    彼らとっては、明治維新前後での「墓までもって行く秘密・(権力奪取の為の)が1つ増えるに
    過ぎない」
    いみじくも薩長同盟の中で「それでは長州が可哀そうではないか」と竜馬が西郷さん
    に言って同盟が成立したそうだが、西郷VS竜馬、西郷VS勝にしても図式は同じ。
    外見は形を整えたにすぎない。
    日本を焦土にしても革命をやり切る「腹」(シナリオ)は大久保・西郷・岩倉のトリオにしかない。
    高杉晋作や坂本竜馬は維新前に咲いたあだ花だったのか。そんな、ことはないだろう。
    時代が晋作や竜馬を呼び寄せたのだ。そして、江藤新平や西郷隆盛も時代が要請した
    快男児いや一里塚である。
    それにしても、竜馬は西郷・大久保・岩倉に
    >誘惑されて、捨てられて
    という、妄想を捨てられない。

  2. より:

    “竜馬”と表現したところに寓話性を示したというようなニュアンスのまえがきがあったように記憶していますが、歴史は物語になることで後世に語り継がれますからね。
    最近は学術的にあまりに細部まで調査公開されるようになってきたため、史学と歴史小説の区別がつななくなってしまったのでしょう。
    藤沢周平などのリアリティのある時代小説も好きなのですが、それら合わせても、小説は小説、されど思想やメッセージが自分を育てる大切なInputになっていることも日々感じています。
    自分の中では”竜馬”はNo.1の歴史上の人物です。

  3. 町田 より:

    >マッキー旅人さん、ようこそ。
    読み応えのある長文のコメント、ありがとうございました。
    ご紹介いただいた坂本龍馬に関するいろいろなエピソードの中には、こちらも知らない情報も多く、大いに勉強になりました。
    マッキーさんのおっしゃるように、司馬さんの書いたものは、まさに 「男の生き方・死に方」 を司馬さん特有の美意識に準じて脚色し直したもののように感じます。
    だから、登場人物たちのエッジが立ってくるわけですね。そのエッジのきらめきを、私たちは 「小説」 として楽しめばいいのだと思っています。
    龍馬の暗殺に関しても、その黒幕が誰であったか、興味の尽きない話です。
    信長の殺された本能寺の変に関しても、やはり黒幕の存在が取り沙汰されていて、公家説、天皇説、はては秀吉説まで百花繚乱。
    マンガも含め、作家の数だけ “真相” があふれ出てきます。
    >「龍馬は、西郷・大久保・岩倉に誘惑されて、捨てられて…」 というのは、十分にありえそうにも思います。
    小説というのは、そういう妄想を刺激されるから楽しいんですね。
    ブログの 「土佐の旅」 の話も楽しく拝読しました。
    中篇、後編が楽しみです。
     

  4. 町田 より:

    >雷さん、ようこそ。
    司馬さんが、『竜馬がゆく』 を書こうとしたとき、あくまでも小説であることを読者に理解してもらうために、あえて 「龍馬」 を 「竜馬」 にしたという話は、私もどこかで読んだことがあります。(たしかWikではなかったかと…) 。
    雷さんのおっしゃるように、>「小説は小説。されどそれを通じて伝えられる思想やメッセージが、読者にインプットされ、読者を育てる」 というのは、本当にそのとおりだと思います。
    歴史を語る上で、真相を記述する学問と同じように、生き方を考えさせてくれる小説は、どちらも大事ですね。
    司馬さんの描いた竜馬のようなスケールの大きい人物は、日本にもあまりいません。雷さんが 「No.1」であるとおっしゃる気持ちもよく分ります。
     

  5. ハックルベリー より:

    私は時代小説大好き人間ですが「竜馬が行く」は
    読む気がしませんでした。ただ歴史的史実を
    見ても 坂本竜馬は評価できると思いますが
    どうですか。
    (たとえば)
    薩長盟約書の裏書(朱字)の事実
    海援隊の設立 他の人物の龍馬への史実的評価等

  6. 町田 より:

    >ハックルベリーさん、ようこそ。
    司馬遼太郎さんの作品の中で、私もまた 『竜馬がゆく』 が最高傑作だとは思えないのです。いちおう読みましたけれど、『燃えよ剣』 とか、『国盗り物語』 などと比べてちょっと感動が薄かったかな…と感じています。
    NHKの 『龍馬伝』 はいかに司馬さんの 『竜馬がゆく』 のイメージと違ったものを出せるかがテーマだったという話もあり、逆にいえば、やはりそれだけ 『竜馬がゆく』 の影響力はいまだに大きいわけですね。
    龍馬の史実的評価ですが、薩長同盟や海援隊の設立も、龍馬がいなくても、もしかしたら他の人がやっていたかもしれないという気もするので、彼を歴史的にどう評価するかというのは、解釈する人次第ということになるのではないでしょうか。
    ただ、現存するいろいろな文献や手紙から類推するに、あんなに破天荒なくらい明るく振舞える人間というのは、やはり大きな魅力です。彼のスケールの大きさというのは、歴史的な業績以上に、何よりもあの明るさにあったのではないかという気もしています。
    だから、その評価が様々に分かれようが、人間としての魅力は不動だと気もしています。
     

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