桐野夏生 編 「我等、同じ船に乗り」

 
 日本の 「小説」 というのは、もしかしたら 「昭和」 で終わってしまったのではないか。
 そんな思いを強くさせられたのが、 『我等、同じ船に乗り』 (文春文庫) という本だった。
  

 
 ここには、島尾敏雄、松本清張、太宰治、谷崎潤一郎、坂口安吾などはじめとする昭和を代表する作家たちの短編が、ちょっと独特の視点を通して集められている。
 
 著名作家の作品ばかり集めたアンソロジー (選集) 自体は珍しいことではないが、この本がユニークなのは、それらの短編を選び出した 「編者」 が、桐野夏生氏であるということだ。
 つまり、この短編アンソロジーは、作家・桐野夏生が、読者として選んだ 「心に残る物語」 集なのだ。
 
 選ばれた作品は下記のとおり。 (括弧内は発表年)
 
 「孤島夢」 島尾敏雄 (昭和21年)
 「その夜」 島尾ミホ 
 「菊枕」 松本清張 (昭和28年)
 「骨」 林芙美子 (昭和24年)
 「芋虫」 江戸川乱歩 (昭和4年)
 「忠直卿行状記」 菊池寛 (大正6年)
 「水仙」 太宰治 (昭和17年)
 「ねむり姫」 澁澤龍彦 (昭和57年)
 「戦争と一人の女」 坂口安吾 (昭和21年)
 「続戦争と一人の女」 坂口安吾 (昭和21年)
 「鍵」 谷崎潤一郎 (昭和31年)
    
 桐野氏が、これらの作品を選んだ基準は何であったのか。
 
 「私の最近の好みは、 “生々しい小説” に尽きる」 と語る桐野氏は、選考の基準として、
 「作者の生理が感じられるもの、そして、どうしてもこれを書きたかったという切迫感のあるもの」
 に絞ったと 「あとがき」 に書く。
 
 「作家は、自分の生理を感じさせないように、自分という人間が出ないように粉飾する一面もある。
 それでも生理が滲み出る作家は、なるべくして作家になった人々である。
 さらに、切迫感がある小説を書ける作家は、自分をさらけ出す勇気がある。というか、自分が何と思われようと、どうでもいい人々だ」
 
 桐野氏は、そう前振りをしてあとで、
 「そんなわけで、粉飾の感じられない10人の作家、11の作品を選んでみた」
 と続ける。
 
 「…粉飾の感じられない」 という言葉を、 「リアルなものへの手応え」 と訳してみると、そこには、ある一つの共通したものが浮かび上がってくる。
 
 選ばれた作品をみると、例外はあるが、ほとんどが 「昭和」 に書かれたもので、しかも、その大半が第二次世界大戦直後に発表されたものに集中している。
 つまり、編者の桐野夏生は、 「自分がリアルなものを感じた小説」 として、日本の終戦直後に書かれたものを意図的に選んだということになる。
 
桐野夏生1
 
 第二次大戦が終結し、日本全体が焦土となり、誰もが 「生きる」 こと以外のことを考えられないような時代が訪れ、かつ日本人全体がそれまでの価値観に大きな転換を迫られた終戦直後。
 桐野夏生氏が選んだ 「自分の好きな小説」 は、みなそのような時代に生まれてきたものばかりだ。
 
 このことは、また作家・桐野夏生が、自分の創作活動の原点をどこに据えているかということも物語っている。
 結論から先に言ってしまうと、ここに集まった作品には、そのどれをとっても、どこかに 『OUT』 の雅子が潜んでおり、 『ダーク』 のミロが隠れていて、 『グロテスク』 の “わたし” が顔を覗かせ、 『魂萌え』 の敏子の後ろ姿が見える。
 
 編者・桐野夏生が、このアンソロジーのタイトルを 『我等、同じ船に乗り』 と決めたことは示唆的である。
 それは作家としての桐野夏生が、 「人間」 というものを同じ視点で眺めた先達たちと 「世界」 を共有しているという思いからだけではなく、作者たちが描いた人物像もまた、なぜか、同じ船の切符を買ってしまった人々なのである。その船が、ひたすら大海をめざす停泊地を持たない 「孤船」 であることを知りながら。
 
 とにかく、ここに集められた 「昭和の作品群」 には、圧倒された。
 「日本の小説は、昭和の時代に終わってしまったのではないか?」 という思いは、もう最初の数編を読んだだけでこみ上げてきた。
 
 私は、最近の若い作家の小説も読まないではないが、なかなか最後まで読み通したものが少ない。
 最近の小説は、文庫本でも単行本でも、活字が大きく、行間もたっぷり取られ、読みやすい構成になっているのだが、なぜか、とても疲れてしまうのだ。
 途中まで読むと、結論が見えてしまうものもあり、その結論に至るまでの残されたページの量をみると、読み通す気が萎えてしまうものも多い。
 
 しかし、このアンソロジーは、活字がびっしりとページを埋め尽くし、黒々とインクが盛り上がっているようなものばかりであったにも拘わらず、読み始めると、すらすらと進んだ。
 
 恥ずかしながら、ルビがないと読めないような漢字も出てくるのだが、それも気にならなかった。
 昔の小説は、難しい漢字が出てきても、今のように親切にルビを振ったり平仮名に直したりということはなかった。 
 それでも、何度かその漢字を見ているうちに、読み方も意味も覚えるようになったものだった。

 今回は、久しぶりに、その感覚がよみがえった。
 だから、ページの隅々にまで目を通し、細部の描写を噛みしめ、主人公の気持ちの動きを追っていくことが面白くてしょうがなかった。
 そういう経験を、最近の若い作家たちの書いたものから与えられたことがない。
 
 何が違うのだろう。
 やはり、 「戦争」 を見てしまった作家たちと、それを知らない作家たちとの違いという、ごく単純なところに行き着くほかはないと思った。
 
 「悲惨な戦争を自分で体験すれば、表現力が身につく」
 …そんなことをいうつもりはない。
 
 むしろ、 「言葉を失う」 ような世界を見て、文字どおり 「言葉を失った」 体験があるかないかの違いだろうという気がした。
    
 桐野夏生氏は、この本の前に出した 『対論集・発火点』 において、こう語っている。
 
 「私たちの言葉も教育等で得た経緯からして、コストのかかった特権階級のものなんですよね。だからアフリカやインドといったところの、ものすごく貧しい地域の言葉にもならない苦しみというものは小説家は書けない。
 だから小説を書くということは、冷たい風がビュービュー吹いているようなところでやっている仕事だと思う」 (柳美里氏との対話)
 
 戦争を生き抜いた昭和の作家たちは、一度はみな 「言葉にもならない貧しさと苦しみ」 しか残されていない場所に立った。
 彼らは、 「聖戦」 を主張した日本政府の崩壊を目の当たりに眺めながら、 「平和と民主主義」 を標榜する新しい時代のイデオロギーにも組みせず、死んでいった者たちの記憶をたどりながら、 「生と死を分けた」 ものは何かと考えた。
 
 そのとき、おそらくそれを説明する 「言葉」 などなかったろう。
 たぶん、そこは 「冷たい風がビュービュー吹いている」 場所だったのだろう。
 
 その中で、彼らは 「自分の生」 を成り立たせるものの根源を考えた。
 あらゆる価値観が錯綜していた時代だから、 「思想」 とか 「イデオロギー」 に寄り掛かることはできなかった。
 自分が生きている、…というたったそれだけの 「事実」 から、トンネルを穿 (うが) つしかなかった。
 
 だから、このアンソロジーに集められた作品からは、みなものを根元的な場所から眺めた人々のリアルな眼差 (まなざ) しが伝わってくる。
 桐野夏生氏の感じた 「作家の生理と切迫感」 というのは、まさにそのことを言っているのだろうと思う。
 
 それに比べると、 「思想」 とか 「イデオロギー」 などが死滅してしまったといわれる今の時代を生きる作家たちの方が、よほど人間をイデオロギッシュに捉えているように思える。
 あらかじめ 「人間とはこうだ」 、 「ドラマとはこうだ」 という方程式を頭の中に詰め込んで、それを機械的に消化しながら小説を書いているように感じられる。
 そういう小説は、どんな “予想外” の結末を持ってこようが、結局は 「予定調和」 の構造に収まってしまうしかない。
 
 しかし、この作品集の中に収められた人物たちは、そうではない。
 誰もが、どう転ぶか分からないギリギリの場所に立っている。
 
 それは文字通り 「生と死」 が交差するギリギリの場所であり、人間としての 「矜持 (きょうじ) 」 が保たれるかどうかというギリギリの場所であり、 「倫理」 が問われるギリギリの場所であり、 「男と女」 が間合いを取るギリギリの場所である。
 
 そして、どの作品を読み終えた後にも、必ず 「人間というのは、何をやらかすか分からねぇなぁ…」 という戦慄が身体の中をかけめぐる。
 
 不思議だったのは、これらの作品の向こう側に、必ず 「桐野夏生」 という作家が見えていたということだ。
 ときどき、みな彼女自身が書いた作品ではないか? と錯覚することすらあった。
 逆にいえば、そういう効果が生まれなければ、この種の企画は成功したとはいえない。
 
 私も、昭和の作家の書いた小説になじんできた人間の一人だと思っていたが、今回のアンソロジーに集められた11編の小説のうち、かつて読んだことのあるものは 2 編しかなかった。
 このアンソロジーが出なければ、それらの作品には一生無縁であったかもしれないと思うと、こういう企画が出てきたことは貴重なことだと思う。
 
  
参考記事 「桐野夏生 対論集 『発火点』 」
 

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