「幸せの形はひとつしかない」 という思い込みの悲劇

  
 「同調圧力」 という言葉がある。
 手っとりばやくいうと、ある集団なり組織の中で、
 “みんなと同じノリを共有しないと仲間外れにするよ”
 という、無言の圧力のことをいう。
 ちょっと前に大流行した 「KY」 ……空気を読めないヤツを排除するというような風潮が、その典型になるのだろう。
 
 こういう風潮が特に際立ってきたのは、1980年代ぐらいかららしい。
 その時代に学生生活を送っていた、作家の星野智幸さん (1965年生) は、桐野夏生さんとの対談集 『発火点』 の中で、こう語る。
 
 「80年代の華やかさの中での同調圧力として、その当時は 『イケてる男』 と 『イケてる女』 にならなきゃいけないというのがあって、その両者がベストカップルを目指さなくてはいけないという規格意識みたいなものがすごく強烈にあった。
 (学校や世間からは) どんなアイデンティティでもありだ、みたいに言われているのに、実際に公認されるアイデンティティというのは一つか二つしかない。
 だからその中で自分のアイデンティティを見つけるのはとても難しかった。
 でも脱落するのは怖いから、みな涙ぐましい努力で、無理やり自分を規格化していた」
 
 そして、このような規格から外れてしまった男の子たちは、 「アッシー君」 とか 「ミツグ君」 という役割しか与えられなかった。
 
 「アッシー君」 とか 「ミツグ君」 というような言葉は、今の若い人たちには注釈が必要かもしれない。
 アッシー君とは “足代わり” 、すなわち本命の恋人と遊んだ女の子が、帰宅する際に、家までクルマで送ってもらうためだけのボーイフレンドのことをいう。
 ミツグ君とは、文字どおり、これまた本命の恋人とは別に、女の子が食事をご馳走してもらったり、プレゼントをもらったりするためだけに付き合うボーイフレンドだ。
 
 なんだか “いい気な女の子” ばかり溢れていた時代なんだなぁ…と思われるかもしれないが、当時は、女の子の方も必死で、本命君のほかに、いかにアッシー君やミツグ君を数多く自分の周りにはべらすかということで、血のにじむような男の子の争奪戦を繰り広げていたのだ。
 それというのも、そういう 「選ばれたベストカップル」 にならなければ、人生の勝者になれないという激しい思い込みを誰もが持ち、それが同調圧力になって、当時の若者たちを狂奔させていたというわけだ。
 
シャルウィダンス1
▲ ベストカップル (?)
 
 このような、 「幸せの形はひとつしかない」 という風潮は、現在も続いている。
 勝間和代氏の著書に代表されるような、仕事において私生活においても 「他者よりぬきんでる」 というサクセスストーリーの信奉者がいまだに多いというのがそれを物語っている。
 
 「幸せの形はひとつしかない」 ということは、その幸せをつかめない以上は 「不幸である」 という意識を必ず伴う。
 現代人の不幸は、すべてが 「幸せの形がひとつでしかない」 という思い込みから発しているのではないか。
 だから、今ほど “落ちこぼれ” に対する恐怖が募っている時代というのも他にないのかもしれない。
 それが、いちばん酷 (むご) い形で、今の若者たちを襲っている。
 
 先ほど紹介した星野智幸さんと桐野夏生さんの対談は、次のようにつながっていく。
 【星野】 今の若い子たちって一人でいることにみんなすごい恐怖を感じているので、必死でどこかに属そうとする。
 【桐野】 大学に入ると、地方から来た学生たちだけでなく、誰もがどこかに所属しなきゃいけないと必死らしい。
 【星野】 今はみんな携帯電話を持っているから、声がかからないというのは地獄だ。だから、声がかかるための努力に全力を費やす。毎日がそれだけ終わっていく。もう死ぬ苦しみじゃないかと思う。
 彼らは楽しそうにやっているように見えるけれど、毎日ひたすら死なないための努力をしているんじゃないか…と。
 【桐野】 そのとおり。みんな必死に自分に悪意が向けられないようにしている。必死に飲み会をつくって、付き合おうとしている。
 それで声がかからなかったらガッカリするので、異様に気をつかっている。
 【星野】 自分とは何であって自分が何をしたいか、などと考える余裕もないし、自分の欲望に向き合おうにも、欲望を支えるエネルギーがない。
 
 しかし、この状況は、若い学生たちだけに限らない。
 定年退職を迎え、悠々自適のセカンドライフを迎えているはずの団塊世代でも同じことがいえる。
 彼らには、なまじっか 「コミュニティ」 に対する幻想があるから、定年後に、会社という “共同体” から外されたときの孤独感をひしひしと噛みしめている人が多い。
 しかし、会社以外の人的つながりを維持するスキルを持たない人が多いため、その “落ちこぼれ感” は、今の学生の比ではないかもしれない。
 
 それもこれも、みな 「幸せの形はひとつ」 という思い込みから生まれてくる。
 マスコミはサクセスストーリーが大好きだが、そこに描かれたヒーローたちが、みな似たり寄ったりのライフスタイルしか実現していないことには無頓着である。
 むしろ受け手の方が、そのような定型化した情報を求めているともいえる。
 
 最近の出版界の傾向は 「ランキング入りした本だけが売れる」 という。
 そして 「評判になった本だから読んでみる」 という読者も増えている。
 「みんなが読んでいる本だと、話題になったときもついていける」 というわけだ。
 
 ある有名大学のトップが、 「本を買う前には書評、レビューなどを検索して読むようにしている。それは、ハズレをつかみたくないからだ」 と堂々と宣言する時代になったそうだ。
 この “ハズレをつかみたくない” という不安感に、現代社会の病巣が浮き上がっているように思う。
 「効率化」 が第一義的に追求される時代では、ハズレから得るものに目配りする余裕もなくなったのだろう。
 そこにこそ “豊かさ” があるというのに。
 
 『検索バカ』 (朝日新書) という本を書いた藤原智美さんは、自著の中でこう語る。
 「隣のだれかの考えが気になる。みんなの意見や気持ちが知りたい。
 そのために、 (ネットの) 検索で空気を読む、空気を読むために検索する。
 その背景には、集団から浮く = 排除されることへの不安と怖れの感情が渦巻いている。
 (誰にも) 自分だけ目立ち、 “みんないっしょ” からはみ出すことで地雷を踏んで自爆したくない、という思いがある」
 
 誰もが同じものに感動し、同じものに涙し、おなじものを嫌い、同じものに生き甲斐を見出すという風潮こそ、人間を苦しめる最大の要因だと思う。
 
 
 参考記事 「勝間和代さん分析」
  

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「幸せの形はひとつしかない」 という思い込みの悲劇 への8件のコメント

  1. 磯部 より:

    みんな同じだと面白くないと思いますねぇ。
    私は中年なので、いまの若者の心理がイマイチよく分かりませんが、私は、常に群れない、人と違うことをめざす、個性というものに価値観を置いて生活してきましたがねぇ。
    何故不安なのか?何が怖いのか?という根本は、つまらない集団幻想だと思いますが、なにか深い暗闇のような現代の病理を感じますね?
    だって、幸せは星の数ほどありますからね!

  2. Yama より:

    町田さん今晩は。私は「幸せの形はひとつ」でかまわないと思いますよ。もちろん、その幸せのモノサシが集団成員に対して包容力のあるものであれば、という条件付ですが。
    問題は現代の幸せのモノサシが狭量・一時的なものになってきていることかと。
    お話の同輩集団圧力は、通常若い人に特段強い強制力を持って迫って来ます。しかも時代の風潮を色濃く反映して。
    例えば、①80年代の、選ばれたベストカップルにならなければ人生の勝者になれないとか、②現在の、仕事でも私生活でも「他者よりぬきんでる」のがサクセス。そのためには効率重視、という思い込みは、時代を映している。
    ①は70年代の四畳半同棲時代の社会制約から、80年代に入ると制約は一気に弛緩、かなり自由に交際相手が選べるようになった。男女間の平等・相手自由争奪競争の幕開けを前にしての集団的あせりの結果でしょう。②では、年功序列が崩壊したあとのサバイバル競争激化で出し抜かねばという当然の対応でしょう。結婚だって効率上げての婚活の時代になってしまった(笑)。
    一方、70年代までのかなり長い間の幸せのモノサシは、③いい学校でて、いい会社に就職して、結婚して、年功序列、終身雇用のもと、コツコツやっていればそれなりの生活、老後は孫の顔をみて暮らす・・・。この③のモノサシは商店主、自営業者だってまだグローバル経済になってませんでしたから、共有されていた。つまりモノサシ③は包容力があった。だれもが目指せて、それなりに遵守していれば、それなりに幸せになれる「明日が見える」基準であった。
    問題は①と②のモノサシでは皆が幸せになれないということ。そうは言っても、③が崩壊していますから、経験の少ない若者は①とか②で生きねばと同輩圧力の中で思いつめてしまう。
    逆説的ですが、誰もが同じものに感動し、涙し、嫌い、生きがいを見出しても良いのです。その同じものが、成員の多くを包み込む価値観体系であれば。しかし、手軽な物語はもう無いのかもしれません。
    物語を求めずに、
    A.持ってないものを数えるのではなく、持っているものを数える。幸せは自分が決める。~ドラマ「アラフォー」主題歌の「幸せのものさし」竹内まりあ
    B.女だから一様に結婚せねばという考えからの開放~「多様さの肯定」10月13日日経夕刊津村記久子
    の気概を持つしかないのかも。(ちょっとカッコ良すぎるかな?)

  3. 町田 より:

    >磯部さん、ようこそ、
    私も同世代人としては、磯部さんとまったく同じように感じます。
    ただ、若い人だけでなく、今や中高年にも作用してきた 「みんなと同じでなければ安心できない」 という “気分” …同調圧力というのですが、それがひしひしと自分の身辺に迫ってくるのを感じています。
    人間には 「突出して浮きたくない」 という気分と同時に、やはり 「目立ちたい」 という気分が両方あるわけですが、その 「目立ちたい」 という欲求に従ってパフォーマンスを繰り広げるとき、「周りの人間から浮きたくない」 という抑制心も同時に働くために、そのパフォーマンスが画一的になってしまうのでしょうね。
    そのため 「幸せの形」 もとりあえず、みんなが容認できるものにしておかなければマズイ…という判断も出てくるのでしょう。
    でも、磯部さんのおっしゃるとおり、「幸せは星の数ほどあること」 を、本当はみな知っているのではないかと思います。
     

  4. 町田 より:

    >Yamaさん、ようこそ。
    なかなか力のこもった、しかも奥行きの深いコメントをいただき感謝しております。
    Yamaさんがきれいに分析された論旨については、おおむね同感です。
    ただ、Yamaさんが終わりの方でおっしゃった 「誰もが同じものに感動してもよい…。ただし (そのような) 手軽な物語はもうないかもしれない」 という部分ですが、これに関しては、ちょっと異なる感想を持っています。
    実はこのブログは、09年の9月18日にアップした 『動物化する現代人』 (09/0/18) の続編のような気持ちで書いたものです。
    あの記事は、東浩紀さんの 『動物化するポストモダン』 を引用しながら、80年代~90年代に青春を送った 「オタク」 の若者たちに触れたものです。しかし、あの時、東さんの本では書かれていなかった 「オタクにならなかった若者たち」 のことが気になっていました。
    その時自分は、たぶん、オタクにならなかった若者たちは、学校や職場という社会の中に踏みとどまって、“選ばれたベストカップル” を目指す苛酷なサバイバルゲームに奔走していたのだろうと思っていたのです。
    一方、オタク化していった若者たちは、ますますネットやゲームの中で展開される 「同じ物語に感動し、涙し、生き甲斐を見出していく」 という傾向を強めていきました。そこには、Yamaさんのおっしゃるような 「成員を多く包み込む価値体系」 はあるにも拘わらず、「成員を構成する共同体」 はない…という奇妙な現象が起こっています。
    だから、「幸せの形はひとつしかない」 という考え方が是か非かみたいな “問題” の立て方は、共同体がしっかり機能している社会に通用することであって、ネット的なつながりしか持たないオタク系の人々の場合は、そういうこと自体が “問題” にはならないのではないか?
    ……これが、今とても分からないところなんです。
    また何か、考えるヒントとなるようなコメントを頂ければ幸いです。
     

  5. ミペット1号試作品 より:

    町田さん、こんにちは。
     でも、アッシー君、みつぐ君、メッシー君。っていたけどあれって、アッシー君は自動車メーカー、みつぐ君は、高級ブティック、メッシー君は外食産業のこの上ないヒモなんだよなって思うのは私だけでしょうか。
     結局、時代は繰り返されるわけで、「同調圧力」から、マーケティングが生まれて、市場開拓がなされていくわけで。でも、同調圧力が先か、マーケティングが先かは、誰にも解らない。ただ、結局は打算主義者に利用されているに過ぎないことは、今の若者も昔の若者も同じみたいですよね。

  6. Yama より:

    町田さん、長いコメントですみませんでした。お返事ありがとうございます。でもまた、好奇心が沸いてきてしまいました。
    町田さんの、実はこのブログは9月18日「動物化する現代人」の続編のような気持ちで書かれた、というお話を聞いて、なんとなく町田さんの一番の関心事に突き当たったような気がします。外れていたらごめんなさい。
    それは、東浩紀の描く「オタク」がわれわれの未来の人間像にどう影響していくか、見通せないということですか?
    東の表現する、「お気に入りのビジュアルキャラが命、世界の全て」という「オタク」概念は確かに、非常に魅力的な切り口です。私もビックリします。世の中、こんなことが進行してるのって!
    ただ、どうしようもない事実は、虚構は虚構で現実でない。虚構に耽溺はできても、虚構でメシは食えない。メシを食うためには現実に向かわざるを得ない。現実はまだまだ多くの生身の人間が社会の約束事にしたがって生きている。オタクはその約束事に同調するのは不得手ですよね。ゆえに、オタクは社会淘汰されていく。「現実」に適者ではない。
    今は、オタクの両親が経済的に支えていてくれても、その両親も亡くなる。オタクは経済的に弱者、繁殖できない。耽溺するキャラとはもちろんできない(笑)。
    オタクは、多数派には成りえないので、社会を変える勢力として、あまり深刻に憂う必要はないと思います。
    番狂わせは、オタクが、いくばくかの情報知識を活かして自活する術を見出したときでしょうが、ITの世界もそんなに甘くないでしょう?
    もっと未来、人間がまったく働かなくとも食べていけるような豊かな社会になれば、社会の成員が全員虚構の世界に耽溺するオタク世界出現は可能でしょうが、私たちの時代にはないですよ。それは。

  7. 町田 より:

    >ミペット1号@試作品さん、ようこそ。
    いやぁ、まったく面白い分析ですね。その通りだと思います。
    80年代的消費構造というのは、まさにアッシー君、ミツグ君、メッシー君らによって、カーメーカー、服飾・宝飾メーカー、外食産業が潤っていたというわけですね。
    その通りかもしれません。
    ただ、基本的に 「同調圧力」 によって開拓される市場というのは、大量生産・大量消費を前提にしたマーケットなので、それ自体が、資源の有限性と環境を考慮しなければならない21世紀型マーケットには合わないようにも感じます。
    不況の時代に、各産業がいまだに 「同調圧力」 に頼るマーケティングに終始していると、新しい産業の掘り起こしもできないのではないかとも思うのですが…。
    それにしても、ミペットさんの意見はとても面白かったです。
     

  8. 町田 より:

    Yamaさん、またのお越し、ありがとうございます。
    ずばり、当たり! ですね。確かに大きな関心事のひとつです。
    Yamaさんのコメントに書かれた最後の部分、 > 「もっとも未来、人間がまったく働かなくても食べていけるような豊かな社会になれば…」 という部分なのですが、きっとYamaさんもご存知なのではないかと思うのですが、東浩紀さんが最近注目されているのは、 「ベーシック・インカム」 という視点です。
    これは、年齢や所得などの制限がなく、国民全員に定期的な現金給付を行い、「まったく働かなくても、とりあえず生存は確保される」 社会をつくろうという思想を指す言葉なのだそうです。
    そしてこのベーシック・インカムという思想は、ラジカルな市場主義者とラジカルな社会主義の両極から支持されているとか。
    東さんは 「市場主義者には究極の 『小さな政府』 に映り、社会主義者には逆に究極の福祉国家に映っている」 といいます。
    このベーシック・インカムが導入されると、むろん税は高くなるわけですが、しかし代わりに社会保険料はなくなるし、行政コストも下がる。ある試算では日本で導入した場合、所得税一律45%で、ひとり月8万円の給付が可能になるとのこと。
    このような思想が、どれだけ実現性が高いのかどうか分かりませんが、もし実現に至る道を歩み始めれば、 > 「虚構ではメシを食えない」 オタクたちが、仮に、その両親が死んだ後でも生存できる可能性が出てくるということですよね。
    東さんは、そのベーシック・インカムという思想は、 「働かざるもの、食うべからず」 という近代社会の原理そのものを回避する思想だとして、とても惹かれているとおっしゃっています。
    近代国家は労働者を育てるために作られた組織で、自由主義も社会主義も、その前提は変わらないけれど、東さんは、この考え方に、人間の生存の新しい形をイメージしているようにも思えます。
    それがいいことかどうか、今の私にはよく分かりません。でも世の中は面白い方向に動いているのは事実です。
     

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