よこはま・たそがれ

  
 私のような “東京人” にとって、横浜という街は、日本の中の異国に思える。
 大阪でもなく、神戸でもなく、東京にいちばん近い横浜に、なんか「外国」を感じてしまう。
 といっても、それは「みなと未来」のような観光エリアが整備される前の、もっと暗くて淋しい時代の横浜のことだ。
 
 この感じを、どう表現したらいいか。
 たとえば、異国情緒あふれた外人墓地とか、中華街、あるいは氷川丸が浮かぶ山下公園を指して、
 「これ、外国だよね」
 とかいうんだったら、誰でもがすぐに納得してくれると思う。
 

 
 でも、私が感じる横浜の「外国」というのは、それとはチト違う。
 もうとっくになくなった「BUND HOTEL」の、あのそっけなく淋しいネオン文字。
 山下公園から本牧ふ頭まで伸びる、やたら車線が広いのに、夜になるとほとんどクルマが通らなくなるぶっきらぼうな産業道路。 

 伝説のバンド「ザ・ゴールデン・カップス」がライブを行っていた「ゴールデンカップ」のある本牧あたりの奇妙なにぎわい。
 本牧は、田舎町じみた鈍くささも漂う町だったが、それが逆に、強烈なアメリカンテイストの輝きを見せる不思議な味わいを秘めていた。
 東京の福生にもこんな匂いがあったが、本牧は、福生よりも遊んでいる日本人たちに、洒落た不良っぽさがあった。
 
バンドホテル01
 
 余談だが、今でもザ・ゴールデン・カップスは、日本人では最高のR&Bバンド(グループサウンズではなく)だと思っている。
 2年ぐらい前、新宿のバーで、彼らのおっかけをやっていたというマスターから、R&Bのカバーばかり集めたオリジナル音源によるCDを聞かせてもらったことがあったが、聞いているうちに鳥肌が立った。 
 本牧に対する愛着というのは、たぶんに彼らの存在が影響しているのかもしれない。

 「ストリート」という “線” で見ると、横浜の街は、意外とあか抜けないのだけれど、“点” としてみると、とんでもなく洒落た店や建物が、ときどきポツンと出現してきて、ハッとする。
 そういう “点” が、うっすらと暗いストリートに、いくつも散らばって見えるところに、この街独特の風情があった。
 
 4人乗りの小さなクルマに5人ぐらい押し込んで、仲間と一緒に、はじめて夜の横浜を走ったときに感じた、あの街の不思議な味わいは、いまだに脳裏から離れない。
 東京の夜に比べると、圧倒的にとぼしい明かり。
 いしだあゆみの歌った「ブルーライト・ヨコハマ」なんて、嘘っぱちだと思った。
 深夜の元町は、どの店もシャッターが下りて、ゴーストタウンのようだったし、山下公園の前の通りには、クルマの姿もほとんど見えず、「旧ニューグランドホテル」は、撮影を終えた映画のセットのように、静まり返っていた。
 
 深夜になっても雑踏の絶えない、新宿・歌舞伎町あたりで遊んでいた私からすると、横浜の静けさが、もう「異国」だった。
 
 カーラジオから流れていたマル・ウォルドロンが奏でる「オール・アローン」が、人気のない車道を、明け方の冷気のように浸していき、横浜でナンパしようなどと息巻いていた東京のお坊ちゃんたちの熱気をあっけなく冷やした。
 
 でも、そんな横浜の不思議な暗さと淋しさが好きになり、その後、一人でもよくクルマで走った。
 東京の繁華街に比べると、圧倒的に暗い横浜のネオンにも慣れた。
 そして、横浜の暗さというのは、その闇の奥に、ヨソ者には探すことのできない「明かり」を隠した暗さなんだということも分ってきた。
 
 東京の夜の平板な明るさに比べ、横浜の乏しい明かりには、奥行きがあって、女の甘い吐息や、暴力の匂いが隠されていて、そこには、ちょっとすえた匂いを放つ詩情があった。
 もう30年以上も前の話だ。
 
 今の横浜は明るい。
 誰でも健康的に遊べる普通の街になった。
 「すえた匂いを放つ異国情緒」は姿を消し、ただの「異国情緒」だけが残った。
 
 それでも、イメージの中に刻まれた、昔の横浜の、ちょっと鈍くさい「暗さと淋しさ」はいまだに記憶の底から、ときどき蘇ってくる。
 五木ひろしの歌う『よこはま・ たそがれ』を聞くと、その想いが強くなる。
 

 
  
横浜ネタ 「まち散歩2」
  
 

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よこはま・たそがれ への2件のコメント

  1. 磯部 より:

    当時の横浜のことをよく捉えていますね、町田さんは。その乏しい明かりに吸い込まれるように、私は飲んで踊って、いろいろ危ない目にも遭いました。
    当時は、町田さんの言われるようにホント、横浜はキケンでした。でも、それを押しのけても遊ぶのが、浜っ子なんです。世間ってそういうものとしか思わなかった、その頃の私の感想です。
    いまは、みなとみらいをはじめ、バッチリ右京っぽいんですが、やはり深夜になるとなんだか怪しい雰囲気はありますよ。
    自分が生まれ育った街ですが、いまだに掴み切れていない何かを感じます。

  2. 町田 より:

    >磯部さん、ようこそ。
    ハマッ子の磯部さんから、「当時の横浜のことをよく捉えている」 などと言われると、くすぐったいようなうれしさを感じます。
    でも、あの時代、東京から横浜に遠征することは、ささやかな冒険でもあり、刺激的な楽しみでもありました。
    この前、「横浜って、やっぱり東京とは違う」 っておっしゃっていましたね。
    最近の横浜はあまりよく知らないんです。
    キャンピングカーの中の酒盛りもいいけれど、一度今の横浜も案内してもらいたいな…とも思います。
     

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