日本の都市から消えた “裏町”

 
 高速道路は上りも下りも、帰省ラッシュ、Uターンラッシュのピークといわれる金曜日から土曜日にかけて、キャンピングカーで温泉旅行を楽しんできた。
 
 目的地とした温泉近くにあるキャンプ場に、キャンセルで空いたサイトはないかと探してみたが、さすがにお盆の最盛期は満杯 …… と思いきや、ネットでみると、「余裕あり」の表示。
 しかし、溜りに溜まった家の雑事をこなしていると「出発が夜になりそう」というカミさんの判断で、キャンプ場はあきらめ、高速道路の「SA 車中泊」をもくろむことにした。
 
 高速に乗ってからも意外と渋滞はなく、仮眠の目的地とした SA も、トラック用駐車スペースの奥の方はがら空き。
 他のクルマから離れた一番すみっこのスペースにクルマを止め、売店で売っていたコロッケや焼きシュウマイをサカナに、深夜の祝宴を始めた。


 
 網戸の付いた窓を全開にして、天井のベンチレーターを回すと、かなり涼風が車内に舞い込んで、意外と快適。
 この日は湿度が低かったことが幸いしたのかもしれない。
 
 ラジカセのボリュームを小さくしぼり、外に音が漏れないようにして、音楽を聞く。
 (いまだにテープで音楽を聞いているのだけれど、我が家の持ち出し用音楽ソースの大半が、今もって CD から落としたテープなのだから、これは仕方がない)
 
 最初はケミストリーとか、ミーシャとか、山崎まさよしなんかを聞いていたけれど、そのうち飽きてきて、竹内まりや、上田正樹、はっぴいえんどと、どんどん古い時代に遡行していく。
 三橋美智也、橋幸夫、守屋浩、美空ひばりあたりになってくると、酔いも回って、歌に対する思い入れも高まってくる。
 
 三橋美智也の「哀愁列車」、「夕焼けとんび」。
 守屋浩の「僕は泣いちっち」。
 美空ひばりの「リンゴ追分」などを聞いていると、そのテーマは「都会と田舎」だということに思い至った。
 
 大都会に出て、故郷をなつかしむ歌。あるいは、田舎に残された家族や恋人が、都会に出て行った人間の安否を気づかうような歌。「望郷ソング」というのだろうか、都会と田舎に引き離された者たちの、相手を慕う心情とか、残された者の未練をテーマにしたものが多い。
 
 これらの歌が流行った時代というのは、若者人口の流動化が巻き起こった時代だった。
 急成長を始めた大都市圏の製造業が、労働人口の不足を地方の若者たちに求めたせいで、集団就職などという形で、地方の若い労働力が急激に都市に集まるようになった。
 それに伴い、農村の閉塞性を嫌った若者たちが、都市にある解放性を求めて、田舎を出るようになった。
 
 こういう地鳴り現象のような若者人口の流動化が、日本の歌謡曲を発展させる契機になったと思う。
 
 うちのカミさんが、幼い頃の思い出話を語る。
 家の隣りに、お菓子工場の寮があり、夕方になると、工場で働いていた若者がその寮の自分の部屋に戻り、みんな一斉に窓を開けて、ラジオを聞き始めるというのだ。
 その光景を、幼い頃のカミさんはずっと見ていて、そのラジオから流れる歌を、自分もまた覚えたのだという。
 
 あの時代の歌が、耳で聞いただけで、歌詞もメロディもすぐ覚えられるように作られていたのは、ラジオで聞く音楽だったからだろう。
 今のように、パソコンからダウンロードする手段もなく、テープレコーダーのような家電もなく、レコードは高価で、ギターも普及していない時代に、歌を覚えるのは、ラジオから流れる曲を「身体」で覚えるしかなかった。
 
 そういう身体的な「覚えやすさ」が、この時代の歌謡曲の市場的ニーズであったから、ヒット曲ともなれば、誰もがすぐに歌える国民歌謡になった。
 
 それに比べると、最近の J ポップは、本当に覚えづらい。
 再生装置の高度化にともない、音楽も複雑になったとしか思えない。
 私らからみると、今の J ポップは、幼い頃から音楽環境が整えられ、様々な再生装置や楽器などに囲まれて育った音楽エリートたちの歌のように聞こえる。
 
 カミさんと昔の音楽について語っていて、もうひとつ発見したのは、「裏街」と「場末」の消滅。
 西田佐知子の「裏町酒場」という曲を聞いていたときのことだが、私が、「この曲いいねぇ」といったとき、カミさんは、「今の若い人たちに “裏町” なんていう言葉は通じないのではないかしら」という。
 日本の都会から、急速に「裏街」とか「場末」とかいう空間がなくなった、というのである。
 

 
 言われてみると、そのとおりである。
 「裏町」というのは、メインストリートから一歩引いた場所にある、まぁ、常連客しか来ないようなスナックとか、居酒屋とか、パチンコの景品換金所とか、歓楽街的な要素を持ちながら、 “ちょっとさびれた” 、とか、あるいは “どこかいかがわしい” 、さらに “ちょっぴり危険な” … 風情を漂わす一角のことを指す。
 
 いわば秘密の匂いのある場所。男と女の愛憎劇や、カネをめぐるトラブルなどが渦巻いていそうな場所というニュアンスがある。
 そういう場所が、確かに今の都会から姿を消しつつある。
 
 「場末」も同様。
 文字通り、都会のにぎわいからちょっと取り残された辺境の一角。
 デパートや高級ブランド店の姿が見えなくなり、あまりお客が来ないだろうな … と思わせる、わびしいスナックや飲み屋がぽつりぽつりと建ち並び、厚化粧の怪しげなオバサンに、「お兄さん寄ってかない?」と声かけられそうな場所のことだ。 
 
 酒で気分転換をしようと思ったとき、私は快適なリゾート的空間で飲むよりも、チープ感漂う場末の飲み屋の方が心地よいと思うたちなので、「裏町」とか「場末」は、ずっと自分のホームグランドだった。
 
 昭和の歌謡曲は、この「裏街」とか「場末」で聞くと、ほんとうにじんわりとした気分に浸されるものが多かったが、そういう場所が、いつの間にか視界から消えつつあるという指摘は寂しかった。
 
 「裏町」の消滅が始まったのは、いつ頃からなのだろうか。
 たぶん、土地高騰神話が生まれ、都会に地上げ屋が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)した80年代バブルの頃からだと思う。
 
 いかがわしい「裏町」が姿を消し、代わりに姿を現したのは、コンビニだったり、ショッピングモールだったり、ファミレスだったり、駐輪所だったりした。
 昔ながらの「裏町」や「場末」として残っている場所も、よく見ると、若者にも入りやすいような改装が密かに施され、「レトロ」や「昭和風味」を堪能できるテーマパークのようになっていった。
 
 ビジュアル的な古めかしさは残されても、その中味は、安全で、快適で、合理的なシステムによって支えられ、いわば新横浜に出現した「ラーメン博物館」のようなものになったわけだ。
 新宿のゴールデン街などは、そういう流れの中で生き残るようになったと思う。
 これらの「裏町」の消滅と、日本の思想空間におけるモダンからポストモダン的な移行が、パラレルな関係にあるというのも面白い。
 
 デパートや高級ブランド店が建ち並ぶ、 “表町(?)” と、 “裏町” が並存した時代というのは、いわばカルチャーとサブカルチャーが両立した時代。
 
 その頃の思想的言説も、「表層」と「深層」(岸田秀的な精神分析論)、あるいは「中心」と「周縁」(山口昌男の文化人類型アプローチ)という二元論で物事を考えていく思想が主導的であったが、表町と裏町のフラット化が進行する度合いに応じて、「表層 vs 深層」やら「中心 vs 周縁」 的な二元論も力を失い、「表層」「深層」「中心」「周縁」「近代」「脱近代」などが地続きにフラット化するとりとめもない言説空間が生まれるようになった。
 
 … と、そんなことを考えているうちに、カミさんはベッドメイクもせずに、ダイネットソファに置いた枕に頭を乗せて、サイドソファに足を伸ばしたまま、高いびき。
 
 1人でマグカップに氷を落とし、深夜になっても SA に入ってくるクルマのヘッドライトを遠くに眺めながら、ジンロの生茶割をのんびりと飲んだ。
 西田佐知子がけだるく歌う「裏町酒場」や「東京ブルース」が無類に心地よかった。
 今や私が「裏町」の気分を取戻せるのは、町とはまったく縁のない、この自分のキャンピングカー空間だけなのかもしれない。
 
PS この記事をUP後の18日に、赤の’57さんより、小倉に残る「裏町」を紹介する画像と記事のトラックバックをいただきました。「裏町」の雰囲気を知りたい方はぜひ (↓)
 http://mk7054.blog.hobidas.com/archives/article/83488.html
 
 
参考記事 「都市と消費とショッピングモール」 
 
 
 

カテゴリー: 旅&キャンプ   パーマリンク

日本の都市から消えた “裏町” への4件のコメント

  1. 赤の’57 より:

    裏町、小倉には残ってましたね~。

  2. 路地裏

    東京へ帰る夜行バスの出発が30分遅れそう…という連絡がバス会社から入り、ちょっと小倉駅の近くを散策しました。 (8月14日の話です。) この上下の写真は小倉駅から歩いて0

  3. 赤の’57 より:

    うまくトラックバックできませんでした…。
    http://mk7054.blog.hobidas.com/archives/article/83488.html

  4. 町田 より:

    >赤の’57さん、ようこそ。
    トラックバックありがとうございました。昔ながらの風情がそっくり残された小倉の画像堪能しました。
    行ってみたいですねぇ。こういう街のたたずまいも好きです。
    昔、小倉のフツーの中華食堂で食べた長崎ちゃんぽんがとても美味しくて、いまだにその味が忘れられません。
    いい街です。
     

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">