丸谷才一 「樹影譚」

 
樹の影06
 
 村上春樹の 『若い読者のための短編小説案内』 (文春文庫) には、6人の作家の六つの作品が紹介されている。
 そのなかで、自分が読んだことのある作品は 『水の畔り』 (吉行淳之介) だけだったが、この中に収録された作品の中で、他に読みたいと思った作品が二つあった。
 ひとつは庄野潤三の 『静物』 (これについては、このブログでも書いた) 。
 もうひとつは丸谷才一の 『樹影譚 (じゅえいたん) 』 である。
  
 どちらも、村上春樹によると、 「奇妙な謎に満ちた作品」 ということになる。
 つまり、サスペンス小説でもなく、ホラー小説でもないのに、どこか読者にザラリとした異次元の空気を浴びせる作品といえばいいのかもしれない。
 
 たとえていえば、人々が平和な暮らしを続ける静かな町の昼下がり。その表通りを、一瞬だけ、得体のしれない黒い影が横切るのだが、それに気づく住人は誰もない…といったような趣 (おもむき) 。つまり、感じる人には 「恐さ」 が伝わるけれど、感じない人には 「のどかさ」 しか見えない。 
 庄野潤三の 『静物』 という小説は、まさにそのような小説だった。
 
 丸谷才一の 『樹影譚』 (文春文庫) からは、もう少しはっきりとした 「恐さ」 が伝わってくる。
  
 もちろんこの作品にも、幽霊のようなたぐいは何も出てこないし、主人公が危険な目に遭うわけでもない。
 にもかかわらず、クライマックスが近づくにつれ、主人公を取り巻く闇がじわじわっと濃さを増し、世界が暗転していくような不安感が増長される。
 

 
  たぶん、村上春樹という小説家は、 「何も起こらないことの恐さ」 というものをよく知っており、またそういうものが好きなのだろう。彼の初期小説などを読んでも、そういう作品が多いような気がする。

 言葉を変えれば、 「ホラー小説未満」 でありながら 「ホラーを超えたもの」 といえるようなものかもしれない。
 彼が紹介する丸谷才一の 『樹影譚』 という小説は、この 「ホラー未満でありながら、ホラーを超えた話」 の典型といってもいい。

 話の筋をかい摘んで紹介すると、次のようになる。
 
 小説家である主人公は、昔から 「壁に映る樹 (き) の影」 に異様に惹かれるものを感じている。
 しかし、そういう嗜好がどうして自分に芽生えたのか、いくら考えても主人公にはその理由が見つからない。幼少期に、そういう光景に強く魅せられたことがあったのだろうかと思うのだが、うまく思い出すことができない。
 
 ある日、主人公のファンであると名乗る老婆から、 「一度お目にかかりたいので、自分の家を訪ねてほしい」 という依頼の手紙が来る。
 主人公がそこに出向くと、重々しい造りの旧家の座敷に、不思議な老婆が座っており、話しているうちに、彼はその老婆から自分の出生の秘密を明かされる。
 
 そのことによって、主人公が 「壁に映る樹の影」 に魅せられる本当の理由も明らかになる。
 
樹の影07
 
 …というのが、おおまかな筋なのだが、実はこの話はもう少し複雑な構造になっていて、老婆の元を訪れる作家というのは、実は、最初に登場する作家が書いた 「小説の中の主人公」 なのである。
 (村上春樹は、この作品の複雑な構造に面白さを感じており、それへの言及が多いがこのブログでは省く)
 
 私が面白いと思ったのは、現実の作家と、小説の中の作家が入れ替わったあたりから、徐々に 「現実」 と 「物語」 を隔てる境界がかすみはじめ、 「明るさ」 の中に 「闇」 が、 「合理」 の中に 「非合理」 が、 「近代」 の中に 「前近代」 が、コップの水に垂らしたインクのように広がっていくところである。
 
 主人公が老婆から聞いた出生の秘密というのは、老婆の仕組んだ壮大な芝居かもしれないし、もしかしたら、老婆が語っているのは、自分とはまったく別人である可能性もある。
 
 そういう懐疑が成立する余地を残しているにもかかわらず、主人公と一緒になって老婆の屋敷に足を踏み入れた読者は、それまで当たり前のものとしてなじんできた近代的で合理的な世界がずぶずぶと溶解し、そこから土俗的な因習に満ちた前近代の闇に包まれた日本がふわりと浮上してくるのを見つめることになる。
 
 その鮮やかな場面転換は、村上春樹も認めているし、文庫本の解説を書いた三浦雅士も認めている。
 
樹の影01
 
 このような劇的な場面転換がなぜ生まれたかというと、やはり構成がうまいのだ。
 丸谷才一は、ホラー小説に登場しそうな怪しげな屋敷に住まわせた老婆に、ホラー風味のボールをびゅんびゅん放らせる。
 しかし、それをことごとく小説家である主人公に打ち返させる。
 
 つまり、主人公は、すでにその老婆を 「狂人」 と断定しているから、老婆が何をしゃべろうが動揺することがない。
 その老婆が、主人公の出生の秘密をまことしやかに語り始めたとしても、彼はそれを妄言・虚言と捉え、すべてに対して、余裕を持って合理的な反証を加えていく。
 
 ところが、どんなに反証を加えようが、反証しきれないものが残る。
 それが、 「樹の影」 にどうしようもなく惹かれる自分の性癖だった。
 
 その性癖がどうして芽生えるようになったか。
 
 老婆は、ある実験装置を使って、ついに主人公にそれを見せるのである。
 主人公の心をなごませるものだった 「樹の影」 が、逆に主人公のアイデンティティを揺るがすものへと反転していくときの恐さが、そこで浮かび上がってくる。
 
樹の影0001
 
 実は、私個人も 「壁に映った樹の影」 というものが大好きで、デジカメを肩にかけて散歩などしていると、無意識のうちに樹の影を撮っている。
 
 なぜ、壁に映る樹の影にこんなに魅せられるのか。
 それが自分でも分からない。
 ただ、家の外壁や塀に樹の影が映っていると、カメラを持っている限りは必ず撮る。
 私にも、秘められた出生の秘密でもあるのだろうか?
 
樹の影06
  
  

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丸谷才一 「樹影譚」 への6件のコメント

  1. ムーンライト より:

    亡くなった父の本棚には丸谷才一の本がたくさんありましたので、『裏声で歌へ君が代』とか『たった一人の反乱』など結構読んでいるのですが『樹影譚』は読んだことがありません。
    探してみましょう。
    そうそう、丸谷才一の随筆集に『どこ吹く風』というのがあります。
    どこにもこんなタイトルの随筆は含まれていないのですが、
    言いえて妙だと思います。
    風と言えば、気楽で美味しい洋食の「そときち」が店名が変わって
    「そよいち」になりました。
    http://sotokichi.blog36.fc2.com/blog-entry-140.html
    人形町一丁目の横丁に吹くそよ風という意味だそうで。
    風って、魅力的な言葉ですね。
    今度出版なさる本のタイトルの件ですが。
    『風を探して、南へ北へ。~日本のキャンピングカーの歴史~』というのは如何でしょうか?
    平凡でしょうかしら・・・バイクみたいかしらね・・・
    答えは、風の中にあるのではないかと思うのです。
    もう、きっと町田さんの心の中にあると思うのです。
    「資料」にしても、編集の切り口によって大きく変わってくるんじゃありませんか。
    「町田編集長が編んだ資料」には「風」という言葉がお似合いだと思うのですが・・・。

  2. ムーンライト より:

    「日本のキャンピングカーの歴史」をメインタイトルにというのは如何ですか?
    ズバリと。
    キャンピングカーについの本を検索する方もいらっしゃるんじゃないかと思うのです。
    メインタイトルの方が検索でヒットしやすいんじゃないでしょうか?
    タイトル。難しいですね。
    なかなかコレといったものが浮かびません。
    何かヒントはないかと「キャンピングカースーパーガイド2009」を再読しました。
    巻頭特集、二つともいいですね~。^^
    「風」「夢」「未来を拓く」・・・

  3. 町田 より:

    >ムーンライトさん、ようこそ。
    『風を探して、南へ北へ』 というタイトルは素晴らしいです。ムーンライトさん、ありがとうございます。
    これを今回の 『日本のキャンピングカーの歴史』 という資料のタイトルに使わせていただくかどうかは別として、絶対どこかで必ず使わせてください。
    イメージはふくらむし、韻を踏んでいるし、飄々とした風情があって、爽やかだし、キャンピングカーの旅を表現するにはピッタリですね。
    必ず何かに使います。そのときは、ムーンライトさんの発案だということも明記します。
    実際、風は大好きなんです。この世で一番好きなものは「夏の木陰に吹く風」です。
    「そよきち」に変った「そときち」も1度訪ねてみることにいたしましょう。
     

  4. 町田 より:

    >ムーンライトさん、二度目のコメントありがとうございます。
    「日本のキャンピングカーの歴史」 というのをメインタイトルにするかどうか、実は、前から迷っておりました。
    しかし、いいヒントをいただきました。
    「風」 「夢」 「未来を拓く」 。
    これをうまく組み合わせると、何か浮かんできそうですね。
    『夢を求めて未来を拓いた人たち』 とか。
    『 “風” に答を求めたクルマの物語』 とか。
    いつも刺激的なヒント、ありがとうございます。
     

  5. ムーンライト より:

    丸谷才一の随筆集『どこ吹く風』に
    「今井田理論とは何か」という文章があります。
    お読みになったことはありますか?
    雑誌「ミセス」の今井田勲氏は、丸谷氏が推す戦後の雑誌の四大編集長のお一人なのですが、丸谷氏は随筆の中でこの今井田氏の言葉を紹介しています。
    「プランはみんな、人から貰ったものでしたね。
    でもね、どんな名企画だって、編集長が採用しなければ消えてしまうものなんです。
    おれが採用したから、プランが日の目を見た。
    だから、おれは偉い。
    さう思ふから、編集長なんてこと、やってゆけるんですよ」
    そういうものですか? 町田編集長?
    この今井田理論でいくと、
    私が考えたタイトルの評判が良かったら、編集長が偉い!
    評判が悪かったら、編集長が・・・
    ということで・・・(笑)
    もし、「そよいち」さんへいらしたら、
    札幌在住の大木さんのファンからの紹介と仰ってください。
    大盛りになるかどうかは分かりませんけど。^^

  6. 町田 より:

    >ムーンライトさん、ようこそ。
    いちおう 「編集長」 という肩書きですが、他に編集員がいないので、仕方なく 「長」 を名乗っている私です。だから、まぁ、おっしゃるとおり、タイトルの良し悪しの責任はいずれにせよ、1人で背負うことになりますね。
    しかし、ムーンライトさんの提案は秀逸です。これは成功するタイトルにひとつになるでしょう。
    「今井田理論」 の話は初めて知りました。ムーンライトさんの博識ぶりには驚くばかりです。
    ただ、丸谷才一という作家の名は、彼が旧制新潟高校時代の同人雑誌 『秩序』 (1957年刊)に発表した 『エホバの顔を避けて』 という小説で知りました。もう50年前の作品ということになります。
    なぜか、その雑誌が家に残されていたんですね。
    それを読んだのは、中学生ぐらいだったかもしれません。紙も印刷も保存状態も悪かった雑誌にもかかわらず、けっこう面白く読んだ記憶があります。
    ただ、そのとき今のような高名な作家になるとは思いもしませんでした。
    その後 『笹まくら』 という小説で人気作家の仲間入りをして、「へぇー、あの人が!」 とびっくりした記憶があります。
    彼の処女作が載った 『秩序』 という同人誌はひょっとしてわが家のお宝になるのかもしれません。
    「そよいち」 さんに行ったら、「札幌の大木さんのファンからの紹介で」 と告げることにいたしましょう。大盛りを期待して…。
     

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