オスマン・トルコのメフメト2世

 
“コンスタンチノープルの陥落” に対する
塩野七生とスティーブン・ランシマンの立ち位置
 
 
 塩野七生さんの 『ローマ亡き後の地中海世界』 が面白い!
 中世の地中海を舞台にした海賊たちの話だ。
 こういう本が好きなのだ。
 
 思えば、去年の今ごろも、ブログのテーマは塩野さんの本だったように思う。
 彼女の著作には、“広大な拡がり” が感じられる。
 心が鳥になって上空に舞い上がり、空の上から地平線や水平線を眺めるという、のびやかな開放感が得られる。
 そんなわけで、久しぶりに塩野さんの本を紹介したいと思うけれど、今日はその中でも自分のお気に入りの一冊。
 『コンスタンチノープルの陥落』 について。
 
イスタンブール001
 
コンスタンチノープルの陥落
 
 トルコのイスタンブール市が、まだ 「コンスタンチノープル」 と呼ばれ、ギリシャ正教を唱えるビザンチン帝国の首都だった時代があった。
 15世紀に、それを当時のオスマン・トルコ帝国が攻め落とし、コンスタンチノープルは、やがてイスタンブールと名を変えて、トルコの首都として今日に至る。
 
 このコンスタンチノープルの陥落について専門的に書かれた読み物として、現在日本語で読めるものでは、塩野七生氏の 『コンスタンチノープルの陥落』 (新潮社) と、スティーブン・ランシマンの 『コンスタンチノープル陥落す』 (護雅夫訳 みすず書房 在庫切れ) の二つを読むことができる。
 
コンスタンチノープルの陥落001 コンスタンチノープル陥落す001
▲ 塩野七生 著    ▲ ランシマン 著
 
 塩野版は物語調で書かれ、ランシマン版は学術レポートのような文体で描かれているが、両者とも臨場感に富んでいて無類に面白い。
 ただ、小説のような構成を取る塩野版に比べ、年代記的に記述を重ねていくランシマン版の方は、前半がやや退屈である。
 特に、トルコによる包囲が始まるまでの、ビザンチン側とトルコ側がそれぞれ抱えていた政治上の問題点などを詳述するところは、わざわざ 2章も割く必要があるのかと思えるほど冗長に感じられる。
 
 しかし、ランシマン版では、その “退屈さ” が、実は包囲戦が始まる前の緊張感を高めるための伏線になっていることも見逃せない。
 
 コンスタンチノープルという都市が置かれていた状況。
 オスマン・トルコという国家の成り立ち。
 そういうものを解説しながら、包囲戦が始まる前に、トルコ側がどういう準備を進めていたか。
 また、それを察知して、ビザンチン帝国側はどのように対応したか。
 いさささか学術解説書的な叙述ではあるが、読者はその経緯を知ることによって初めて包囲戦の意味を理解し、「これからスリリングな事件が始まろうとしている」 という実感をつかむことができる。
 
コンスタンチノープル城壁001
▲ 難攻不落を誇ったコンスタンチノープルの3重の城壁
 
物語性の強い塩野版
 
 一方、塩野版は、最初から映画や小説を思わせるようなエンターティメントの華やかさに読者を包み込んでいく。
 調査報告書のようなランシマンの記述と違い、塩野版においては、包囲戦が始まる前の状況は、すべて複数の登場人物の目によって、カメラがとらえた画像のように紹介される。
 
 語り部として登場する人間は、実にさまざまだ。
 コンスタンチノープルに神学を学びに来た西欧の留学生。
 その町に居留して交易を営む商人。
 あるいは、イスラム教徒の反乱軍を鎮圧するためというスルタンの援軍要請を受けて馳せ参じ、現地に着いてから 「コンスタンチノープル攻略」 の意図を知らされて戸惑うキリスト教騎士団の隊長。
 そしてスルタンの私生活を目の当たりにしてきた小姓。
 
 章が変わるごとに、異なる立場にいる人間が、それぞれ 「ボスポラス海峡を挟んで、トルコ帝国とビザンチン帝国の間に何が起ころうとしているのか」 を語り始める。
 
 しかし、彼らによるレポートがあまりにも具体的なために、かえってそこで展開される話が、実話ではなく、作者の想像の産物に過ぎないのではないか … という気分にさせてしまう。
 もちろん最終章で、ここに登場した人物が、実はこの戦いの 「記録」 を残した人たちであることが判明する。
 その時点で、読者は 「なるほど!」 と膝を打つ。
 
 それでも前半に受けた 「つくり話っぽい」 印象までは解消しきれない。
 塩野七生氏は、おそらく映画 『アメリカン・グラフティ』 に出てくる最後のテロップのような効果 … すなわちエンドタイトルともに、若者たちの10年後の生活が解説され、ベトナム戦争で死んだ人間なども紹介されて観客がしんみりした気分になる … という効果を狙ったのかもしれないが、この本ではむしろ、登場人物たちが記録を残した人であることを先に出すべきだったろう。
 
 … とはいえ、この 2冊は面白さの性質がそれぞれ違うので、結局両方読むのが一番ということになる。
 
メフメト2世の描き方で分かる作家たちの狙い
 
 ランシマンと塩野七生の最大の違いは、メフメト 2世の描き方に表れている。そこに 2人の作家の生まれた風土、文化、歴史観の違いを見ることもできるかもしれない。
 
メフメト2世肖像
▲ トルコ史ではあまりにも有名なメフメト2世
 
 コンスタンチノープルが陥落するという事件は、メフメト 2世という、21歳のたったひとりの若者の野心によって引き起こされた。
 
 この出来事が衝撃的なのは、その若者が、当時の西アジアで最強国家であったオスマン・トルコの専制君主として、数百万という人々の生殺与奪の権利を意のままに握っていたということに尽きる。
 1000年の歴史を誇り、当時は世界で最高の文化を持った大都市 (コンスタンチノープル) が、ひとりの青年のきまぐれによって消滅するということは、議会制民主主義の伝統を重んじるヨーロッパで育った人間から見ると、「非合理」 と 「野蛮」 の極みであっただろう。
 
 ランシマンの記述を読んでいると、彼が征服者メフメト 2世に対して、公正かつ客観的な視点を維持しながらも、ヨーロッパ知識人がアジア的な専政君主政に抱く侮蔑感から免れてないように思える。
 
 ランシマンの手になるメフメト 2世は、革新的な発想と古典的教養を同時に備え、卓越した洞察力に恵まれながらも、猜疑心が強く、残忍で、自分の意にそぐわない家臣たちを何のためらいもなく処刑する人間として描かれている。
 残忍でわがままな君主は西欧にもたくさんいただろうが、ランシマンが注目したのは、君主に処刑されることを当たり前として容認する人々を生んだアジアの精神風土そのものだった。
 
 スルタンに深夜呼び出されただけで、処刑を覚悟し、財貨をこぼれるばかりに盛った銀の盆をうやうやしく捧げる宰相。
 無様な戦いぶりを見せたというだけで鞭打ちの刑を受け、私有財産もすべて没収されて、乞食に身を落とす海軍司令官。
 スルタンに仕える人たちは、宰相であれ奴隷であれ、スルタンの気分ひとつであっという間に消されてしまう存在である。
 
 しかし、トルコ帝国の高官たちは、そのこと自体が理不尽だという意識を持たない。近世以降のヨーロッパ人が獲得した 「人権」 や 「平等思想」 などが入り込む余地のない世界だ。
 そこに、ヨーロッパ人であるランシマンは、庶民が王権を倒すフランス革命などを経験した自分たちとの違いを意識したことだろう。
 
はためくトルコ旗
 
メフメト2世の実像とは?
 
 塩野七生はランシマンとは違って、西欧人の独断と偏見から自由になり、世界史のなかの一人の 「英雄」 としてメフメトを位置づけるという作業を行っている。
 塩野氏は、西欧史の文脈では 「無意味だった」 とされるコンスタンチノープル征服も、「その後のトルコの発展を考えれば極めて当然の行為だった」 と正統に評価することをためらわない。
 
 ただ、メフメト 2世に対する西欧人の過小評価を是正したいという気持ちが強過ぎたのか、彼を颯爽とした若者として描き過ぎたという印象も受ける。
 ランシマンが描いたメフメトの残虐性を語るエピソードも、塩野版ではかなり後退している。
 ランシマン本を先に読んでしまうと、そこが若干物足りない。
 時にはランシマンのような意地悪な見方の方が、逆にメフメトの個性をうまく描き出すこともあると思う。
 
 塩野氏とランシマンの視点の違いは以下のエピソードを紹介するときの書き方の違いからよくうかがえる。
 
 メフメト 2世の側近に、彼の父の代から宰相を務めるハリル・パシャという重鎮がいた。
 ハリルは、これまで何度も提唱されたトルコ側のコンスタンチノープル征服に対しては強固な反対論を唱える論客だった。
 実利主義者のハリルは、コンスタンチノープルという都市が軍事的にはトルコにとって何の脅威にもならないこと。逆に、同都市に商売上手のベネチア人やジェノバ人が居留しているからこそトルコとの交易も順調に運んでいることを理由に、コンスタンチノープルを奪うことはトルコの利にならないと主張する人間だった。
 
 当然、「栄えある征服者」 としての自分を夢見るメフメト 2世にとって、実利を説くハリルの存在は目の上のタンコブとなる。
 しかし、宮廷内におけるハリルの支持者は多く、諸外国の高官たちもハリルには厚い信頼を寄せているので、専制君主のメフメトですら、この宰相の意向を無視するわけにはいかない。
 
 だがメフメトは、ある晩、ついにコンスタンチノープルを征服する意志があることをハリルに告げる。
 
 このシーンを塩野氏は、メフメトが、「先生、あの町を私にください」 と、声を押し殺して、静かに語ったと描いている。
 彼の冷酷な意志と、底知れぬ不気味さを表現しようという書き方だ。
 
 それに対し、ランシマンは 「師よ。われにコンスタンチノープルを与えよ!」 と叫んだと表現している。
 
コンスタンチノープル城壁003
 
 二人がどのような原典に依拠したか分からないが、私はランシマンの方を採る。直感的に 「叫んだ」 と思えてしかたがないのだ。
 叫ばないにしても、叫ぶような高圧な態度で、専制君主らしく居丈高に命令したことだろう。
 
 ランシマンによると、メフメト 2世は独裁者の常で、気まぐれによって家臣を振り回すことにためらいを感じる人間ではなかったという。
 そうだとすれば、夜中にハリルを呼び出したのも、不意に襲ってきた興奮に耐えきれなくなったからだ。
 高揚した気分のままハリルに決意を打ち明けようとするメフメトには、塩野氏が描くように、沈着冷静に取りつくろう余裕があったとは思えない。
 
 ランシマンは、メフメト 2世が傷つきやすいただの若者であったことを見逃さない。
 絶対的な権力を行使している最中にも、彼は、家臣が持っている 「経験」 が自分には欠けているという思いを忘れることはなかったという。
 
コンスタンチノープル城壁002
▲ 金角湾を望むトルコ側の砲台
 
 金角湾における海戦のとき、メフメトが海の中にまで馬を乗り入れ、声をからして船長たちを指揮したが、それに耳を貸そうとする船長は一人もいなかったとランシマンは書く。
 
 「陸戦ならいざ知らず、海戦や船の操作についてスルタンは何の知識も持っていないことを、船長たちは知っていたからである」
 
 メフメトは、この時ふがいない船長たちに憤る姿勢を見せながら、内心は自分の非力さに傷ついていたという。
 こういうところにランシマン本の面白さがある。
 彼はメフメトの未熟な部分や偏狭な性格と、世界史的に傑出した名君であった部分を公平に描き分けている。
 
 それに対して塩野版で描かれるメフメトは、年上の大臣たちをも恐れさせる絶対君主の相貌を帯びる。
 彼は、沈黙を守っているときですら神秘的なカリスマ性を漂わせ、激怒したときには、鬼神をもひれ伏させるような怖ろしさを発揮する人物だったされる。
 
 ちょっとカッコよすぎである。劇画の主人公のような感じだ。
 メフメト2世の描き方に関しては、家臣に対して強権的に振る舞いながらも、内心は自分の幼さに悩んでいたというランシマン的な把握の方に、軍配を上げたい。
 
 しかし、それ以外の叙述となると、さすがにストーリーテラーとしての技量は塩野氏の方が上。
 「小説家」 でもある彼女の描写力は、「研究家」 ランシマンの上を行っていると言わざるを得ない。
 
ガレー船002
 
 ベネチア船が櫂を一斉に揃えて、動き出す瞬間の描写。
 あるいは、トルコ親衛隊イエニチェリの一糸乱れぬ行軍の様子。
 城壁の上に勢ぞろいして、トルコ側を威嚇するビザンチン側の高官たちの姿。
 トルコ兵たちが歌う、エスニックな軍歌の響き…。
 
 読者を目撃者に仕立ててしまうような臨場感の出し方においては、塩野氏の方に1日の長がある。
 このようなテーマをそこまで書き込める日本人は、氏以外にはいない。
 
イエニチェリ001 イエニチェリ002
▲ スルタンの親衛隊 「イエニチェリ」 。“新兵” という意味。キリスト教徒の子供たちをさらって、無理やりイスラム教に改宗させて作り上げた軍隊。家族から切り離された存在であったため、スルタンに対する忠誠心は絶大であったという。当時の世界最強軍。
 
追記
 
 メフメト 2世の人生をたどっていくと、日本の織田信長によく似たところが多々あるように思える。
 まず、どちらも専政君主の子として生まれながら、その存立基盤が不安定で、王位継承の前に、その兄弟・親族を殺害しなければならなかった。
 
 また両者とも、最初のうちは父の代から使えていた家臣たちからその能力を評価されず、白眼視されていた。
 そのため周囲に対する猜疑心が強く、恨みをじっとため込む執念深い性格が形成されていった。
 
 信長が、若い頃の自分に楯突いた家臣への恨みをずっと心の奥に潜ませ、晩年その家臣たちを追放したように、メフメトも自分の方針に従わなかった宰相たちを後になって処刑している。
 家臣に愛されるよりも、恐れられる君主を目指したというところも、2人に共通している。
 
 また、古い伝統に縛られることを嫌い、新しい物が好きだったところもそっくり。特に火器に異様な関心を示したところが似ている。
 信長が前代未聞の3000挺という鉄砲を集めて、長篠の会戦に臨んだように、メフメトも、ハンガリーの技術者であるウルバンに、世界初の巨大大砲を造らせるなど、ともに火器において軍事史を書き換えるような出来事をつくっている。
 
 船を使ったユニークな軍事行動を行うところも似ている。
 信長は、銃撃戦に耐えられる鉄板張りの船を建造して、周囲を驚かせたが、メフメトも、封鎖された金角湾のなかに艦隊を突入させるため、船を荷台に乗せて山越えを行うなど、常人の意表を突くアイデアを披露した。
 
 性愛においても 2人は男色・女色の両刀使い。
 ファッションに関しても互いに派手好み。
 両者とも国際派であり、西欧の絵画や文物を好んだ。
 
 要の東西を問わず、歴史の中に傑出した営みを残した 「英雄」 というのは、どこか似ている。
 「闇」 の部分が濃いだけ、「明」 の部分も輝きを増すということを、この2人は教えてくれているのかもしれない。
 
 
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