まず取材ありき2

 昔から、人に取材するときは、その談話をすべてテープに収録している。
 だからキャンピングカーの取材で人に会うときなど、たまにノートを取り出してメモったりすると、
 「あれ、今日はテープレコーダーは出てこないの?」
 などとよくからかわれる。
テープレコーダー
 今では、顔なじみの人はみな慣れてしまって、テープレコーダーを突き出しても、その存在すら忘れていろいろ話してくれるけれど、最初の頃は、みなギョッとした。
 「何のマネなのさ? 証拠でも取ろうという気?」
 とか、
 「後で、他の人に聞かせるのとちゃう?」
 などと警戒もされた。
 こちらも、できればテープなどに頼りたくない。
 第一、後で起こすのが面倒くさい。
 しかし、そうしなければならない致命的な欠陥が私にはある。
 自分で書いた字が、自分で読めないのだ。
 特に、あわてて書いたときのメモなどは、まず判読不可能になっている。
 メモ帳を開いても、そこに浮かんでいるのは、ナメクジが通った跡か、カラスの足跡に過ぎない。
 取材したすぐ後に記事を書くのなら、記憶を頼りになんとか原稿が書ける。
 しかし、取材した時間と、記事を書く時間が離れた場合は、記憶も遠ざかってしまうので、取材内容の細かい部分を正確に思い出すことが難しくなる。
 そうなると、もうお手上げだ。 
 それでも取材を始めた最初の頃は、普通の記者と同じように、談話を聞きながらメモするだけの取材を心掛けていた。
 ところが、昔私が携わっていた雑誌で、SF作家の小松左京さんにインタビューしたときは、ついにメモをとるという作業の限界に行き当たった。
 
 取材のテーマは 「宇宙人が存在する可能性」 といったようなものだったと思う。
 当時、『未知との遭遇』 とか、『エイリアン』 などといった宇宙人とのコンタクトをテーマにした映画がブームになっていたので、それにちなんだ企画だった。
小松左京氏
 小松左京さんは、日本のSFの大家らしく、興味深い知見をいろいろ披露してくださった。
 しかし、博覧強記の人であるため、とにかく話す世界がとてつもなく広がっていく。
 いろいろな固有名詞も出てくるし、それを解説するためのボキャブラリーも無尽蔵に連なっていく。
 さらに、早口の方だった。
 こっちは出てくる単語をメモすることに追われ、話の内容を追う余裕すらなかった。
 会社に戻り、自分のメモ帳を見て、愕然とした。
 自分の字が読みづらいのは覚悟していたが、メモ帳に踊っていた言葉は、
 「そこで」 「しかし」 「それゆえ」
 というような言葉だけだった。
 豊穣な内容に満たされた談話を追いきれず、言葉の最初の部分だけを書き取るのに必死だったのだ。
 
 いざ小松さんのインタビュー記事を書く段になって、さぁ困った。
 メモには頼れない。
 かといって、記憶を頼りに原稿をまとめようとしても、話が膨大に広がっているために、焦点が定まらない。
 「こんな内容じゃなかったよな…。こんな話でもないよな…」
 書いては消し、書いては消しを繰り返しているうちに、ついに収拾がつかなくなった。
 結局小松さんの、取材に応じてくれた貴重な時間をほとんど棒に振ったようなものだった。
 仕方なく、わずかな記憶を頼りに当り障りのない文章を連ね、小松さんの修正を仰ぐことにした。
 幸い、小松さんがその原稿に加筆修正してくださったおかげで、なんとか印刷に回すことができた。
 原稿チェックに苦労をかけさせた小松さんには、今でも申し訳ない気持ちいっぱいでいる。
 取材に応じてくださった方の談話をテープに採ろうと思ったのは、それからである。
 
 談話をいったんテープに採っておけば、取材内容を平気で “忘れる” ことができる。
 後で起こす手間はかかるが、談話の微妙なニュアンスが再現されるので、それを基にすれば臨場感のある原稿が仕上がる。
 特に、いろいろな人の談話が交錯するような記事を仕上げるときは、テープに残された話っぷりを参考にして、それぞれのキャラクターを書き分けることができる。
 面白いもので、話を聞いているときにはものすごく感銘を受けたインタビューでも、後でテープを起こしてみると、肝心な部分が抜けていたり、話の前後が矛盾していたりするということがある。
 それでも、その人から聞いた話の素晴らしさは、身体に刻み込まれるくらい記憶に残っている。
 これは、どういうことだろう。
 「話の力」 なのだ。
 話の力を持っている人は、肝心の部分が抜けていたり、あいまいであったりしても、聞き手の想像力を刺激し、聞き手が勝手に欠けた部分を補えるような話を、ちゃんとしているのだ。
 テープを聞き直してみると、そういうこともよく分かる。
 今のところテープレコーダーは、自分の取材ツールの一番大事なものとなっている。
 

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まず取材ありき2 への6件のコメント

  1. 磯部 より:

    私も同じ!
    山本寛斎さんの取材をメモのみで済まし、後でノートを見返したのですが、自分の字が読めない!
    記事が書けなくて始末書ものでした(笑)
    以来、私も必ずテレコを持っていくようになりました。
    自分の文字に自信がないのは、町田さんだけではありませんよ。
    そして、何故かあの寛斎さんの情熱だけは、いまでも覚えているんですよね。コレ、不思議!
    こういうヘマをやっている人って結構多いのかも知れませんね?

  2. matsumoto より:

    私の場合、パソコン使うようになって極端に字が汚くなりました。15年くらい前は「キーボードで入力するなんてできないよ」なんていってたのに。今では書くのがすごく億劫になります。人間、結構順応性があるものだなあと感心します。
    取材現場ではまだテープを使われているんですね。てっきりSDとかの媒体とかに録音するものかと思っていました。テープだったら何回も聞き直すところが鬱陶しいなあなんて思っちゃって。

  3. 渡部竜生 より:

    「断末魔のミミズだって、もう少し伝わるよ!」家内に言われた一言です…恥ずかしいを通り越して開き直るしかない悪筆で、ICレコーダーは絶対手放せません。
    妙なもので物理的可動部がないICレコーダーだと、記録されている感じが希薄なのか気にされない方が多いような気がします。
    TVの報道番組などで「録音」というとテープが回るイメージシーンなのも、影響しているかもしれませんね。
    長時間記録、再生のし易さなども重宝していますが、消去も一瞬なのが怖いところ。
    ある対談の録音データを編集者の方に消去されてしまったことがあってから、レコーダーは他人に絶対渡しません(笑

  4. 町田 より:

    >磯部さん、ようこそ。
    磯部さんにも、自分の字が読めないという悩みがおありでしたか。お仲間がいたようで、ちょっと心強いです。
    ただ、あまり誉められたことじゃありませんよね。人に得々として話すようなことではなかったかもしれません。
    昔の記者は 「速記」 という技術を持っていたようですね。今でもそういう技術を駆使する方はいらっしゃるのでしょうか。
    …そんなことも知らないというのは、既に取材記者として失格なのかもしれませんけどね。
    山本寛斎。うん、懐かしいですね。いろいろなことがありました。ともに長く生きましたね。

  5. 町田 より:

    >matsumoto さん、ようこそ。
    パソコン、ワープロを使うようになると、本当に手書きが苦手になりますね。私ももう漢字が書けません。ある意味で、これは 「退化かな」 …と思うこともあります。
    確かにテープはもう時代遅れなのかもしれませんね。コンビニの棚からも姿を消しつつあるようです。
    でも、まぁ使い慣れていることもあるし、いよいよ市場から姿を消すという日が来るまで使っていそうな感じです。
     

  6. 町田 より:

    >渡部竜生さん、ようこそ。
    渡部さんのような新進気鋭のキャンピングカージャーナリストでさえ、やはりレコーダーに頼っていらっしゃったと知って、心強い限りです。
    やはり、短期間のうちにいろいろな方に集中して取材するとなると、レコーダーに頼らざるを得なくなりますね。
    確かに、テープレコーダーというのは見た感じも大げさで、取材慣れしていない人は、あれを持ち出されると緊張されるみたいですね。
    でも、さすがにキャンピングカー業界の人たちは慣れてしまったのか、最近は 「今のは大事な話なんだけど、テープに採らないの?」 などとよくからかわれます。
     

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