まず取材ありき

 取材をして、記事を書く。
 そういう編集ライターのような仕事を、かれこれ30年ほど続けてきたけれど、いまだに修行の途中。
 野村進さんの 『調べる技術・書く技術』 (講談社現代新書) などという本を読んでいると、やはりプロのライターたちの意気込みというか、情熱というか、「書く仕事」 に対する真摯な取り組み姿勢に接して、この身の至らなさを痛感することが多い。
調べる技術・書く技術
 特に本著の場合、「プロの物書き」 であるためには、まず前提条件として 「プロの社会人」 であるというところから説き起こされている。
 正直、「この身の至らなさ」 というのは、そこのところでも、耳が痛いと思えるほどのことがいっぱいあったからだ。
 その本の前半を読んだだけの段階に過ぎないが、「取材」 に対する “姿勢” ともいうべきものを熱く吹き込まれたおかげで、それについてのみ、自分の感想と方法論のようなものを、(恥ずかしながら) 少しだけ開陳したいという誘惑に駆られた。
 『調べる技術・書く技術』 という本は、ノンフィクションというジャンルにおいて、ライターがどのようにテーマを見つけ、どのように資料を収集し、取材する人にどのように接するかという、取材記者の基本から書き起こされている。
 ネットが充実して、どんな情報でも簡単に検索できるような時代になると、ライターはともすれば記者としての基本を忘れがちになる。
 使えそうな情報をパソコン画面で探し、コピー&ペーストで簡単に自分のファイルに取り込むことを覚えてしまうと、誰もが取材の重要性というものに無頓着になる。
 しかし、この 『調べる技術・書く技術』 という本で強調されているように、記事を書く基本は、結局 「取材」 に尽きる。
 たとえば、本を読んでその内容をブログなどで紹介する場合でも、多少 「書評」 のようなものを意識する限りは、やはり著者と面と向き合って直接に話を聞くくらいの 「取材」 が必要となる。
 その場合の 「取材」 とは、たとえばテーマの核となる部分にアンダーラインを引いて、暗記するくらいに読み込むことだったり、その部分を正確に筆記する読書ノートを作成することだったりする。
 この 「取材」 がしっかりと定まっていない記事は、本人の主観だけで構成される日記もしくは感想文の域を出ない。
 ノンフィクションライターの野村さんの場合は、文献的な資料に当たるときには、「資料としての本は乱暴に扱え」 と主張されている。
 記事に生かすときに大切と思われる箇所は、赤ペンでアンダーラインを引く、蛍光ペンでなぞる、場合によっては引きちぎって袋ファイルに保管する。
 そうやって 「情報管理」 されるそうだ。
 私もまた本に関しては、アンダーラインや蛍光ペンで汚すことにためらいを持たないが、さすがにページを破ってファイルに収めるということまではしていない。
 しかし、自分にとって必要だと思える文章を、そういう形で管理しようという気持ちは、痛いほど分かる。
 野村さんのような多忙を極めるプロのライターの場合、本のページを切り取るという作業は、時間の節約という意味では、情報管理の立派な方法論のひとつなのだろう。 
 私はそこまではしないけれど、時間があれば、単行本や週刊誌で気になった記事をキーボード入力で筆写し、ファイルの形で保存している。
 昔、小説家志望の人は、自分の好きな作家の文章を、一字一句間違うことなく原稿用紙に書き写すという修行を行っていたという。
 私自身は小説などあまり書かないので、そういう作業はしたことがないけれど、作業自体はきわめて大切だという気がする。
 文章というのは、同じ内容をそっくり同じ字数内に書いたとしても、仔細に比べてみると、句読点の位置や漢字とひらがなの配分などが、人によってすべて違う。
 そのような違いは、読んでいるだけでは認識できない。書き写すことによって初めて認識できる。
 良い文章には 「リズム」 がある。
 読者の心にスゥーッと溶け込んでいくリズムというのは、句読点の位置、改行位置、漢字とひらがなの配分などによって織り出される。
 一流のプロが書いている文章は、それらのアンサンブルが絶妙で、それがその人自身の固有のリズムとなっている。
 そういうことを学ぶためにも、文章を書き写すという身体を使った修行はとてもためになる。
 気になる記事を自ら筆写するということは、また、情報のプライオリティー (優先順位) を考える訓練にもなる。
 本でも雑誌でもそうだが、いくら 「気に入った記事」 があったとしても、書き出しから結論に至るまですべてを丸ごと筆写することはできないし、また意味がない。
 だから、私は、気に入った文章はそのまま一字一句損なわずに筆写するとしても、その文章をつながらせるために存在する前後の文章は、思い切って要約するようにしている。
 人の書いた文章を要約するためには、もう一度自分の頭の中で、文章全体を再構成しなければならない。
 
 この 「再構成」 が、意外と訓練になる。
 オリジナルの文章を縮めてファイルするためには、時には、作者が使っていた単語とは異なる言葉を探して当てはめなければならないし、数行~数十行にわたって大胆に省略するときには、あえてオリジナルにない短い文章を書き加えなければならないこともある。
 しかし、そういう作業が、その本のテーマに近づくための 「近道」 になる。
 要約するために自分なりの文章に直すことによって、初めてオリジナルの内容が血肉化する。
 
 要約してファイルした文章が、たとえ著者が本当に主張したいこととかけ離れようともかまわない。
 本というのは、誤読する権利も読者に与えられているのだから、作者の主張をそのまま受け入れる必要はない。
 読んだ自分が気になったことや気に入った文章を保存することが大事なのだ。
 そうやってファイルしてきた本や週刊誌…ときにはネットの情報が、私のハードディスクの中には7~8年分のファイルとして保存されている。保存したデータには、必ず 「年代と日時」 「情報発信者」 「発表媒体」 をつけておく。
 その中には、時代状況の変化についていけずに、使えなくなってしまったデータもたくさんある。
 しかし、意外なときに、意外なところで役に立つデータというものもある。
 たとえば、バブル時代の 「バニング」 を考察したある週刊誌のエッセイを筆写していたファイルは、『日本のキャンピングカーの歴史』 という資料を作成するときに、「時代の気分」 を知る意味において非常に役立った。
 しかも、それを記事にする場合、保存されていたデータをそのままコピペすればよかったので、とても楽だった。
 自分の場合、キャンピングカーをテーマにした仕事であっても、社会状況や経済状況の推移と絡めてキャンピングカーを扱う場合には、そういう過去のファイルがとても重要となる。
 面白いもので、最初はランダムに集めていた情報でも、ある程度 「量」 が蓄積されてくると、個々バラバラな情報をお互いに関連づけて眺める 「視点」 のようなものが生まれてくる。
 そういう 「視点」 は、すぐには公表しなくても、時間をかけて発酵させていくうちに、次第に 「思想」 のようなものに育っていく。
 
 だから、気になった記事を拾ったときは、それを筆写することを続けていたいのだけれど、もちろん仕事が忙しくなって時間がないときは、とてもそんな余裕がない。
 そういうときは、蛍光ペンで気になる箇所にマークを入れるだけで我慢する。
 それだけでも、なんらかの情報は頭の中に入るものだ。 

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まず取材ありき への4件のコメント

  1. スパンキー より:

    気になる記事をアタマの中にしまっておく。コレ、最近の私です。ほとんど忘れていますね。ダメです。
    この欄をみてハッとさせられました。私も若い頃、気になる箇所に蛍光ペンなんかでラインを引いていたな、と。確かにその方が記憶に残っているはずです。
    初心にかえらなくてはと感慨しきり。
    町田さんのプロ意識に感服致しました。センパーイ!

  2. 町田 より:

    >スパンキーさん、ようこそ。
    自分の記事を読み返してみると、なんかエラソーなこと言ってますね。
    「読書ノート」 を作るとか、そんなことしょっちゅうしているわけではないんです。たまたまやったことを大げさに書いているだけで。
    でも、まぁ自分の 「理想形」 ではあります。
    やっぱ本とか読むの好きなんでしょうね。
     

  3. ブタイチ より:

    町田さんのブログはいつも本当に勉強になります。ネットの大学に通っているような感じです。毎回出されるテーマに答を用意するのが間に合わず、返信できなかった添削教材のように頭の中に積み重ねられてしまっていくような感じです(笑)。とりあえず、町田さんの真似をして自分も『書評』のようなものを書いてみて…自分の文章の固さや底の浅さのようなものに気がつきますね~。今日の町田さん流に噛み砕いた「書く技術」を参考にしていきたいと思います。これからもヨロシクお願いします。

  4. 町田 より:

    >ブタイチさん、ようこそ。
    >「ネット大学」 などと過分な評価をいただき、恐縮です。自分ではとても誰かを教えたり諭したりするような力を持っているとは思いません。
    ただ、ブタイチさんがそう感じてくださるとしたら、それはブタイチさんの心に中で既に育っているものが、共振しているだけのことのように感じます。
    ブタイチさんのアメリカ文学に関する様々な書評は、自分では不勉強だった分野だけに、とても勉強になります。
    いい刺激をいただいているのは、こちらの方だと思っています。
     

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